「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・奸虎録 1
晴奈の話、200話目。
敵、バカンス中。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「う……ん」
横で眠る女性の寝返りと小さなうめきで、彼の目は覚めた。
「……へへ」
その虎獣人の青年、日上風(フー)は横にいる「狼」の女性、ランニャ・ネール公の寝顔を見て、思わずニヤつく。
「ふあ……、っと。今、何時だろ?」
フーはのそのそと床を抜け出し、脱ぎ捨てていた服から懐中時計を取り出す。
「まだ、5時か。ちょっと早すぎるけど……、ま、起きるか」
首をゴキゴキ鳴らし、軽く屈伸をして目を覚ます。窓の外は大分明るくなっており、ピチュピチュと鳴く鳥の声が耳に入ってくる。
「いーい朝だ。本当、楽しいことばっかだな、ここんとこ」
服を着ながら、フーはぼんやりとこの「小旅行」を思い返していた。
「……フー」
「ん?」
床の方から、ランニャ卿の声が聞こえてきた。
「どした、ランニャ」
「うう……ん」
尋ねてみたが、返事は無い。どうやら、寝言らしかった。フーの口の端がまた、緩んでくる。
「……可愛いなぁ、お前は」
「フー。今日は随分早いな」
ランニャ卿の寝室を出てすぐ、地の底から響くような、低い男の声がフーの耳に入る。声の主はフードの男、アランだ。
「アランこそ。一体、いつ寝てるんだ? いつ起きても、同じように俺の前に現れる」
「すでにここに滞在して、2週間になる」
アランはフーの問いには答えず、淡々と自分の仕事――フーの側近、参謀としての職務をこなす。
「そろそろ戻らねば。ウインドフォートを発って、すでに一月半は経過している。北海の戦況も早晩、動いてくるはずだ」
「……ああ、そうだな。そろそろ戻らないと、タイカの奴が攻め込んできてるかも知れないしな。先に返した側近だけじゃ、しのげないし」
フーは素直に、アランの意見にうなずく。
「んじゃ、今日の夕方くらいに、ここを発つかな」
「そうしよう」
話がまとまりかけたところに、いかにも寂しげな女の声が聞こえてきた。
「フー、もう帰ってしまうの?」
「お、ランニャ。もう起きたのか」
フーのすぐ後ろで、ランニャ卿が悲しそうな顔をして立っていた。
「いやさ、もうそろそろ王国に帰らないと。いくらなんでも戦争中だしさ」
「そう、……よね」
ランニャ卿は切なげにつぶやき、フーに抱きついてきた。
「でも……」
「ランニャ?」
「せめてもう一日、一緒にいて欲しい。今度いつ会えるか、分からないもの」
ランニャが抱きしめてくる温かく柔らかい感触に、フーは折れた。
「分かったよ。じゃ、発つのは明日だ。な?」
「……はい」
もしこの時ランニャ卿が引き止めなければ、フーは何の苦も無く北方に帰ることができただろう。
だが、皮肉と言うべきか――このちょっとした願いのせいで、その日のフーは思わぬ災難に見舞われる羽目になった。
「はい、耳栓」
クラフトランドが見えてきたところで、晴奈とフォルナは小鈴から耳栓を渡された。
「これは?」
「街に入る前に、付けておいた方がいいわよ」
「なぜですの?」
「理由は単純。うるさいから」
(なるほど)
小鈴の言う通り、クラフトランドの街門を潜るなり、大音量の騒音が晴奈たちを出迎えた。街のあちこちで鎚や鋸、ふいごなどがけたたましく鳴り響き、いかにも職人の街と言った風情をかもし出しており、耳栓をしてもなお、それらの爆音が体を揺らす。入って数分で、小鈴とフォルナの顔色は悪くなっていく。
(二人とも大丈夫だろうか? ……しかし、これはまた、戦場とは違った辛さがあるな)
おまけに、それらの音に負けじと売り子が声を張り上げてくるのだから、たまらない。
「そこのお侍さん、刀どう、刀? 剣じゃないよ、刀だよ刀!」「間に合っている!」
武器屋に声をかけられる。
「耳栓あるよ、この街の必需品だよ!」(本末転倒だろう、阿呆!)
耳栓屋が、耳栓を突き抜ける大声で売り口上を述べる。
「ほら、いいアクセ入ってるよー!」「いらぬと言っているだろう!」
またもアクセサリを無理矢理、付けられそうになる。
(あ、頭が痛くなってきた……)
喧騒を避けるため、二人は宿に入った。
「あー、アタマいたぁい」
小鈴はベッドに突っ伏し、枕を頭に押さえ付けてうめいている。
「うぅ……、吐き気がいたしますわ」
フォルナも同じように、ベッドに沈んでいる。晴奈も椅子にもたれかかり、一言も発さず宙を見つめている。
(耳鳴りが収まらぬ)
「ねぇー、晴奈ぁー、フォルナぁー」
枕の下から、非常にだるそうな小鈴の声が聞こえてくる。
「もうちょっと、暗くなってから日上探ししよぉー」
フォルナが弱々しい声と力なく揺れる尻尾で、それに同意する。
「そう、いたしましょう。こう騒々しくては、参ってしまいますわ」
「ねぇー。もぉ何か、アタマん中、ぐにゃぐにゃ揺れてるもん」
晴奈も二人と同じく、吐き気に近い頭痛を感じている。
「そうですね……。私も、ひどい頭痛がします。少し、休みましょう」
「そおしよぉー」
そのまま、三人は眠りに就いた。
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敵、バカンス中。
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「う……ん」
横で眠る女性の寝返りと小さなうめきで、彼の目は覚めた。
「……へへ」
その虎獣人の青年、日上風(フー)は横にいる「狼」の女性、ランニャ・ネール公の寝顔を見て、思わずニヤつく。
