「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・落葉抄 7
麒麟を巡る話、第547話。
心に愛がなければ……。
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7.
さらに季節が過ぎ、秋に差し掛かった頃。
楓はどうにか、車椅子で動ける程度にまで回復していた。
「あの、渾沌さん」
声の方も、現在ではほぼ元通りに出せるようになっている。
「なにかしら?」
「あたくし、自分で動かせます。マークさんからも、『なるべく自分で動いてリハビリしないと』と言われておりますし」
「いいじゃない。ちょっとくらい楽しなさいって」
「はあ……」
天狐が言っていた通り、渾沌は楓のことを気に入っているらしく、何かにつけて楓に付きまとっていた。
「あの、渾沌さん」
たまりかねた楓は、車椅子を動かす渾沌の腕を取る。
「どうしてそこまで、あたくしを?」
「どう言う意味かしら?」
「あなたが男性より女性を好まれる方だと言うお話は伺っておりますけれど、そんなにあたくしが気になるのかしら」
「ええ」
「それはこの傷のせいかしら?」
そう言って、楓は左腕に付いた刀傷を右手で指差す。
「さぞ滑稽でしょうね? こんな傷だらけの女、いい見物(みもの)でしょうから」
「……あー、と」
渾沌は困った仕草を見せつつ、自分の仮面を取った。
「えっ……!?」
渾沌の、大きく傷が走った顔を見た楓は絶句する。
「いい見物かしら、わたし?」
「……いえ。ごめんなさい」
「いいのよ」
渾沌は仮面を付け直しつつ、こう続ける。
「あのね、楓ちゃん。そりゃ、あなたが好みのタイプだってこともあるけど、それよりもわたしは、あなたに優しくしてあげたいのよ」
「どうして?」
「あなた、お兄さんとかからすごくいじめられてたでしょ?」
「……!」
「雰囲気で分かるわ。それに、ほら。こう言う人だし」
渾沌は央南の新聞を2、3本差し出し、楓に手渡す。
そこには、次のような見出しがでかでかと並んでいた。
「天原主席 連合司令官に『死ね』発言 止まらぬ暴言」
「当時の幕僚長からの証言 紅丹党見殺し問題」
「訴訟団結成 主席ハラスメント問題解決に向けて」
「あなたのお兄さん、色んな所で人をいじめ抜いてたみたいね。中には心を病んだり、自殺した人もいるらしいわよ。その辺りで今、糾弾されてるらしいわ。『こんな人でなしが主席に居座ってていいのか』って。
東部奪還作戦での失敗もあるし、今年中に更迭されてもおかしくなさそうね。そのせいで央南連合も、ガタガタになってるって話よ」
「……」
黙り込む楓に、渾沌が優しく声をかける。
「わたしね、昔は隠密やってたのよ。その時によく、こう言う舌禍(ぜっか)起こす人をこっそり調査して、弱みを握ろうってことをしてたんだけど、似てるのよね、本当」
「似てる? 何がかしら」
「顔つきよ。人を罵って平然としてるような奴は、どいつもこいつも醜く歪んでるのよ、顔が。
あなたのお兄さんもそう。自分が誰より偉いと勘違いしてるもんだから、平然と人を罵れるのよ。で、心の醜さが顔に出るってわけ」
「……でも、あたくしも、他人を罵ることは少なからずございます」
「罵って、平気?」
「いえ、あまり。言い過ぎたと反省することも多いです」
「なら、マシよ。あなたはちょっと、攻撃的なだけ。自分の心がぼろぼろだから、攻撃しないと自分を保っていられないのよ。
でもここには、あなたを罵る奴なんかいやしないわ。会ったでしょ、葛とかフィオとか」
「ええ。皆さん本当に、あたくしを気遣って下さいました」
「みんな、それとなく気付いてたのよ。あなたが体だけじゃなく、心も傷ついてるんだって。みんな、優しい子たちだから。
わたしもそうよ。好きとかそう言う話以前に、あなたをいたわってあげたいのよ」
「……」
ぽた、ぽたっと新聞紙に涙が落ちる。
「……うぐ……ひっく……うえええー……」
楓は12年ぶりに、ボタボタと大粒の涙を流し、嗚咽を上げて大泣きした。
「今は休みなさいな、楓ちゃん。ゆっくり、休んでちょうだい」
渾沌は後ろからぎゅっと、楓を優しく抱きしめた。
かつて天狐ゼミや紅丹党で見せたような楓の高慢な態度や言動は、これ以降影を潜めた。
それは彼女が、心から救われたと感じたからだろう。
