「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・揺春抄 2
麒麟を巡る話、第501話。
ずれる想い。
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2.
ルシオ夫妻の宿として宛てがわれた修行場の一つ、浦月堂に移り、二人きりになったところで、春が口を開く。
「位ある人間に、あれだけ露骨ににこにこと振る舞われたら」
「ん?」
「大抵の人は何か裏でもあるのかと勘繰るところですけれど、……自分でも驚いてますが、素直にあの人の言葉を信じそうになりました」
「……疑い過ぎだと思うんだけどなぁ」
ルシオの言葉に、春は一瞬、不快そうな表情を浮かべたが、すぐにしゅんとなる。
「そうかも知れません。もしかしたら本当に、焔女王はただ真剣に、農業指導を求めているだけなのかも、……と思い始めてきました。
でもわたしは央南でずっと、『焔紅王国は悪の巣窟』であると聞かされて育ってきたせいか、どうしても信じ切れないんです。もしかしたら、もしかしたら、……と、ずっと心のどこかで考えてしまっていて」
「もし、本当に君の言う通り、ホムラ女王が何か企んでるって言うならさ」
ルシオは春の手を握り、こううそぶく。
「僕が何としてでも、君を連れて央南に逃げ帰って見せるよ」
春は呆れたようにくすっと笑って返した。
「期待はしてませんけど、……でも、その時は頼みますね」
翌日からルシオ夫妻の農業指導が開始されたが、ほとんど毎日のように、桜雪は現場に現れた。
「よろしくお願いいたします」
「あ、……はい」
無論、国王である桜雪にそうそう暇があるわけでは無いらしく、やって来て5分もしないうちに渋坂が呼び戻しに来たり、そもそも来られない日もあった。
それでも、桜雪はちょくちょく現場を訪れ、嬉しそうに夫妻の仕事ぶりを眺めていた。
「あの」
それが春には気に入らなかったらしく――ある日、いつものようににこにこしている桜雪に向かって、春が苛立たしげに尋ねた。
「何かわたしたちに、滑稽な点があるのでしょうか?」
「いえ、とんでもありません」
ところがにらまれた途端、桜雪は目を丸くし、驚いたような顔をした。
「もしかして、お気に障りましたか?」
「正直に言いますと、そうです」
春が畳み掛ける。
「わたしも夫も真剣に、仕事に取り組んでいます。それを笑われて、快いと思われるんですか?」
「あ……」
これを聞いて、桜雪は深々と頭を下げた。
「すみません。そんなつもりではなかったのです。ただ……」
「ただ?」
なおも苛立った目を向ける春に、桜雪は申し訳無さそうにこう続けた。
「高名な博士ご夫妻が、この国のために尽力して下さっていると考えたら、とても嬉しくて」
「……」
しばらく沈黙した後、春がふーっ、とため息をついた。
「ではできるだけ、真面目に拝見なさって下さい。繰り返しますが、わたしたちは真面目に仕事をしてますから」
「気を付けます」
「あれは無いんじゃない?」
その日の晩、春の言動をルシオが咎めた。
「いくらなんでも、相手は女王だよ? それも、良識ある名君だ。そんな人に対して『真面目にしろ』は言い過ぎだよ」
「あなたもあの人の肩を持つんですか?」
だが、春はまったく譲らない。
「いや、そう言うわけじゃなくてさ……」
「こっちに来てからずっとそう! 何かにつけて女王、女王って! そんなに女王様が好きなら、わたしのことなんか放っておけばいいでしょう!?」
「バカなこと言わないでくれよ。君への愛情と女王への敬意は別物だ。君のことは妻として、女性として好きだけど、女王に対してそんなこと思ったりなんかするもんか!」
「……」
一転、春はボタボタと涙を流す。
「そんなに怒鳴らなくったっていいでしょう!?」
「怒鳴ってるのは君じゃないか。落ち着きなよ、ハル。君、最近なんか変だよ?」
「それはもう、変にもなってしまいますよ! 連合から離れて、こんな寂れたところで何週間も過ごしてたら、そうなりますっ!」
ついに春はルシオに背を向け、そのまま寝室に駆け込んでしまった。
「……あー……」
一人残されたルシオは顔を両手で覆い、うめくしか無くなった。
