「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・湖島録 3
晴奈の話、第193話。
話の長い兎先生。
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3.
「ほほう、あのヒノカミ中佐を仇と……」
近くのカフェでラルフにご馳走になりながら、晴奈は旅の目的を話していた。
事情を聞き終えたラルフは、眼鏡を直しながらうなずいている。
「確かに、彼については良くないうわさも多い。特に女性遍歴に関しては、非常に目に余るものがあると聞いているね」
「まあ、追う理由はそれとは無関係なのですが」
「うんうん、その、エルス・グラッド君とか言う青年の持っていた剣を奪って逃げた、と言うことだったね。
……うーん?」
ラルフはあごに手をあて、考え込む仕草を見せる。
「どしたの、ラルフさん」
「いや……、違うな、あれはリロイ君だったか」
「え?」
「いや、私の古い知り合いの教え子に、グラッドと言う姓の子がいたんだ。……ふふ、師弟揃って頑固者でね、先生の方は囲碁をやって私が勝つと、いっつも不機嫌になる。グラッド君の方は、割と冷静だったけどねぇ」
ラルフが長くなりそうな思い出話を始めかけたので、小鈴は止めようとした。
「えっと、それじゃ……」「あの、ラルフ殿」
ところが、晴奈は続きを聞こうとする。
「うん?」
「その友人と言うのは、エルフですか?」
「へ? ああ、そうだよ。エドムント・ナイジェルって言う、私より15、6ほど上の学者だけども」
「やはり、そうでしたか。囲碁をたしなむ北方の知識人、と言うとナイジェル博士しか知らないもので、もしかと思ったのですが……」
「ほう? セイナ君もナイジェル博士を知ってたのか。……へぇ、不思議なもんだ」
話が弾み出し、ラルフは饒舌になる。
「いや、懐かしいなぁ。そう言えば彼は愛妻家で、子供も孫も結構いたな。今ならもう、曾孫がいてもおかしくないかな。
そうそう、彼の孫と言えば一人、非常に優秀な子がいたな。とても頭が良かったから、私も色々教えたもんだよ」
晴奈はまたピンと来て、指摘してみる。
「その孫と言うのは、リストでしょうか?」
ところがラルフは、今度の指摘に対してはけげんな顔をした。
「うん? リスト? ……いやいや違う、そんな名前じゃ無かった。何と言ったかな、えーと、……ははは、年寄りは記憶がぼやけて困る」
そうこぼしながら、ラルフは掌をトントンと叩きながら思い出そうとする。
「えーと、確か、エドの長男が、エリックで、……その息子が、えーと、……いやいや違う違う、エリックは次男だ、長男はベアトリクス、ってこれは長女じゃないか、……そうだ、そうそう、オスカー君だった!」
「その優秀なお孫さんが、ですか?」
フォルナが尋ねたが、ラルフはブンブン手を振る。
「違う違う、そのお父さんだよ。そうそう、思い出した思い出した! オスカー君の一人息子が、トマス。そう、トマス・ナイジェル君だ。……あー、すっきりした」
一人でブツブツ言っている間、小鈴は非常につまらなそうに毛先をいじっていた。
「……んで、そのトマスくんはどんな子だったの?」
「ああ、何と言うか、エドをそのまんま若くしたような子だった。まあ、でも割と素直な子だったかな、エドに比べれば」
「そう言えばラルフさん、大学ではどのような学問を教えていらしたのですか?」
また話が長くなりそうだったので、フォルナがさりげなく話題を変えた。
「ああ、歴史学を教えていたんだ。主に中央大陸の政治経済史を研究していてね、ここに来たのもそれが理由なんだ。
そうだ、皆はこの街の歴史をどれだけ知っているかな?」
ラルフの出した問題に、小鈴が答える。
「元々は黒白戦争終結後、ゴールドマン家の総帥だったニコル・ゴールドマン3世が奥さんのランニャ・ネール1世が帰省しやすいようにと、央中全土の交通整備の一環として港を作ったのが始まり。
