「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・揺春抄 3
麒麟を巡る話、第502話。
焔紅王国の異邦人。
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3.
もうじき冬が終わる頃とは言え、床の間やお堂で毛布も無しに寝転ぶには、あまりにも寒い。
寝室から締め出されたルシオは、仕方なく温泉街へと繰り出した。
(すぐ眼鏡が曇っちゃうな……)
温泉街はあちこちに湯気が立っており、ほんのりと暖かい。そして体の外からだけではなく、内側からも温めようとする施設――即ち、飲食店も立ち並んでいる。
眼鏡の曇りを拭き、視界が明瞭になったところで、ルシオはそれらの店を一瞥する。
(そう言えば、ご飯食べる前にお堂を出ちゃったなぁ)
確認したところで、ぐう、と腹が鳴る。
ルシオはとりあえず、すぐ横に構えていた店へと入ることにした。
「いらっしゃっせー、1名様どうぞ!」
大きく粗雑な挨拶に出迎えられ、ルシオはカウンター席に着く。
「何にしやしょ?」
「えー、と……」
卓上や壁に貼られたメニューを見るが、当然どれも央南語で書かれており、ルシオは閉口する。
と、横に座っていた狐獣人の客が、チラ、とルシオを横目で見、ぼそっと店主に告げた。
「僕と同じもん食べさせとき。同じ央中人やろし、好みがえらい合わんっちゅうことは無いやろから」
「へぇ、承知しました」
「え? え?」
ぎょっとしているルシオに、その金髪に赤メッシュの「狐」は央中語で話しかけてきた。
「見た感じそのまま、央中南部生まれって顔や。グラーナ王国かバイエル共和国っちゅうところやろ」
「え? ええ、確かにそうです。バイエルのセサミパスって村の生まれです」
「ド田舎やな。確かミッドランド市国のある、フォルピア湖の南淵辺りやったな」
「よくご存知ですね」
「僕らにとったら央中は、自分の庭みたいなもんやからな。それこそどこの街にどんな産物があるかくらい、ソラで言えるんは当然のことや。
でも……」
狐獣人はルシオをじろじろと眺めつつ、首を傾げる。
「なんでこんなとこにおるん? 央中人なんか、僕だけや思てたけど」
「仕事です」
「貿易関係か?」
「いえ、農業指導で」
「ほー……。道理で学者っぽいなとは思てたわ。浮世離れした格好しとるし。
あ、ちゅうことはアンタ、ルシオ・ブロッツォ博士か?」
「あ、はい」
「女王さんから名前だけは聞いとったわ。ああ、アンタがそうやったんか」
狐獣人は懐から名刺を取り出し、ルシオに差し出した。
「僕は金火狐商会系列、トーナ物産社長のレオン・エミリオ・トーナ・ゴールドマンや。
長いからエミリオでええで」
「どうも、エミリオさん」
故郷から遠く離れたこの地で同郷の人間に出会ったことで、ルシオはすっかり高揚していた。
「いやぁ……、それにしても懐かしいです。当たり前ですけど、央南はどこに言っても央南語で会話してますからね」
何年か振りに央中語での会話を交わし、ルシオは上機嫌になっている。対するエミリオも、ニコニコしながらこう返す。
「そらそやろ。僕かて央中語でこんだけ話すんの、何ヶ月ぶりやろって感じやし」
「ここ、長いんですか?」
「まあ……、色々あってな。市国には居辛いねん。ちょくちょく理由付けて、こっちに渡っとる感じや」
「そうなんですか……。うちの妻が聞いたら、『勿体無い』とか言いそうですね」
「ん?」
酒に酔っているらしい、とろんとした目を向けてきたエミリオに、ルシオは春のことを話した。
「まあ、僕らの目から見たら同じ央南でも、ちょっと違うやろしな。何かとイライラすることもあるやろな。
……でも、僕に言わせたら連合も大概やけどな」
「と言うと?」
「あんな、これはあんまり大っぴらには言えへんのやけど……」
エミリオはチラ、と店主や他の客を眺め、小声で話し――かけて、途中で笑い出した。
