「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第11部
白猫夢・天魔抄 5
麒麟を巡る話、第598話。
葛の敗因。
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5.
「……!」
葛はがば、と跳ね起きた。
「……え? ……あれ? ……あたし」
自分の体を確かめるが、「晴奈」と激闘を繰り広げた痕跡は見られない。
「死んだ? ……にしてはー、前みたいな薄暗い感じじゃないしー……?」
とりあえず立ち上がり、周りを確認する。
そこは央南風の、どこかの家屋のようだが、葛には見覚えが無い。
「気が付いたか」
と、縁側から強くはっきりとした、女性の声が飛んでくる。
庭からの逆光で見辛いが、どうやらそこに座っているのは猫獣人のようだった。
「あ、あのー」
「葛、お前は敗れたのだ」
猫獣人が立ち上がり、葛のところへやって来る。
「敗れた? あー、やっぱ、そっかー」
「気落ちはしていないようだな」
「うん、まあ、ね。どうせ一回、死んだ身だしねー」
「勘違いしているようだが、お前はまだ死んでいないぞ」
「え?」
猫獣人は葛の手を取り、ぐっと握った。
「痛覚があるだろう? 脈も感じているはずだ。これで死んでいるとは言えまい」
「あ、うん。確かにちょっと痛いし、ドクドクしてる。
……ねえ?」
「なんだ?」
葛は首を傾げながら、こう尋ねた。
「もしかして、ばーちゃん?」
「うん?」
「セイナばーちゃんでしょ? 声とか背丈で分かるよー」
「それも勘違いだな」
猫獣人は葛から手を離し、くる、と背を向けた。
「ここは、……何と言えばいいかな、……そう、言うなれば『夢の世界』だな」
「夢の、……世界?」
「そうだ。現実の世界に住まうすべての人々の心の奥底の、そのまた奥にある場所だ。いつか天狐が言っていただろう?」
「あー、聞いた覚えあるかもー。……って、あれ?」
「どうした?」
「なんでばーちゃんがソレ、知ってんのー?」
「だから、私は黄晴奈ではない。
私はお前や葵、その他の者が知る、『黄晴奈』と言う人物についての記憶や評判、知識の集合体、言うなれば『概念』や『象徴』、『定義』のようなものだ。
だからお前が以前に見聞きしたことについて、お前たちの記憶から創られた私が知っていたとしても、何の不思議も無いと言うことだ」
「ん? ……んー」
もう一度、くる、と踵を返し、猫獣人は呆れた声を漏らした。
「合点が行かぬ、と言う顔だな。まあいい、ともかく私は限りなく『黄晴奈』に近い、しかし決して『黄晴奈』本人ではない者だ。
わけが分からぬだろうが、とりあえず私の話を聞いてくれるか?」
「あ、うん」
猫獣人は縁側に葛を招き、そこに座るよう促した。
「お前が葵に敗れた理由が、分かるか?」
「分かんない。何が何だかって感じだもん」
「それは、お前が『星剣舞』の何たるかを分かっていないからだ。もっとも葵の方も、ろくに理解していないがな」
「って言うと?」
猫獣人も葛の横にすとんと座り、縁側に置かれた「夜桜」の柄をトン、と叩いた。
「そもそも、お前にとって侍とは、剣士とは何だ?」
「え? うーん、戦う人かなー」
「半分正解と言うところだな。だがただ戦うだけでは、それは単なる粗忽者でしか無い。
戦う者が剣士であると言うのならば、往来で刀を振り回して人に乱暴狼藉を働く者も、お前は剣士であると言うのか?」
「や、ソレは何か違うかなー。やっぱお侍さんって言ったら、強きをくじき弱きを助けるって言うかー、無益な殺生は好まぬでござるって言うかー」
葛の回答に、猫獣人はクスっと笑う。
「ふふふ……、まあ、そんなところだ。
剣士とは、ただ剣を持つ者に非ずだ。その剣を正しく使う者こそ剣士、侍と称されるのだ。しかるに葛、お前は何を思って『星剣舞』を放った?」
「んー……、姉貴をブッ倒したいと思って」
「それは先ほど私が論じた粗忽者と、何が違う?」
「え?」
「相対する敵をただ倒したい、殺したいと思うのでは、剣士として三流だ。そんな心持ちでは、『星剣舞』は微塵も操れぬ。
黄晴奈が『星剣舞』を使ったのは、いずれも『仲間を護りたい』と思った時なのだ」
「へえ……?」
「即ち『星剣舞』とは守護の極意。誰かを護ろうと言う断固たる決意が無ければ、ただの粗忽な剣舞にしかならぬのだ」
「姉貴は使いこなしてるように見えたよー?」
葛の反論を、猫獣人は静かに首を振って否定する。
「いや、葵は到底、使いこなしてなどいない。あれは単に、黄晴奈を頭から真似しているだけだ。その本質を理解せず、形だけ繕っているに過ぎぬ。
だが葛、お前が真に守護の念を以って『星剣舞』を用いたならば、葵の猿真似など一瞬のうちに蹴散らせる」
「でも、誰を護るの? ルナさんもカエデさんも強いじゃん」
「護るのは」
猫獣人は、葛の肩に手を置いた。
「その葵、本人だ。
分からぬか? 葵はずっと、一人で戦ってきた。誰にも護ってもらえずにな」
「自業自得じゃん」
「呆れた奴だな。本当に分からぬと見える」
「何が?」
「葵が戦ってきたのは、白猫とだ」
