「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第11部
白猫夢・獲麟抄 1
麒麟を巡る話、第621話。
麒麟の山へ。
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1.
央中と央南を隔てる、複数の山系。央中の人間はそこを「カーテンロック山脈」と呼び、一方で央南の人間は、「屏風山脈」と呼ぶ。
この山脈には黒炎教団の本拠地、通称「黒鳥宮」と呼ばれる巨大な寺院があるが、その他にもこの地には古代の遺跡や希少な植物群があり、そして神代の頃から生き続ける魔物、化物が潜むと言ううわさもある。銃弾や無線電波が戦場を飛び交い、鉄道や自動車が普及し始めたこの双月暦6世紀現在に至ってもなお、この山脈の全容は解明されていないのだ。
その大きな理由は、名前の通り複数の山系がカーテン、屏風のように連なっており、大部分が断崖絶壁となっていること。そしてほとんどの地域で気候が厳しく、一年を通して濃霧や大雨、そして冬には吹雪と言った悪天候が、連綿と続くことにある。
教団や麓の街からの長年にわたる尽力により交通事情や救急体制が改善されてきてはいるものの、それでも今なお、街道や峠を外れた途端に遭難し、命を落とす者は後を絶たない。
そんな危険極まりない場所に、葛たちは足を踏み入れていた。
「さっむぅぅ!? ちょ、震えが全っ然、止まんないんだけど!?」
あまりの寒さに、葛が叫ぶ。
「勝手に進むなよ。いきなり無防備にこんな寒い空気を吸い続けたら、肺と脳味噌が凍りついちまうぜ」
そう言って、一聖が魔術で辺りに火球を並べる。
「よし、コレで多少はマシだろ」
「マシなもんかね」
と、天狐と共についてきていたモールが文句を付ける。
「現在の気温、なんとマイナス36度だよ? このまんま無計画に火を点けながら進んでたら、いくら一聖ちゃんや天狐ちゃんでも、魔力切れで死んじゃうってね」
モールも呪文を唱え、周囲の雪を変形させて堀状に道を作る。
「コレで進みやすくなるね。吹雪も阻まれるから、気温の低下も少ないだろうしね」
「ありがとさん」
「……んで、そこの重病人」
モールは葵に向き直り、ハンカチを差し出す。
「また鼻血出てるね」
「……ごめん」
モールのハンカチで鼻を拭う葵に、モールはため息を付きながら説教する。
「毛細血管がもう、ズタボロなんだろうね。死にかけだってのにこんな無茶な行軍に参加するなんて、正気の沙汰じゃないね。大人しく寝てりゃいいのに」
「ソレもコレも、白猫を倒せば全部終わるんだよ」
葛に口を挟まれ、モールは肩をすくめる。
「だといいけどね」
「……」
そのやり取りを黙って見ていた天狐に、一聖がこそこそと声をかける。
(天狐、どう思う?)
中身が同じ人間だったからか、その一言で天狐は、彼女の言わんとすることを解したようだ。
(時間の問題ってトコだな)
(ああ。モールの言う通りだぜ。こんな無茶させ続けたら、マジで葵が死んじまう)
(つっても……)
(言うな。葛にとっちゃ、最後の希望なんだ)
(……そうだな)
「どしたのー?」
と、葛が二人に声をかける。
「ああ、いや。交代で火を点け続けとこうぜって話してたんだ」
「そーそー。オレだけじゃしんどいしな」
「そだね、すっごく寒いし」
話の輪に、モールが割って入る。
「ああ、非常に寒いね。だからこそ、とっとと終わらせなきゃ行けないね。いつまでもこんなところでボーッとしてたら、全員あっけなく凍死しちゃうってね。
さ、急ぐよ」
モールが言っていた通り、凍てつくような空気は葛たちのはるか上を通り過ぎ、吹き込んでは来ない。
それでも「葵が遠からず死ぬかも知れない」と言う切迫した事情がある今、一行の間に明るさは無い。
「……」
誰一人、一言も発さず、黙々と進んでいた。
「……ん?」
と、道を作るため先頭に立っていたモールが、不意に立ち止まる。
「どうした?」
「何か聞こえないね?」
「何って、……ん? 確かに何か……、うなるような声が」
「風の音じゃないの?」
そう答えた葛に対し、葵が横に首を振る。
「違う。これはゴーレムの駆動音だよ」
「何だって?」
「『見えた』。16秒後に接敵する」
葵は真っ青な顔をしたまま、刀を抜く。
「マジかよ」
「分かった!」
たじろぐ一聖たちとは反対に、葛は即応し、同じように刀を構えた。
その間にも葵は予知能力を発揮し、全員に未来を伝える。
「前から3体。同時に左からも1体。ちょっと間を置いて、右から2体来る。
前のはあたしとカズラが対応する。左のはモールさんがやって。右のはテンコちゃんとカズセちゃん、お願い」
「おっ、おう」
そして葵の言った通り――前方から3体、巨大な岩の塊が現れた。
「カズラ、火術が有効だからね。『火射』を使えば簡単に切れるよ」
「りょーかいっ!」
葵に言われた通り、葛は刀に火を灯し、ゴーレムに斬りかかる。
一方の葵も――つい20秒前まで、今にも倒れそうな様子だったのが嘘か幻であったかのように――刀に火を灯し、悠々と3メートル以上は跳躍して、ゴーレムを頭から真っ二つに叩き割った。
「コッチも片付いたぜ!」
事前に伝えられた通りに動き、一聖たちもゴーレムを撃破していた。
「はあ……。敵だった時はコレほど戦いにくい相手はねーなって思ってたが」
「ああ。味方になったら怖いくらい頼りになるな、アイツ」
