「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・繁華録 6
晴奈の話、第178話。
思いを馳せる。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
「ゴメンゴメン、大丈夫?」
「は、はい……」
晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。
手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。
「あたし、朝が弱くて……」
「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」
少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。
「……どうした?」
「あの、昨日の夕頃、港の方を歩いていらっしゃいませんでしたか?」
「ああ、歩いていたが。何故それを?」
「実はわたくし、あなたのすぐ後ろにおりまして。珍しい格好をしていらっしゃったので、お声をかけようかと思っていたのですが……」
「はあ?」
少女はいきなり、晴奈の手をつかんできた。
「あ、あのっ。わたくし、フォルナ・ブラウンと申します。よ、よろしければ、あなたのお名前を、お聞かせ願いたいのですけれど」
「構わぬ、が……」
晴奈は少女、フォルナの顔と、背後でぱたぱた揺れている尻尾を見て、首をかしげている。
「……まあいい。私は黄晴奈と申す」
「コウ・セイナさんですか。……りりしいお名前ですね、コウさん」
この時、横で二人の様子を見ていた小鈴はいくつかの誤解・間違いに気付いていた。
(この子、もしかして晴奈のコト、男だと思ってんの? 『りりしい』って……。いくら背が高くて、ちょっと声が低くて、ムネが無いからって、普通は間違えないでしょーに。
あと晴奈、名字と名前、名乗る順番が逆っ。『コウ』が名前で、『セイナ』が名字だと思ってるわよ、この子。余計、女だって気付かれなくなっちゃうじゃん)
呆れる小鈴に気付く様子も無く、フォルナは晴奈と会話を続けようとする。
「あの、コウさん。よろしければ、あの……」
「うん?」
「わたくしと、あの、お茶でも」
フォルナの言葉に、小鈴はたまらず吹き出した。
「ぷ、くくく……」
突然笑われ、フォルナはきょとんとしている。
「あの、どうかなさいました?」
「い、いやね、あの……」
間違いを正そうとして、小鈴の遊び心がうずいた。
(……あ、このまま訂正しないで二人のコトを眺めるのも、面白いかも)
「あの……?」
「……ん、ああ。まだ9時前だし、喫茶店開いてるのかなって」
「あ、……開いているかしら?」
「どうだろうな。……うーむ」
晴奈と小鈴は通りの方を眺めてみたが、小売店、卸売店は開いていても、食堂や喫茶店は扉が閉まったままだ。
「ま、開いてないみたいだから。代わりにさ、フォルナちゃん」
「ちゃ、ちゃん?」
「一緒にお買い物するって言うのは、どう?」
ちゃん付けされたフォルナは目を丸くしていたが、小鈴の提案を魅力的に感じたらしく、すぐにコクコクと頭を振った。
「は、はい! ご一緒させていただきます!」
「あたしは、コスズ・タチバナ。よろしくねー、フォルナちゃん」
「よろしくお願いいたします、コスズさん」
小鈴は一応、晴奈に聞こえるように、央中式に名乗っておいた。
だが残念ながら、この時の晴奈は気付くことなく、そのまま聞き逃してしまったらしい。
晴奈と2時間ほど市場を回った後、フォルナは宿に戻ってきた。
「おっ。お嬢さん、お帰んなさい」
「はい……。ただいま、戻りました」
宿に戻ったフォルナを、店主がにっこりと笑って出迎えた。
「どうでした、朝市は?」
「ええ……。とっても、活気がありまして。堪能、いたしましたわ」
「そっかそっか、うんうん。いい気分転換になったみたいで何より、……お嬢さん?」
フォルナの頬は赤く染まり、目は店主に向けられてはいるが、視線はどこか遠くに飛んでいる。
「はあ……」
「お嬢さーん?」
「コウさま……」
フォルナはフラフラとした足取りで、階段を上っていった。
「……いい人に、出逢いでもしたのかな?」
店主はニヤニヤしながら、その後姿を見送った。
フォルナの部屋の前では、まだ護衛二人が爆睡している。
「……本当に、役立たずね。わたくしがいなかったことも気付かないわね、きっと」
部屋の中に入り、ベッドに横たわる。
「はあ……」
まぶたを閉じると、あの「りりしい」猫侍の顔が浮かんでくる。一目見た時から、フォルナはあの央南人に恋をしてしまったらしい。
(コウさま……)
心の中でつぶやくだけで、フォルナの心にかっと火が灯る。
「もう一度、お逢いしたい……」
元からフォルナは思ったら即、行動するタイプである。
ゴールドコーストへ旅行に来たのも、本国、グラーナ王国における政争が疎ましくなり、少しでも息抜きしようと思い立ってのことである。
(お姉さまもお兄さまも、やれ家柄だ、やれ資産だと、央中各地の金満家の方たちと無理矢理に結婚させられようとしているし、わたくしがこの街に来たのだって……。
ああ……! 浅ましいこと! それよりもわたくし、もっと自分のために生きたいわ。そうよ、わたくしはお城のいざこざに巻き込まれるのは、もう嫌!