「ふあ……、っと。今、何時だろ?」
フーはのそのそと床を抜け出し、脱ぎ捨てていた服から懐中時計を取り出す。
「まだ、5時か。ちょっと早すぎるけど……、ま、起きるか」
首をゴキゴキ鳴らし、軽く屈伸をして目を覚ます。窓の外は大分明るくなっており、ピチュピチュと鳴く鳥の声が耳に入ってくる。
「いーい朝だ。本当、楽しいことばっかだな、ここんとこ」
服を着ながら、フーはぼんやりとこの「小旅行」を思い返していた。
「……フー」
「ん?」
床の方から、ランニャ卿の声が聞こえてきた。
「どした、ランニャ」
「うう……ん」
尋ねてみたが、返事は無い。どうやら、寝言らしかった。フーの口の端がまた、緩んでくる。
「……可愛いなぁ、お前は」
「フー。今日は随分早いな」
ランニャ卿の寝室を出てすぐ、地の底から響くような、低い男の声がフーの耳に入る。声の主はフードの男、アランだ。
「アランこそ。一体、いつ寝てるんだ? いつ起きても、同じように俺の前に現れる」
「すでにここに滞在して、2週間になる」
アランはフーの問いには答えず、淡々と自分の仕事――フーの側近、参謀としての職務をこなす。
「そろそろ戻らねば。ウインドフォートを発って、すでに一月半は経過している。北海の戦況も早晩、動いてくるはずだ」
「……ああ、そうだな。そろそろ戻らないと、タイカの奴が攻め込んできてるかも知れないしな。先に返した側近だけじゃ、しのげないし」
フーは素直に、アランの意見にうなずく。
「んじゃ、今日の夕方くらいに、ここを発つかな」
「そうしよう」
話がまとまりかけたところに、いかにも寂しげな女の声が聞こえてきた。
「フー、もう帰ってしまうの?」
「お、ランニャ。もう起きたのか」
フーのすぐ後ろで、ランニャ卿が悲しそうな顔をして立っていた。
「いやさ、もうそろそろ王国に帰らないと。いくらなんでも戦争中だしさ」
「そう、……よね」
ランニャ卿は切なげにつぶやき、フーに抱きついてきた。
「でも……」
「ランニャ?」
「せめてもう一日、一緒にいて欲しい。今度いつ会えるか、分からないもの」
ランニャが抱きしめてくる温かく柔らかい感触に、フーは折れた。
「分かったよ。じゃ、発つのは明日だ。な?」
「……はい」
もしこの時ランニャ卿が引き止めなければ、フーは何の苦も無く北方に帰ることができただろう。
だが、皮肉と言うべきか――このちょっとした願いのせいで、その日のフーは思わぬ災難に見舞われる羽目になった。
「はい、耳栓」
クラフトランドが見えてきたところで、晴奈とフォルナは小鈴から耳栓を渡された。
「これは?」
「街に入る前に、付けておいた方がいいわよ」
「なぜですの?」
「理由は単純。うるさいから」
(なるほど)
小鈴の言う通り、クラフトランドの街門を潜るなり、大音量の騒音が晴奈たちを出迎えた。街のあちこちで鎚や鋸、ふいごなどがけたたましく鳴り響き、いかにも職人の街と言った風情をかもし出しており、耳栓をしてもなお、それらの爆音が体を揺らす。入って数分で、小鈴とフォルナの顔色は悪くなっていく。
(二人とも大丈夫だろうか? ……しかし、これはまた、戦場とは違った辛さがあるな)
おまけに、それらの音に負けじと売り子が声を張り上げてくるのだから、たまらない。
「そこのお侍さん、刀どう、刀? 剣じゃないよ、刀だよ刀!」「間に合っている!」
武器屋に声をかけられる。
「耳栓あるよ、この街の必需品だよ!」(本末転倒だろう、阿呆!)
耳栓屋が、耳栓を突き抜ける大声で売り口上を述べる。
「ほら、いいアクセ入ってるよー!」「いらぬと言っているだろう!」
またもアクセサリを無理矢理、付けられそうになる。
(あ、頭が痛くなってきた……)
喧騒を避けるため、二人は宿に入った。
「あー、アタマいたぁい」
小鈴はベッドに突っ伏し、枕を頭に押さえ付けてうめいている。
「うぅ……、吐き気がいたしますわ」
フォルナも同じように、ベッドに沈んでいる。晴奈も椅子にもたれかかり、一言も発さず宙を見つめている。
(耳鳴りが収まらぬ)
「ねぇー、晴奈ぁー、フォルナぁー」
枕の下から、非常にだるそうな小鈴の声が聞こえてくる。
「もうちょっと、暗くなってから日上探ししよぉー」
フォルナが弱々しい声と力なく揺れる尻尾で、それに同意する。
「そう、いたしましょう。こう騒々しくては、参ってしまいますわ」
「ねぇー。もぉ何か、アタマん中、ぐにゃぐにゃ揺れてるもん」
晴奈も二人と同じく、吐き気に近い頭痛を感じている。
「そうですね……。私も、ひどい頭痛がします。少し、休みましょう」
「そおしよぉー」
そのまま、三人は眠りに就いた。
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おぉ、200話到達。
我ながらびっくりですね。
当初の予定では、この時点で半分過ぎてるはずなんですが……。
色々挟んだり加えたりしてるため、話がドンドン膨らんでる最中です。
さーて、後何話続くやらw
おぉ、200話到達。
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当初の予定では、この時点で半分過ぎてるはずなんですが……。
色々挟んだり加えたりしてるため、話がドンドン膨らんでる最中です。
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総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