んで、交易の要所になると考えたニコル氏がこの湖の中にあった島に集積地兼取引所を作ったことにより、央中各地からの移民が増え、その結果ココに街が作られた。
……で、いいかしら?」
これ以上長話をされたくないためか、小鈴は一息に説明を終えた。ところが、ラルフは気分を害するどころか、ニコニコしている。
「うむ、よく知っているね。概ね、その通りだ。でもね……」
ラルフは急に、小声になる。
「この街を作った理由は、他にもあるんだ。それはね……」「ニコル3世の子供たちの反乱でしょう?」
今度はフォルナが応戦する。
「愛妻家であり、優れた経営者でもあったニコル3世ですけれども、やはりゴールドマンとネールの両家は『狐狼』の仲。その家庭はあまり、幸福なものではなかったそうですわ。
両家から何度も、別れて縁を切るように勧められたと聞いています。当然、二人の間に生まれた子供たちも家同士のいさかいに巻き込まれ、幼い頃から辛い思いをしてきたとか。
ですから彼らは成人するとすぐ、両家に対して反旗をひるがえし、両家の資産のいくらかを持って央中各地に分散し、個々に国を創ったそうですわ。このミッドランドもその一つで、ニコル3世が作ったこの街をその娘、ニコラが占拠し、国王を名乗って居座り、そのままなし崩しに独立を果たしたとか。
その点を考えれば、ニコラがこの街を創ったとも言えますわね」
これだけ解説すればぐうの音も出ないだろうとフォルナは高をくくったが、ラルフは依然気を悪くせず、ニコニコ笑っている。
「ほう、ほう、なかなかお詳しい。だが、それとも違う。
この街は間違い無く、ニコル・ゴールドマン3世が創ったものだ。だがそれは、子供にプレゼントするためでも、奥さんを喜ばせるためでも、商売のためでも無い。
あるものを隠すための大規模なカムフラージュとして、この街は創られたんだ」
それを聞いて、小鈴とフォルナの苛立ちは消え去った。
自分たちがまったく聞いたことの無い、不思議なにおいのする話をしてくれそうだったからである。
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話の長い兎先生。
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「ほほう、あのヒノカミ中佐を仇と……」
近くのカフェでラルフにご馳走になりながら、晴奈は旅の目的を話していた。
事情を聞き終えたラルフは、眼鏡を直しながらうなずいている。
「確かに、彼については良くないうわさも多い。特に女性遍歴に関しては、非常に目に余るものがあると聞いているね」
「まあ、追う理由はそれとは無関係なのですが」
「うんうん、その、エルス・グラッド君とか言う青年の持っていた剣を奪って逃げた、と言うことだったね。
……うーん?」
ラルフはあごに手をあて、考え込む仕草を見せる。
「どしたの、ラルフさん」
「いや……、違うな、あれはリロイ君だったか」
「え?」
「いや、私の古い知り合いの教え子に、グラッドと言う姓の子がいたんだ。……ふふ、師弟揃って頑固者でね、先生の方は囲碁をやって私が勝つと、いっつも不機嫌になる。グラッド君の方は、割と冷静だったけどねぇ」
ラルフが長くなりそうな思い出話を始めかけたので、小鈴は止めようとした。
「えっと、それじゃ……」「あの、ラルフ殿」
ところが、晴奈は続きを聞こうとする。
「うん?」
「その友人と言うのは、エルフですか?」
「へ? ああ、そうだよ。エドムント・ナイジェルって言う、私より15、6ほど上の学者だけども」
「やはり、そうでしたか。囲碁をたしなむ北方の知識人、と言うとナイジェル博士しか知らないもので、もしかと思ったのですが……」
「ほう? セイナ君もナイジェル博士を知ってたのか。……へぇ、不思議なもんだ」
話が弾み出し、ラルフは饒舌になる。
「いや、懐かしいなぁ。そう言えば彼は愛妻家で、子供も孫も結構いたな。今ならもう、曾孫がいてもおかしくないかな。
そうそう、彼の孫と言えば一人、非常に優秀な子がいたな。とても頭が良かったから、私も色々教えたもんだよ」
