「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・既朔抄 7
麒麟を巡る話、第517話。
成人宣言。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
病院を3階に移り、フィオとパラはマークに先導される形で保育室を訪ねた。
「この子?」
「そう」
乳児用のベッドに寝かされた狼耳の赤ん坊を囲みつつ、フィオが尋ねる。
「名前は?」
「ルー。シャランが『男の子でも女の子でも絶対コレっ』って聞かなかった」
「えーと……、男の子?」
「うん」
「愛称は確実に『ルーたん』とかになりそうだね」
「なるだろうなぁ」
「シャランは?」
「この階の、端の病室。って言っても、明日退院の予定」
「……君って今、いくつだったっけ」
「え? 24だよ」
「若いパパだね」
「へへ、まあ、うん」
マークの顔がふにゃ、とにやけたところで、フィオとパラは揃って祝いの言葉を述べた。
「今更になっちゃったけど、結婚と出産おめでとう、マーク」
「おめでとうございます」
「ありがとう、フィオ、パラ。
できればすぐにでも、お礼を返したいな。二人はいつ結婚、……いや、人間になるの?」
「……」
マークに尋ねられ、二人は黙り込んだ。
「どうしたの?」
「実はまだ、迷ってるんだ。いや、迷ってるわけじゃない。いつかなりたいと思ってるのは確かだ。
でもその『いつか』がいきなり目の前に来ちゃったもんだから、僕もパラも、踏ん切りがつかないでいるんだ」
「そっか」
フィオの話を聞き、マークはくる、と踵を返してドアに向かう。
「隣、行こうか。シャランにも顔を見せてあげて」
「ああ」「はい」
廊下に出たところで、マークは肩をすくめてみせた。
「本当にさ、僕はどうしようもない臆病者だって実感したよ」
「え?」
「シャランから子供ができたって聞かされて、結婚しようって迫られたその時、僕はとっさに『でも、フィオたちもまだ結婚してないから』って言ってしまった。
きっとルナさんとか両親からは、『何だかんだと理由を付けて先延ばしにしようとしてるだけだ』って思われただろうな。いや、僕自身もそう思ってた。……そう、自分でもそのことが良く分かってた。
結局、君たちのことを案じてる振りをして、自分の身の振りをいつまでも先延ばしにしようとしてただけなんだ。……それを謝りたい」
「別にそんなの……」
「いや、謝らせてくれ。君たちのことを言い訳にしてたにもかかわらず、結局僕は、それをないがしろにして、結婚することにしたんだから。
僕はいつもこうだ――言い訳ばかりして、自分に降りかかる色んな重要なことから、いつでも逃げていた。王位を継ぐのが嫌だから、母のことを言い訳にして学者になった。一方で経営だ管理だって話も嫌がって、ルナさんがやってくれるって申し出たのに乗っかって丸投げした。結婚だってそうだ。ほとんど全部、シャランの言うことにはい、はいって言っただけだもの。
本当に僕は、逃げてばかりの奴だ。自分のやりたいことしかやらない、卑怯者だよ」
「マーク……」
と、マークは眼鏡を外し、裸眼でフィオたちをまじまじと見つめてきた。
「だけどもう、逃げないようにしたいんだ。このまま何年も経って、ルーが大きくなって、彼に学校とか王位継承とか色々、また面倒な話が起こった時、僕はまた逃げるのか? あの子を見捨てて自分の殻に閉じこもるのか? ……なんて考えた時、本当にもう、このまま生きてちゃ駄目だって思った。
僕は変わるよ。責任を負う。シャランを最期まで幸せにする責任を負う。ルーを立派な人間に育てる責任を負う。
君たちが『人間に生まれ変わる』と言ったように、僕も今日、生まれ変わるつもりだ」
「……そっか」
フィオはそう返し、黙り込む。マークは顔を赤らめながら眼鏡をかけ直し、にこっと笑った。
「じゃ、行こうか」
「ああ」
そのまま廊下を十数歩進み、端の病室に到着する。
「入るよ」
声をかけ、軽くノックをして、マークがドアに手をかける。
「マーク」
そこで突然、フィオとパラが同時に、口を開いた。
「え?」
ドアに手をかけたまま振り返ったマークに、二人はまた同時に、こう告げた。
「決めたよ」「決意しました」
「……そっか。いつ?」
「今日だ。僕たちも今日、生まれ変わる」
「右に同じです」
「分かった。……じゃあ、今日が3人の記念日だね」
マークは二人の手を取り、うつむく。
「約束する。さっき言ったことを、何があっても守る」
「僕も、君にかけて約束する。人間になった暁には、パラをずっと幸せにすると」
「わたくしもマーク、あなたにかけて約束いたします。人間になった暁には終生、フィオの幸福を第一命題として行動いたします」
と――3人の背後から、ニヤニヤしながらシャランが現れた。
「マーク、あなたまるで、神父さんみたいだね」
「おわっ」
「シャラン? 寝てなくて大丈夫なの?」
目を白黒させながらも尋ねたフィオに、シャランがにっこり笑って返す。
「退屈してたもん。うろうろ動き回ってたよ。
……あたし、嬉しいな。マークがあんな風に思ってたなんて」
「え? き、聞いてたの、まさか」
「うん」
「あああぁ……」
