「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第1部
蒼天剣・紀行録 2
晴奈の話、16話目。
柊師匠の地理講座。
2.
柊は自分の日記を取り出し、パラパラとめくりながら話し始めた。
「そうね……、世界の有名どころは、ほぼ回ったかしら。世界の中心、クロスセントラル。世界一の大都市、ゴールドコースト。それから……」「あ、あの、師匠」
晴奈は慌てて手を挙げ、話をさえぎる。
「ん?」
「すみません、私は、その、世俗に疎いと言いますか、地理に明るくないと言いますか、……央南から出たことが無いもので、果たしてどこがどこなのか」
「ああ、そうね、そう言ってたわね。ごめんごめん」
柊は小さく頭を下げ、話を仕切り直す。
「じゃ、そこら辺から説明するわね。
晴奈が自分で言った通り、ここは『央南』。即ち、中央大陸の南部地域。中央大陸はその名の通り、昔から歴史の舞台、政治の中央となってきた大陸なの。そしてこの大陸は、大きな2つの山脈によって、3つの地域に区切られているわ」
柊は懐から紙を取り出し、中央大陸の絵――「し」の字に広がった、どこかモコモコとした形――をスラスラと描いていく。
枠を描いたところで、その枠を三等分するような線をすっ、すっと引いた。

「この下の線の右にある、鉤状に出っ張ったところが央南。晴奈も知っての通り、ここは『仁徳と礼節の世界』ね。『猫』や『虎』、『狐』、そしてわたしみたいな長耳(エルフ)と言った人種が多く見られるわ。
まあ、説明するほどのこともあんまり無いから、この辺は飛ばして――そこから西へ進んだ、この線の辺り。この一帯に、屏風山脈と言う山々が連なっているの。
この前戦った黒炎教団の本拠地、黒鳥宮はここにあるわ。教団は央中、つまり中央大陸中部からの文化も流れこんでいるから、名前や言葉も、それらしいものが多いみたいね」
「なるほど……。私と戦った『狼』の、あの、うい、ういう、……ウィルバーと言う名前も、その一端なのですね」
晴奈のたどたどしいしゃべり方に、柊はクス、と微笑んだ。
続いて柊は、上と下の線の間を指し示す。
「それで、この屏風山脈を越えた先が、央中。
ここは『狐と狼の世界』とも呼ばれているわ。昔から栄えている名家、王侯貴族のほとんどが『狐』や『狼』の種族だから、そう呼ばれているの。頭が良くて狡猾な『狐』と、親分肌、姐御肌で気が強い『狼』だから、大物揃いなのもうなずけるわね。
そのせいか、両種族の仲はちょっと悪いみたいね。もし彼らのケンカに運悪く居合わせたら……」
柊は人差し指をピンと立て、いじわるっぽく笑う。
「下手に仲裁しようとは、しない方がいいわよ。巻き込まれると大変だから」
「はは……」
師匠のおどけたような口ぶりから、きっとそのような状況に巻き込まれたことがあるのだろうと推察し、晴奈は苦笑した。
「そんな2種族が大多数を占める土地柄だから、そこに住む人々はみんな、多少の違いはあれど計算高い人たちばかり。あまたの実力者たちが日々、自分が明日の王侯貴族、大商人になれる方法を考え、実践している。それもあって、栄枯盛衰の度合いは他地域の比じゃないわ。昔から代々続く家系って言うのはかなり、稀な存在になっているわね。
だから、央中で代々続く名家って言うと、それはもう、かなりの家柄と言うことになるわけだけど、その中でも双璧をなすのが、世界一の大商家、『狐』のゴールドマン家と、世界中の職人の総元締めである、『狼』のネール家。この両家だけで、央中の財の半分以上を握っているそうよ」
「へぇ、そんなに大きいのですか」
そう返しつつ、晴奈は頭の中で比較してみる。