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双月千年世界 2;火紅狐

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双月千年世界 目次 / あらすじ

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短編・掌編

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雑記

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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
おお、ここでついに200話になるんですね。
すごいですね。私の話がトータルで・・・いくつなるんでしょうかね。
私の場合は別枠で日記もやっているので、現在700記事まで到達してますけどね。日記は毎日更新しているので。結構、話って勝手に膨らみますよね。街はやかましいですよね。それこそが人が生きているという証明である感じはしますけどね。
どうも、LandMです。
ようやく作品が最後の一歩手前までいきました。これまでご愛読ありがとうございました。
すごいですね。私の話がトータルで・・・いくつなるんでしょうかね。
私の場合は別枠で日記もやっているので、現在700記事まで到達してますけどね。日記は毎日更新しているので。結構、話って勝手に膨らみますよね。街はやかましいですよね。それこそが人が生きているという証明である感じはしますけどね。
どうも、LandMです。
ようやく作品が最後の一歩手前までいきました。これまでご愛読ありがとうございました。
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NoTitle
LandMさんのところも随分経ちますから、相当な量になってるでしょうね……。
筆が乗ると、ガンガン膨らみますよね。
「蒼天剣」は自分の予想をはるかに上回る勢いでキャラが動いたので、当初の予想の5倍くらいに話が膨らみました。
ダイナミックな話の展開で、ハラハラさせられました。
執筆、お疲れ様でした。