ふたたび葛の肩を借り、のろのろと歩き出した葵の後ろ姿を眺めながら、一聖と天狐は揃って苦笑いしていた。
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麒麟の山へ。
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央中と央南を隔てる、複数の山系。央中の人間はそこを「カーテンロック山脈」と呼び、一方で央南の人間は、「屏風山脈」と呼ぶ。
この山脈には黒炎教団の本拠地、通称「黒鳥宮」と呼ばれる巨大な寺院があるが、その他にもこの地には古代の遺跡や希少な植物群があり、そして神代の頃から生き続ける魔物、化物が潜むと言ううわさもある。銃弾や無線電波が戦場を飛び交い、鉄道や自動車が普及し始めたこの双月暦6世紀現在に至ってもなお、この山脈の全容は解明されていないのだ。
その大きな理由は、名前の通り複数の山系がカーテン、屏風のように連なっており、大部分が断崖絶壁となっていること。そしてほとんどの地域で気候が厳しく、一年を通して濃霧や大雨、そして冬には吹雪と言った悪天候が、連綿と続くことにある。
教団や麓の街からの長年にわたる尽力により交通事情や救急体制が改善されてきてはいるものの、それでも今なお、街道や峠を外れた途端に遭難し、命を落とす者は後を絶たない。
そんな危険極まりない場所に、葛たちは足を踏み入れていた。
「さっむぅぅ!? ちょ、震えが全っ然、止まんないんだけど!?」
あまりの寒さに、葛が叫ぶ。
「勝手に進むなよ。いきなり無防備にこんな寒い空気を吸い続けたら、肺と脳味噌が凍りついちまうぜ」
そう言って、一聖が魔術で辺りに火球を並べる。
「よし、コレで多少はマシだろ」
「マシなもんかね」
と、天狐と共についてきていたモールが文句を付ける。
「現在の気温、なんとマイナス36度だよ? このまんま無計画に火を点けながら進んでたら、いくら一聖ちゃんや天狐ちゃんでも、魔力切れで死んじゃうってね」
モールも呪文を唱え、周囲の雪を変形させて堀状に道を作る。
「コレで進みやすくなるね。吹雪も阻まれるから、気温の低下も少ないだろうしね」
「ありがとさん」
「……んで、そこの重病人」
モールは葵に向き直り、ハンカチを差し出す。
「また鼻血出てるね」
「……ごめん」
モールのハンカチで鼻を拭う葵に、モールはため息を付きながら説教する。
「毛細血管がもう、ズタボロなんだろうね。死にかけだってのにこんな無茶な行軍に参加するなんて、正気の沙汰じゃないね。大人しく寝てりゃいいのに」
「ソレもコレも、白猫を倒せば全部終わるんだよ」
葛に口を挟まれ、モールは肩をすくめる。
「だといいけどね」
「……」
そのやり取りを黙って見ていた天狐に、一聖がこそこそと声をかける。
(天狐、どう思う?)
中身が同じ人間だったからか、その一言で天狐は、彼女の言わんとすることを解したようだ。
(時間の問題ってトコだな)
(ああ。モールの言う通りだぜ。こんな無茶させ続けたら、マジで葵が死んじまう)
(つっても……)
(言うな。葛にとっちゃ、最後の希望なんだ)
(……そうだな)
「どしたのー?」
と、葛が二人に声をかける。
「ああ、いや。交代で火を点け続けとこうぜって話してたんだ」
「そーそー。オレだけじゃしんどいしな」
「そだね、すっごく寒いし」
話の輪に、モールが割って入る。
「ああ、非常に寒いね。だからこそ、とっとと終わらせなきゃ行けないね。いつまでもこんなところでボーッとしてたら、全員あっけなく凍死しちゃうってね。
さ、急ぐよ」
モールが言っていた通り、凍てつくような空気は葛たちのはるか上を通り過ぎ、吹き込んでは来ない。
それでも「葵が遠からず死ぬかも知れない」と言う切迫した事情がある今、一行の間に明るさは無い。
「……」
誰一人、一言も発さず、黙々と進んでいた。
「……ん?」
と、道を作るため先頭に立っていたモールが、不意に立ち止まる。
「どうした?」
「何か聞こえないね?」
「何って、……ん? 確かに何か……、うなるような声が」
「風の音じゃないの?」
そう答えた葛に対し、葵が横に首を振る。
「違う。これはゴーレムの駆動音だよ」
「何だって?」
「『見えた』。16秒後に接敵する」
葵は真っ青な顔をしたまま、刀を抜く。
「マジかよ」
「分かった!」
たじろぐ一聖たちとは反対に、葛は即応し、同じように刀を構えた。
その間にも葵は予知能力を発揮し、全員に未来を伝える。
「前から3体。同時に左からも1体。ちょっと間を置いて、右から2体来る。
前のはあたしとカズラが対応する。左のはモールさんがやって。右のはテンコちゃんとカズセちゃん、お願い」
「おっ、おう」
そして葵の言った通り――前方から3体、巨大な岩の塊が現れた。
「カズラ、火術が有効だからね。『火射』を使えば簡単に切れるよ」
「りょーかいっ!」
葵に言われた通り、葛は刀に火を灯し、ゴーレムに斬りかかる。
一方の葵も――つい20秒前まで、今にも倒れそうな様子だったのが嘘か幻であったかのように――刀に火を灯し、悠々と3メートル以上は跳躍して、ゴーレムを頭から真っ二つに叩き割った。
「コッチも片付いたぜ!」
事前に伝えられた通りに動き、一聖たちもゴーレムを撃破していた。
「はあ……。敵だった時はコレほど戦いにくい相手はねーなって思ってたが」
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