そんな人生よりわたくし、あの方と……)
そう思った時にはもう、フォルナは身支度を整えて部屋を飛び出していた。
旅支度を整えた晴奈と小鈴は、朱海と別れの挨拶をしていた。
「いやー、久々に話ができて楽しかったよ、小鈴。また用事済んだら、来てくれよな」
街の外まで送ってくれた朱海に、小鈴は親指を立てて応える。
「もちろんよ。また晴奈から、面白い話を送ってあげるわ」
「はは、期待してるよ」
「それでは、また」
晴奈はぺこりと、朱海に頭を下げる。朱海は笑って、ポンポンと晴奈の肩を叩いた。
「はっは、英雄サマがそんなかしこまらなくっていいよ。今度来た時は、もっと気軽に来てくれていーから。
じゃ、またな」
晴奈たちはもう一度頭を下げ、朱海の店を後にした。
晴奈たちはすぐに街門を抜け、関所を通り、ゴールドコーストを後にした。とは言え、まだ街の喧騒は壁を越え、晴奈たちのところへ響いてくる。
「改めて、騒々しい街でしたね。まだ、余韻がある」
「そーね。最初っから最後まで、騒がしかったわね。……あの狐っ子とか」
「いや、まったく。……終始手を握って、騒いでいましたからね」
「見てて飽きなかったわ、ホント」
街の思い出を語りながら街道を進むうちに、ようやく周囲が静まっていく。
「……」
だが、静かなその道に、晴奈は妙な物足りなさを感じる。
「こんなに」
「ん?」
「こんなに、静かでしたっけ」
小鈴はクスクスと笑い、晴奈に微笑みかける。
「晴奈もあの街に惹かれた?」
「……かも、知れません」
後ろを向くと、あの黄金の街がまだ、小さく見えている。たった1日、2日いただけなのに、妙に寂しさが募ってくる。
「また……」
「ん?」
「……また、行きましょう」
「うん、そうね」
晴奈と小鈴は正面に向き直り、クラフトランドへの旅路を急いだ。
蒼天剣・繁華録 終
@au_ringさんをフォロー
思いを馳せる。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
「ゴメンゴメン、大丈夫?」
「は、はい……」
晴奈たちは静かなところまで少女を連れて行き、手当てをした。
手当てと言っても額に小さなコブができた程度であり、今は濡らした手拭でコブを冷やしている。
「あたし、朝が弱くて……」
「いえ、大丈夫ですから。……あの、それよりも、あの」
少女は晴奈の顔と服をじっと見て、なぜか頬を染めた。
「……どうした?」
「あの、昨日の夕頃、港の方を歩いていらっしゃいませんでしたか?」
「ああ、歩いていたが。何故それを?」
「実はわたくし、あなたのすぐ後ろにおりまして。珍しい格好をしていらっしゃったので、お声をかけようかと思っていたのですが……」
「はあ?」
少女はいきなり、晴奈の手をつかんできた。
「あ、あのっ。わたくし、フォルナ・ブラウンと申します。よ、よろしければ、あなたのお名前を、お聞かせ願いたいのですけれど」
「構わぬ、が……」
晴奈は少女、フォルナの顔と、背後でぱたぱた揺れている尻尾を見て、首をかしげている。
「……まあいい。私は黄晴奈と申す」
「コウ・セイナさんですか。……りりしいお名前ですね、コウさん」
この時、横で二人の様子を見ていた小鈴はいくつかの誤解・間違いに気付いていた。
(この子、もしかして晴奈のコト、男だと思ってんの? 『りりしい』って……。いくら背が高くて、ちょっと声が低くて、ムネが無いからって、普通は間違えないでしょーに。
あと晴奈、名字と名前、名乗る順番が逆っ。『コウ』が名前で、『セイナ』が名字だと思ってるわよ、この子。余計、女だって気付かれなくなっちゃうじゃん)
呆れる小鈴に気付く様子も無く、フォルナは晴奈と会話を続けようとする。
「あの、コウさん。よろしければ、あの……」
「うん?」
「わたくしと、あの、お茶でも」
フォルナの言葉に、小鈴はたまらず吹き出した。
「ぷ、くくく……」
突然笑われ、フォルナはきょとんとしている。
「あの、どうかなさいました?」
「い、いやね、あの……」
間違いを正そうとして、小鈴の遊び心がうずいた。
(……あ、このまま訂正しないで二人のコトを眺めるのも、面白いかも)
「あの……?」
「……ん、ああ。まだ9時前だし、喫茶店開いてるのかなって」
「あ、……開いているかしら?」
「どうだろうな。……うーむ」
晴奈と小鈴は通りの方を眺めてみたが、小売店、卸売店は開いていても、食堂や喫茶店は扉が閉まったままだ。
「ま、開いてないみたいだから。代わりにさ、フォルナちゃん」
「ちゃ、ちゃん?」
「一緒にお買い物するって言うのは、どう?」
ちゃん付けされたフォルナは目を丸くしていたが、小鈴の提案を魅力的に感じたらしく、すぐにコクコクと頭を振った。
「は、はい! ご一緒させていただきます!」