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葛の敗因。
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「……!」
葛はがば、と跳ね起きた。
「……え? ……あれ? ……あたし」
自分の体を確かめるが、「晴奈」と激闘を繰り広げた痕跡は見られない。
「死んだ? ……にしてはー、前みたいな薄暗い感じじゃないしー……?」
とりあえず立ち上がり、周りを確認する。
そこは央南風の、どこかの家屋のようだが、葛には見覚えが無い。
「気が付いたか」
と、縁側から強くはっきりとした、女性の声が飛んでくる。
庭からの逆光で見辛いが、どうやらそこに座っているのは猫獣人のようだった。
「あ、あのー」
「葛、お前は敗れたのだ」
猫獣人が立ち上がり、葛のところへやって来る。
「敗れた? あー、やっぱ、そっかー」
「気落ちはしていないようだな」
「うん、まあ、ね。どうせ一回、死んだ身だしねー」
「勘違いしているようだが、お前はまだ死んでいないぞ」
「え?」
猫獣人は葛の手を取り、ぐっと握った。
「痛覚があるだろう? 脈も感じているはずだ。これで死んでいるとは言えまい」
「あ、うん。確かにちょっと痛いし、ドクドクしてる。
……ねえ?」
「なんだ?」
葛は首を傾げながら、こう尋ねた。
「もしかして、ばーちゃん?」
「うん?」
「セイナばーちゃんでしょ? 声とか背丈で分かるよー」
「それも勘違いだな」
猫獣人は葛から手を離し、くる、と背を向けた。
「ここは、……何と言えばいいかな、……そう、言うなれば『夢の世界』だな」
「夢の、……世界?」
「そうだ。現実の世界に住まうすべての人々の心の奥底の、そのまた奥にある場所だ。いつか天狐が言っていただろう?」
「あー、聞いた覚えあるかもー。……って、あれ?」
「どうした?」
「なんでばーちゃんがソレ、知ってんのー?」
「だから、私は黄晴奈ではない。
私はお前や葵、その他の者が知る、『黄晴奈』と言う人物についての記憶や評判、知識の集合体、言うなれば『概念』や『象徴』、『定義』のようなものだ。
だからお前が以前に見聞きしたことについて、お前たちの記憶から創られた私が知っていたとしても、何の不思議も無いと言うことだ」
「ん? ……んー」
もう一度、くる、と踵を返し、猫獣人は呆れた声を漏らした。
「合点が行かぬ、と言う顔だな。まあいい、ともかく私は限りなく『黄晴奈』に近い、しかし決して『黄晴奈』本人ではない者だ。
わけが分からぬだろうが、とりあえず私の話を聞いてくれるか?」
「あ、うん」
猫獣人は縁側に葛を招き、そこに座るよう促した。
「お前が葵に敗れた理由が、分かるか?」
「分かんない。何が何だかって感じだもん」
「それは、お前が『星剣舞』の何たるかを分かっていないからだ。もっとも葵の方も、ろくに理解していないがな」
「って言うと?」
猫獣人も葛の横にすとんと座り、縁側に置かれた「夜桜」の柄をトン、と叩いた。
「そもそも、お前にとって侍とは、剣士とは何だ?」
「え? うーん、戦う人かなー」
「半分正解と言うところだな。だがただ戦うだけでは、それは単なる粗忽者でしか無い。
戦う者が剣士であると言うのならば、往来で刀を振り回して人に乱暴狼藉を働く者も、お前は剣士であると言うのか?」
「や、ソレは何か違うかなー。やっぱお侍さんって言ったら、強きをくじき弱きを助けるって言うかー、無益な殺生は好まぬでござるって言うかー」
葛の回答に、猫獣人はクスっと笑う。
「ふふふ……、まあ、そんなところだ。
剣士とは、ただ剣を持つ者に非ずだ。その剣を正しく使う者こそ剣士、侍と称されるのだ。しかるに葛、お前は何を思って『星剣舞』を放った?」
「んー……、姉貴をブッ倒したいと思って」
「それは先ほど私が論じた粗忽者と、何が違う?」
「え?」
「相対する敵をただ倒したい、殺したいと思うのでは、剣士として三流だ。そんな心持ちでは、『星剣舞』は微塵も操れぬ。
黄晴奈が『星剣舞』を使ったのは、いずれも『仲間を護りたい』と思った時なのだ」
「へえ……?」
「即ち『星剣舞』とは守護の極意。誰かを護ろうと言う断固たる決意が無ければ、ただの粗忽な剣舞にしかならぬのだ」
「姉貴は使いこなしてるように見えたよー?」
葛の反論を、猫獣人は静かに首を振って否定する。
「いや、葵は到底、使いこなしてなどいない。あれは単に、黄晴奈を頭から真似しているだけだ。その本質を理解せず、形だけ繕っているに過ぎぬ。
だが葛、お前が真に守護の念を以って『星剣舞』を用いたならば、葵の猿真似など一瞬のうちに蹴散らせる」
「でも、誰を護るの? ルナさんもカエデさんも強いじゃん」
「護るのは」
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分からぬか? 葵はずっと、一人で戦ってきた。誰にも護ってもらえずにな」
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