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心に愛がなければ……。
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さらに季節が過ぎ、秋に差し掛かった頃。
楓はどうにか、車椅子で動ける程度にまで回復していた。
「あの、渾沌さん」
声の方も、現在ではほぼ元通りに出せるようになっている。
「なにかしら?」
「あたくし、自分で動かせます。マークさんからも、『なるべく自分で動いてリハビリしないと』と言われておりますし」
「いいじゃない。ちょっとくらい楽しなさいって」
「はあ……」
天狐が言っていた通り、渾沌は楓のことを気に入っているらしく、何かにつけて楓に付きまとっていた。
「あの、渾沌さん」
たまりかねた楓は、車椅子を動かす渾沌の腕を取る。
「どうしてそこまで、あたくしを?」
「どう言う意味かしら?」
「あなたが男性より女性を好まれる方だと言うお話は伺っておりますけれど、そんなにあたくしが気になるのかしら」
「ええ」
「それはこの傷のせいかしら?」
そう言って、楓は左腕に付いた刀傷を右手で指差す。
「さぞ滑稽でしょうね? こんな傷だらけの女、いい見物(みもの)でしょうから」
「……あー、と」
渾沌は困った仕草を見せつつ、自分の仮面を取った。
「えっ……!?」
渾沌の、大きく傷が走った顔を見た楓は絶句する。
「いい見物かしら、わたし?」
「……いえ。ごめんなさい」
「いいのよ」
渾沌は仮面を付け直しつつ、こう続ける。
「あのね、楓ちゃん。そりゃ、あなたが好みのタイプだってこともあるけど、それよりもわたしは、あなたに優しくしてあげたいのよ」
「どうして?」
「あなた、お兄さんとかからすごくいじめられてたでしょ?」
「……!」
「雰囲気で分かるわ。それに、ほら。こう言う人だし」
渾沌は央南の新聞を2、3本差し出し、楓に手渡す。
そこには、次のような見出しがでかでかと並んでいた。
「天原主席 連合司令官に『死ね』発言 止まらぬ暴言」
「当時の幕僚長からの証言 紅丹党見殺し問題」
「訴訟団結成 主席ハラスメント問題解決に向けて」
「あなたのお兄さん、色んな所で人をいじめ抜いてたみたいね。中には心を病んだり、自殺した人もいるらしいわよ。その辺りで今、糾弾されてるらしいわ。『こんな人でなしが主席に居座ってていいのか』って。
東部奪還作戦での失敗もあるし、今年中に更迭されてもおかしくなさそうね。そのせいで央南連合も、ガタガタになってるって話よ」
「……」
黙り込む楓に、渾沌が優しく声をかける。
「わたしね、昔は隠密やってたのよ。その時によく、こう言う舌禍(ぜっか)起こす人をこっそり調査して、弱みを握ろうってことをしてたんだけど、似てるのよね、本当」
「似てる? 何がかしら」
「顔つきよ。人を罵って平然としてるような奴は、どいつもこいつも醜く歪んでるのよ、顔が。
あなたのお兄さんもそう。自分が誰より偉いと勘違いしてるもんだから、平然と人を罵れるのよ。で、心の醜さが顔に出るってわけ」
「……でも、あたくしも、他人を罵ることは少なからずございます」
「罵って、平気?」
「いえ、あまり。言い過ぎたと反省することも多いです」
「なら、マシよ。あなたはちょっと、攻撃的なだけ。自分の心がぼろぼろだから、攻撃しないと自分を保っていられないのよ。
でもここには、あなたを罵る奴なんかいやしないわ。会ったでしょ、葛とかフィオとか」
「ええ。皆さん本当に、あたくしを気遣って下さいました」
「みんな、それとなく気付いてたのよ。あなたが体だけじゃなく、心も傷ついてるんだって。みんな、優しい子たちだから。
わたしもそうよ。好きとかそう言う話以前に、あなたをいたわってあげたいのよ」
「……」
ぽた、ぽたっと新聞紙に涙が落ちる。
「……うぐ……ひっく……うえええー……」
楓は12年ぶりに、ボタボタと大粒の涙を流し、嗚咽を上げて大泣きした。
「今は休みなさいな、楓ちゃん。ゆっくり、休んでちょうだい」
渾沌は後ろからぎゅっと、楓を優しく抱きしめた。
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それは彼女が、心から救われたと感じたからだろう。
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