(我が黄家も央南随一の大商家だと聞いてはいるが、確か……、父上によれば、『我が家が持つ富は央南全土の一割ほどもある』とか何とか。
央南と央中が同じ規模かどうかは分からぬが、それでも1割と半分ではあまりにも違う。単純に考えて5倍となるわけだし。……うーむ、正に格が違うと言うか、何と言うか)
はっきり捉えきれず、晴奈は比較を諦めた。
その間にも、柊の話は続いている。
「さっき言っていたゴールドコーストと言う街が、ゴールドマン家の本拠地。その世界的財力と政治的影響力から、央中の政治と経済の中心地としてにぎわっているわ」
柊は屏風山脈を模した線の下端に点を打ち、楽しそうに語る。
「観光地としても有名で、商人、政治家、資産家、傭兵や観光客に至るまで、世界中から様々な人が集まってくる。わたしが行った時も、色んな友達ができたわね」
「そうなのですか、……ふむ」
楽しげな柊を見て、晴奈の胸中にワクワクとした気持ちが沸き起こる。それを見抜いた柊が、嬉しそうにニコニコと笑う。
「にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年以上も長居してしまったわね。
晴奈、あなたももし央中へ旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ」
「はい!」
続いて柊は、地図の上側に引いた線の下側を指し示す。
「央中のもう一つの名家、ネール家の本拠地はここ、クラフトランドと言うところよ。
ここは周辺に鉄や銅の鉱山、木材に適した森林が豊富だから、自然にそれらを加工・製品化する職人たちの組織――いわゆるギルドが数多く存在しているの。
だから、街中に鍛冶屋や工房があって……」
そう言って柊は長い耳をつかみ、ふさぐしぐさを見せる。
「とーっても、うるさいの。ここは残念ながら、2日といられなかったわ」
「なるほど……」
「でも、作られる製品はどれも一流品。わたしもここで、刀を打ってもらったんだけどね」
柊は傍らに置いていた刀を手に取り、晴奈に見せる。
「ね? すごく綺麗でしょ?」
「そう、ですね。しかし、央中でも刀が作られているとは」
「そこに、ちょっとした逸話と言うか、伝説があるのよ。
あの『黒い悪魔』克大火がその昔、ネール家の開祖と共に、『神器』とまで称される一振りの刀を作ったと言われているの。
刀の名は『妖艶刀 雪月花』、見る者をとりこにする異様な美しさをたたえた刀で、克と共に打ったネール大公は、そこで刀作りに目覚めたと言われているわ。
以来、ネール家では刀鍛冶を厚遇し、それで央中にも刀作りが広まったそうよ。ちなみに今でも、克はその刀を使っているらしいわ」
「ふむ……」
克の名前と伝説を聞き、晴奈は橘から伝え聞いた話を思い出して、わずかながら身震いした。
だが、伝説の奸雄をも満足させると言う、優れた逸品を創り上げた名家にも、強い興味が沸いてくる。
「『狼』には正直、あまり良い印象を持っていなかったのですが、少し感銘を受けました」
「クス、あのウィルバー君のせいね。……でも『狼』は、友達になれれば快い種族なのよ。仲間思いで情に厚い人たちだから」
そう言って柊は、クラフトランドの話を続ける。
「もう一つ伝説と言えば、ネール家には克が密かに教えた秘術が伝わっているそうなの。
それが何なのかはわたしも詳しくは知らないけれど、ネール家は鍛冶屋の頭領だし、きっとそれに関係する術なんでしょうね」
「なるほど……」
「狐と狼の世界」について一通り聞き終え、晴奈は早くも、央中に思いを馳せていた。
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柊師匠の地理講座。
2.
