「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・紅白抄 6
麒麟を巡る話、第540話。
辰沙、三度仇敵と対峙す。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
時間は、連合軍が陽動作戦に出た頃に戻る。
この時紅丹党は青玄街道の途上にぽつんと建てられた、小さな小屋に集まっていた。
「よろしいですわね? 陽動作戦が佳境を迎えた辺りで、あたくしの兄上、即ち連合主席から連絡が入ります」
柏の予想通り、辰沙はこの時においても、わざわざ柏のことを強調しつつ、紅丹党の面々に対して作戦内容を周知していた。
「その頃には戦況は膠着状態に陥っており、敵は攻め手を見失っている。そこですかさずあたくしたちが出撃すれば、易々と防衛線を突破できるだろう、……と言うのが、兄上のお考えです。勿論あたくしも進言いたしましたけれど。
それまではこの場で、密かに待機すること」
「はい」
普段は騒々しい紅丹党も、今は隠密行動の真っ最中である。揃って小声で答え、小さくうなずいていた。
「どれくらいかかるでしょうか?」
「そうですわね……、5、6時間後と言うところでしょう」
「かなり時間がありますね」
「ええ。とは言え、酒盛りなどするわけにも参りませんし」
「そりゃまあ」
と、一人が手を挙げる。
「先生。天原主席とご兄妹であると常々聞き及んでおりますが、それについて気になることが一点あります。伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「二、三度、先生と主席の会話を耳にしたことがあるのですが、何と言うか、主席が先生に対してかける言葉は、いささか辛辣過ぎるように思えます。
過去に何か、先生と兄君との間にあったのでしょうか?」
「……」
辰沙は肩をすくめ、濁し気味に答えた。
「そう捉えていただいて構いませんわ。そもそも兄上は、口も性格も悪い方ですし」
「そうですか……」
これ以上は聞き出せそうにない空気が流れ、場は静まり返った。
と――小屋の戸が、トントンとノックされた。
「……!?」
ノックの音に、辰沙も紅丹党も、揃って顔をこわばらせた。
「誰だ……?」
「連合軍、……ではないな」
「ああ。戦闘の真っ最中にのこのことここを訪ねれば、ここに伏兵がいると知らせるようなものだからな」
「近隣の人間でもないだろうし……?」
「あたくしが応じます」
辰沙が乾いた声でそう伝え、周囲に警戒するよう、手で促した。
「何か?」
戸を開けた辰沙は、そのまま硬直する。
「先生?」
「……」
この時、紅丹党の者たちには辰沙の顔を確認することはできなかったが、彼女が少なからず怒っていることは、彼女の耳と尻尾の毛羽立ちで察せられた。
「……アオイさん」
しばらく間を置いてようやく、辰沙が口を開く。その声色にはやはり、怒気が混じっていた。
「あなたがここにいると言うことは、あたくしたちの作戦が露見している、……と言う認識で、よろしいのかしら?」
「うん」
その気だるげな声に、小屋の中にいた紅丹党は一斉に、出入口に詰めかけた。
「ま、まさかっ」
「馬鹿な、何故……」
「と言うことは……!」
出入口に立つ辰沙と葵の向こうに、白猫党の歩兵部隊がずらりと並んでいる。囲まれていることは明白だった。
「とりあえず、みんな」
と、葵が辰沙たちに話しかける。
「外に出て。話はそれからする」
「……」
辰沙は無言で手招きし、全員を外へ連れ出した。
辰沙を除く紅丹党の全員が縄で縛られ拘束されたところで、葵がしゃべりだした。
「傲慢なあなたのことだから、きっとこうして、連合軍とかとは独立して行動すると思ってた。『見る』までもなくね」
「『見る』、……有矢の言っていた予知能力ですわね」
「うん」
葵は辺りを見回し、辰沙に尋ねる。
「そのアリヤさんって、どこ?」
「あんな小やかましい男、そうそういつまでも、あたくしの側に置いておけませんもの」
「……ふっ」
珍しく、葵が噴き出す。
「あなたらしい。でも手間が省けたよ」
「どう言う意味かしら」
「あたしもいずれ、アルを排除しようと考えてた。あなたがやってくれたなら、それでいいし。
でも、あれはまた復活するよ」
「その時はまた、完膚なきまでに破壊するだけですわ。……あなたもあの、黒森有矢の正体には気付いていらっしゃったのね」
「うん」
葵は辰沙に手招きし、付いてくるよう促す。辰沙も拒否すること無く、彼女に付いていく。
「あたくしへの指示、指図があまりにも多くて煩わしい上、その内容があたくしたちの理想とあまりにもかけ離れておりましたし、あのまま付きまとわれれば、紅丹党の士気を落とすことは明白。
やむなく力ずくで排除したのですが、まさかあれが人形だったとは、思いもよりませんでしたわね」
「あいつはそう言う奴らしいよ。人を超人に仕立て上げて、後ろで操ってこの世界の王様にしようと指図する。歴史に言う『鉄の悪魔』」
「ああ、あいつがそうでしたのね。そして今回はあたくしが、と」
「うん」
白猫党、紅丹党双方の姿が見えなくなるところまで移動し、二人は立ち止まった。
「では、そろそろ参りましょうか」
「分かった」
両者の刀に火が灯る。
「アオイ・ハーミット。今度こそ12年前の屈辱を、一片の曇り無く晴らさせていただきますわよ」
