「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・既朔抄 9
麒麟を巡る話、第519話。
新しい朝。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
9.
数日後、「フェニックス」研究所。
「おはよう、パラ、フィオ」
「おっ、……は、よう」
ルナの寝室に寝かされていたフィオが、ゆっくり上半身を起こす。
「いでててっ」
と、フィオが両腕を上げる。
「大丈夫?」
「いや、痛いって言うか、すごいビクってきたって言うか、ぞわって言うか」
「し、神経が、び、敏感に、なっ、なっている、ようです」
一方のパラは、未だ横になったままである。
「……パラ」
「は、はひっ」
「イタズラしていい?」
「い、やです」
「いや、する」
ルナはニヤニヤしながら、パラの腕に人差し指を当て、すーっと肩に向かってなぞる。
「ひひゃはあっ!?」
「ん~、いい反応っ」
嬉しそうに笑うルナに、パラが――昨日までには一度も見せることの無かった――恨みがましい目を向けてきた。
「ひ、ひどいれす、主様ぁ」
「あ・る・じ・さ・まぁ?」
ルナは一転、口を尖らせ、パラの長い耳にふーっ、と息をかけた。
「ふひぇへええっ」
「アンタ言ったじゃない。人間になったら、あたしのことを何て言おうって言ってた?」
「……あ」
パラは目を白黒させながらも、どうにか声を絞り出した。
「お、……お母様。……いいえ、……あの、……あの」
「うふふふっ」
ルナはパラの横にしゃがみ込み、嬉しそうに笑う。
「あなたが本当に呼びたかった感じでいいわよ。フィオだって内緒にしてくれるだろうし」
「え?」
フィオがきょとんとしている間に、パラも意を決したらしい。
「……お、……お母さん」
「はーい、パラちゃん」
ルナはニコニコ笑いながら――突然、ぽろっと涙を流した。
「あっ……」
「ど、どうされたのですか?」
「ううん、何でも無いわ。ちょっと、じーんと来ちゃっただけ。ずーっと一緒にいてくれたあなたが、あたしのことをそう呼んでくれる日を、ずっとずっと待ってたから。
なんだか、救われた気すらするわ」
「救われた……?」
同時に尋ねたフィオとパラに、ルナは涙を拭きながら立ち上がり、背を向ける。
「秘密よ。これはあたしが一人で背負ってきた罪。そしてこれからも、秘密のまま背負い続けるつもりよ。
そうでなければ、あたしは母にも、トラス王家にも、葛にも顔向けができないもの」
「その人たちの関連性が分かりません」
パラが不審そうに、そう尋ねる。
「お母さんの母と言うのは、つまりわたくしにとっては祖母に当たる方ですね?」
「ええ。葛にとってもね」
「え? ……え!?」
フィオとパラは同時に体を起こし、そして同時に顔をしかめる。
「うあ……」「いたっ」
「秘密よ? 特に、葛には」
「なんでさ?」
「葛はあたしの母に、良く似てるもの。性格も多分、一緒だろうし。
知ればきっと、あたしが何者かってことを探るわ。そして絶対に軽蔑する。そう言う生き方をしてきたからね」
「思い出しました」
パラがぽつりとつぶやく。
「かつてコントンがお母さんのことを、『ツキノ』と呼んでいたことがありました。央南風の名称です。そこから推理すると、お母さんは央南人だったのですね?」
「ええ」
「そしてカズラの父方の祖母は央南人、『蒼天剣』のセイナ・コウです。祖母とお母さんの母が同一人物であると言うことは、お母さんはカズラの父親、即ちシュウヤ・コウの兄弟なのですね?」
「……ええ、そうよ」
「どこでそんなの調べたの?」
尋ねたフィオに、パラが小さい声で答える。
「アオイのことを調べていた折に。そしてシュウヤ氏の兄弟には、妹が一名いたとのことです。それが黄月乃、即ちお母さんの本名、……ですね」
「ご明察よ」
ルナはベッドの端に腰を落とし、寂しそうに笑った。
「『いた』よね、本当。そう言われても仕方無いわ。
そう。それだけ調べたあなたなら、あたしが、つまり『黄月乃』がしてきたことも知ってるわね」
「はい、存じています」
「あたしは焔流を潰しかけた。いいえ、央南西部そのものを潰しかけた。
そんなあたしが今更正体を明かしても、何やってんのよって話よ」
「お母さん」
パラが心配そうに、顔を上げる。
「お母さんはずっと、後悔されているのですね」
「そうね。……本当、そう。あんなことをしなければ良かったって、この30年ずっと、後悔してるわ。
でももう、償うには遅すぎる。これからもあたしは、この罪を背負い続けるのよ」
「いいえ」
が、パラは首を横に振り、そろそろとした手つきで傍らの新聞を手に取り、ルナに差し出した。
「もしかしたら、罪を償う機会が訪れたのかも知れません」
「どう言うこと?」
