「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・憐憫録 3
晴奈の話、第197話。
ニアミス。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
夕方近くになり、店主はようやく目を覚ました。
「ふあ、あー……。あー、もうこんな時間か。そろそろ閉めないとな」
店主はカウンターからのたのたと歩き出し、外に掲げた「開店中」の看板を下げようとした。
外に出たところで、見るからに頭の悪そうな熊獣人2名が前を通りかかった。言うまでも無く、オルソーたちである。
「おい、そこの宿屋」
いきなりオルソーが、無作法に話しかけてきた。
「なんすか……?」
寝起きで機嫌の悪い店主は二人をにらむ。
「何だ、その態度は。それでも客商売か?」
「金払わないやつは、客じゃない。ウチはそう言う主義なんでね」
「貴様、俺たちを何だと……」
いきりたつオルソーをグリーズが抑える。
「まあ、まあ。……悪いが店主、ちょっと物を尋ねたいのだが」
「あ……?」
「こちらに、茶髪に茶色い毛並みの、狐獣人の少女が来なかったか? 右目のところにほくろがあるんだが……」
「うーん……?」
尋ねられ、店主は昼頃に来た三人組のことを思い出す。
「ちょっと待てよ……。何か、珍しい帽子を被った狐っ子が、そんな子だったような」
「……何?」
オルソーたちは顔色を変え、店主に詰め寄った。
「本当か!?」
「本当に、ここにいらっしゃるのか!?」
「い、いらっしゃるって、実はどこかの貴族サマか何かなの?」
「貴族どころではない! 由緒あるグラーナ王国の第三王女、フォルナ・ブラウンテイル・グラネル殿下にあらせられるぞ!」
これを聞いて、店主の目がようやく覚めた。
「……ま、マジっすか?」
「ああ、本当だ! 現在大規模な捜索が行われ、見つけた者には報奨金300万エルが進呈されるのだ」
「ちょ、ちょっと待っててくださいよ……!」
店主は慌ててカウンターに戻り、宿帳をつかんで引き返す。
「こ、これなんすけどね、ほら、『トール・ブラス』ってありますけど、これ、偽名臭いんすよ。もしかしたらその、王女サマかも」
「本当か……!?」
「ウソじゃないだろうな?」
「め、滅相もございません! ご、ご案内しますです、はい」
店主の先導に従い、オルソーたちはドカドカと足音を立てて2階へ上がる。
「ここです。……今、鍵を開けます」
店主はエプロンのポケットから合鍵を取り出し、鍵を開けようとした。
「あれ? 開いてる」
店主がつぶやくと同時に、二人はまるでタックルするかのようになだれ込んだ。
「殿下ッ!」「探しましたぞッ!」
が、部屋には誰もいなかった。
「……ありゃ?」「……殿下、は?」
その様子を見ていた店主はさっと顔を青くし、部屋に飛び込んだ。
「ま、まさか宿代踏み倒されたんじゃ」
きょろきょろと部屋を見回すと、机の上に封筒が置いてある。店主はそれを開け、中を確かめた。
「店主へ
諸事情あって 貴殿には内緒で宿を発つことにする 大変失敬いたした
なお 宿代と迷惑料として 1万エル納めさせていただく」
「ほっ……」
店主は封筒の中に入っていた金を握りしめ、安堵のため息をついた。
対照的に、オルソーたちは真っ青な顔になる。
「に、逃げられた……!?」「くそっ……!」
二人は大慌てで、宿から出て行った。
オルソーたちが宿に入る、4時間ほど前。
晴奈はようやく落ち着いたフォルナに、一つの質問をぶつけてみた。
「フォルナ、率直に聞くが」
「はい……」
「私と一緒に、旅を続けたいか?」
「……」
フォルナは泣きはらし、真っ赤になった目を向けて、コクリとうなずく。
「そうか……」
「晴奈、この子連れて行くつもりなの?」
「……」
晴奈は腕を組み、しばらく黙り込む。
