黄輪雑貨本店 新館


    「白猫夢」
    白猫夢 第10部

    白猫夢・落葉抄 2

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    麒麟を巡る話、第542話。
    心折られて、潰されて。

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    2.
     葵との対決に敗れた直後、楓は逃げ帰るように故郷、天玄に戻った。楓にとっては忌々しい場所ではあったが、そこ以外に彼女が戻る場所は無かったのだ。
     だが葵に心折られ、何かにつけて激しく侮蔑してくる兄に押し潰された楓は、どんな仕事に就いても長続きせず、やがて引き籠もるようになった。

    「まだ引き籠っているのか?」
     閉めきった部屋の向こうから、鼻持ちならない兄の声が聞こえてくる。
    「……」
     答えない楓に、兄が冷淡な言葉を吐き捨てる。
    「穀潰しが。お前は天原家の恥だ。とっとと死ね」
    「……っ」
     たまらず木刀を片手に部屋を出たが、兄はどこにもいなかった。



     楓が央中に渡り、そして戻って引き籠っている間にも、柏は輝かしい成果を積み重ね続けていた。
     地元の市議会において最年少の議員となり、そこで相応の成果を収め、この頃には当時の当主である伯母の右腕となり、既に天原家の要と称されていた。
     そんな経歴を積み重ねてきたエリートであるからこそ、意気消沈している楓の存在が心底うっとうしく、自分の経歴における汚点とさえ思っていたのだろう。たまに屋敷へ戻っては、先程のように楓に対して辛辣な言葉を吐き捨てるようになっていた。

     無論、そんな柏の言動を諌める者もいたが、増長していた柏には何の効果も無かった。
    「まだ生きているのか? 油虫以下の価値しか無いくせに……」「柏、いい加減にしろ!」
     ある時、楓の部屋の前で、祖父と柏が口論を始めた。
    「妹を何だと思っているんだ!」
    「ゴミですよ。働きもしない、自分を磨きもしない。何の役にも立たない女です」
     ぱぁん、と平手打ちの音が響く。
    「それが妹に、いいや、人に向けてかける言葉かッ!?」
    「ではお祖父さま、楓は何かの役に立っていると?」
    「話をすり替えるんじゃない。俺はお前の話をしているんだ。
     いいか、他人をいたずらに傷つけるな。それでも天原家を背負う紳士のつもりか?」
    「婿のご身分であるお祖父さまにそんなことを言われる筋合いはありません。ま、これ以上話をしてもご理解いただけないでしょうし、私はこれで失礼しますよ」
    「待て、柏!」
     声を荒げる祖父に対し、柏の返答は無く、すたすたと歩き去る音だけが聞こえてきた。
    「……楓よぉ」
     しばらく間を置いて、絞り出すような祖父の声が聞こえてくる。
    「お前は本当に、辛い目にばかり遭う子だよ……。俺が代わってやれるなら、代わってやりてえよ」
    「……」
     楓は声を殺して泣きながら、祖父の言葉に耳を傾けていた。



     その唯一と言っていい理解者であった祖父も564年、老衰によりこの世を去ってしまった。
     いよいよ誰の助けも、救いも失った楓は、2年ぶりに屋敷を抜け出し、刀を手にして山をさまよっていた。
    (もう嫌……)
     その目には光が無く、絶望に打ちひしがれているのは誰の目にも明らかだった。
    (これ以上生きる意味なんて……)
     だが――そんな絶望を抱いたが故に、あの悪魔が彼女に目を付けたのだ。
    「待て」
     誰も居ないはずの山中で声をかけられ、楓はびくっと震える。
    「だっ、……誰?」
    「お前はここで死ぬべき器ではない」
     振り返った楓の目に、黒いフードを頭からすっぽり被った男の姿が映る。
    (死神……!)
     楓はそう直感し、怯えるが、相手はお構いなしに話しかけてくる。
    「私は御子に仕える命を受けた者だ」
    「ミコ?」
    「この世を救い、率いる運命にある者のことだ。そしてお前こそ、次代の御子となるべき器なのだ」
    「あたくし、……が?」
     平常であれば到底信じられないような話に、楓は耳を傾ける。
    「そうだ。だが今は力無き者。私が力を授けてやろう」
    「……ちょうだい」
     楓は刀を落とし、フードの男にしがみついていた。
    「力をくれると言うのなら、是非、ちょうだい。
     あたくしに兄と、そしてアオイをこの世から永遠に討滅してしまえるような、絶大な力を……ッ!」
    「いいだろう」
     しがみつく楓の額に、フードの男――アルは掌を押し当てた。



     こうして楓は力を手にし、同時にアルからの指示により、「辰沙(シンサ)」と名乗るようになった。
     彼女は連合軍やその他の武力組織から冷遇された兵卒や、好機に恵まれず不遇を囲っていた焔流の剣士など、不満を抱える武人たちを集めて武術の私塾を開き、それはやがて「紅丹党」へと変貌・昇華した。
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