「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第1部
琥珀暁・彼訪伝 2
神様たちの話、第2話。
「すごい遠いところ」から。
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2.
「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」
「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」
初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。
このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも不思議なほどに、何の悪感情も抱けなかったのだ。
「それで、さっきのケンカは?」
「ケンカ?」
「ほら、なんかケモノっぽい人たちが、殴り合いしてただろ?」
「ケモノって……、お前、あいつらが人でなしとでも言ってんのか?」
呆れた声を出したゲートに、ゼロは明らかに「しまった」と言いたげな目を向け、慌ててごまかしてきた。
「ああ、いや、うまい言葉が思いつかなかったんだ。僕が住んでたところじゃ、あんな立派な耳と尻尾のある人なんていなかったから」
「そうなのか? ふーん……」
まだ戸惑っている様子のゼロに、ゲートは簡単な説明を付け足す。
「片方が猫獣人、もう片っぽが狼獣人だよ。猫獣人は猫っぽいの、狼獣人は狼っぽいのだ。
狼獣人の方は魚を何樽も持ってきてたから、多分北の港にいる奴だろうな。あそこは『狼』が多い」
「北の港(ノースポート)? 北にあるの?」
「北の港が南にあったら、南の港って呼ばなきゃならんだろう」
「あ、そりゃそうか」
どうやらゼロは、ゲートが知らないくらい遠くの土地から流れてきたらしかった。
「肉はどこから運んでくるの?」
「大体、南の野原(サウスフィールド)からだな」
「じゃああの野菜は?」
「ありゃ、東の野原(イーストフィールド)辺りだろう」
「西には何があるの?」
「西の港(ウエストポート)がある。そっちは短耳ばっかりだ。……ゼロ?」
「なに?」
「お前、どこから来たんだ? 東西南北、全部聞いて回ってるが……」
「あー、と。すごい遠いところ、としか言う他無いなぁ。説明が難しいんだ」
「ふーん……」
と、思い出したようにゼロがもう一度尋ねてくる。
「あ、そう言えば聞いて無かった」
「ん?」
「あのケンカの原因だよ。何であの二人、殴り合ってたの?」
「ああ……。
いやな、『狼』の方は鮭を持ってきてたんだ。俺の目にも、あれは確かにうまそうに見えた。だけどあいつ、野牛と交換しろなんて言うもんだから、誰も応じなかったんだ。
そのうちにあいつも取り合わないと思ったんだろうな、最初に羊肉と交換しようって言ってた奴に持ちかけたんだが、とっくの昔にそいつは他の奴と交換してたらしくてな、『狼』の方がごねたんだよ。『なんで俺が交換してやるって言うまで待たないんだ』って。言いがかりもいいところだろ?」
「……んー?」
事実をそのまま伝えたはずだったが、ゼロは首を傾げている。
「どうした?」
「あの、変なことを聞いたらごめんだけど、おカネって、この世界にある?」
「……か……ね?」
今度はゲートが首を傾げる。
「なんだそれ?」
「あ、いや、何でも。そっか、無いくらいの水準なのか。
じゃあ魔術って、知ってる?」
「まじゅ、……なんだって?」
「無いと思うけど、****は?」
「何て言った?」
「……いや、何でも。大体把握した。
とりあえず、ゲート。この辺りで水とか飲めるところ、あるかな。のどがかわいちゃって」
「水なら、近くに井戸があるぜ」
二人は井戸の方へと歩いて行ったが、着いてみると騒然としている。
「どうした?」
ゲートが近くにいた者たちに尋ねると、口々に答えが返って来た。
「いやね、何か変なんだよ」
「水飲んでた奴が、苦しみ出してさ」
「脂汗かいてのたうち回ってるんだ」
「マジかよ」
人をかき分けて井戸のすぐ側まで寄ってみると、確かに人が倒れている。
「痛い……腹が痛い……」
「気分が悪い……また吐きそう……」
「ううぅぅぅぅ……」
と、様子を眺めていたゼロが、周囲の人間にこう提案した。
「とりあえず、この人たちを木陰かどこかに運ばないか? このままここにいたら、井戸も使えないだろ?」
「え、やだ」
が、周りは一様に嫌そうな表情を見せる。
「移ったらどうすんだ」
「触りたくない」
「呪われるかも……」
否定的な様子を見せる周囲に、ゼロは呆れたような声を漏らした。
「なんだよ、もう……。分かった、じゃあいいよ。僕が運ぶから、みんなどいて」
「え?」
「ほら、早く。……そう、もっと離れて、そう。
よし、じゃやるか」
人々が十分に離れたところで、ゼロはまたぶつぶつと何かを唱える。
「『********』」
唱え終わった途端――倒れていた者たちが勢い良く、宙を舞った。
「うわっ……」「きゃっ……」「ひぃぃ……」
全員が20歩分は飛び、どさどさと木陰に送り込まれる。
「よし。じゃ、診てみようかな。あ、井戸の水は飲まないでね。お腹痛くなっちゃう原因かも知れないし」