柊は自分の日記を取り出し、パラパラとめくりながら話し始めた。
「そうね……、世界の有名どころは、ほぼ回ったかしら。世界の中心、クロスセントラル。世界一の大都市、ゴールドコースト。それから……」「あ、あの、師匠」
晴奈は慌てて手を挙げ、話をさえぎる。
「ん?」
「すみません、私は、その、世俗に疎いと言いますか、地理に明るくないと言いますか、……央南から出たことが無いもので、果たしてどこがどこなのか」
「ああ、そうね、そう言ってたわね。ごめんごめん」
柊は小さく頭を下げ、話を仕切り直す。
「じゃ、そこら辺から説明するわね。
晴奈が自分で言った通り、ここは『央南』。即ち、中央大陸の南部地域。中央大陸はその名の通り、昔から歴史の舞台、政治の中央となってきた大陸なの。そしてこの大陸は、大きな2つの山脈によって、3つの地域に区切られているわ」
柊は懐から紙を取り出し、中央大陸の絵――「し」の字に広がった、どこかモコモコとした形――をスラスラと描いていく。
枠を描いたところで、その枠を三等分するような線をすっ、すっと引いた。

「この下の線の右にある、鉤状に出っ張ったところが央南。晴奈も知っての通り、ここは『仁徳と礼節の世界』ね。『猫』や『虎』、『狐』、そしてわたしみたいな長耳(エルフ)と言った人種が多く見られるわ。
まあ、説明するほどのこともあんまり無いから、この辺は飛ばして――そこから西へ進んだ、この線の辺り。この一帯に、屏風山脈と言う山々が連なっているの。
この前戦った黒炎教団の本拠地、黒鳥宮はここにあるわ。教団は央中、つまり中央大陸中部からの文化も流れこんでいるから、名前や言葉も、それらしいものが多いみたいね」
「なるほど……。私と戦った『狼』の、あの、うい、ういう、……ウィルバーと言う名前も、その一端なのですね」
晴奈のたどたどしいしゃべり方に、柊はクス、と微笑んだ。
続いて柊は、上と下の線の間を指し示す。
「それで、この屏風山脈を越えた先が、央中。
ここは『狐と狼の世界』とも呼ばれているわ。昔から栄えている名家、王侯貴族のほとんどが『狐』や『狼』の種族だから、そう呼ばれているの。頭が良くて狡猾な『狐』と、親分肌、姐御肌で気が強い『狼』だから、大物揃いなのもうなずけるわね。
そのせいか、両種族の仲はちょっと悪いみたいね。もし彼らのケンカに運悪く居合わせたら……」
柊は人差し指をピンと立て、いじわるっぽく笑う。
「下手に仲裁しようとは、しない方がいいわよ。巻き込まれると大変だから」
「はは……」
師匠のおどけたような口ぶりから、きっとそのような状況に巻き込まれたことがあるのだろうと推察し、晴奈は苦笑した。
「そんな2種族が大多数を占める土地柄だから、そこに住む人々はみんな、多少の違いはあれど計算高い人たちばかり。あまたの実力者たちが日々、自分が明日の王侯貴族、大商人になれる方法を考え、実践している。それもあって、栄枯盛衰の度合いは他地域の比じゃないわ。昔から代々続く家系って言うのはかなり、稀な存在になっているわね。
だから、央中で代々続く名家って言うと、それはもう、かなりの家柄と言うことになるわけだけど、その中でも双璧をなすのが、世界一の大商家、『狐』のゴールドマン家と、世界中の職人の総元締めである、『狼』のネール家。この両家だけで、央中の財の半分以上を握っているそうよ」
「へぇ、そんなに大きいのですか」
そう返しつつ、晴奈は頭の中で比較してみる。
(我が黄家も央南随一の大商家だと聞いてはいるが、確か……、父上によれば、『我が家が持つ富は央南全土の一割ほどもある』とか何とか。
央南と央中が同じ規模かどうかは分からぬが、それでも1割と半分ではあまりにも違う。単純に考えて5倍となるわけだし。……うーむ、正に格が違うと言うか、何と言うか)
はっきり捉えきれず、晴奈は比較を諦めた。
その間にも、柊の話は続いている。
「さっき言っていたゴールドコーストと言う街が、ゴールドマン家の本拠地。その世界的財力と政治的影響力から、央中の政治と経済の中心地としてにぎわっているわ」
柊は屏風山脈を模した線の下端に点を打ち、楽しそうに語る。
「観光地としても有名で、商人、政治家、資産家、傭兵や観光客に至るまで、世界中から様々な人が集まってくる。わたしが行った時も、色んな友達ができたわね」
「そうなのですか、……ふむ」
楽しげな柊を見て、晴奈の胸中にワクワクとした気持ちが沸き起こる。それを見抜いた柊が、嬉しそうにニコニコと笑う。
「にぎやかで騒がしいところだったけれど、ついつい半年以上も長居してしまったわね。
晴奈、あなたももし央中へ旅に出ることがあれば、絶対行ってみた方がいいわよ」
「はい!」
続いて柊は、地図の上側に引いた線の下側を指し示す。
「央中のもう一つの名家、ネール家の本拠地はここ、クラフトランドと言うところよ。
ここは周辺に鉄や銅の鉱山、木材に適した森林が豊富だから、自然にそれらを加工・製品化する職人たちの組織――いわゆるギルドが数多く存在しているの。
だから、街中に鍛冶屋や工房があって……」
そう言って柊は長い耳をつかみ、ふさぐしぐさを見せる。