「どうぞ、カエデさん。できるって言うなら」
白猫夢・紅白抄 終
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辰沙、三度仇敵と対峙す。
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時間は、連合軍が陽動作戦に出た頃に戻る。
この時紅丹党は青玄街道の途上にぽつんと建てられた、小さな小屋に集まっていた。
「よろしいですわね? 陽動作戦が佳境を迎えた辺りで、あたくしの兄上、即ち連合主席から連絡が入ります」
柏の予想通り、辰沙はこの時においても、わざわざ柏のことを強調しつつ、紅丹党の面々に対して作戦内容を周知していた。
「その頃には戦況は膠着状態に陥っており、敵は攻め手を見失っている。そこですかさずあたくしたちが出撃すれば、易々と防衛線を突破できるだろう、……と言うのが、兄上のお考えです。勿論あたくしも進言いたしましたけれど。
それまではこの場で、密かに待機すること」
「はい」
普段は騒々しい紅丹党も、今は隠密行動の真っ最中である。揃って小声で答え、小さくうなずいていた。
「どれくらいかかるでしょうか?」
「そうですわね……、5、6時間後と言うところでしょう」
「かなり時間がありますね」
「ええ。とは言え、酒盛りなどするわけにも参りませんし」
「そりゃまあ」
と、一人が手を挙げる。
「先生。天原主席とご兄妹であると常々聞き及んでおりますが、それについて気になることが一点あります。伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「二、三度、先生と主席の会話を耳にしたことがあるのですが、何と言うか、主席が先生に対してかける言葉は、いささか辛辣過ぎるように思えます。
過去に何か、先生と兄君との間にあったのでしょうか?」
「……」
辰沙は肩をすくめ、濁し気味に答えた。
「そう捉えていただいて構いませんわ。そもそも兄上は、口も性格も悪い方ですし」
「そうですか……」
これ以上は聞き出せそうにない空気が流れ、場は静まり返った。
と――小屋の戸が、トントンとノックされた。
「……!?」
ノックの音に、辰沙も紅丹党も、揃って顔をこわばらせた。
「誰だ……?」
「連合軍、……ではないな」
「ああ。戦闘の真っ最中にのこのことここを訪ねれば、ここに伏兵がいると知らせるようなものだからな」
「近隣の人間でもないだろうし……?」
「あたくしが応じます」
辰沙が乾いた声でそう伝え、周囲に警戒するよう、手で促した。
「何か?」
戸を開けた辰沙は、そのまま硬直する。
「先生?」
「……」
この時、紅丹党の者たちには辰沙の顔を確認することはできなかったが、彼女が少なからず怒っていることは、彼女の耳と尻尾の毛羽立ちで察せられた。
「……アオイさん」
しばらく間を置いてようやく、辰沙が口を開く。その声色にはやはり、怒気が混じっていた。
「あなたがここにいると言うことは、あたくしたちの作戦が露見している、……と言う認識で、よろしいのかしら?」
「うん」
その気だるげな声に、小屋の中にいた紅丹党は一斉に、出入口に詰めかけた。
「ま、まさかっ」
「馬鹿な、何故……」
「と言うことは……!」
出入口に立つ辰沙と葵の向こうに、白猫党の歩兵部隊がずらりと並んでいる。囲まれていることは明白だった。
「とりあえず、みんな」
と、葵が辰沙たちに話しかける。
「外に出て。話はそれからする」
「……」
辰沙は無言で手招きし、全員を外へ連れ出した。
辰沙を除く紅丹党の全員が縄で縛られ拘束されたところで、葵がしゃべりだした。
「傲慢なあなたのことだから、きっとこうして、連合軍とかとは独立して行動すると思ってた。『見る』までもなくね」
「『見る』、……有矢の言っていた予知能力ですわね」
「うん」
葵は辺りを見回し、辰沙に尋ねる。
「そのアリヤさんって、どこ?」
「あんな小やかましい男、そうそういつまでも、あたくしの側に置いておけませんもの」
「……ふっ」
珍しく、葵が噴き出す。
「あなたらしい。でも手間が省けたよ」
「どう言う意味かしら」
「あたしもいずれ、アルを排除しようと考えてた。あなたがやってくれたなら、それでいいし。
でも、あれはまた復活するよ」
「その時はまた、完膚なきまでに破壊するだけですわ。……あなたもあの、黒森有矢の正体には気付いていらっしゃったのね」
「うん」
葵は辰沙に手招きし、付いてくるよう促す。辰沙も拒否すること無く、彼女に付いていく。
「あたくしへの指示、指図があまりにも多くて煩わしい上、その内容があたくしたちの理想とあまりにもかけ離れておりましたし、あのまま付きまとわれれば、紅丹党の士気を落とすことは明白。
やむなく力ずくで排除したのですが、まさかあれが人形だったとは、思いもよりませんでしたわね」
「あいつはそう言う奴らしいよ。人を超人に仕立て上げて、後ろで操ってこの世界の王様にしようと指図する。歴史に言う『鉄の悪魔』」
「ああ、あいつがそうでしたのね。そして今回はあたくしが、と」
「うん」
白猫党、紅丹党双方の姿が見えなくなるところまで移動し、二人は立ち止まった。
「では、そろそろ参りましょうか」
「分かった」
両者の刀に火が灯る。
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