「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・桜燃抄 9
麒麟を巡る話、第499話。
農学博士の見解。
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9.
焔紅王国についての情報を得たルシオは、早速春にこれを伝えた。
「そのお話、本当でしょうか……?」
だが、春はこの話に首を傾げ、懐疑的な様子を見せる。
「そんな英雄譚が、あんな国で繰り広げられたとは到底……」
「とは言っても、話の中心となった人物と、あの手紙にあった名前とは一致しているし、テンコちゃんの友人だから信用できるはずだよ。
一応、大学の方でも調べてはみるけど……」「あ、それなら」
と、春が顔を上げる。
「わたしの方で調べてみました。でも、焔紅王国に関する書物は全て、央南連合下では発行も所有も禁じられているので……」
「やっぱりそうか。と言うことは、あの二人も相当な危険を冒してここに来てるってことになるな。……逆にそれが、彼らの真剣さを伝えていることにはならないだろうか?」
「あなた、妙に王国の肩を持つんですね?」
春にそう問われ、ルシオは小さく首を振る。
「そう言うわけじゃないさ。もしも本当に、王国が農地改革を求めていると言うのなら、僕たちにとっては研究成果を示す、またとない場になる。そう思ってるんだ。
少なくとも僕は学問のために学問を修めているわけじゃない。実際の状況に対して適用されるためにこそ、学問はあるべきだと考えてる。ハル、君もそうじゃないのか?」
「……そうですね。そう問われれば、はいと答えます。でもやっぱり……」
「ともかく、二人で話しているだけじゃ埒が明かない。この手紙を渡した、あの『狐』の人に詳しく話を聞いた方がいいんじゃないかな?」
多少強引ではあったが、ルシオのこの主張に対し、春は渋々と言う様子でうなずいた。
「分かりました、それで判断しましょう。もしそこで『やっぱりおかしい』と感じた時は、今度こそ、この話は無かったことにして下さいね?」
「勿論さ」
既に夜の9時を回ってはいたが、それでも彼らを訪ねたところ、快く出迎えてくれた。
「ありがとうございます、ブロッツォ博士、紺納博士」
深々と頭を下げた狐獣人の剣士、渋坂に対し、ルシオは「いや」と手を振る。
「まだお受けすると決めたわけではありません。王国について、現在どのような環境であるのか確認したいと思いまして」
「なるほど、確かにあの手紙だけでは実情を測ることはできませんな。……これ、千谷」
「はっ」
千谷と呼ばれた短耳の青年が、数枚の写真を机の上に置く。
「こちらが王国内の、ある農村を撮影したものです」
「ふむ」
ルシオたちは写真を受け取り、互いに意見を述べる。
「画像は粗いけれど……、確かに荒れ果てているのがよく分かる」
「そうですね。土が、とっても白い。栄養がほとんど無いようですね」
「恐らく、これは白砂(シラス)のような火山性土だろう。
紅州は温泉が豊富にあるって話だから、マグマ層が比較的地表に近いんだろう。噴火や溶岩の露出と言った大規模災害なんかは発生しないまでも、土の性質は火山地帯のそれと、かなり近くなってるんじゃないかな。
……ふむ、とすると」
ルシオは渋坂たちに向き直り、こう尋ねた。
「王国で主だって栽培している作物は、もしかして米や麦と言った穀類でしょうか?」
「ええ、まあ」
「それをこの土壌で育てようとした、と?」
「はい」
「それは無理です」
ルシオは頭を抱え、深いため息をついた。
「何故に?」
「穀物を育てるのに必要な栄養素が、この種類の土には存在しないからです」
「なんと」
「紅州のほとんどが、こうした土壌でしょうか?」
「いや、白ではなく、むしろ真っ黒なところもあります。ですがそこも同様に、作物が実ったことがありません」
「と言うことは十中八九、黒ボク土(くろぼくど。こちらも火山性土の一種)だろうな……。なるほど、農業をやるには致命的に条件が悪過ぎる。
褐色土なんかはありますか? この辺りではよく見かける類の土ですが……」
「いや、あまり見ません。紅州の北、黄州との国境付近には多少あるようですが」
「ふーむ……。なるほど、よく分かりました」
ルシオは苦り切った顔で、こう続けた。
「はっきり申し上げましょう。現状、紅州で米や麦を栽培しても、成果は望むべくもありません」
「むう……」
「ですが、私にはその現状を打破できる策がいくつかあります。私が赴けば、4~5年でほぼ自給できる程度には、農業事情を改善することができると思います」
ルシオの弁に、渋坂の目が輝く。
「では……」「ですが」
と、ルシオが手を挙げて制する。
「央南連合下に住まう我々が王国へ指導に向かうとなれば、様々な弊害があります。それについては、どのような対策を?」
「我々も、無計画に玄州に飛び込み、あなた方の前に転がり出たわけではございません。
入出国の問題につきましては、玄州と何度と無く交渉を行い、どうにか制限付きながらも行き来できる条約を締結しております。通行許可証さえ発行できれば、問題なく通行可能であることを保証します。
その他、滞在に関わる様々な問題に対しても、我々が全面的に対処する所存です」
「……だ、そうだけど」
ルシオは恐る恐る、妻の顔を伺う。
「はぁ」
春は呆れた表情を浮かべつつも、夫の要望を聞き入れた。
「つまり、行きたいんでしょう?」
「う、……うん」
「……と言うことです。夫も、そしてわたしも、お話をお受けいたします」
