「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
赤虎亭日記
赤虎亭日記 1
新連載。
双月暦503年6月:赤虎亭、開店!
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
今日は、雨だ。
央南であれば、こんな日には「しめやかな……」などと言って式を執り行うのだろう。央南の血を引く彼女には、それもお似合いなのかも知れない。
しかしここは央中だ。そんな挨拶をしたとしても、大半の人間がぽかんとするだろう。それに彼女らしくないイメージもある。
彼女ならば、むしろ「こんな日はワイワイやってスカッとするに限るさ」と言いそうだからだ。
ゆうべ彼女を喪ったばかりだったわたしは、半ばぼんやりとしながら倉庫の整理をしていた。そんな時、倉庫の奥からこの日記を見つけたのだ。
無論、勝手に人の日記を見ると言うのははばかられる。だが一方で、丁度いいものを見つけたかも知れない、と言う思いもあった。明後日、彼女の式が終わった後、これを皆で読んで、笑ってやるのだ。それこそが彼女の望む葬儀である。そんな気もした。
わたしはためらいを捨て、日記を開いた。
赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記
双月暦503年 6月1日 氷曜
眠れなかった。朝からずっと、頭がしびれてるような感覚がある。眠ればしびれが取れるだろう。だが眠れやしないだろ? だってアタシの店のオープン初日なんだから。
店の名前、赤虎亭。店主、アタシ。うわ恥ずかしい。こんなの見られたら、顔から火が出る。
初日と言うことで、ジュリアや小鈴が挨拶に来た。他の友達も一杯来てくれた。ついでに親も来た。うるせえ。でもカネ出してくれたから、あんまり強くも言えない。ま、いいや。がっぽがっぽ稼いで、さっさと返してやるさ。
あ、でもみんなにご馳走しちまったから、初日から赤字。マイナス6630。やべえ。いやこんくらいなら大丈夫。明日から、明日から。
双月暦503年 6月7日 火曜
やべえ。客来ない。在庫が腐った。やべえ。マイナス23527。昨日は書き入れ時なはずなのに。やべえ。
双月暦503年 6月13日 天曜
死ぬかと思った。決死の覚悟で借金してビラ撒きと、情報集めして正解。今日一日で、かなり稼げた。
ようやくプラス。355。いや借金の分があるから結局マイナスか? いや、今のところはまだ残ってるから、ギリギリでプラスだよな?
貸借対照表の読み方がまだ分からん。クソが。多分プラスだ。多分。
双月暦503年 6月30日 水曜
やべえ。借金の利子忘れてた。稼いだ分吹っ飛んだ。トイチだと? クソめ。ちゃんと確認しなかったアタシもバカだけど。
そう言や小鈴からもバカって言われてすげえ笑われたな、クソ。悔しいから書き残しておこう。貸借対照表にプラスもマイナスもあるか。左右合わせてプラマイゼロだ、クソが。プラスになったのは損益計算書だ。いや今はマイナスか。ほぼ自己資金分消えた。アタシの貯金が。クソ。
一応返せたけど、店の資金がほとんど無い。また借りるか? いやダメだ。また来月「やべえ」って言わなきゃいけなくなる。いや今も言ってる。
やべえ。どうしよう。
わたしはさらに倉庫を探って、開店当時の帳簿を引っ張り出してみた。確かに真っ赤だった。
この頃の日記には「やべえ」と「クソ」の文字が、一面に並んでいた。当時は相当、苦労していたのだろう。今の状態からすると、簡単には信じられないことだが。
しかし、あの人は昔から変わっていないらしい。一昨日、病院で見た時も、あの人は「やべえよなぁ」と言っていたっけ。
……そう、「ヤバかった」のだ。癌だと医者は言っていた。それだけ「ヤバい」と言うのに、あの人は病院のベッドで、こっそり煙草を吸っていた。
本当にもう、あの人ときたら。
@au_ringさんをフォロー
双月暦503年6月:赤虎亭、開店!
