黄輪雑貨本店 新館


    「白猫夢」
    白猫夢 第10部

    白猫夢・落葉抄 1

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    麒麟を巡る話、第541話。
    トラウマ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「……ぐすっ……」
     彼女は泣いていた。
     ここまでボタボタと大粒の涙を流し、嗚咽を上げて大泣きするのは、彼女が子供の時以来である。
    「……くやしい……ひっく……くやしいぃ……」
     目の前に置かれた鏡には、ピンク色に染まった自分の姿が映っている。
     もう五度も風呂に入り、肌や髪が擦り切れるほど洗い流したと言うのに、そのけばけばしい汚れは少しも落ちていなかった。
    「アオイ……! アオイ、アオイいいぃ……!
     いつか……、いつか絶対、この屈辱を味わわせてあげますわ……!」
     鏡に映った自分の情けない姿に、21歳の天原楓は復讐を誓っていた。



     天原楓は央南の玄州、天玄の名家の生まれだった。
     しかし故郷にいる間、彼女が脚光を浴びるような機会は皆無だった。何故なら彼女の兄である天原柏が、彼女とは比べ物にならぬほどの傑物だったからである。
     幼少からずっと、何をやらせても兄に采配が上がり、兄ばかりがもてはやされる。それどころか、兄以外と比べてはるかに平均以上の成果を上げても、「兄ほどではない」「あの兄と血がつながっていてその程度なのか」と蔑まれ、誹りを受ける。
     幼い楓にはそれが不満でならなかったし、たまらなく苦痛だった。

     それを不憫に思ったのだろう――彼女の祖父、梶原謙は楓を自分の門下に入れ、修行を付けさせた。
    「いいか、楓。お前がお兄ちゃんと比べられて貶められるような理由なんて、本当はそんなもの無いんだ。
     でもお前より実力のない奴らが僻んで、お前を何かにつけて貶めようとする。お兄ちゃんとのことは、その格好の材料にされてるんだ。
     さぞ、悔しくてたまらんだろう。だったらせめて、そんな阿呆はお前がブッ飛ばしてやって、目を覚まさせてやればいい」
     いつか聞いたその言葉は、紛れも無く祖父の本心だったのだろう。楓にとっても剣術と言う、兄が手を付けていない分野で活躍できれば、これほど嬉しいことは無い。
     彼女は嬉々として、剣術に打ち込んでいた。そして学業においても――こちらはやはり兄と比べられ、その兄から「凡庸」などとけなされたが――十分に素晴らしい成績を挙げていたことから、やがて彼女は央中の天狐ゼミに推薦され、そちらへ進学した。



     あまりにも煩わしい故郷を離れたことで、楓は天狐ゼミで有頂天になっていた。抑圧されていた感情が大きく弾け、一見すると傲慢にも思えるような言動を多く取るようになっていた。
     実際、彼女はゼミにおいても高評価を受けていたし、天狐をして「真面目に魔術一本に打ち込めば、歴史に残るような成果を挙げてもおかしくねーな」と言わしめるほどの成績を収めてもいた。
     我がままに振る舞う彼女を厭わしく思う者もいないではなかったが、それでも大多数が彼女を慕い、尊敬してくれる。
     これまでに無いその評価に、楓は喜びを感じていた。

     だが、その評価もあの天才、葵・ハーミットの登場によって脅かされた。
     ゼミに入って2ヶ月もしないうちに派閥を築き、自分以上にもてはやされる彼女の姿に、楓は自分の兄を重ねていた。
     そしてそれは、自分が幼い頃に嫌と言うほど受けた屈辱の記憶を蘇らせていた。
    「両者の優劣を決めるには実際に戦うのが、最もふさわしい方法だと思いませんこと?」
    「そうだね」
    「ご同意いただけて何よりですわ」
     葵に勝負をけしかけたのは、単に彼女の派閥を奪うためだけではなく、自分の中にある兄の幻影を、葵ごと消し去ろうと言う思いがあったからである。
    「この勝負にあなたが負けたら、ゼミを出て行って下さらない?」
    「いいよ。受ける。でもその代わり、あなたが負けた時は、一つ約束してほしいことがあるの。
     二度とゼミの中で派閥を作らないで。ここにいる間は絶対、人の上に立たないで」
    「……ええ、よろしくてよ」
     楓は心の中に渦巻く様々な思いを、葵との勝負にぶち撒けるつもりでいた。

     ところが――。
    「あなた、焔流剣士って名乗ってるのに、『燃える刀』は使えないの? もしかして今、本気でやってた?」
    「その言葉、飲み込ませませんわよ……ッ」
     怒りを乗じた己の全力攻撃を、葵はあろうことか、刀ごと斬り伏せた。
     そして返す刀で、己の額に模造刀が叩き付けられる。
    「……そんな……あたくしが……!?」
     ショッキングピンクのまだらに染まった自分を見下すように、葵がぽつりと言い放った。
    「勝負ありだね」



     楓は故郷から遠く離れたこの央中の地で再び、屈辱にまみれることとなった。
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