何が起こったのか分からず、ゲートも含めて全員が唖然と見ている中、ゼロは悠々と歩いて行った。
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「すごい遠いところ」から。
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「いやぁ、空気が美味しいねぇ。僕が前にいたところじゃ、空気がもうドロドロでね、鼻をかんだら真っ黒になっちゃうってくらいでねぇ」
「真っ黒ぉ? そんなことあるのかよ」
初対面のはずだったのだが、会って5分もしないうちに、ゲートは相手にすっかり気を許してしまっていた。
このゼロと言う男に対して、ゲートは自分自身でも不思議なほどに、何の悪感情も抱けなかったのだ。
「それで、さっきのケンカは?」
「ケンカ?」
「ほら、なんかケモノっぽい人たちが、殴り合いしてただろ?」
「ケモノって……、お前、あいつらが人でなしとでも言ってんのか?」
呆れた声を出したゲートに、ゼロは明らかに「しまった」と言いたげな目を向け、慌ててごまかしてきた。
「ああ、いや、うまい言葉が思いつかなかったんだ。僕が住んでたところじゃ、あんな立派な耳と尻尾のある人なんていなかったから」
「そうなのか? ふーん……」
まだ戸惑っている様子のゼロに、ゲートは簡単な説明を付け足す。
「片方が猫獣人、もう片っぽが狼獣人だよ。猫獣人は猫っぽいの、狼獣人は狼っぽいのだ。
狼獣人の方は魚を何樽も持ってきてたから、多分北の港にいる奴だろうな。あそこは『狼』が多い」
「北の港(ノースポート)? 北にあるの?」
「北の港が南にあったら、南の港って呼ばなきゃならんだろう」
「あ、そりゃそうか」
どうやらゼロは、ゲートが知らないくらい遠くの土地から流れてきたらしかった。
「肉はどこから運んでくるの?」
「大体、南の野原(サウスフィールド)からだな」
「じゃああの野菜は?」
「ありゃ、東の野原(イーストフィールド)辺りだろう」
「西には何があるの?」
「西の港(ウエストポート)がある。そっちは短耳ばっかりだ。……ゼロ?」
「なに?」
「お前、どこから来たんだ? 東西南北、全部聞いて回ってるが……」
「あー、と。すごい遠いところ、としか言う他無いなぁ。説明が難しいんだ」
「ふーん……」
と、思い出したようにゼロがもう一度尋ねてくる。
「あ、そう言えば聞いて無かった」
「ん?」
「あのケンカの原因だよ。何であの二人、殴り合ってたの?」
「ああ……。
いやな、『狼』の方は鮭を持ってきてたんだ。俺の目にも、あれは確かにうまそうに見えた。だけどあいつ、野牛と交換しろなんて言うもんだから、誰も応じなかったんだ。
そのうちにあいつも取り合わないと思ったんだろうな、最初に羊肉と交換しようって言ってた奴に持ちかけたんだが、とっくの昔にそいつは他の奴と交換してたらしくてな、『狼』の方がごねたんだよ。『なんで俺が交換してやるって言うまで待たないんだ』って。言いがかりもいいところだろ?」
「……んー?」
事実をそのまま伝えたはずだったが、ゼロは首を傾げている。
「どうした?」
「あの、変なことを聞いたらごめんだけど、おカネって、この世界にある?」
「……か……ね?」
今度はゲートが首を傾げる。
「なんだそれ?」
「あ、いや、何でも。そっか、無いくらいの水準なのか。
じゃあ魔術って、知ってる?」
「まじゅ、……なんだって?」
「無いと思うけど、****は?」
「何て言った?」
「……いや、何でも。大体把握した。
とりあえず、ゲート。この辺りで水とか飲めるところ、あるかな。のどがかわいちゃって」
「水なら、近くに井戸があるぜ」
二人は井戸の方へと歩いて行ったが、着いてみると騒然としている。
「どうした?」
ゲートが近くにいた者たちに尋ねると、口々に答えが返って来た。
「いやね、何か変なんだよ」
「水飲んでた奴が、苦しみ出してさ」
「脂汗かいてのたうち回ってるんだ」
「マジかよ」
人をかき分けて井戸のすぐ側まで寄ってみると、確かに人が倒れている。
「痛い……腹が痛い……」
「気分が悪い……また吐きそう……」
「ううぅぅぅぅ……」
と、様子を眺めていたゼロが、周囲の人間にこう提案した。
「とりあえず、この人たちを木陰かどこかに運ばないか? このままここにいたら、井戸も使えないだろ?」
「え、やだ」
が、周りは一様に嫌そうな表情を見せる。
「移ったらどうすんだ」
「触りたくない」
「呪われるかも……」
否定的な様子を見せる周囲に、ゼロは呆れたような声を漏らした。
「なんだよ、もう……。分かった、じゃあいいよ。僕が運ぶから、みんなどいて」
「え?」
「ほら、早く。……そう、もっと離れて、そう。
よし、じゃやるか」
人々が十分に離れたところで、ゼロはまたぶつぶつと何かを唱える。
「『********』」
唱え終わった途端――倒れていた者たちが勢い良く、宙を舞った。
「うわっ……」「きゃっ……」「ひぃぃ……」
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2017.12.11 修正
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