「……ちゅうても央中語で話したら問題無いか。抜けとるな、ははは……。
いやな、今の央南連合の主席しとる女。博士は知っとるか?」
「ええ、名前だけは。アスカ・タチバナ女史でしたっけ」
「そや、その女。……そいつがな、旦那と組んで阿漕なことばっかりしとるんよ」
「旦那さん?」
「西大海洋同盟の現総長、シュンジ・ナイジェルっちゅうやつや。こいつとタチバナが裏で表で色々アレコレ何やかやと、えげつない条約・密約を交わしとってな。
一例を言うと、北方と央南間以外の貿易には1000%やら2000%になるような、とんでもない関税かけとるんよ。おかげでウチの対央南、対北方貿易は壊滅状態や。
勿論、何度と無く抗議してはいるんやけどもな、あいつら聞く耳持ってへんねん。あーだこーだ理由付けて、結局税率も差別的措置もそのまんまや」
「あんまり貿易とかは詳しくないですけど、2000%ってなんか、ひどそうですね」
「ひどそうやなくて、ひどいんや。ひどいにも程があるっちゅうもんや。
考えてみいや、ウチで一個3エルくらいの蜜柑を央中から央南に卸すだけで、こっちで一個100玄超えるんやで。レート自体、エルと玄はトントンなはずやのに、やで?」
その額を聞き、ルシオは声を上げて驚く。
「30倍ですか!?」
「関税に加えてコストやらリベートやら加えると、どうしてもそうなるんよ。誰がそんなバカみたいに高い蜜柑買う?
ちゅうわけで、央中・央南間での貿易は完全に死に体や。焔紅王国以外ではな」
「なるほど……。だからエミリオさん、こちらで商売されてるんですね」
「ま、そこはそれ、僕に先見の明があった、ちゅうやつや。
連合がそうなる前から、この国には目ぇ付けてたんよ。ホムラ女王がやり手そうやっちゅうことは、即位辺りからピンと来てたからな」
「流石、金火狐ですね」
「……まあ、な。……まだ一族ん中では、パチモンのアホ扱いやけどな」
「え?」
「……いや、何でもあらへん」
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焔紅王国の異邦人。
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もうじき冬が終わる頃とは言え、床の間やお堂で毛布も無しに寝転ぶには、あまりにも寒い。
寝室から締め出されたルシオは、仕方なく温泉街へと繰り出した。
(すぐ眼鏡が曇っちゃうな……)
温泉街はあちこちに湯気が立っており、ほんのりと暖かい。そして体の外からだけではなく、内側からも温めようとする施設――即ち、飲食店も立ち並んでいる。
眼鏡の曇りを拭き、視界が明瞭になったところで、ルシオはそれらの店を一瞥する。
(そう言えば、ご飯食べる前にお堂を出ちゃったなぁ)
確認したところで、ぐう、と腹が鳴る。
ルシオはとりあえず、すぐ横に構えていた店へと入ることにした。
「いらっしゃっせー、1名様どうぞ!」
大きく粗雑な挨拶に出迎えられ、ルシオはカウンター席に着く。
「何にしやしょ?」
「えー、と……」
卓上や壁に貼られたメニューを見るが、当然どれも央南語で書かれており、ルシオは閉口する。
と、横に座っていた狐獣人の客が、チラ、とルシオを横目で見、ぼそっと店主に告げた。
「僕と同じもん食べさせとき。同じ央中人やろし、好みがえらい合わんっちゅうことは無いやろから」
「へぇ、承知しました」
「え? え?」
ぎょっとしているルシオに、その金髪に赤メッシュの「狐」は央中語で話しかけてきた。
「見た感じそのまま、央中南部生まれって顔や。グラーナ王国かバイエル共和国っちゅうところやろ」
「え? ええ、確かにそうです。バイエルのセサミパスって村の生まれです」
「ド田舎やな。確かミッドランド市国のある、フォルピア湖の南淵辺りやったな」
「よくご存知ですね」
「僕らにとったら央中は、自分の庭みたいなもんやからな。それこそどこの街にどんな産物があるかくらい、ソラで言えるんは当然のことや。
でも……」
