「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・湯治録 4
晴奈の話、第189話。
慌て損。
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4.
晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。
先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。
そのため、小鈴がようやく狼に追いつけたのは、相手が店に入ってからだった。
「きゃーっ!」
コレットの悲鳴が聞こえ、小鈴は慌てて中に飛び込む。
「こっ、来ないでーっ!」「グルルル……」
狼は厨房に逃げ込んだコレットとの距離を、じりじりと詰めている。
「コラぁ! その子たちに手ぇ出したら、あたしが許さないわよ!」
小鈴は狼の気を引こうと、大声を出して威嚇する。狼はチラ、と小鈴を見て鼻をクンクンと鳴らす。
「……」「……」
狼の仕草を、コレットも小鈴も、緊張した面持ちで見つめている。
やがて狼は鼻を鳴らすのをやめ、小鈴の方に寄ってきた。
「よーし、相手したげるからこっちに来なさい」
小鈴はゆっくりと後ろに下がりながら、杖を構えて牽制する。応じるように、狼もじわじわと小鈴の方へ歩いてきた。
「コレット、今のうちに逃げなさい」
「で、でも……」
「あたしはいいから、早くっ」
「は、はいっ」
コレットは慌てて厨房の奥に消える。どうやら夫のボレロを呼びに行ったらしい。
(さーて、どうしようかしらねー……)
小鈴は後ずさりしつつ、店から出る。一定の距離を保ち、狼も店から出てきた。そこで小鈴は呪文を唱えようと、息を吸い込んだ。
と、そこに丁度よく晴奈が(いまだ酔っぱらっている)フォルナを背負って追いついた。
「小鈴殿!」
「あっ、晴奈! 早く来て来てっ」
「はい、ただいま!」
晴奈は辺りを見回し、近くにあった木に立てかけるようにフォルナを寝かせ、小鈴の側に立った。
すると――。
「えっ」「あら?」
何故か狼は、小鈴を無視してフォルナの方に足を向けてきた。
「ちょ、ちょっと!? こっちよ、相手は!」
小鈴が叫ぶが、狼はまったく反応しない。クンクンと鼻を鳴らしながら、フォルナの方にゆっくりと歩いていく。
「させるかッ!」
晴奈が走り、狼の前へと回り込む。進路をふさがれ、狼は怒りの咆哮を上げる。
「ガアアアッ!」
「りゃあッ!」
晴奈は刀に火を灯し、狼の眉間を狙って斬りつけようとした。
だが狼の反応は早く、刀が来る前に飛びのいてかわす。
「くそ……!」
狼は晴奈の横をすり抜け、またもフォルナに近付いていく。先程と同様、晴奈は狼の前へと走って、行く手をさえぎる。
「……?」
晴奈と狼がぐるぐると追いかけっこをしている間、小鈴は狼の妙な行動を観察していた。
(何で敵意むき出しの晴奈に噛み付こうとしないの?)
この場合、狼が晴奈に攻撃してくれれば、晴奈は返り討ちにできる。言い換えれば、狼が晴奈を相手にすれば、簡単に片がつくのだ。
ところが、狼はしつこくフォルナを狙ってくる。邪魔をしてくる晴奈を、まったく相手しようとしていない。狼は邪魔する晴奈を避け、何故かフォルナばかりを狙っているのだ。
(えーと……)
小鈴は狼の行動を、一つ一つ思い出してみる。
(浴場に現れた時は、あたしたちを狙ってきたわよね。んで、コレットの店に行った時、あたしが呼びかけたらついてきた――飛び掛かったりせずに。いや、そもそもなんでコレットんトコに?