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
今日は、雨だ。
央南であれば、こんな日には「しめやかな……」などと言って式を執り行うのだろう。央南の血を引く彼女には、それもお似合いなのかも知れない。
しかしここは央中だ。そんな挨拶をしたとしても、大半の人間がぽかんとするだろう。それに彼女らしくないイメージもある。
彼女ならば、むしろ「こんな日はワイワイやってスカッとするに限るさ」と言いそうだからだ。
ゆうべ彼女を喪ったばかりだったわたしは、半ばぼんやりとしながら倉庫の整理をしていた。そんな時、倉庫の奥からこの日記を見つけたのだ。
無論、勝手に人の日記を見ると言うのははばかられる。だが一方で、丁度いいものを見つけたかも知れない、と言う思いもあった。明後日、彼女の式が終わった後、これを皆で読んで、笑ってやるのだ。それこそが彼女の望む葬儀である。そんな気もした。
わたしはためらいを捨て、日記を開いた。
赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記
双月暦503年 6月1日 氷曜
眠れなかった。朝からずっと、頭がしびれてるような感覚がある。眠ればしびれが取れるだろう。だが眠れやしないだろ? だってアタシの店のオープン初日なんだから。
店の名前、赤虎亭。店主、アタシ。うわ恥ずかしい。こんなの見られたら、顔から火が出る。
初日と言うことで、ジュリアや小鈴が挨拶に来た。他の友達も一杯来てくれた。ついでに親も来た。うるせえ。でもカネ出してくれたから、あんまり強くも言えない。ま、いいや。がっぽがっぽ稼いで、さっさと返してやるさ。
あ、でもみんなにご馳走しちまったから、初日から赤字。マイナス6630。やべえ。いやこんくらいなら大丈夫。明日から、明日から。
双月暦503年 6月7日 火曜
やべえ。客来ない。在庫が腐った。やべえ。マイナス23527。昨日は書き入れ時なはずなのに。やべえ。
双月暦503年 6月13日 天曜
死ぬかと思った。決死の覚悟で借金してビラ撒きと、情報集めして正解。今日一日で、かなり稼げた。
ようやくプラス。355。いや借金の分があるから結局マイナスか? いや、今のところはまだ残ってるから、ギリギリでプラスだよな?
貸借対照表の読み方がまだ分からん。クソが。多分プラスだ。多分。
双月暦503年 6月30日 水曜
やべえ。借金の利子忘れてた。稼いだ分吹っ飛んだ。トイチだと? クソめ。ちゃんと確認しなかったアタシもバカだけど。
そう言や小鈴からもバカって言われてすげえ笑われたな、クソ。悔しいから書き残しておこう。貸借対照表にプラスもマイナスもあるか。左右合わせてプラマイゼロだ、クソが。プラスになったのは損益計算書だ。いや今はマイナスか。ほぼ自己資金分消えた。アタシの貯金が。クソ。
一応返せたけど、店の資金がほとんど無い。また借りるか? いやダメだ。また来月「やべえ」って言わなきゃいけなくなる。いや今も言ってる。
やべえ。どうしよう。
わたしはさらに倉庫を探って、開店当時の帳簿を引っ張り出してみた。確かに真っ赤だった。
この頃の日記には「やべえ」と「クソ」の文字が、一面に並んでいた。当時は相当、苦労していたのだろう。今の状態からすると、簡単には信じられないことだが。
しかし、あの人は昔から変わっていないらしい。一昨日、病院で見た時も、あの人は「やべえよなぁ」と言っていたっけ。
……そう、「ヤバかった」のだ。癌だと医者は言っていた。それだけ「ヤバい」と言うのに、あの人は病院のベッドで、こっそり煙草を吸っていた。
本当にもう、あの人ときたら。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
短編と言いつつも、結構な長さになってしまいました。
2ヶ月は続きます。
なお、この短編だけでも独立してご笑覧いただけると思いますが、
長編「双月千年世界」の「蒼天剣」、および「白猫夢」と密接に関わる箇所がいくつかあります。
そちらも併せてお読みいただけると、より楽しめるかと思います。
短編と言いつつも、結構な長さになってしまいました。
2ヶ月は続きます。
なお、この短編だけでも独立してご笑覧いただけると思いますが、
長編「双月千年世界」の「蒼天剣」、および「白猫夢」と密接に関わる箇所がいくつかあります。
そちらも併せてお読みいただけると、より楽しめるかと思います。



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~