(ハル、限界かなー……。一回玄州に戻った方がいいだろうな、これは)
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ずれる想い。
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ルシオ夫妻の宿として宛てがわれた修行場の一つ、浦月堂に移り、二人きりになったところで、春が口を開く。
「位ある人間に、あれだけ露骨ににこにこと振る舞われたら」
「ん?」
「大抵の人は何か裏でもあるのかと勘繰るところですけれど、……自分でも驚いてますが、素直にあの人の言葉を信じそうになりました」
「……疑い過ぎだと思うんだけどなぁ」
ルシオの言葉に、春は一瞬、不快そうな表情を浮かべたが、すぐにしゅんとなる。
「そうかも知れません。もしかしたら本当に、焔女王はただ真剣に、農業指導を求めているだけなのかも、……と思い始めてきました。
でもわたしは央南でずっと、『焔紅王国は悪の巣窟』であると聞かされて育ってきたせいか、どうしても信じ切れないんです。もしかしたら、もしかしたら、……と、ずっと心のどこかで考えてしまっていて」
「もし、本当に君の言う通り、ホムラ女王が何か企んでるって言うならさ」
ルシオは春の手を握り、こううそぶく。
「僕が何としてでも、君を連れて央南に逃げ帰って見せるよ」
春は呆れたようにくすっと笑って返した。
「期待はしてませんけど、……でも、その時は頼みますね」
翌日からルシオ夫妻の農業指導が開始されたが、ほとんど毎日のように、桜雪は現場に現れた。
「よろしくお願いいたします」
「あ、……はい」
無論、国王である桜雪にそうそう暇があるわけでは無いらしく、やって来て5分もしないうちに渋坂が呼び戻しに来たり、そもそも来られない日もあった。
それでも、桜雪はちょくちょく現場を訪れ、嬉しそうに夫妻の仕事ぶりを眺めていた。
「あの」
それが春には気に入らなかったらしく――ある日、いつものようににこにこしている桜雪に向かって、春が苛立たしげに尋ねた。
「何かわたしたちに、滑稽な点があるのでしょうか?」
「いえ、とんでもありません」
ところがにらまれた途端、桜雪は目を丸くし、驚いたような顔をした。
「もしかして、お気に障りましたか?」
「正直に言いますと、そうです」
春が畳み掛ける。
「わたしも夫も真剣に、仕事に取り組んでいます。それを笑われて、快いと思われるんですか?」
「あ……」
これを聞いて、桜雪は深々と頭を下げた。
「すみません。そんなつもりではなかったのです。ただ……」
「ただ?」
なおも苛立った目を向ける春に、桜雪は申し訳無さそうにこう続けた。
「高名な博士ご夫妻が、この国のために尽力して下さっていると考えたら、とても嬉しくて」
「……」
しばらく沈黙した後、春がふーっ、とため息をついた。
「ではできるだけ、真面目に拝見なさって下さい。繰り返しますが、わたしたちは真面目に仕事をしてますから」
「気を付けます」
「あれは無いんじゃない?」
その日の晩、春の言動をルシオが咎めた。
「いくらなんでも、相手は女王だよ? それも、良識ある名君だ。そんな人に対して『真面目にしろ』は言い過ぎだよ」
「あなたもあの人の肩を持つんですか?」
だが、春はまったく譲らない。
「いや、そう言うわけじゃなくてさ……」
「こっちに来てからずっとそう! 何かにつけて女王、女王って! そんなに女王様が好きなら、わたしのことなんか放っておけばいいでしょう!?」
「バカなこと言わないでくれよ。君への愛情と女王への敬意は別物だ。君のことは妻として、女性として好きだけど、女王に対してそんなこと思ったりなんかするもんか!」
「……」
一転、春はボタボタと涙を流す。
「そんなに怒鳴らなくったっていいでしょう!?」
「怒鳴ってるのは君じゃないか。落ち着きなよ、ハル。君、最近なんか変だよ?」
「それはもう、変にもなってしまいますよ! 連合から離れて、こんな寂れたところで何週間も過ごしてたら、そうなりますっ!」
ついに春はルシオに背を向け、そのまま寝室に駆け込んでしまった。
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