狐獣人はルシオをじろじろと眺めつつ、首を傾げる。
「なんでこんなとこにおるん? 央中人なんか、僕だけや思てたけど」
「仕事です」
「貿易関係か?」
「いえ、農業指導で」
「ほー……。道理で学者っぽいなとは思てたわ。浮世離れした格好しとるし。
あ、ちゅうことはアンタ、ルシオ・ブロッツォ博士か?」
「あ、はい」
「女王さんから名前だけは聞いとったわ。ああ、アンタがそうやったんか」
狐獣人は懐から名刺を取り出し、ルシオに差し出した。
「僕は金火狐商会系列、トーナ物産社長のレオン・エミリオ・トーナ・ゴールドマンや。
長いからエミリオでええで」
「どうも、エミリオさん」
故郷から遠く離れたこの地で同郷の人間に出会ったことで、ルシオはすっかり高揚していた。
「いやぁ……、それにしても懐かしいです。当たり前ですけど、央南はどこに言っても央南語で会話してますからね」
何年か振りに央中語での会話を交わし、ルシオは上機嫌になっている。対するエミリオも、ニコニコしながらこう返す。
「そらそやろ。僕かて央中語でこんだけ話すんの、何ヶ月ぶりやろって感じやし」
「ここ、長いんですか?」
「まあ……、色々あってな。市国には居辛いねん。ちょくちょく理由付けて、こっちに渡っとる感じや」
「そうなんですか……。うちの妻が聞いたら、『勿体無い』とか言いそうですね」
「ん?」
酒に酔っているらしい、とろんとした目を向けてきたエミリオに、ルシオは春のことを話した。
「まあ、僕らの目から見たら同じ央南でも、ちょっと違うやろしな。何かとイライラすることもあるやろな。
……でも、僕に言わせたら連合も大概やけどな」
「と言うと?」
「あんな、これはあんまり大っぴらには言えへんのやけど……」
エミリオはチラ、と店主や他の客を眺め、小声で話し――かけて、途中で笑い出した。
「……ちゅうても央中語で話したら問題無いか。抜けとるな、ははは……。
いやな、今の央南連合の主席しとる女。博士は知っとるか?」
「ええ、名前だけは。アスカ・タチバナ女史でしたっけ」
「そや、その女。……そいつがな、旦那と組んで阿漕なことばっかりしとるんよ」
「旦那さん?」
「西大海洋同盟の現総長、シュンジ・ナイジェルっちゅうやつや。こいつとタチバナが裏で表で色々アレコレ何やかやと、えげつない条約・密約を交わしとってな。
一例を言うと、北方と央南間以外の貿易には1000%やら2000%になるような、とんでもない関税かけとるんよ。おかげでウチの対央南、対北方貿易は壊滅状態や。
勿論、何度と無く抗議してはいるんやけどもな、あいつら聞く耳持ってへんねん。あーだこーだ理由付けて、結局税率も差別的措置もそのまんまや」
「あんまり貿易とかは詳しくないですけど、2000%ってなんか、ひどそうですね」
「ひどそうやなくて、ひどいんや。ひどいにも程があるっちゅうもんや。
考えてみいや、ウチで一個3エルくらいの蜜柑を央中から央南に卸すだけで、こっちで一個100玄超えるんやで。レート自体、エルと玄はトントンなはずやのに、やで?」
その額を聞き、ルシオは声を上げて驚く。
「30倍ですか!?」
「関税に加えてコストやらリベートやら加えると、どうしてもそうなるんよ。誰がそんなバカみたいに高い蜜柑買う?
ちゅうわけで、央中・央南間での貿易は完全に死に体や。焔紅王国以外ではな」
「なるほど……。だからエミリオさん、こちらで商売されてるんですね」
「ま、そこはそれ、僕に先見の明があった、ちゅうやつや。
連合がそうなる前から、この国には目ぇ付けてたんよ。ホムラ女王がやり手そうやっちゅうことは、即位辺りからピンと来てたからな」
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「……まあ、な。……まだ一族ん中では、パチモンのアホ扱いやけどな」
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