「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・繁華録 3
晴奈の話、第175話。
異邦人、晴奈。
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3.
時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。
(『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。
ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か)
街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。
港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。
「ん……」
港湾部も観光地の一部であるらしく、夕方と言うのに人が多い。市街地ほどではないが、それでも大分騒がしい。
(流石に観光都市と称されるだけはあるな)
港には遊覧用の船が係留されており、沖の方にはいかにも宴を催していそうな雰囲気の豪華絢爛な船が数多、泳いでいる。
(本当に華やかな街だ。用事が済んだらまた、ここに来てみようかな)
――にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年ほど、長居してしまったわね。晴奈、あなたももし旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ――
かつて師匠、雪乃が言っていた言葉を思い出しながら、晴奈は港を散策していた。
「はぁ」
ほぼ同時刻、晴奈がいる辺りからほんの十数メートル後ろ。
茶色い髪と毛並みの狐獣人で、可憐な身なりの少女が、背後に金髪と黒髪の熊獣人2名を引き連れて港を歩いていた。
少女はチラ、と後ろを向いて、もう一度ため息をつく。
「……はぁ」
「どうされたのですか、殿下?」「どこか具合を悪くされましたか?」
殿下と呼ばれた少女は「熊」たちの方を振り向き、ため息をついた理由を遠まわしに説明する。
「わたくしの後ろに背後霊がぴったり、憑いていらっしゃいますもの。気分も重くなると言うものですわ」
「霊!? モンスターですか!」「一体、どこに!?」
「熊」たちは少女を囲み、きょろきょろと辺りを見回す。
二人の頭と勘の悪さに、少女はもう一度ため息をついた。
「はぁ……。もう結構ですわ」
「そうですか」「ご無事なようで」
「旅をしている気分が、まったくいたしませんわ」
少女は憮然とした顔で「熊」たちに向き直る。
「ねえ、二人とも。少しの間、わたくしを一人にしてくださらないかしら?」
その言葉に、「熊」二人はブルブルと首を振り、即座に却下する。
「いけませんいけません!」「殿下の御身に何か遭っては一大事です!」
「……そうでしょうね。そうでしょうとも」
少女は二人から離れることを諦め、前を向いた。
「あら?」
少女の目に、この近辺では見慣れない姿の猫獣人が映った。言うまでも無く、晴奈である。
「あれは?」
「何ですか?」「どれでしょう?」
「ほら、少し先にいらっしゃる『猫』の方。不思議な格好をしていらっしゃいますけれど」
「ふむ」「確かに、妙な服ですね」
「一体どこの国の方なのでしょう?」
少女は晴奈に興味を持ち、近付いてみようとする。
ところが「熊」二人が少女の前に立ち、行く手を阻む。
「危ないですぞ、殿下!」「あのような怪しい身なりの者に近付いてはなりません!」
二人の言い草に少女は面食らい、憤った。
「何てことを言うのですか、あなたたちは? 普通に歩いていらっしゃるだけでしょう」
「いいえ、あれは恐らく央南人!」「ゼンだのジンギだの、よく分からないものを崇拝する怪しい者共です!」
金髪の方の熊獣人の説明に、少女は眉をひそめた。
「あなたたち。『よく分からないから』と言う理由だけで何故怪しいと言い切り、遠ざかるのです? 分からないものなら、何でも悪だと言うのですか?」
「いえ、そう言うわけでは」「我々は、ただ殿下の安全を……」
今度は黒髪の熊獣人の言葉に突っかかる。少女のその口調と態度は、まるで母親が小さな子を叱るようだった。
「安全ですって? あの方がわたくしに何かしてくると言うのですか?
