「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第11部
白猫夢・伏傑抄 1
麒麟を巡る話、第602話。
残酷な診断結果。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「診察の結果を報告します。
まず、フィオとパラは軽傷です。二人とも戦闘慣れしてるからかな、恐らく攻撃を受ける直前に自分から体勢を崩して、衝撃を緩めたんだと思います。気管と頸動脈が圧されたせいで気絶したのは確かみたいですし、首の筋も多少痛めてはいますけど、骨折や神経の断裂と言った重篤なダメージはありませんでした。二人に関して言えば、あと一日くらい寝てれば快復します。
ちょっと危なかったのはウォーレンさんですね。一番ひどいのは顔面骨折。眼底出血もありますし、鼻に至っては完全に粉砕骨折してます。それでもカズセちゃんが治療してくれたので、こっちも数日安静にしてれば動けるようになるでしょう。
……それでですね」
マークは沈鬱な表情を浮かべながら、ルナに診断書を手渡した。
「アオイさんについてですが、……結論から言えば、余命は幾許も無いでしょう。今年いっぱい持てば、まだいい方でしょうね」
「そんなに?」
「彼女はあんまり感情を表に出しませんし、痛いと思っても口に出さないんでしょうけど、それでも現状からすれば、常に激しい痛みを感じているはずなんです。
両手足の骨は数十箇所に渡って、歪(いびつ)に継ぎ接ぎしたみたいになってます。どうやら、骨形成と骨吸収のサイクルが破綻しているみたいなんです。言い換えると、体が勝手に、正常な箇所を壊そうとしたり、破損した箇所を元通りに治そうとしていない状態です。
この一例だけでも、アオイさんの変化術――『ポゼッション』でしたっけ――がただならぬ副作用を及ぼしていることは明白です」
「そうね。自分の体を一瞬で変化させるとなれば、骨格や筋肉も無理矢理作り変えてるんでしょうしね」
「ええ、筋肉や血管、神経に関しても、異様な癒着・形成を起こしている箇所が、全身の至る所にありました。恐らく手を開いたり握ったりするだけでも、相当の苦痛を伴うはずです。
言うなれば、全身が癌(がん)に冒されてるようなものです」
「治療は可能なの?」
「仮に、首から下をすげ替えたとしても、脳にもダメージがあるみたいですからね……。変化術は人格すら変えるんでしょう?」
「ええ」
「問診中、いきなり口調が変わったり、前後の脈絡に合わない発言をしたりしてますし、脳神経も相当の変異をきたしているものと思われます。
現代医術でも、カズセちゃんたちの魔術を以ってしても、治療できる術はありません。それこそ白猫が企んでいたみたいに、自分の魂をホムンクルスに入れる、みたいな離れ業でもやらなきゃ、完治は不可能でしょう」
「それが治療と言えるかはともかくとして、ね。……カズラにどう伝えようかしら」
「あ、それなんですが」
マークが済まなさそうに述べる。
「カズラさん、既に僕のところに聞きに来ました。いや、僕もはっきり言おうかどうか迷ったんですが、『正直に教えて欲しい』と言われまして」
「で、教えたの?」
「はい」
「……あんたねぇ」
ルナは頭を抱え、椅子にもたれかかった。
「まあ、でも、そうね。言わなきゃいけないわよね」
「ご理解いただけて何よりです。……あ、そうだ」
と、マークが声を潜め、こう尋ねてきた。
「今、ルナさんとアオイさん姉妹との関係がうわさになってるみたいですけど、本当なんですか?」
「……何がよ」
「ルナさんとアオイさんたちが、叔母と姪の関係だって話」
「……」
ルナは何も答えず椅子から立ち上がり、その場から離れようとした。
しかし、マークがそれを止める。
「ルナさん。教えてくれませんか?」
「言いたくないのよ」
「でもこれは、言わなきゃいけないことじゃないんですか?」
「何でよ」
「だって、ずっとだましてたみたいな話じゃないですか。ずるいですよ」
「……」
ルナはマークに背を向け、そのままじっと立っていたが、やがて振り返った。
「あたしが、言おうか言うまいか悩んでたって言って、あんたは信じる?」
「信じるって言うか、ずっとそうじゃないかなって思ってましたけどね」
「え?」
「僕がこんなことの可否を決めるのは僭越ですけど、僕の母、一回ルナさんに殴られていいと思うんです。
ルナさんが秘密にしようとしてた母とルナさんの関係を、母が僕にバラしてしまってますから」
「……マジで?」
「いや、殴られて仕方無いのは、僕の方ですね。ずっと昔、僕が聞いたんです、あんまりにもルナさんと母が似ているから。それで母が、教えてくれたんです。
母からそれを聞いた後、僕はルナさんの様子をそれとなく観てました。……正直、聞いた当初はルナさんに問いただす勇気が無くって。
そしたらルナさんがビッキーに向けてるような目を、カズラさんにも向けてましたもん。毛並みのこととかありますし、『あれっ?』と思って」
「……そう」
ルナはマークにつかつかと歩み寄り、ごつんと殴りつけた。
「痛あっ!?」
「あんたが殴れっつったし、あたしも頭ん中ゴチャゴチャしてるから、とりあえず一発殴らせてもらったわ。
もうちょい付き合いなさいよ、マーク。いい機会だしあたしも整理付けるわ、心の中の」
