「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・乱南抄 6
麒麟を巡る話、第510話。
情報戦。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
「仕掛けはできてるだろうね?」
公の場とは打って変わって、春司は甘い声で電話の向こうの相手に尋ねる。相手もそれに応じるように、とろっとした声で返す。
《ええ、もうバッチリよ。時期が来ればいつでも行けるわ》
「流石だね。じゃあ、あの件も問題ないってことでいいかな?」
《あの件?》
「『桜の伐採』だよ」
《ああ、アレね。勿論よ。白猫党への迎撃準備と並行して、秘密裏に整えさせてるわ》
「うん、それでいい。……ああ、そうそう。これはまだ内々の話なんだけど、僕たちが央南連合を訪ねようかって話が出てるんだ。いつくらいが丁度いいかな?」
《そうね、3週間後なら空いてるわ。ソレくらいなら、あなたが前回指示してた件が全部片付けられそうだし》
「分かった、3週間後だね。じゃあ皆にも、そう言っておくよ」
《コッチも言っとくわ。……んふふ》
「どうしたの?」
《久々にあなたに逢えるな、って。子供たちなんかヘタしたら、あなたの顔忘れてそうだし》
「ありえそうで怖いな。じゃ、お土産もどっさり買っていくよ。無論、君にもね」
《楽しみにしてるわ。じゃ、ね》
「ああ、それじゃね、飛鳥。愛してるよ」
そこで電話を切り、春司は自室の壁に掛けた世界地図を眺める。
「……ふふふ」
春司は指で北方大陸と央南をなぞり、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「ほんの偶然からだったが……、まさかこうまで、事態が都合よく動くとは思わなかった。
今後、うまく立ち回っていけば、央南は我が北方の『植民地』にすることが可能だろう。長らく氷と岩山に閉じ込められ、世界から隔絶されてきた我が国が、これでようやく世界一の大国になれるわけだ」
「なーにが『それじゃね、アスカ。愛してるよ』だっつーの」
傍受された電話通信の再生が終わるなり、白猫党党首、シエナ・チューリンは大仰に肩をすくめ、渋い顔をした。
「ま、この通りよ。シュンジ・ナイジェルは同盟のホットラインがアタシたちに掌握されてるコトすら、まったく気付いてる様子が無いわ。こんな悠長なラブコールするくらいだもの。
つまり今後の作戦行動は、全部コイツが漏らしてくれるってワケよ」
「今回も難なく、陥落できるでしょうな」
「無駄な戦いはしないに越したコトは無いわ。そうでしょ、ロンダ」
「左様ですな。流れる血は少なければ少ないほど良いのです」
白猫党の最高幹部たちは、揃って笑顔を浮かべている。
数ヶ月前には茫然自失だったシエナですらも、今は活き活きとした表情で会議を進めていた。
「『預言』にもあった通り、ナイジェル氏が央南を来訪するのは3週間後の4月16日、天曜よ。となればその前、13日から15日は西大海洋を縦断中のはず。両地域の通信範囲を離れ、身動きが取れない状態になってるわ。
だからこの間に我々は央南東部、青州をはじめとする主要都市を占拠する。そうすればナイジェル氏は到着寸前で慌てて引き返さざるを得なくなり、さらに不在期間は伸びる。
同盟と央南連合の連携は、この数日で壊滅的な状態に陥るでしょうね」
シエナの説明に、幹事長のイビーザが深々とうなずく。
「央中攻略の際にも、同盟の武力は決して侮れぬ存在でしたからな。
特に今回は、両組織が懇意にしている関係もあり、うかつな攻めは即座に北方からの攻撃を受ける恐れがあったわけです。が……」
「そう、その通りよ。コレで北方の動きを止め、残る西部の各主要都市を電撃的に制圧してしまえば、戦況は一気に我々の有利に傾くわ。
ナイジェル氏が画策しているようなアタシたちへの非難宣伝作戦なんて、何の意味も成さなくなる。そんな悠長なコトなんか、やってる暇は与えやしないわ。