マークは顔を真っ赤にし、その場にしゃがみ込んでしまった。
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病院を3階に移り、フィオとパラはマークに先導される形で保育室を訪ねた。
「この子?」
「そう」
乳児用のベッドに寝かされた狼耳の赤ん坊を囲みつつ、フィオが尋ねる。
「名前は?」
「ルー。シャランが『男の子でも女の子でも絶対コレっ』って聞かなかった」
「えーと……、男の子?」
「うん」
「愛称は確実に『ルーたん』とかになりそうだね」
「なるだろうなぁ」
「シャランは?」
「この階の、端の病室。って言っても、明日退院の予定」
「……君って今、いくつだったっけ」
「え? 24だよ」
「若いパパだね」
「へへ、まあ、うん」
マークの顔がふにゃ、とにやけたところで、フィオとパラは揃って祝いの言葉を述べた。
「今更になっちゃったけど、結婚と出産おめでとう、マーク」
「おめでとうございます」
「ありがとう、フィオ、パラ。
できればすぐにでも、お礼を返したいな。二人はいつ結婚、……いや、人間になるの?」
「……」
マークに尋ねられ、二人は黙り込んだ。
「どうしたの?」
「実はまだ、迷ってるんだ。いや、迷ってるわけじゃない。いつかなりたいと思ってるのは確かだ。
でもその『いつか』がいきなり目の前に来ちゃったもんだから、僕もパラも、踏ん切りがつかないでいるんだ」
「そっか」
フィオの話を聞き、マークはくる、と踵を返してドアに向かう。
「隣、行こうか。シャランにも顔を見せてあげて」
「ああ」「はい」
廊下に出たところで、マークは肩をすくめてみせた。
「本当にさ、僕はどうしようもない臆病者だって実感したよ」
「え?」
「シャランから子供ができたって聞かされて、結婚しようって迫られたその時、僕はとっさに『でも、フィオたちもまだ結婚してないから』って言ってしまった。
きっとルナさんとか両親からは、『何だかんだと理由を付けて先延ばしにしようとしてるだけだ』って思われただろうな。いや、僕自身もそう思ってた。……そう、自分でもそのことが良く分かってた。
結局、君たちのことを案じてる振りをして、自分の身の振りをいつまでも先延ばしにしようとしてただけなんだ。……それを謝りたい」
「別にそんなの……」
「いや、謝らせてくれ。君たちのことを言い訳にしてたにもかかわらず、結局僕は、それをないがしろにして、結婚することにしたんだから。
僕はいつもこうだ――言い訳ばかりして、自分に降りかかる色んな重要なことから、いつでも逃げていた。王位を継ぐのが嫌だから、母のことを言い訳にして学者になった。一方で経営だ管理だって話も嫌がって、ルナさんがやってくれるって申し出たのに乗っかって丸投げした。結婚だってそうだ。ほとんど全部、シャランの言うことにはい、はいって言っただけだもの。
本当に僕は、逃げてばかりの奴だ。自分のやりたいことしかやらない、卑怯者だよ」
「マーク……」
と、マークは眼鏡を外し、裸眼でフィオたちをまじまじと見つめてきた。
「だけどもう、逃げないようにしたいんだ。このまま何年も経って、ルーが大きくなって、彼に学校とか王位継承とか色々、また面倒な話が起こった時、僕はまた逃げるのか? あの子を見捨てて自分の殻に閉じこもるのか? ……なんて考えた時、本当にもう、このまま生きてちゃ駄目だって思った。
僕は変わるよ。責任を負う。シャランを最期まで幸せにする責任を負う。ルーを立派な人間に育てる責任を負う。
君たちが『人間に生まれ変わる』と言ったように、僕も今日、生まれ変わるつもりだ」
「……そっか」
フィオはそう返し、黙り込む。マークは顔を赤らめながら眼鏡をかけ直し、にこっと笑った。
「じゃ、行こうか」
「ああ」
そのまま廊下を十数歩進み、端の病室に到着する。
「入るよ」
声をかけ、軽くノックをして、マークがドアに手をかける。
「マーク」
そこで突然、フィオとパラが同時に、口を開いた。
「え?」
ドアに手をかけたまま振り返ったマークに、二人はまた同時に、こう告げた。
「決めたよ」「決意しました」
「……そっか。いつ?」
「今日だ。僕たちも今日、生まれ変わる」
「右に同じです」
「分かった。……じゃあ、今日が3人の記念日だね」
マークは二人の手を取り、うつむく。
「約束する。さっき言ったことを、何があっても守る」
「僕も、君にかけて約束する。人間になった暁には、パラをずっと幸せにすると」
「わたくしもマーク、あなたにかけて約束いたします。人間になった暁には終生、フィオの幸福を第一命題として行動いたします」
と――3人の背後から、ニヤニヤしながらシャランが現れた。
「マーク、あなたまるで、神父さんみたいだね」
「おわっ」
「シャラン? 寝てなくて大丈夫なの?」
目を白黒させながらも尋ねたフィオに、シャランがにっこり笑って返す。
「退屈してたもん。うろうろ動き回ってたよ。
……あたし、嬉しいな。マークがあんな風に思ってたなんて」
「え? き、聞いてたの、まさか」
「うん」
「あああぁ……」
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