あなたたちはわたくしの周りにいる者が皆、わたくしを襲うと悪漢だとでも言うのですか!?」
「いや、しかし」
「まさか、あなたは道行く人を意味無く殴った経験でもあるのですか!?」
「あ、ありませんが、その」
「無いのでしたら何故、そんな失礼なことを考えるのです!? 自分以外は皆、悪逆非道の輩だとでも言うのですか!?」
「い、いえっ」
「他人をいたずらに貶めるものではありません! 反省なさい!」
「は、はあ……」「それは、はい、まあ……」
「『まあ』、何ですか?」
「……失礼いたしました」「反省しております」
二人を叱り飛ばしたところで、少女は晴奈の姿をもう一度見ようと前方に目を向けた。
「……ああ、見失ってしまいましたわ」
少女はとても、がっかりした声を出した。
夕闇が深くなってきたので、晴奈はそろそろ朱海の店に戻ることにした。
「えー、と。この道、だったか」
市街地へ戻る道を思い出しながら、晴奈は辺りを見回した。
と――。
「……ん?」
小さな「狼」の女の子が、既に閉店した店の前でうずくまっている。辺りはもう暗くなっていたし、その子は泣いているようにも見える。
「……うーむ」
そんな状況で放っておくわけにも行かず、晴奈はその子に声をかけた。
「あー、と。一体どうした?」
「え?」
晴奈の予想通り、その女の子はべそをかいていた。
「あ、あのっ、えっと」
「迷子になったのか?」
「う、うん」
女の子はコクコクとうなずく。
「名前は何と言う?」
「プレア」
晴奈はプレアの頭を優しく撫で、泣き止ませようとする。
「そうか。プレア、家はどこだ?」
「えっとね、その、あの」
言葉が続かない。見たところ7、8歳程度であるし、よく分かっていないのだろう。
「むう……。まあ、とりあえず一緒に来るか? 私の知り合いなら情報通だし、知っているかも知れぬぞ」
「え、でも……。知らない人には、ついてっちゃだめって」
「ふむ」
困った顔をするプレアをじっと見ながら、晴奈は人差し指を立てた。
「私の名は黄晴奈、旅の剣士だ。これで、プレアは私のことを知っているわけだ」
「うん」
「これなら、一緒に来られるかな?」
「うん、分かった。ついてく」
にこっと笑ったプレアに、晴奈は彼女のことがちょっとだけ、心配になった。
(自分でやっておいてなんだが、こんな詭弁にだまされてはダメだろう……)
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異邦人、晴奈。
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時刻は黄昏時になり、晴奈は黄金色に染まった街をぶらついていた。
(『ごーるど』は、金のことだったな。で、『こーすと』は確か、湾岸だった。
ゴールドコーストとは『黄金の湾岸』、か)
街の名前をあれこれ類推しながら、晴奈は市街地を離れて港に向かう。
港町出身のためか、このような海の見える場所に来ると、晴奈の心は何故か躍る。
「ん……」
港湾部も観光地の一部であるらしく、夕方と言うのに人が多い。市街地ほどではないが、それでも大分騒がしい。
(流石に観光都市と称されるだけはあるな)
港には遊覧用の船が係留されており、沖の方にはいかにも宴を催していそうな雰囲気の豪華絢爛な船が数多、泳いでいる。
(本当に華やかな街だ。用事が済んだらまた、ここに来てみようかな)
――にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年ほど、長居してしまったわね。晴奈、あなたももし旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ――
かつて師匠、雪乃が言っていた言葉を思い出しながら、晴奈は港を散策していた。
「はぁ」
ほぼ同時刻、晴奈がいる辺りからほんの十数メートル後ろ。
茶色い髪と毛並みの狐獣人で、可憐な身なりの少女が、背後に金髪と黒髪の熊獣人2名を引き連れて港を歩いていた。
少女はチラ、と後ろを向いて、もう一度ため息をつく。
「……はぁ」
「どうされたのですか、殿下?」「どこか具合を悪くされましたか?」
殿下と呼ばれた少女は「熊」たちの方を振り向き、ため息をついた理由を遠まわしに説明する。
「わたくしの後ろに背後霊がぴったり、憑いていらっしゃいますもの。気分も重くなると言うものですわ」