そうでしょ、アオイ?」
シエナの言葉に、幹部陣の目は一斉に、卓から離れた場所にぽつんと座っていた葵に向けられる。
それに対し、葵はこくんとうなずいて返す。
「ん」
「と言うワケよ。早速、準備を進めてちょうだい」
「承知いたしました、総裁」
幹部陣は揃って席を立ち、ぞろぞろと会議室を後にした。
と――政務部長のトレッドが踵を返し、戻ってくる。
「シエナ」
「なに?」
「その……、ご気分の方は、もう大丈夫なのですか?」
「アタシの? まあ、……そうね。もう不安は無くなったわ。こうしてアオイが、元通りに『預言』をくれるようになったんだし」
「それを聞いて安心しました」
トレッドはにこ、と笑みを浮かべる。
「この数ヶ月、我が党は本当に、危険なバランスの上にありましたからね。
いつシエナが伏せってしまうか、いつイビーザやロンダが独断専行を始めるか、……と、気が気でなりませんでしたよ」
「心配かけたわね」
シエナもにっと、口角を上げて返す。
「ところで、アオイ。アンタ、なんか変わったわね?」
「そう?」
「そうよ。そもそも会議に出席なんて、今まで一度もやらなかったじゃない」
「……色々、考えて。これからも出るつもり」
「まあ、ソレならソレでいいわ。一々何があったって、報告する手間が省けるから」
「ん」
「……」
二人のやり取りを見ていたトレッドは、にこにこと笑ってはいたが、その胸中には不安が渦巻いていた。
(何も変わってなどいない……。
シエナが元気になったのは、結局はアオイ嬢が復帰したからに過ぎないのだ。またアオイ嬢が寝込んだり、行方を眩ませたりでもすれば、また以前の繰り返しになるだろう。
シエナには変わってもらわねば――アオイ嬢が不在でも、党首として一人で、自信を持って立ち回れるように)
「どうしたの?」
いつの間にか顔から笑みが消えてしまっていたらしく、シエナがきょとんとした顔で見つめている。
「ああ、いえ、何でも」
トレッドは再度、笑顔を浮かべた。
白猫夢・乱南抄 終
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「仕掛けはできてるだろうね?」
公の場とは打って変わって、春司は甘い声で電話の向こうの相手に尋ねる。相手もそれに応じるように、とろっとした声で返す。
《ええ、もうバッチリよ。時期が来ればいつでも行けるわ》
「流石だね。じゃあ、あの件も問題ないってことでいいかな?」
《あの件?》
「『桜の伐採』だよ」
《ああ、アレね。勿論よ。白猫党への迎撃準備と並行して、秘密裏に整えさせてるわ》
「うん、それでいい。……ああ、そうそう。これはまだ内々の話なんだけど、僕たちが央南連合を訪ねようかって話が出てるんだ。いつくらいが丁度いいかな?」
《そうね、3週間後なら空いてるわ。ソレくらいなら、あなたが前回指示してた件が全部片付けられそうだし》
「分かった、3週間後だね。じゃあ皆にも、そう言っておくよ」
《コッチも言っとくわ。……んふふ》
「どうしたの?」
《久々にあなたに逢えるな、って。子供たちなんかヘタしたら、あなたの顔忘れてそうだし》
「ありえそうで怖いな。じゃ、お土産もどっさり買っていくよ。無論、君にもね」
《楽しみにしてるわ。じゃ、ね》
「ああ、それじゃね、飛鳥。愛してるよ」
そこで電話を切り、春司は自室の壁に掛けた世界地図を眺める。
「……ふふふ」
春司は指で北方大陸と央南をなぞり、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「ほんの偶然からだったが……、まさかこうまで、事態が都合よく動くとは思わなかった。
今後、うまく立ち回っていけば、央南は我が北方の『植民地』にすることが可能だろう。長らく氷と岩山に閉じ込められ、世界から隔絶されてきた我が国が、これでようやく世界一の大国になれるわけだ」
「なーにが『それじゃね、アスカ。愛してるよ』だっつーの」