「正直に言えば、まだ私自身迷っているのです。この子をこのまま連れて歩けば、この件が発覚した時、恐らく私は罪人とされ、獄に入ることになる」
「そう……、ですわよね」
しゅんとしたフォルナの頭を、晴奈は優しく撫でる。
「しかし……、私には同じ経験があります。かつて、己の情熱のままに故郷を飛び出し、師匠に無理矢理ついて行ったと言う、あの経験が。あの時の不安が、この子を見る度蘇ってくる」
晴奈はフォルナの頭から手を離し、また腕を組む。
「もしかすれば、私は家に呼び戻されるかも知れない。もしかすれば、師匠が私を故郷に連れて行くかも知れない。そんな不安が、実家と和解するまでの1年間ずっと、私に付きまとっていました。
それでも……」
晴奈はフォルナの肩に手を置き、優しい声で語る。
「それでも、私は居たかった。あの修行場、紅蓮塞に。どんな艱難辛苦を背負ってでも、あの場所で己を磨きたかった。その気持ちがあったから、師匠も黙って紅蓮塞に置いていてくれたのだと思います。
もし、フォルナがその時の私と同じ気持ちなら――故郷で安穏な生活を送るよりも、己の身一つで世界に向かいたいと言うのなら――私はそんなフォルナの気持ちを、無下にはできない」
「そっか……」
小鈴もあごに手をあて、しみじみとうなずく。
「ま、そーゆー理由なら、しゃーないわ。あたしも共感できるもん、そーゆー話。
旅はホントに、助けてくれる人が少ないから、いつだって危険よ。街道はもちろん、街中でもね。でもその分、普通に街で暮らす中では感じられない、とびっきりの自由はいくらでも手に入る。もしもあたしに、その自由を捨てる代わりに10億クラムくれる、って提案されたとしても、絶対断るわね。……それだけ、この自由ってモノは貴重で、甘美なのよね。
……よっしゃ、あたしもハラくくるわ。フォルナ、アンタが一緒にいたいって言うなら、手ぇ貸してあげる」
「……あ、ありがとうございます、セイナ、コスズさん」
フォルナはまた、泣き出した。今度の涙は当惑と恐れから来るものではなく、感謝に満ちたものだった。
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ニアミス。
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夕方近くになり、店主はようやく目を覚ました。
「ふあ、あー……。あー、もうこんな時間か。そろそろ閉めないとな」
店主はカウンターからのたのたと歩き出し、外に掲げた「開店中」の看板を下げようとした。
外に出たところで、見るからに頭の悪そうな熊獣人2名が前を通りかかった。言うまでも無く、オルソーたちである。
「おい、そこの宿屋」
いきなりオルソーが、無作法に話しかけてきた。
「なんすか……?」
寝起きで機嫌の悪い店主は二人をにらむ。
「何だ、その態度は。それでも客商売か?」
「金払わないやつは、客じゃない。ウチはそう言う主義なんでね」
「貴様、俺たちを何だと……」
いきりたつオルソーをグリーズが抑える。
「まあ、まあ。……悪いが店主、ちょっと物を尋ねたいのだが」
「あ……?」
「こちらに、茶髪に茶色い毛並みの、狐獣人の少女が来なかったか? 右目のところにほくろがあるんだが……」
「うーん……?」
尋ねられ、店主は昼頃に来た三人組のことを思い出す。
「ちょっと待てよ……。何か、珍しい帽子を被った狐っ子が、そんな子だったような」
「……何?」
オルソーたちは顔色を変え、店主に詰め寄った。
「本当か!?」
「本当に、ここにいらっしゃるのか!?」
「い、いらっしゃるって、実はどこかの貴族サマか何かなの?」
「貴族どころではない! 由緒あるグラーナ王国の第三王女、フォルナ・ブラウンテイル・グラネル殿下にあらせられるぞ!」
これを聞いて、店主の目がようやく覚めた。
「……ま、マジっすか?」
「ああ、本当だ! 現在大規模な捜索が行われ、見つけた者には報奨金300万エルが進呈されるのだ」
