「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・紅白抄 5
麒麟を巡る話、第539話。
見限られた紅丹党。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
「どうした? 応答せよ」
柏の質問に対し、通信機からはしどろもどろな答えが返って来る。
《あ、じ、実はその、先生のことは単に『シンサ』としか》
「それは無い。決してありえない。
私は彼女のことを30年以上前から知っているが、彼女は相当に我が強い。自分に関することであれば、片っ端からべちゃくちゃとしゃべり倒す女だ。
そんな彼女が『自分の名前』と言う、最もその本人を示す要素を隠すような、奥手な真似をするはずがない。
百歩譲って、例え本名をひた隠しにし、常々から『辰沙』と名乗っていたとしても、彼女ならば連合主席である私と密接な関係があることを、事あるごとに語っているはずだ。
何故ならそれ以外に、紅丹党には何の後ろ楯も、権威も無いからだ。政治的な裏付けや権力を持たぬ結社など、成立し得ない。彼女もそれを分かっているはずであるし、だからこそ常日頃から関係を吹聴し、後ろ楯を示しているであろうことは、察してしかるべきものだ。
以上の論理の帰結として、君たちが関係を答えられない理屈はあるまい?」
《そ、その……》
しばらく間を置いて、細々とした声で応答が返って来る。
《ご、ごふう、……い、いえ、あの、……ご、ごきょうだい、でしょうか》
「そうだ。彼女が姉でな」
《え、ええ、そう、そうです! 閣下が弟君ですよね、ええ!》
「なるほど」
柏はそこで一旦通信機を切り、周波数を変え、両翼にこう命じた。
「天原より全隊に緊急連絡。作戦は失敗だ。全隊に撤退を命ずる。繰り返す、全隊速やかに撤退せよ」
「閣下!?」
どよめく幕僚たちに、柏は淡々とした態度で説明する。
「今聞いた通りだ。明らかに、紅丹党であるはずの彼らは辰沙、即ち我が妹であるはずの女の素性を聞き及んでいない。紅丹党を装った偽物であることは疑う余地もない。
だが通信機の周波数は合っていた。今に至るまで一度も使用していない回線であったにもかかわらず、こうして実際に通信できたことから、紅丹党に貸与した通信機が敵に奪われていることは、まず間違いない。
一方、藍戸に立て籠もっているはずの歩兵戦力の存在が、両翼ともに感じられない。となれば街の外、即ち防衛線をとっくの昔に越えている可能性が非常に高い。
これらの要素を集約して考えれば、答えは一つだ。既に紅丹党は敵歩兵戦力に遭遇しており、そして通信機を含めた装備を奪われている。
これ以上の陽動作戦を続けても、いたずらに物資を消費するだけだ。速やかに撤退させるのだ」
「……承知いたしました」
幕僚らは揃って、苦々しい表情を浮かべる。
と、そのうちの一人が手を挙げた。
「閣下」
「なんだ?」
「紅丹党は如何いたしましょう? 救援に向かいますか?」
「……」
柏は表情を崩さず、声も淡々としたものだったが、激昂しているのは明らかだった。
「必要あるまい。通信機すら奪われている始末だ、既に全滅しているだろう。わざわざ救援に向かったところで、軍備の無駄遣いにしかならん。
万が一救出に成功したとしても、元より半ば独断専行で勝手に動き回っていた、破落戸同然の野武士共だ。助けたところで、何の役にも立つまい。わざわざ金を出して粗大ゴミを拾うようなものだ」
「し、しかし妹君は……」
そう問われた途端、柏の顔に険が差した。
「知ったことか。
元より天原家で長年持て余していた問題児だ。敵に討たれて戦死したと言うのならば、死に方にもそれなりの箔が着くと言うもの。むしろここで死なせた方が、よほど世間の役に立つくらいだ。
あんな恥知らずの馬鹿など放っておけ。最早二度と、顔も見たくない」
柏の判断により、海上・陸上で戦闘していた両翼は、速やかに撤退した。そしてこの後も、東部奪還作戦は初手でのつまずきを挽回できず、頓挫。その結果、連合軍の士気は低下した。
だが一方で、白猫党も積極的な行動を起こすことは無く、青玄街道周辺の情況は膠着化していった。