んー……、もしかして)
小鈴はある仮説に行き当たり、コレットの店へと引き返した。
「あっ、コスズさん!」
店に入るなり、コレットが声をかける。
「アンタ、まだ逃げてなかったの? ……まあいいや、お酒ある!?」
「え? お酒? 呑むんですか? こんな時に?」
「あたしじゃないわよ、あの狼に呑ますの!」
「へ?」
小鈴は厨房に駆け込み、コレットに再度指示する。
「ホラ、お酒早く持ってきて!」
「はっ、はいっ!」
コレットはパタパタと足音を立て、地下の酒蔵に降りていった。と、小鈴は厨房の奥で料理に没頭しているボレロを見て驚いた。
「ちょ、アンタもまだいたの!?」
「……」
だが、ボレロは返事をしない。背を向けたまま、黙々と鍋をにらんでいる。
「すみません、彼、今、新しい料理を考えてて……」
その間に、コレットがワインの瓶を持って上がってきた。
「……いーい根性じゃない。
っと、持って行くわよ!」
小鈴は呆れつつもコレットからワインを受け取り、近くにあった皿もつかんで店を飛び出た。
「しつこいッ!」「ギャウッ!」
晴奈と狼はまだ、追いかけっこを続けていた。
何太刀か「燃える刀」を振るったらしく、地面にはいくつもの焦げ跡が着いている。だが、一度も狼には当たって様子も無く、狼はピンピンしている。
小鈴は持って来た皿にワインを注ぎ、狼に声をかけた。
「そこのケモノっ! コレがほしいんでしょっ!?」
「グル、ル……?」
晴奈と対峙していた狼は、その香りに気付く。あれだけ執着していたフォルナに尾を向け、一目散に小鈴の方へと向かってきた。
「こ、小鈴殿!」
「大丈夫よ! ……多分」
小鈴の予想通り、狼はワインを注いだ皿の前に座り込み、ぴちゃぴちゃとなめ始めた。
「……え?」
「コイツは最初っから酒を狙ってたのよ」
小鈴はワインの瓶をコンコンと叩き、ため息をついた。
「温泉に現れたのも、コレットの店に来たのも、フォルナを狙ったのも、全部酒を狙ってたせいよ。
衝立はあるけど、温泉は入口まで戸も扉も無かったから、酒の香りが外までしてたんでしょうね。んで、あたしらに追い返されたから、近くにある酒の香りがきつい場所――コレットの店まで行ったのよ。
んで今、フォルナを狙ってたのは……」「えへへへ……、もう呑めませんわぁ」「……ソコの酔っ払い、話の腰を折るなっ」
「……つまりフォルナの、酒の臭いにと言うわけですか」
一連の事情を理解し、晴奈はへたり込んで脱力した。
「あ、あほらしい」
話しているうちに狼は皿のワインを呑み尽くし、酔っぱらってしまったらしい。
その場でぐでっと横になり、伸びてしまった。
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慌て損。
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晴奈がワインで酔っぱらったフォルナを着替えさせている間に、小鈴は狼を追いかけていた。狼は何故か、一直線にコレットの店目指して走っている。
先程小鈴から受けた攻撃が効いているらしく、その足取りは少々おぼつかないが、見た目はほとんど、野生の狼そのものであり、その脚力は人間が追いつける速度では無かった。
そのため、小鈴がようやく狼に追いつけたのは、相手が店に入ってからだった。
「きゃーっ!」
コレットの悲鳴が聞こえ、小鈴は慌てて中に飛び込む。
「こっ、来ないでーっ!」「グルルル……」
狼は厨房に逃げ込んだコレットとの距離を、じりじりと詰めている。
「コラぁ! その子たちに手ぇ出したら、あたしが許さないわよ!」
小鈴は狼の気を引こうと、大声を出して威嚇する。狼はチラ、と小鈴を見て鼻をクンクンと鳴らす。
「……」「……」
狼の仕草を、コレットも小鈴も、緊張した面持ちで見つめている。
やがて狼は鼻を鳴らすのをやめ、小鈴の方に寄ってきた。
「よーし、相手したげるからこっちに来なさい」
小鈴はゆっくりと後ろに下がりながら、杖を構えて牽制する。応じるように、狼もじわじわと小鈴の方へ歩いてきた。
「コレット、今のうちに逃げなさい」
「で、でも……」
「あたしはいいから、早くっ」
「は、はいっ」
コレットは慌てて厨房の奥に消える。どうやら夫のボレロを呼びに行ったらしい。
(さーて、どうしようかしらねー……)
小鈴は後ずさりしつつ、店から出る。一定の距離を保ち、狼も店から出てきた。そこで小鈴は呪文を唱えようと、息を吸い込んだ。
と、そこに丁度よく晴奈が(いまだ酔っぱらっている)フォルナを背負って追いついた。
「小鈴殿!」
「あっ、晴奈! 早く来て来てっ」
「はい、ただいま!」
晴奈は辺りを見回し、近くにあった木に立てかけるようにフォルナを寝かせ、小鈴の側に立った。
すると――。
「えっ」「あら?」
何故か狼は、小鈴を無視してフォルナの方に足を向けてきた。
「ちょ、ちょっと!? こっちよ、相手は!」
小鈴が叫ぶが、狼はまったく反応しない。クンクンと鼻を鳴らしながら、フォルナの方にゆっくりと歩いていく。
「させるかッ!」
晴奈が走り、狼の前へと回り込む。進路をふさがれ、狼は怒りの咆哮を上げる。
「ガアアアッ!」
「りゃあッ!」
晴奈は刀に火を灯し、狼の眉間を狙って斬りつけようとした。
だが狼の反応は早く、刀が来る前に飛びのいてかわす。
「くそ……!」
狼は晴奈の横をすり抜け、またもフォルナに近付いていく。先程と同様、晴奈は狼の前へと走って、行く手をさえぎる。
「……?」
晴奈と狼がぐるぐると追いかけっこをしている間、小鈴は狼の妙な行動を観察していた。
(何で敵意むき出しの晴奈に噛み付こうとしないの?)
