「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
赤虎亭日記
赤虎亭日記 48
朱海さんの話、第48話。
双月暦546年某月:おわりから、はじまりへ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
48.
日記を読み終えた翌日、予定通りに式が行われた。
「心からお悔やみを……」
深々と頭を下げ、シリンおばさんとフェリオおじさんが挨拶に来る。
「痛み入ります」
わたしとウィルも、揃って挨拶を返す。
「……でもホンマ、寝耳に水と言うか」
顔を挙げ、シリンおばさんがグスグスと鼻を鳴らしながらこう続ける。
「アケミさんが病気やったっちゅう話すら、ウチら、ホンマに知りませんで」
「ええ、母はそう言うの、全部隠してたみたいです」
わたしも泣きそうになるのをこらえながら、事情を説明した。
「『もう海悠が店の主人なんだから、今更アタシが目立ったりしちゃ迷惑だろ』って。入院したことも、もう長くないことも全部、みんなに絶対言うなって言ってました。
だから事情を知ってたのは、病院の人たちを除けば家族のわたしと父と、ウィルだけなんです」
「アケミさんらしいと言うか、何と言うか」
フェリオおじさんが肩をすくめる。
「でもウチらにくらい教えてくれても……」
文句を言いかけて、シリンおばさんは首を振った。
「いや、まあ、そうやんな。あの人は締めるトコ、ギチっと締める人やったし。一回言い出したら聞かへんトコもあったし。
あの人が一回こうって決めたコトやったら、ウチらにもミューちゃんにも、どうにもでけへんかったやろうしな」
「そうですね。頑固はうちの血筋ですから」
わたしの言葉に、シリンおばさんはクスッと笑い、「あ、……ゴメン」と頭を下げつつ、離れていった。
「頑固が血筋、ねぇ」
と、ウィルがつぶやく。
「確かにお前もそうだよな。オレと結婚して店も継いだってのに、未だに『コジマ会』に顔出してるし、隙あらばオレに殴りかかってくるし。もう諦めろよぉ」
「やーだ」
わたしは――シリンおばさんでさえ、この場で笑ったことを謝ったと言うのに――ニッと口角を上げて反論する。
「せめて子供できるまでには、絶対あんたの顔に一発ブチ込んでやるって決めてるしー」
「勘弁しろよ……」
ウィルは肩をすくめ、一転、真面目な顔になる。
「……お前さ、アケミさんの日記読んだだろ」
「え?」
「シルキスから聞いた。ヒイラギ大先生のコト聞いたらしいじゃん」
「あー、そうだった。内緒にするつもりだったのに」
「ソレだよ。お前、最初はこの式で日記読んでやろうっつってたらしいけど、結局やらないのか?」
そう尋ねられ、わたしは夕べ日記を読み終えた時に感じたことを、そのまま伝えた。
「当たり前の話だけどさ、あれみんなに伝えたら、絶対母さん怒る」
「そりゃそうだ」
「でもそれは、『母さんにとって恥ずかしいことが書かれてる』とか、そう言うことだからじゃないの」
「って言うと?」
「あれは母さんの日記じゃないから」
わたしの言葉に、ウィルはきょとんとする。
「どう言う意味だよ?」
「あれは『赤虎亭』の日記なのよ。あの店ができてから、母さんが隠居するまでの記録。
あれを読んで母さんを偲ぶのは、お門違い。きっと母さんなら『まだ店をたたんでも潰してもいねーのに、何を偲ぼうとしてんだよバカたれ共』って怒る」
「……よく分からん」
「分かんなくていいわよ。どの道、あの日記はわたしだけのものにするつもりだし」
「ずるいなー」
口を尖らせるウィルに、わたしはまたも、ニヤッと笑みを返してしまった。
「ずるくない。あれを読めるのは、赤虎亭の主人だけよ。
どうしても読みたかったら、わたしが死んであんたが店を継いでから読むことね」
「バカ言ってるぜ、まったく」
呆れるウィルの横顔を眺めながら、わたしはぼんやりとだが、こんなことを考えていた。
(わたしも今日から、日記を付けよう。
そう、『わたしの』じゃなくて――あの『赤虎亭』の、日記を)
赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記 終
@au_ringさんをフォロー
双月暦546年某月:おわりから、はじまりへ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
48.