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残酷な診断結果。
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「診察の結果を報告します。
まず、フィオとパラは軽傷です。二人とも戦闘慣れしてるからかな、恐らく攻撃を受ける直前に自分から体勢を崩して、衝撃を緩めたんだと思います。気管と頸動脈が圧されたせいで気絶したのは確かみたいですし、首の筋も多少痛めてはいますけど、骨折や神経の断裂と言った重篤なダメージはありませんでした。二人に関して言えば、あと一日くらい寝てれば快復します。
ちょっと危なかったのはウォーレンさんですね。一番ひどいのは顔面骨折。眼底出血もありますし、鼻に至っては完全に粉砕骨折してます。それでもカズセちゃんが治療してくれたので、こっちも数日安静にしてれば動けるようになるでしょう。
……それでですね」
マークは沈鬱な表情を浮かべながら、ルナに診断書を手渡した。
「アオイさんについてですが、……結論から言えば、余命は幾許も無いでしょう。今年いっぱい持てば、まだいい方でしょうね」
「そんなに?」
「彼女はあんまり感情を表に出しませんし、痛いと思っても口に出さないんでしょうけど、それでも現状からすれば、常に激しい痛みを感じているはずなんです。
両手足の骨は数十箇所に渡って、歪(いびつ)に継ぎ接ぎしたみたいになってます。どうやら、骨形成と骨吸収のサイクルが破綻しているみたいなんです。言い換えると、体が勝手に、正常な箇所を壊そうとしたり、破損した箇所を元通りに治そうとしていない状態です。
この一例だけでも、アオイさんの変化術――『ポゼッション』でしたっけ――がただならぬ副作用を及ぼしていることは明白です」
「そうね。自分の体を一瞬で変化させるとなれば、骨格や筋肉も無理矢理作り変えてるんでしょうしね」
「ええ、筋肉や血管、神経に関しても、異様な癒着・形成を起こしている箇所が、全身の至る所にありました。恐らく手を開いたり握ったりするだけでも、相当の苦痛を伴うはずです。
言うなれば、全身が癌(がん)に冒されてるようなものです」
「治療は可能なの?」
「仮に、首から下をすげ替えたとしても、脳にもダメージがあるみたいですからね……。変化術は人格すら変えるんでしょう?」
「ええ」
「問診中、いきなり口調が変わったり、前後の脈絡に合わない発言をしたりしてますし、脳神経も相当の変異をきたしているものと思われます。
現代医術でも、カズセちゃんたちの魔術を以ってしても、治療できる術はありません。それこそ白猫が企んでいたみたいに、自分の魂をホムンクルスに入れる、みたいな離れ業でもやらなきゃ、完治は不可能でしょう」
「それが治療と言えるかはともかくとして、ね。……カズラにどう伝えようかしら」
「あ、それなんですが」
マークが済まなさそうに述べる。
「カズラさん、既に僕のところに聞きに来ました。いや、僕もはっきり言おうかどうか迷ったんですが、『正直に教えて欲しい』と言われまして」
「で、教えたの?」
「はい」
「……あんたねぇ」
ルナは頭を抱え、椅子にもたれかかった。
「まあ、でも、そうね。言わなきゃいけないわよね」
「ご理解いただけて何よりです。……あ、そうだ」
と、マークが声を潜め、こう尋ねてきた。
「今、ルナさんとアオイさん姉妹との関係がうわさになってるみたいですけど、本当なんですか?」
「……何がよ」
「ルナさんとアオイさんたちが、叔母と姪の関係だって話」
「……」
ルナは何も答えず椅子から立ち上がり、その場から離れようとした。
しかし、マークがそれを止める。
「ルナさん。教えてくれませんか?」
「言いたくないのよ」
「でもこれは、言わなきゃいけないことじゃないんですか?」
「何でよ」
「だって、ずっとだましてたみたいな話じゃないですか。ずるいですよ」
「……」
ルナはマークに背を向け、そのままじっと立っていたが、やがて振り返った。
「あたしが、言おうか言うまいか悩んでたって言って、あんたは信じる?」
「信じるって言うか、ずっとそうじゃないかなって思ってましたけどね」
「え?」
「僕がこんなことの可否を決めるのは僭越ですけど、僕の母、一回ルナさんに殴られていいと思うんです。
ルナさんが秘密にしようとしてた母とルナさんの関係を、母が僕にバラしてしまってますから」
「……マジで?」
「いや、殴られて仕方無いのは、僕の方ですね。ずっと昔、僕が聞いたんです、あんまりにもルナさんと母が似ているから。それで母が、教えてくれたんです。
母からそれを聞いた後、僕はルナさんの様子をそれとなく観てました。……正直、聞いた当初はルナさんに問いただす勇気が無くって。
そしたらルナさんがビッキーに向けてるような目を、カズラさんにも向けてましたもん。毛並みのこととかありますし、『あれっ?』と思って」
「……そう」
ルナはマークにつかつかと歩み寄り、ごつんと殴りつけた。
「痛あっ!?」
「あんたが殴れっつったし、あたしも頭ん中ゴチャゴチャしてるから、とりあえず一発殴らせてもらったわ。
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