晴奈はまたピンと来て、指摘してみる。
「その孫と言うのは、リストでしょうか?」
ところがラルフは、今度の指摘に対してはけげんな顔をした。
「うん? リスト? ……いやいや違う、そんな名前じゃ無かった。何と言ったかな、えーと、……ははは、年寄りは記憶がぼやけて困る」
そうこぼしながら、ラルフは掌をトントンと叩きながら思い出そうとする。
「えーと、確か、エドの長男が、エリックで、……その息子が、えーと、……いやいや違う違う、エリックは次男だ、長男はベアトリクス、ってこれは長女じゃないか、……そうだ、そうそう、オスカー君だった!」
「その優秀なお孫さんが、ですか?」
フォルナが尋ねたが、ラルフはブンブン手を振る。
「違う違う、そのお父さんだよ。そうそう、思い出した思い出した! オスカー君の一人息子が、トマス。そう、トマス・ナイジェル君だ。……あー、すっきりした」
一人でブツブツ言っている間、小鈴は非常につまらなそうに毛先をいじっていた。
「……んで、そのトマスくんはどんな子だったの?」
「ああ、何と言うか、エドをそのまんま若くしたような子だった。まあ、でも割と素直な子だったかな、エドに比べれば」
「そう言えばラルフさん、大学ではどのような学問を教えていらしたのですか?」
また話が長くなりそうだったので、フォルナがさりげなく話題を変えた。
「ああ、歴史学を教えていたんだ。主に中央大陸の政治経済史を研究していてね、ここに来たのもそれが理由なんだ。
そうだ、皆はこの街の歴史をどれだけ知っているかな?」
ラルフの出した問題に、小鈴が答える。
「元々は黒白戦争終結後、ゴールドマン家の総帥だったニコル・ゴールドマン3世が奥さんのランニャ・ネール1世が帰省しやすいようにと、央中全土の交通整備の一環として港を作ったのが始まり。
んで、交易の要所になると考えたニコル氏がこの湖の中にあった島に集積地兼取引所を作ったことにより、央中各地からの移民が増え、その結果ココに街が作られた。
……で、いいかしら?」
これ以上長話をされたくないためか、小鈴は一息に説明を終えた。ところが、ラルフは気分を害するどころか、ニコニコしている。
「うむ、よく知っているね。概ね、その通りだ。でもね……」
ラルフは急に、小声になる。
「この街を作った理由は、他にもあるんだ。それはね……」「ニコル3世の子供たちの反乱でしょう?」
今度はフォルナが応戦する。
「愛妻家であり、優れた経営者でもあったニコル3世ですけれども、やはりゴールドマンとネールの両家は『狐狼』の仲。その家庭はあまり、幸福なものではなかったそうですわ。
両家から何度も、別れて縁を切るように勧められたと聞いています。当然、二人の間に生まれた子供たちも家同士のいさかいに巻き込まれ、幼い頃から辛い思いをしてきたとか。
ですから彼らは成人するとすぐ、両家に対して反旗をひるがえし、両家の資産のいくらかを持って央中各地に分散し、個々に国を創ったそうですわ。このミッドランドもその一つで、ニコル3世が作ったこの街をその娘、ニコラが占拠し、国王を名乗って居座り、そのままなし崩しに独立を果たしたとか。
その点を考えれば、ニコラがこの街を創ったとも言えますわね」
これだけ解説すればぐうの音も出ないだろうとフォルナは高をくくったが、ラルフは依然気を悪くせず、ニコニコ笑っている。
「ほう、ほう、なかなかお詳しい。だが、それとも違う。
この街は間違い無く、ニコル・ゴールドマン3世が創ったものだ。だがそれは、子供にプレゼントするためでも、奥さんを喜ばせるためでも、商売のためでも無い。
あるものを隠すための大規模なカムフラージュとして、この街は創られたんだ」
それを聞いて、小鈴とフォルナの苛立ちは消え去った。
自分たちがまったく聞いたことの無い、不思議なにおいのする話をしてくれそうだったからである。



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