傍受された電話通信の再生が終わるなり、白猫党党首、シエナ・チューリンは大仰に肩をすくめ、渋い顔をした。
「ま、この通りよ。シュンジ・ナイジェルは同盟のホットラインがアタシたちに掌握されてるコトすら、まったく気付いてる様子が無いわ。こんな悠長なラブコールするくらいだもの。
つまり今後の作戦行動は、全部コイツが漏らしてくれるってワケよ」
「今回も難なく、陥落できるでしょうな」
「無駄な戦いはしないに越したコトは無いわ。そうでしょ、ロンダ」
「左様ですな。流れる血は少なければ少ないほど良いのです」
白猫党の最高幹部たちは、揃って笑顔を浮かべている。
数ヶ月前には茫然自失だったシエナですらも、今は活き活きとした表情で会議を進めていた。
「『預言』にもあった通り、ナイジェル氏が央南を来訪するのは3週間後の4月16日、天曜よ。となればその前、13日から15日は西大海洋を縦断中のはず。両地域の通信範囲を離れ、身動きが取れない状態になってるわ。
だからこの間に我々は央南東部、青州をはじめとする主要都市を占拠する。そうすればナイジェル氏は到着寸前で慌てて引き返さざるを得なくなり、さらに不在期間は伸びる。
同盟と央南連合の連携は、この数日で壊滅的な状態に陥るでしょうね」
シエナの説明に、幹事長のイビーザが深々とうなずく。
「央中攻略の際にも、同盟の武力は決して侮れぬ存在でしたからな。
特に今回は、両組織が懇意にしている関係もあり、うかつな攻めは即座に北方からの攻撃を受ける恐れがあったわけです。が……」
「そう、その通りよ。コレで北方の動きを止め、残る西部の各主要都市を電撃的に制圧してしまえば、戦況は一気に我々の有利に傾くわ。
ナイジェル氏が画策しているようなアタシたちへの非難宣伝作戦なんて、何の意味も成さなくなる。そんな悠長なコトなんか、やってる暇は与えやしないわ。
そうでしょ、アオイ?」
シエナの言葉に、幹部陣の目は一斉に、卓から離れた場所にぽつんと座っていた葵に向けられる。
それに対し、葵はこくんとうなずいて返す。
「ん」
「と言うワケよ。早速、準備を進めてちょうだい」
「承知いたしました、総裁」
幹部陣は揃って席を立ち、ぞろぞろと会議室を後にした。
と――政務部長のトレッドが踵を返し、戻ってくる。
「シエナ」
「なに?」
「その……、ご気分の方は、もう大丈夫なのですか?」
「アタシの? まあ、……そうね。もう不安は無くなったわ。こうしてアオイが、元通りに『預言』をくれるようになったんだし」
「それを聞いて安心しました」
トレッドはにこ、と笑みを浮かべる。
「この数ヶ月、我が党は本当に、危険なバランスの上にありましたからね。
いつシエナが伏せってしまうか、いつイビーザやロンダが独断専行を始めるか、……と、気が気でなりませんでしたよ」
「心配かけたわね」
シエナもにっと、口角を上げて返す。
「ところで、アオイ。アンタ、なんか変わったわね?」
「そう?」
「そうよ。そもそも会議に出席なんて、今まで一度もやらなかったじゃない」
「……色々、考えて。これからも出るつもり」
「まあ、ソレならソレでいいわ。一々何があったって、報告する手間が省けるから」
「ん」
「……」
二人のやり取りを見ていたトレッドは、にこにこと笑ってはいたが、その胸中には不安が渦巻いていた。
(何も変わってなどいない……。
シエナが元気になったのは、結局はアオイ嬢が復帰したからに過ぎないのだ。またアオイ嬢が寝込んだり、行方を眩ませたりでもすれば、また以前の繰り返しになるだろう。
シエナには変わってもらわねば――アオイ嬢が不在でも、党首として一人で、自信を持って立ち回れるように)
「どうしたの?」
いつの間にか顔から笑みが消えてしまっていたらしく、シエナがきょとんとした顔で見つめている。
「ああ、いえ、何でも」
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