「とーっても、うるさいの。ここは残念ながら、2日といられなかったわ」
「なるほど……」
「でも、作られる製品はどれも一流品。わたしもここで、刀を打ってもらったんだけどね」
柊は傍らに置いていた刀を手に取り、晴奈に見せる。
「ね? すごく綺麗でしょ?」
「そう、ですね。しかし、央中でも刀が作られているとは」
「そこに、ちょっとした逸話と言うか、伝説があるのよ。
あの『黒い悪魔』克大火がその昔、ネール家の開祖と共に、『神器』とまで称される一振りの刀を作ったと言われているの。
刀の名は『妖艶刀 雪月花』、見る者をとりこにする異様な美しさをたたえた刀で、克と共に打ったネール大公は、そこで刀作りに目覚めたと言われているわ。
以来、ネール家では刀鍛冶を厚遇し、それで央中にも刀作りが広まったそうよ。ちなみに今でも、克はその刀を使っているらしいわ」
「ふむ……」
克の名前と伝説を聞き、晴奈は橘から伝え聞いた話を思い出して、わずかながら身震いした。
だが、伝説の奸雄をも満足させると言う、優れた逸品を創り上げた名家にも、強い興味が沸いてくる。
「『狼』には正直、あまり良い印象を持っていなかったのですが、少し感銘を受けました」
「クス、あのウィルバー君のせいね。……でも『狼』は、友達になれれば快い種族なのよ。仲間思いで情に厚い人たちだから」
そう言って柊は、クラフトランドの話を続ける。
「もう一つ伝説と言えば、ネール家には克が密かに教えた秘術が伝わっているそうなの。
それが何なのかはわたしも詳しくは知らないけれど、ネール家は鍛冶屋の頭領だし、きっとそれに関係する術なんでしょうね」
「なるほど……」
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総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

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双月千年世界 1;蒼天剣

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双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
虎もいるのか
出会ったら怖い気がする
やっぱエルフが一番だぬ
ここのエルフは人間嫌いじゃないんですね
ゴールドマンって違う小説に出来たやつですね
ようやく繋がって来た
この世界には名刀と呼ばれる武器はあるのですか?
世界に数本しか存在してないとかのやつです
出会ったら怖い気がする
やっぱエルフが一番だぬ
ここのエルフは人間嫌いじゃないんですね
ゴールドマンって違う小説に出来たやつですね
ようやく繋がって来た
この世界には名刀と呼ばれる武器はあるのですか?
世界に数本しか存在してないとかのやつです
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NoTitle
>ベースは人間で動物の特徴があるって感じの
>兎って耳が人間より良いって聞いたがこの小説でもそうなんですか?
この世界において、獣人さんの定義は「ケモノっぽい目と耳、そして尻尾を有している」ことですね。
身体能力も、それぞれのケモノさんに準じて特化しています。
一例として、猫は夜目が利きますし、兎も耳がいい。
とは言え、あくまで「一般的な人間(この世界における『短耳』という種族)に比べて」の話。
本物の獣に比べれば、多少は劣ります。
>虎もいるのか
>出会ったら怖い気がする
>やっぱエルフが一番だぬ
>ここのエルフは人間嫌いじゃないんですね
種族については、下記のアドレスをご参照ください。
http://auring.blog105.fc2.com/blog-entry-510.html
怖いイメージがあるかもですが、第5部を読んだら多分、そのイメージは吹っ飛びます。
あと、色んな種族が混在している世界なので、獣人とそうでないヒト、耳の長さで隔たりや差別が起きることは、少なくとも「蒼天剣」ではほとんど存在しません。
>ゴールドマンって違う小説に出来たやつですね
>ようやく繋がって来た
「火紅狐」ですね(*´∀`)
話中にも出てきたとおり、ゴールドマン家は古くからの豪商です。
すべての物語において、非常に大きな存在感を持っています。
「蒼天剣」でも、もちろん「火紅狐」でも。そして、これからの小説でも。
>この世界には名刀と呼ばれる武器はあるのですか?
>世界に数本しか存在してないとかのやつです
もちろんあります。
「紀行録」で紹介される「雪月花」を始めとして、「神器」と称される数々の武器が存在します。
そちらも期待しつつ、読んでみてください。
「蒼天剣」のタイトルの由来にもなっているので。
>相互リンクの件よろしくお願いします
>こちらのリンク設置完了しましたのでご確認の程よろしくお願いします
こちらもリンク設置しました。
今後とも、よろしくお願いします。