「霊!? モンスターですか!」「一体、どこに!?」
「熊」たちは少女を囲み、きょろきょろと辺りを見回す。
二人の頭と勘の悪さに、少女はもう一度ため息をついた。
「はぁ……。もう結構ですわ」
「そうですか」「ご無事なようで」
「旅をしている気分が、まったくいたしませんわ」
少女は憮然とした顔で「熊」たちに向き直る。
「ねえ、二人とも。少しの間、わたくしを一人にしてくださらないかしら?」
その言葉に、「熊」二人はブルブルと首を振り、即座に却下する。
「いけませんいけません!」「殿下の御身に何か遭っては一大事です!」
「……そうでしょうね。そうでしょうとも」
少女は二人から離れることを諦め、前を向いた。
「あら?」
少女の目に、この近辺では見慣れない姿の猫獣人が映った。言うまでも無く、晴奈である。
「あれは?」
「何ですか?」「どれでしょう?」
「ほら、少し先にいらっしゃる『猫』の方。不思議な格好をしていらっしゃいますけれど」
「ふむ」「確かに、妙な服ですね」
「一体どこの国の方なのでしょう?」
少女は晴奈に興味を持ち、近付いてみようとする。
ところが「熊」二人が少女の前に立ち、行く手を阻む。
「危ないですぞ、殿下!」「あのような怪しい身なりの者に近付いてはなりません!」
二人の言い草に少女は面食らい、憤った。
「何てことを言うのですか、あなたたちは? 普通に歩いていらっしゃるだけでしょう」
「いいえ、あれは恐らく央南人!」「ゼンだのジンギだの、よく分からないものを崇拝する怪しい者共です!」
金髪の方の熊獣人の説明に、少女は眉をひそめた。
「あなたたち。『よく分からないから』と言う理由だけで何故怪しいと言い切り、遠ざかるのです? 分からないものなら、何でも悪だと言うのですか?」
「いえ、そう言うわけでは」「我々は、ただ殿下の安全を……」
今度は黒髪の熊獣人の言葉に突っかかる。少女のその口調と態度は、まるで母親が小さな子を叱るようだった。
「安全ですって? あの方がわたくしに何かしてくると言うのですか?
あなたたちはわたくしの周りにいる者が皆、わたくしを襲うと悪漢だとでも言うのですか!?」
「いや、しかし」
「まさか、あなたは道行く人を意味無く殴った経験でもあるのですか!?」
「あ、ありませんが、その」
「無いのでしたら何故、そんな失礼なことを考えるのです!? 自分以外は皆、悪逆非道の輩だとでも言うのですか!?」
「い、いえっ」
「他人をいたずらに貶めるものではありません! 反省なさい!」
「は、はあ……」「それは、はい、まあ……」
「『まあ』、何ですか?」
「……失礼いたしました」「反省しております」
二人を叱り飛ばしたところで、少女は晴奈の姿をもう一度見ようと前方に目を向けた。
「……ああ、見失ってしまいましたわ」
少女はとても、がっかりした声を出した。
夕闇が深くなってきたので、晴奈はそろそろ朱海の店に戻ることにした。
「えー、と。この道、だったか」
市街地へ戻る道を思い出しながら、晴奈は辺りを見回した。
と――。
「……ん?」
小さな「狼」の女の子が、既に閉店した店の前でうずくまっている。辺りはもう暗くなっていたし、その子は泣いているようにも見える。
「……うーむ」
そんな状況で放っておくわけにも行かず、晴奈はその子に声をかけた。
「あー、と。一体どうした?」
「え?」
晴奈の予想通り、その女の子はべそをかいていた。
「あ、あのっ、えっと」
「迷子になったのか?」
「う、うん」
女の子はコクコクとうなずく。
「名前は何と言う?」
「プレア」
晴奈はプレアの頭を優しく撫で、泣き止ませようとする。
「そうか。プレア、家はどこだ?」
「えっとね、その、あの」
言葉が続かない。見たところ7、8歳程度であるし、よく分かっていないのだろう。
「むう……。まあ、とりあえず一緒に来るか? 私の知り合いなら情報通だし、知っているかも知れぬぞ」
「え、でも……。知らない人には、ついてっちゃだめって」
「ふむ」
困った顔をするプレアをじっと見ながら、晴奈は人差し指を立てた。
「私の名は黄晴奈、旅の剣士だ。これで、プレアは私のことを知っているわけだ」
「うん」
「これなら、一緒に来られるかな?」
「うん、分かった。ついてく」
にこっと笑ったプレアに、晴奈は彼女のことがちょっとだけ、心配になった。
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