「ちょ、ちょっと待っててくださいよ……!」
店主は慌ててカウンターに戻り、宿帳をつかんで引き返す。
「こ、これなんすけどね、ほら、『トール・ブラス』ってありますけど、これ、偽名臭いんすよ。もしかしたらその、王女サマかも」
「本当か……!?」
「ウソじゃないだろうな?」
「め、滅相もございません! ご、ご案内しますです、はい」
店主の先導に従い、オルソーたちはドカドカと足音を立てて2階へ上がる。
「ここです。……今、鍵を開けます」
店主はエプロンのポケットから合鍵を取り出し、鍵を開けようとした。
「あれ? 開いてる」
店主がつぶやくと同時に、二人はまるでタックルするかのようになだれ込んだ。
「殿下ッ!」「探しましたぞッ!」
が、部屋には誰もいなかった。
「……ありゃ?」「……殿下、は?」
その様子を見ていた店主はさっと顔を青くし、部屋に飛び込んだ。
「ま、まさか宿代踏み倒されたんじゃ」
きょろきょろと部屋を見回すと、机の上に封筒が置いてある。店主はそれを開け、中を確かめた。
「店主へ
諸事情あって 貴殿には内緒で宿を発つことにする 大変失敬いたした
なお 宿代と迷惑料として 1万エル納めさせていただく」
「ほっ……」
店主は封筒の中に入っていた金を握りしめ、安堵のため息をついた。
対照的に、オルソーたちは真っ青な顔になる。
「に、逃げられた……!?」「くそっ……!」
二人は大慌てで、宿から出て行った。
オルソーたちが宿に入る、4時間ほど前。
晴奈はようやく落ち着いたフォルナに、一つの質問をぶつけてみた。
「フォルナ、率直に聞くが」
「はい……」
「私と一緒に、旅を続けたいか?」
「……」
フォルナは泣きはらし、真っ赤になった目を向けて、コクリとうなずく。
「そうか……」
「晴奈、この子連れて行くつもりなの?」
「……」
晴奈は腕を組み、しばらく黙り込む。
「正直に言えば、まだ私自身迷っているのです。この子をこのまま連れて歩けば、この件が発覚した時、恐らく私は罪人とされ、獄に入ることになる」
「そう……、ですわよね」
しゅんとしたフォルナの頭を、晴奈は優しく撫でる。
「しかし……、私には同じ経験があります。かつて、己の情熱のままに故郷を飛び出し、師匠に無理矢理ついて行ったと言う、あの経験が。あの時の不安が、この子を見る度蘇ってくる」
晴奈はフォルナの頭から手を離し、また腕を組む。
「もしかすれば、私は家に呼び戻されるかも知れない。もしかすれば、師匠が私を故郷に連れて行くかも知れない。そんな不安が、実家と和解するまでの1年間ずっと、私に付きまとっていました。
それでも……」
晴奈はフォルナの肩に手を置き、優しい声で語る。
「それでも、私は居たかった。あの修行場、紅蓮塞に。どんな艱難辛苦を背負ってでも、あの場所で己を磨きたかった。その気持ちがあったから、師匠も黙って紅蓮塞に置いていてくれたのだと思います。
もし、フォルナがその時の私と同じ気持ちなら――故郷で安穏な生活を送るよりも、己の身一つで世界に向かいたいと言うのなら――私はそんなフォルナの気持ちを、無下にはできない」
「そっか……」
小鈴もあごに手をあて、しみじみとうなずく。
「ま、そーゆー理由なら、しゃーないわ。あたしも共感できるもん、そーゆー話。
旅はホントに、助けてくれる人が少ないから、いつだって危険よ。街道はもちろん、街中でもね。でもその分、普通に街で暮らす中では感じられない、とびっきりの自由はいくらでも手に入る。もしもあたしに、その自由を捨てる代わりに10億クラムくれる、って提案されたとしても、絶対断るわね。……それだけ、この自由ってモノは貴重で、甘美なのよね。
……よっしゃ、あたしもハラくくるわ。フォルナ、アンタが一緒にいたいって言うなら、手ぇ貸してあげる」
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