「央南にまた、不穏が訪れようとしています」
「……」
ルナは神妙な顔つきで、新聞を受け取った。
白猫夢・既朔抄 終
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数日後、「フェニックス」研究所。
「おはよう、パラ、フィオ」
「おっ、……は、よう」
ルナの寝室に寝かされていたフィオが、ゆっくり上半身を起こす。
「いでててっ」
と、フィオが両腕を上げる。
「大丈夫?」
「いや、痛いって言うか、すごいビクってきたって言うか、ぞわって言うか」
「し、神経が、び、敏感に、なっ、なっている、ようです」
一方のパラは、未だ横になったままである。
「……パラ」
「は、はひっ」
「イタズラしていい?」
「い、やです」
「いや、する」
ルナはニヤニヤしながら、パラの腕に人差し指を当て、すーっと肩に向かってなぞる。
「ひひゃはあっ!?」
「ん~、いい反応っ」
嬉しそうに笑うルナに、パラが――昨日までには一度も見せることの無かった――恨みがましい目を向けてきた。
「ひ、ひどいれす、主様ぁ」
「あ・る・じ・さ・まぁ?」
ルナは一転、口を尖らせ、パラの長い耳にふーっ、と息をかけた。
「ふひぇへええっ」
「アンタ言ったじゃない。人間になったら、あたしのことを何て言おうって言ってた?」
「……あ」
パラは目を白黒させながらも、どうにか声を絞り出した。
「お、……お母様。……いいえ、……あの、……あの」
「うふふふっ」
ルナはパラの横にしゃがみ込み、嬉しそうに笑う。
「あなたが本当に呼びたかった感じでいいわよ。フィオだって内緒にしてくれるだろうし」
「え?」
フィオがきょとんとしている間に、パラも意を決したらしい。
「……お、……お母さん」
「はーい、パラちゃん」
ルナはニコニコ笑いながら――突然、ぽろっと涙を流した。
「あっ……」
「ど、どうされたのですか?」
「ううん、何でも無いわ。ちょっと、じーんと来ちゃっただけ。ずーっと一緒にいてくれたあなたが、あたしのことをそう呼んでくれる日を、ずっとずっと待ってたから。
なんだか、救われた気すらするわ」
「救われた……?」
同時に尋ねたフィオとパラに、ルナは涙を拭きながら立ち上がり、背を向ける。
「秘密よ。これはあたしが一人で背負ってきた罪。そしてこれからも、秘密のまま背負い続けるつもりよ。
そうでなければ、あたしは母にも、トラス王家にも、葛にも顔向けができないもの」
「その人たちの関連性が分かりません」
パラが不審そうに、そう尋ねる。
「お母さんの母と言うのは、つまりわたくしにとっては祖母に当たる方ですね?」
「ええ。葛にとってもね」
「え? ……え!?」
フィオとパラは同時に体を起こし、そして同時に顔をしかめる。
「うあ……」「いたっ」
「秘密よ? 特に、葛には」
「なんでさ?」
「葛はあたしの母に、良く似てるもの。性格も多分、一緒だろうし。
知ればきっと、あたしが何者かってことを探るわ。そして絶対に軽蔑する。そう言う生き方をしてきたからね」
「思い出しました」
パラがぽつりとつぶやく。
「かつてコントンがお母さんのことを、『ツキノ』と呼んでいたことがありました。央南風の名称です。そこから推理すると、お母さんは央南人だったのですね?」
「ええ」
「そしてカズラの父方の祖母は央南人、『蒼天剣』のセイナ・コウです。祖母とお母さんの母が同一人物であると言うことは、お母さんはカズラの父親、即ちシュウヤ・コウの兄弟なのですね?」
「……ええ、そうよ」
「どこでそんなの調べたの?」
尋ねたフィオに、パラが小さい声で答える。
「アオイのことを調べていた折に。そしてシュウヤ氏の兄弟には、妹が一名いたとのことです。それが黄月乃、即ちお母さんの本名、……ですね」
「ご明察よ」
ルナはベッドの端に腰を落とし、寂しそうに笑った。
「『いた』よね、本当。そう言われても仕方無いわ。
そう。それだけ調べたあなたなら、あたしが、つまり『黄月乃』がしてきたことも知ってるわね」
「はい、存じています」
「あたしは焔流を潰しかけた。いいえ、央南西部そのものを潰しかけた。
そんなあたしが今更正体を明かしても、何やってんのよって話よ」
「お母さん」
パラが心配そうに、顔を上げる。
「お母さんはずっと、後悔されているのですね」
「そうね。……本当、そう。あんなことをしなければ良かったって、この30年ずっと、後悔してるわ。
でももう、償うには遅すぎる。これからもあたしは、この罪を背負い続けるのよ」
「いいえ」
が、パラは首を横に振り、そろそろとした手つきで傍らの新聞を手に取り、ルナに差し出した。
「もしかしたら、罪を償う機会が訪れたのかも知れません」
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