こうしてルシオ・春夫妻は農業指導を行うため、焔紅王国へ向かうこととなった。
白猫夢・桜燃抄 終
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焔紅王国についての情報を得たルシオは、早速春にこれを伝えた。
「そのお話、本当でしょうか……?」
だが、春はこの話に首を傾げ、懐疑的な様子を見せる。
「そんな英雄譚が、あんな国で繰り広げられたとは到底……」
「とは言っても、話の中心となった人物と、あの手紙にあった名前とは一致しているし、テンコちゃんの友人だから信用できるはずだよ。
一応、大学の方でも調べてはみるけど……」「あ、それなら」
と、春が顔を上げる。
「わたしの方で調べてみました。でも、焔紅王国に関する書物は全て、央南連合下では発行も所有も禁じられているので……」
「やっぱりそうか。と言うことは、あの二人も相当な危険を冒してここに来てるってことになるな。……逆にそれが、彼らの真剣さを伝えていることにはならないだろうか?」
「あなた、妙に王国の肩を持つんですね?」
春にそう問われ、ルシオは小さく首を振る。
「そう言うわけじゃないさ。もしも本当に、王国が農地改革を求めていると言うのなら、僕たちにとっては研究成果を示す、またとない場になる。そう思ってるんだ。
少なくとも僕は学問のために学問を修めているわけじゃない。実際の状況に対して適用されるためにこそ、学問はあるべきだと考えてる。ハル、君もそうじゃないのか?」
「……そうですね。そう問われれば、はいと答えます。でもやっぱり……」
「ともかく、二人で話しているだけじゃ埒が明かない。この手紙を渡した、あの『狐』の人に詳しく話を聞いた方がいいんじゃないかな?」
多少強引ではあったが、ルシオのこの主張に対し、春は渋々と言う様子でうなずいた。
「分かりました、それで判断しましょう。もしそこで『やっぱりおかしい』と感じた時は、今度こそ、この話は無かったことにして下さいね?」
「勿論さ」
既に夜の9時を回ってはいたが、それでも彼らを訪ねたところ、快く出迎えてくれた。
「ありがとうございます、ブロッツォ博士、紺納博士」
深々と頭を下げた狐獣人の剣士、渋坂に対し、ルシオは「いや」と手を振る。
「まだお受けすると決めたわけではありません。王国について、現在どのような環境であるのか確認したいと思いまして」
「なるほど、確かにあの手紙だけでは実情を測ることはできませんな。……これ、千谷」
「はっ」
千谷と呼ばれた短耳の青年が、数枚の写真を机の上に置く。
「こちらが王国内の、ある農村を撮影したものです」
「ふむ」
ルシオたちは写真を受け取り、互いに意見を述べる。
「画像は粗いけれど……、確かに荒れ果てているのがよく分かる」
「そうですね。土が、とっても白い。栄養がほとんど無いようですね」
「恐らく、これは白砂(シラス)のような火山性土だろう。
紅州は温泉が豊富にあるって話だから、マグマ層が比較的地表に近いんだろう。噴火や溶岩の露出と言った大規模災害なんかは発生しないまでも、土の性質は火山地帯のそれと、かなり近くなってるんじゃないかな。
……ふむ、とすると」
ルシオは渋坂たちに向き直り、こう尋ねた。
「王国で主だって栽培している作物は、もしかして米や麦と言った穀類でしょうか?」
「ええ、まあ」
「それをこの土壌で育てようとした、と?」
「はい」
「それは無理です」
ルシオは頭を抱え、深いため息をついた。
「何故に?」
「穀物を育てるのに必要な栄養素が、この種類の土には存在しないからです」
「なんと」
「紅州のほとんどが、こうした土壌でしょうか?」
「いや、白ではなく、むしろ真っ黒なところもあります。ですがそこも同様に、作物が実ったことがありません」
「と言うことは十中八九、黒ボク土(くろぼくど。こちらも火山性土の一種)だろうな……。なるほど、農業をやるには致命的に条件が悪過ぎる。
褐色土なんかはありますか? この辺りではよく見かける類の土ですが……」
「いや、あまり見ません。紅州の北、黄州との国境付近には多少あるようですが」
「ふーむ……。なるほど、よく分かりました」
ルシオは苦り切った顔で、こう続けた。
「はっきり申し上げましょう。現状、紅州で米や麦を栽培しても、成果は望むべくもありません」
「むう……」
「ですが、私にはその現状を打破できる策がいくつかあります。私が赴けば、4~5年でほぼ自給できる程度には、農業事情を改善することができると思います」
ルシオの弁に、渋坂の目が輝く。
「では……」「ですが」
と、ルシオが手を挙げて制する。
「央南連合下に住まう我々が王国へ指導に向かうとなれば、様々な弊害があります。それについては、どのような対策を?」
「我々も、無計画に玄州に飛び込み、あなた方の前に転がり出たわけではございません。
入出国の問題につきましては、玄州と何度と無く交渉を行い、どうにか制限付きながらも行き来できる条約を締結しております。通行許可証さえ発行できれば、問題なく通行可能であることを保証します。
その他、滞在に関わる様々な問題に対しても、我々が全面的に対処する所存です」
「……だ、そうだけど」
ルシオは恐る恐る、妻の顔を伺う。
「はぁ」
春は呆れた表情を浮かべつつも、夫の要望を聞き入れた。
「つまり、行きたいんでしょう?」
「う、……うん」
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