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見限られた紅丹党。
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「どうした? 応答せよ」
柏の質問に対し、通信機からはしどろもどろな答えが返って来る。
《あ、じ、実はその、先生のことは単に『シンサ』としか》
「それは無い。決してありえない。
私は彼女のことを30年以上前から知っているが、彼女は相当に我が強い。自分に関することであれば、片っ端からべちゃくちゃとしゃべり倒す女だ。
そんな彼女が『自分の名前』と言う、最もその本人を示す要素を隠すような、奥手な真似をするはずがない。
百歩譲って、例え本名をひた隠しにし、常々から『辰沙』と名乗っていたとしても、彼女ならば連合主席である私と密接な関係があることを、事あるごとに語っているはずだ。
何故ならそれ以外に、紅丹党には何の後ろ楯も、権威も無いからだ。政治的な裏付けや権力を持たぬ結社など、成立し得ない。彼女もそれを分かっているはずであるし、だからこそ常日頃から関係を吹聴し、後ろ楯を示しているであろうことは、察してしかるべきものだ。
以上の論理の帰結として、君たちが関係を答えられない理屈はあるまい?」
《そ、その……》
しばらく間を置いて、細々とした声で応答が返って来る。
《ご、ごふう、……い、いえ、あの、……ご、ごきょうだい、でしょうか》
「そうだ。彼女が姉でな」
《え、ええ、そう、そうです! 閣下が弟君ですよね、ええ!》
「なるほど」
柏はそこで一旦通信機を切り、周波数を変え、両翼にこう命じた。
「天原より全隊に緊急連絡。作戦は失敗だ。全隊に撤退を命ずる。繰り返す、全隊速やかに撤退せよ」
「閣下!?」
どよめく幕僚たちに、柏は淡々とした態度で説明する。
「今聞いた通りだ。明らかに、紅丹党であるはずの彼らは辰沙、即ち我が妹であるはずの女の素性を聞き及んでいない。紅丹党を装った偽物であることは疑う余地もない。
だが通信機の周波数は合っていた。今に至るまで一度も使用していない回線であったにもかかわらず、こうして実際に通信できたことから、紅丹党に貸与した通信機が敵に奪われていることは、まず間違いない。
一方、藍戸に立て籠もっているはずの歩兵戦力の存在が、両翼ともに感じられない。となれば街の外、即ち防衛線をとっくの昔に越えている可能性が非常に高い。
これらの要素を集約して考えれば、答えは一つだ。既に紅丹党は敵歩兵戦力に遭遇しており、そして通信機を含めた装備を奪われている。
これ以上の陽動作戦を続けても、いたずらに物資を消費するだけだ。速やかに撤退させるのだ」
「……承知いたしました」
幕僚らは揃って、苦々しい表情を浮かべる。
と、そのうちの一人が手を挙げた。
「閣下」
「なんだ?」
「紅丹党は如何いたしましょう? 救援に向かいますか?」
「……」
柏は表情を崩さず、声も淡々としたものだったが、激昂しているのは明らかだった。
「必要あるまい。通信機すら奪われている始末だ、既に全滅しているだろう。わざわざ救援に向かったところで、軍備の無駄遣いにしかならん。
万が一救出に成功したとしても、元より半ば独断専行で勝手に動き回っていた、破落戸同然の野武士共だ。助けたところで、何の役にも立つまい。わざわざ金を出して粗大ゴミを拾うようなものだ」
「し、しかし妹君は……」
そう問われた途端、柏の顔に険が差した。
「知ったことか。
元より天原家で長年持て余していた問題児だ。敵に討たれて戦死したと言うのならば、死に方にもそれなりの箔が着くと言うもの。むしろここで死なせた方が、よほど世間の役に立つくらいだ。
あんな恥知らずの馬鹿など放っておけ。最早二度と、顔も見たくない」
柏の判断により、海上・陸上で戦闘していた両翼は、速やかに撤退した。そしてこの後も、東部奪還作戦は初手でのつまずきを挽回できず、頓挫。その結果、連合軍の士気は低下した。
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