「あたしは、コスズ・タチバナ。よろしくねー、フォルナちゃん」
「よろしくお願いいたします、コスズさん」
小鈴は一応、晴奈に聞こえるように、央中式に名乗っておいた。
だが残念ながら、この時の晴奈は気付くことなく、そのまま聞き逃してしまったらしい。
晴奈と2時間ほど市場を回った後、フォルナは宿に戻ってきた。
「おっ。お嬢さん、お帰んなさい」
「はい……。ただいま、戻りました」
宿に戻ったフォルナを、店主がにっこりと笑って出迎えた。
「どうでした、朝市は?」
「ええ……。とっても、活気がありまして。堪能、いたしましたわ」
「そっかそっか、うんうん。いい気分転換になったみたいで何より、……お嬢さん?」
フォルナの頬は赤く染まり、目は店主に向けられてはいるが、視線はどこか遠くに飛んでいる。
「はあ……」
「お嬢さーん?」
「コウさま……」
フォルナはフラフラとした足取りで、階段を上っていった。
「……いい人に、出逢いでもしたのかな?」
店主はニヤニヤしながら、その後姿を見送った。
フォルナの部屋の前では、まだ護衛二人が爆睡している。
「……本当に、役立たずね。わたくしがいなかったことも気付かないわね、きっと」
部屋の中に入り、ベッドに横たわる。
「はあ……」
まぶたを閉じると、あの「りりしい」猫侍の顔が浮かんでくる。一目見た時から、フォルナはあの央南人に恋をしてしまったらしい。
(コウさま……)
心の中でつぶやくだけで、フォルナの心にかっと火が灯る。
「もう一度、お逢いしたい……」
元からフォルナは思ったら即、行動するタイプである。
ゴールドコーストへ旅行に来たのも、本国、グラーナ王国における政争が疎ましくなり、少しでも息抜きしようと思い立ってのことである。
(お姉さまもお兄さまも、やれ家柄だ、やれ資産だと、央中各地の金満家の方たちと無理矢理に結婚させられようとしているし、わたくしがこの街に来たのだって……。
ああ……! 浅ましいこと! それよりもわたくし、もっと自分のために生きたいわ。そうよ、わたくしはお城のいざこざに巻き込まれるのは、もう嫌!
そんな人生よりわたくし、あの方と……)
そう思った時にはもう、フォルナは身支度を整えて部屋を飛び出していた。
旅支度を整えた晴奈と小鈴は、朱海と別れの挨拶をしていた。
「いやー、久々に話ができて楽しかったよ、小鈴。また用事済んだら、来てくれよな」
街の外まで送ってくれた朱海に、小鈴は親指を立てて応える。
「もちろんよ。また晴奈から、面白い話を送ってあげるわ」
「はは、期待してるよ」
「それでは、また」
晴奈はぺこりと、朱海に頭を下げる。朱海は笑って、ポンポンと晴奈の肩を叩いた。
「はっは、英雄サマがそんなかしこまらなくっていいよ。今度来た時は、もっと気軽に来てくれていーから。
じゃ、またな」
晴奈たちはもう一度頭を下げ、朱海の店を後にした。
晴奈たちはすぐに街門を抜け、関所を通り、ゴールドコーストを後にした。とは言え、まだ街の喧騒は壁を越え、晴奈たちのところへ響いてくる。
「改めて、騒々しい街でしたね。まだ、余韻がある」
「そーね。最初っから最後まで、騒がしかったわね。……あの狐っ子とか」
「いや、まったく。……終始手を握って、騒いでいましたからね」
「見てて飽きなかったわ、ホント」
街の思い出を語りながら街道を進むうちに、ようやく周囲が静まっていく。
「……」
だが、静かなその道に、晴奈は妙な物足りなさを感じる。
「こんなに」
「ん?」
「こんなに、静かでしたっけ」
小鈴はクスクスと笑い、晴奈に微笑みかける。
「晴奈もあの街に惹かれた?」
「……かも、知れません」
後ろを向くと、あの黄金の街がまだ、小さく見えている。たった1日、2日いただけなのに、妙に寂しさが募ってくる。
「また……」
「ん?」
「……また、行きましょう」
「うん、そうね」
晴奈と小鈴は正面に向き直り、クラフトランドへの旅路を急いだ。
蒼天剣・繁華録 終



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
黄金の町ですね。
やはり旅だとこういう町の風情だとか歴史だとかそういうのがあるとより一層親しみやすくなりますよね。旅だとこういう街の設定が全面人出せるのでいいですね。
どうも、LandMでした。
やはり旅だとこういう町の風情だとか歴史だとかそういうのがあるとより一層親しみやすくなりますよね。旅だとこういう街の設定が全面人出せるのでいいですね。
どうも、LandMでした。
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
NoTitle
3部までがシリアス成分多めだったので、息抜き的にキャラを遊ばせてたり。