この場合、狼が晴奈に攻撃してくれれば、晴奈は返り討ちにできる。言い換えれば、狼が晴奈を相手にすれば、簡単に片がつくのだ。
ところが、狼はしつこくフォルナを狙ってくる。邪魔をしてくる晴奈を、まったく相手しようとしていない。狼は邪魔する晴奈を避け、何故かフォルナばかりを狙っているのだ。
(えーと……)
小鈴は狼の行動を、一つ一つ思い出してみる。
(浴場に現れた時は、あたしたちを狙ってきたわよね。んで、コレットの店に行った時、あたしが呼びかけたらついてきた――飛び掛かったりせずに。いや、そもそもなんでコレットんトコに?
んー……、もしかして)
小鈴はある仮説に行き当たり、コレットの店へと引き返した。
「あっ、コスズさん!」
店に入るなり、コレットが声をかける。
「アンタ、まだ逃げてなかったの? ……まあいいや、お酒ある!?」
「え? お酒? 呑むんですか? こんな時に?」
「あたしじゃないわよ、あの狼に呑ますの!」
「へ?」
小鈴は厨房に駆け込み、コレットに再度指示する。
「ホラ、お酒早く持ってきて!」
「はっ、はいっ!」
コレットはパタパタと足音を立て、地下の酒蔵に降りていった。と、小鈴は厨房の奥で料理に没頭しているボレロを見て驚いた。
「ちょ、アンタもまだいたの!?」
「……」
だが、ボレロは返事をしない。背を向けたまま、黙々と鍋をにらんでいる。
「すみません、彼、今、新しい料理を考えてて……」
その間に、コレットがワインの瓶を持って上がってきた。
「……いーい根性じゃない。
っと、持って行くわよ!」
小鈴は呆れつつもコレットからワインを受け取り、近くにあった皿もつかんで店を飛び出た。
「しつこいッ!」「ギャウッ!」
晴奈と狼はまだ、追いかけっこを続けていた。
何太刀か「燃える刀」を振るったらしく、地面にはいくつもの焦げ跡が着いている。だが、一度も狼には当たって様子も無く、狼はピンピンしている。
小鈴は持って来た皿にワインを注ぎ、狼に声をかけた。
「そこのケモノっ! コレがほしいんでしょっ!?」
「グル、ル……?」
晴奈と対峙していた狼は、その香りに気付く。あれだけ執着していたフォルナに尾を向け、一目散に小鈴の方へと向かってきた。
「こ、小鈴殿!」
「大丈夫よ! ……多分」
小鈴の予想通り、狼はワインを注いだ皿の前に座り込み、ぴちゃぴちゃとなめ始めた。
「……え?」
「コイツは最初っから酒を狙ってたのよ」
小鈴はワインの瓶をコンコンと叩き、ため息をついた。
「温泉に現れたのも、コレットの店に来たのも、フォルナを狙ったのも、全部酒を狙ってたせいよ。
衝立はあるけど、温泉は入口まで戸も扉も無かったから、酒の香りが外までしてたんでしょうね。んで、あたしらに追い返されたから、近くにある酒の香りがきつい場所――コレットの店まで行ったのよ。
んで今、フォルナを狙ってたのは……」「えへへへ……、もう呑めませんわぁ」「……ソコの酔っ払い、話の腰を折るなっ」
「……つまりフォルナの、酒の臭いにと言うわけですか」
一連の事情を理解し、晴奈はへたり込んで脱力した。
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