「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・紅白抄 1
麒麟を巡る話、第535話。
兄妹の冷たい会話。
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1.
双月暦574年6月末。
新主席天原の指示の下、央南連合下の各州軍と央南連合軍による混成軍が、玄州の北東端の街、大月に到着した。
「ようこそおいで下さいました」
大軍を伴って現れた自分の兄、天原柏に、辰沙はにこにこと笑って挨拶する。
「元気そうで何よりだ。一時期のお前と言ったら、本当にどうしようもなく……」「昔のことですわ」
兄の話を遮り、辰沙が尋ねる。
「それでお兄さま、詳しいことについては結局、電話でほとんどご連絡下さらなかったけれど、どれくらいの規模でお越しになられたのかしら?」
「兵の数は約12万だ。それに加え、西方随一の豪商、黄商会から多数の武器供与を受けている。銃器や刀剣類は言うに及ばず、かなりの数の戦術兵器と軍用車輌、さらに軍艦も借り受けることができた」
話しながら、柏と辰沙は紅丹党の本部へ向かって歩き出す。
「これなら白猫党の軍事力に対抗、いいや、凌駕することさえ可能だろう。
事実、お前たちがこの街を奪還した際に鹵獲した武器と黄商会のものとを比較してみたが、後者のものがより高威力、かつ高精度だった。
恐らく彼らが央北で戦っていた頃から、ほとんど改良を行っていないのだろう」
「央北での戦争は567年のこと。もう7年も前ですから、陳腐化していてもおかしくないですものね」
「そう言うことだ。一方の黄商会は積極的に貿易を行い、西方や央中の技術も少なからず供与され、柔軟に吸収している。言い換えれば技術を磨く機会に恵まれていたわけだ。
だが他方、白猫党にそうした機会が訪れたことは、結党以来一度も無い。何故なら『現状の装備で攻略できない』と言うような、強大な相手に出くわさなかったがために、技術向上の必要も無かったからだ。となれば必然、改良するような理由もなく、白猫党の幹部や軍司令は7年前の装備のままで問題ない、……と考えるだろう。
当然の帰結として、装備の陳腐化は免れない。白猫党は己の優位に甘え過ぎた、と言うわけだ」
「確かにそれは感じられますわね。あたくしたちが戦った時も、最初のうちは侮ってらっしゃる雰囲気がぷんぷんと臭っておりましたもの。
それが驚愕、そして恐怖へと変わった時の表情と言ったら、もう……」
にこにこと笑う辰沙を、柏が咎める。
「人に向けられる顔になっていないぞ。上流階級の人間がする顔ではない」
「あら、ごめん遊ばせ」
「たった今、白猫党を『己の優位に』云々と言ったが、それは今のお前も同じだ。たった一度、白猫党に勝ったからと言って、次も同様に勝利するとは限らん。
むしろ次に敗北するようなことがあれば、お前たちは二度と立ち直れんだろう」
「……」
辰沙の笑みが消える。
「考えてもみろ。所詮、お前が集めた紅丹党とやらは烏合の衆、寄せ集めの野武士風情に過ぎんのだ。
お前たちに今集まっている期待と信頼は、白猫党に勝利したからこそ得られたものだ。それが負けるようなことがあれば、その勝利もただの偶然、身の丈に合わぬ幸運が降っただけと見なされ、元の野武士に逆戻りだ。
くれぐれも油断はするな」
「十分承知しておりますわ」
辰沙は不機嫌そうな目で、柏をにらむ。
「あたくし、敗北の苦しみは嫌と言うほど味わっておりますの。お兄さまに言われずとも、あのような苦杯を何度も喫する気は毛頭ございませんわ。
あたくしには勝利しかふさわしくありません」
「慢心するなと今言ったばかりだが」
「これは慢心ではございません。根拠のある自信です」
「どうだかな」
肩をすくめた柏に、辰沙はフンと鼻を鳴らす。
「お兄さまはこの30余年、ずっとあたくしのことを役立たずのゴミ扱いしていらっしゃいましたけれど、今度ばかりはその評価、撤回させてあげますわ。
あたくしと、そしてあたくしの率いる紅丹党の活躍。とくとご覧遊ばせ」
そう言い放ち、辰沙は柏を置いてスタスタと歩き去ってしまった。
「……あいつと来たら。兄とは言え、今回は連合主席として訪れたのだがな。
それを放っておくとは、やはりろくでなしのゴミだ」
往来にぽつんと取り残された柏は、悪態をつきながら、彼女の跡を追っていった。
