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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 3;白猫夢」
    白猫夢 第10部

    白猫夢・揺春抄 5

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    麒麟を巡る話、第504話。
    情緒不安定。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ひとしきり泣ききったところで、春は寝室の襖越しに、お堂の戸が開く音を聞いた。
    (……?)
     そっと襖を開け、居間として使っていた部屋を覗いてみたが、夫がいる様子は無い。
    (ルシオ? ……どこへいったのかしら?)
     春はそのまま居間へ移り、夫の行方を推理しようとする。
     ただし、この時の春は情緒不安定であり、推理に必要な客観性、言い換えれば冷静さが著しく欠けていた。
    (日も暮れたと言うのに、あの人は一体どこへ? わたしに隠れて、何かやましいことをしようとしているのでは? いえ、きっとそう。きっとあの女王のところよ。間違いないわ。
     ああ……、なんてことかしら! こんな国に来てしまったせいで、あの人が女王に盗られてしまうなんて! いえ、あの人は元々からこの国に行きたいと言っていたもの、ずっと前から籠絡されていたに違いないわ! きっと裏で口裏を合わせて、適当な理由を付けてこの国に来る口実を立てて……)
     考えれば考えるほど、整合性の無い、春の妄想にとってのみ都合のいい、荒唐無稽な論理が組み立てられていく。
     だが、冷静さを欠いた春には、その理屈がどんな言葉よりも正当性を持っているように感じてしまっている。
    (もう嫌! これ以上、こんなところにいたくなんかない!)
     春は無意識に自分のかばんを抱きかかえ、お堂を飛び出していた。



     はっと我に返った時には、春は既に紅蓮塞の灯りが見えないところまで逃げていた。
    「……あ」
     そこでようやく、春は自分が部屋着のままであることに気が付いた。
    「さむ……」
     吐く息は白く、手も真っ青になっている。慌ててかばんを開け、上着や手袋を探すが――。
    (置いてきちゃったみたい。……どうしようかしら)
     両手に吐息を当てて温めようとするが、あまり効果が感じられない。足元にかばんを置き、両手をこすり合わせても、掌も指も冷たく、温まってこない。
    (……戻ろうかしら?
     さっきの、よく考えてみたら無茶苦茶だし。どうして夫と女王が会う前から通じているなんて思ったりしたのかしら。連合と王国が国交断絶してた状態で交流なんて、できるはずがないのに。
     誰にも何も言わずに飛び出したから、今ならまだ恥をかかずに戻れるでしょうし)
     外気で冷えた頭が、ようやくまともな思考を始める。
     春は足元に置いたままのかばんを手に取ろうと、しゃがみ込んだ。

     その時だった。
    「紺納博士ですか?」
    「え?」
     しゃがんだまま振り向くと、そこにはスーツを着た男が2人、並んで立っていた。
    「えっと……、王国の方、ですか?」
     尋ねつつも、春は彼らが王国の関係者ではないことを悟っていた。
     王国の人間は皆、昔ながらの和装を着ており、洋装をした人間は自分が知る限り、夫のルシオか、温泉街でちらほら見かける観光客くらいしかいない。
     それ以前に、彼らの胸に付けられた徽章は――。
    「我々は央南連合の者です」
    「です、よね」
     彼らの素性には納得したものの、春の中には次の疑問が浮かんでいた。
    「あの、連合の方が何故、この国にいらっしゃるのでしょうか? それに、わたしのことを何故ご存じなのでしょう?」
    「説明が足りませんでしたね」
     男たちは一瞬、顔を見合わせ、こう続けた。
    「我々の所属は、正式には央南連合軍諜報部、特殊工作課と申します。
     具体的に言えば、この焔紅王国に対して何か、政治的・国際的に不利な材料が無いか調査し、上層部に報告することを任務としています。……ここまでが諜報部の主な仕事です」
    「そして特殊工作課の仕事ですが、その不利な材料が無いようならば」
     男たちはそこで銃を懐から取り出し、春に向けた。
    「捏造するように命令されています。
     紺納博士。あなたは連合下の人間でありながら王国の人間と通じ、諜報活動を行っているものと設定……、いえ、判断し、連合へ連行します」
    「え……!?」
     やってもいない罪を宣告され、春はうろたえる。
    「な、何を仰って、あの、わたしは……」
    「抵抗は無用です。もしも抵抗されるのであれば、我々はここであなたを射殺し、適当にでっち上げた証拠をそのかばんに詰めておいて、国境辺りに放置するだけですが」
    「無論、それだと我々の仕業と勘繰られて、王国側に陰謀だとして吹聴されるおそれもある。となると逆効果になるでしょうし、それはしたくない。
     それよりも連合までご足労いただき、そこで『正当な裁判の結果』、政治犯となっていただく方が、我々には何かと都合がいい。
     と言うわけで、ご同行を」
     そう言って、男たちは銃の撃鉄を起こす。
    「……」
     春はそれ以上何も反論できず、従うしか無かった。

    白猫夢・揺春抄 終
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