日記を読み終えた翌日、予定通りに式が行われた。
「心からお悔やみを……」
深々と頭を下げ、シリンおばさんとフェリオおじさんが挨拶に来る。
「痛み入ります」
わたしとウィルも、揃って挨拶を返す。
「……でもホンマ、寝耳に水と言うか」
顔を挙げ、シリンおばさんがグスグスと鼻を鳴らしながらこう続ける。
「アケミさんが病気やったっちゅう話すら、ウチら、ホンマに知りませんで」
「ええ、母はそう言うの、全部隠してたみたいです」
わたしも泣きそうになるのをこらえながら、事情を説明した。
「『もう海悠が店の主人なんだから、今更アタシが目立ったりしちゃ迷惑だろ』って。入院したことも、もう長くないことも全部、みんなに絶対言うなって言ってました。
だから事情を知ってたのは、病院の人たちを除けば家族のわたしと父と、ウィルだけなんです」
「アケミさんらしいと言うか、何と言うか」
フェリオおじさんが肩をすくめる。
「でもウチらにくらい教えてくれても……」
文句を言いかけて、シリンおばさんは首を振った。
「いや、まあ、そうやんな。あの人は締めるトコ、ギチっと締める人やったし。一回言い出したら聞かへんトコもあったし。
あの人が一回こうって決めたコトやったら、ウチらにもミューちゃんにも、どうにもでけへんかったやろうしな」
「そうですね。頑固はうちの血筋ですから」
わたしの言葉に、シリンおばさんはクスッと笑い、「あ、……ゴメン」と頭を下げつつ、離れていった。
「頑固が血筋、ねぇ」
と、ウィルがつぶやく。
「確かにお前もそうだよな。オレと結婚して店も継いだってのに、未だに『コジマ会』に顔出してるし、隙あらばオレに殴りかかってくるし。もう諦めろよぉ」
「やーだ」
わたしは――シリンおばさんでさえ、この場で笑ったことを謝ったと言うのに――ニッと口角を上げて反論する。
「せめて子供できるまでには、絶対あんたの顔に一発ブチ込んでやるって決めてるしー」
「勘弁しろよ……」
ウィルは肩をすくめ、一転、真面目な顔になる。
「……お前さ、アケミさんの日記読んだだろ」
「え?」
「シルキスから聞いた。ヒイラギ大先生のコト聞いたらしいじゃん」
「あー、そうだった。内緒にするつもりだったのに」
「ソレだよ。お前、最初はこの式で日記読んでやろうっつってたらしいけど、結局やらないのか?」
そう尋ねられ、わたしは夕べ日記を読み終えた時に感じたことを、そのまま伝えた。
「当たり前の話だけどさ、あれみんなに伝えたら、絶対母さん怒る」
「そりゃそうだ」
「でもそれは、『母さんにとって恥ずかしいことが書かれてる』とか、そう言うことだからじゃないの」
「って言うと?」
「あれは母さんの日記じゃないから」
わたしの言葉に、ウィルはきょとんとする。
「どう言う意味だよ?」
「あれは『赤虎亭』の日記なのよ。あの店ができてから、母さんが隠居するまでの記録。
あれを読んで母さんを偲ぶのは、お門違い。きっと母さんなら『まだ店をたたんでも潰してもいねーのに、何を偲ぼうとしてんだよバカたれ共』って怒る」
「……よく分からん」
「分かんなくていいわよ。どの道、あの日記はわたしだけのものにするつもりだし」
「ずるいなー」
口を尖らせるウィルに、わたしはまたも、ニヤッと笑みを返してしまった。
「ずるくない。あれを読めるのは、赤虎亭の主人だけよ。
どうしても読みたかったら、わたしが死んであんたが店を継いでから読むことね」
「バカ言ってるぜ、まったく」
呆れるウィルの横顔を眺めながら、わたしはぼんやりとだが、こんなことを考えていた。
(わたしも今日から、日記を付けよう。
そう、『わたしの』じゃなくて――あの『赤虎亭』の、日記を)
赤虎亭日記 あるいは市国の歳時記 終
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
2ヶ月以上にわたって連載してきた今作も、これにて終了です。
一人の人間の半生に沿って物語を作るとなると、そりゃ長くなりますね。
(とは言え「蒼天剣」も「火紅狐」も主人公の人生の一部を切り取った作品にしては、
「赤虎亭日記」の十数倍の長さですが……)
橘家の皆さんには、妙な思い入れがあります。
スピンオフも何度か作ったし、ハンドルネームの一つにも使ってますし。
いつかまた、彼女たちの家系を物語に絡めていきたいと思っています。
と、ここでいくつか作中で語れなかった設定&小ネタ集。
・「白猫夢」後半にもまだ、赤虎亭は残っています。残念ながら登場の機会はありませんでしたが。
・同作第8部において登場した喫茶店「ランクス&アレックス」。名前からすると……。
・チューリンはあのチューリン。「白猫夢」第9部辺りに、おぼろげながら話がリンクする箇所があります。
2ヶ月以上にわたって連載してきた今作も、これにて終了です。
一人の人間の半生に沿って物語を作るとなると、そりゃ長くなりますね。
(とは言え「蒼天剣」も「火紅狐」も主人公の人生の一部を切り取った作品にしては、
「赤虎亭日記」の十数倍の長さですが……)
橘家の皆さんには、妙な思い入れがあります。
スピンオフも何度か作ったし、ハンドルネームの一つにも使ってますし。
いつかまた、彼女たちの家系を物語に絡めていきたいと思っています。
と、ここでいくつか作中で語れなかった設定&小ネタ集。
・「白猫夢」後半にもまだ、赤虎亭は残っています。残念ながら登場の機会はありませんでしたが。
・同作第8部において登場した喫茶店「ランクス&アレックス」。名前からすると……。
・チューリンはあのチューリン。「白猫夢」第9部辺りに、おぼろげながら話がリンクする箇所があります。



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~