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兄妹の冷たい会話。
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双月暦574年6月末。
新主席天原の指示の下、央南連合下の各州軍と央南連合軍による混成軍が、玄州の北東端の街、大月に到着した。
「ようこそおいで下さいました」
大軍を伴って現れた自分の兄、天原柏に、辰沙はにこにこと笑って挨拶する。
「元気そうで何よりだ。一時期のお前と言ったら、本当にどうしようもなく……」「昔のことですわ」
兄の話を遮り、辰沙が尋ねる。
「それでお兄さま、詳しいことについては結局、電話でほとんどご連絡下さらなかったけれど、どれくらいの規模でお越しになられたのかしら?」
「兵の数は約12万だ。それに加え、西方随一の豪商、黄商会から多数の武器供与を受けている。銃器や刀剣類は言うに及ばず、かなりの数の戦術兵器と軍用車輌、さらに軍艦も借り受けることができた」
話しながら、柏と辰沙は紅丹党の本部へ向かって歩き出す。
「これなら白猫党の軍事力に対抗、いいや、凌駕することさえ可能だろう。
事実、お前たちがこの街を奪還した際に鹵獲した武器と黄商会のものとを比較してみたが、後者のものがより高威力、かつ高精度だった。
恐らく彼らが央北で戦っていた頃から、ほとんど改良を行っていないのだろう」
「央北での戦争は567年のこと。もう7年も前ですから、陳腐化していてもおかしくないですものね」
「そう言うことだ。一方の黄商会は積極的に貿易を行い、西方や央中の技術も少なからず供与され、柔軟に吸収している。言い換えれば技術を磨く機会に恵まれていたわけだ。
だが他方、白猫党にそうした機会が訪れたことは、結党以来一度も無い。何故なら『現状の装備で攻略できない』と言うような、強大な相手に出くわさなかったがために、技術向上の必要も無かったからだ。となれば必然、改良するような理由もなく、白猫党の幹部や軍司令は7年前の装備のままで問題ない、……と考えるだろう。
当然の帰結として、装備の陳腐化は免れない。白猫党は己の優位に甘え過ぎた、と言うわけだ」
「確かにそれは感じられますわね。あたくしたちが戦った時も、最初のうちは侮ってらっしゃる雰囲気がぷんぷんと臭っておりましたもの。
それが驚愕、そして恐怖へと変わった時の表情と言ったら、もう……」
にこにこと笑う辰沙を、柏が咎める。
「人に向けられる顔になっていないぞ。上流階級の人間がする顔ではない」
「あら、ごめん遊ばせ」
「たった今、白猫党を『己の優位に』云々と言ったが、それは今のお前も同じだ。たった一度、白猫党に勝ったからと言って、次も同様に勝利するとは限らん。
むしろ次に敗北するようなことがあれば、お前たちは二度と立ち直れんだろう」
「……」
辰沙の笑みが消える。
「考えてもみろ。所詮、お前が集めた紅丹党とやらは烏合の衆、寄せ集めの野武士風情に過ぎんのだ。
お前たちに今集まっている期待と信頼は、白猫党に勝利したからこそ得られたものだ。それが負けるようなことがあれば、その勝利もただの偶然、身の丈に合わぬ幸運が降っただけと見なされ、元の野武士に逆戻りだ。
くれぐれも油断はするな」
「十分承知しておりますわ」
辰沙は不機嫌そうな目で、柏をにらむ。
「あたくし、敗北の苦しみは嫌と言うほど味わっておりますの。お兄さまに言われずとも、あのような苦杯を何度も喫する気は毛頭ございませんわ。
あたくしには勝利しかふさわしくありません」
「慢心するなと今言ったばかりだが」
「これは慢心ではございません。根拠のある自信です」
「どうだかな」
肩をすくめた柏に、辰沙はフンと鼻を鳴らす。
「お兄さまはこの30余年、ずっとあたくしのことを役立たずのゴミ扱いしていらっしゃいましたけれど、今度ばかりはその評価、撤回させてあげますわ。
あたくしと、そしてあたくしの率いる紅丹党の活躍。とくとご覧遊ばせ」
そう言い放ち、辰沙は柏を置いてスタスタと歩き去ってしまった。
「……あいつと来たら。兄とは言え、今回は連合主席として訪れたのだがな。
それを放っておくとは、やはりろくでなしのゴミだ」
往来にぽつんと取り残された柏は、悪態をつきながら、彼女の跡を追っていった。
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