「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第1部
琥珀暁・襲跡伝 3
神様たちの話、第22話。
人では敵わぬモノ。
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3.
ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。
「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」
声をかけてみるが、返事は無い。
「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」
そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。
「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」
結局、シノンは山道に入り、二人の行方を追おうとする。
しかし山は雪深く、5分もしない内にシノンは立ち止まってしまった。
「これ以上は、……無理っぽそう。雪も崩れてないし、絶対メラノたち、こっち来てないよね」
シノンはくるっと踵を返し、ゼロの言い付け通りに戻ろうとした。
と――シノンの長い耳に、馬車での道中で聞いたものと同じ、大型獣のうなり声が聞こえてきた。
「……え?」
その鳴き声を耳にした途端、シノンの全身がこわばる。動悸が高まり、極寒の最中だと言うのに汗が噴き出す。
「……う……あ……」
フレンたちを呼ぼうと口を開くが、声が出てこない。やがて彼女は、その場にへたり込んでしまった。
「ばっ、……バカ野郎! ボーっとしてんじゃねえ!」
前方から、血まみれのメラノが駆け込んでくる。
「めっ、……えっ、血、え、あのっ」
そのボロボロの姿を見て、シノンはまたうろたえる。
しかし見た目に反したしっかりした声で、メラノが答えた。
「バケモノだ! 上にいやがった!」
「あ、えっ、あのっ」
「フレンは分からん! どっかに逃げた!」
「え、じゃ、えっと」
「逃げろ!」
メラノに何度も怒鳴られ、ようやくシノンはガクガクと脚を震わせながらも立ち上がった。
それと同時に、山の木々をなぎ倒しながら、あの巨大な双頭狼が現れた。
「ひっ……」
立ち上がったものの、脚が満足に動かず、シノンは何度もつまずき、転ぶ。
「立て! 立たなきゃ、食われちまっ……」
横で怒鳴っていたメラノが、消える。
呆然としたままのシノンの顔に、びちゃっと生温いものが降り注ぐ。
「あ……ひ……やあっ……」
シノンの緊張と狼狽が頂点に達し、ぴくりとも動けなくなる。
やがて――シノンの目線と、双頭狼の両方の目線とが交錯し、互いにそのまま見つめ合った。
「……い……や……」
一瞬の沈黙を置いて、ついにシノンは泣き叫んだ。
「いやあああああっ! 助けて! 助けて、ゼロ!」
目の前が暗くなる。
「……っ」
双頭狼が迫ってきたと思い、シノンは息を呑み、絶望する。
「来たよ」
だがシノンの元にやって来たのは、穏やかな声だった。
「まだ大丈夫?」
ゼロの優しい声が、シノンにかけられる。
「……ぜ……ろ?」
「僕じゃなかったら、誰が助けに来るのさ」
背を向けながら、ゼロが笑ったような声で応える。
「そこでじっとしていて」
「う……うん」
うなずいたシノンに目を向けることは無かったが、ゼロはここでも優しく、こう言った。
「あいつにはもうこれ以上、君に触れさせやしない」
「……」
シノンはいつの間にか、自分の体の震えが止まっていることに気付いた。
そして自分のほおが、ずきずきとした痛みを訴えていることにも。
双頭狼を前に、ゼロは静かに立ちはだかっていた。
「君に言ったって仕方の無いことなんだろう」
対する双頭狼は、両方の頭を交互に揺らし、低いうなり声を上げている。
「恐らく君たちは、植え付けられた本能(アルゴリズム)に従って行動しているだけ。与えられた役割(プロセス)をこなしているだけ。
君たちに罪を問うてもどうしようも無い。壁の釘で手を引っかいたからって、その釘を怒鳴ったって仕方の無いことだものね」
ゼロがぶつぶつとつぶやいている間に、双頭狼の吠える声は猛りを増す。
「だけど、あえて、言わせてもらう。よくもやってくれたな」
ゼロが右手を上げ、掘り出したばかりの水晶をその辺りで拾った枝にくくりつけただけの、簡素な魔杖を掲げる。
「よくもこの何十年、何百年もの間、いや、もしかしたらもっともっと長くの時間、僕たち人間を虐げてくれたな!
今こそはっきりさせてやる。僕たちは君たちの本能を満たし、プロセスを永遠循環させるだけのちっちゃな存在(ビット)じゃない。
僕は、君たちをこの世界から排除(ターミネート)する!」
ゼロの怒声に呼応するように、双頭狼も吠える。
そしてゼロに飛びかかろうとしたその瞬間、ゼロも魔術を発動させた。
「欠片(ビット)一粒残らず燃え尽きろ――『ジャガーノート』!」
次の瞬間、ばぢっ、と奇怪な音を立てながら、双頭狼の背中がぱっくりと割れ、火を噴き上げた。
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3.
ゼロに頼まれ、シノンは鉱床の入口周辺を見回り、メラノたちの姿を探す。
「メラノ、大丈夫ー? フレンいるー?」
声をかけてみるが、返事は無い。
「まだ、山なのかなぁ? ……でも、ゼロに登るなって言われてるし」
そうつぶやいてはいたが、シノンの視線は上方に向いている。
「……ちょっとだけ見てみよ。ちょっとだけ」
結局、シノンは山道に入り、二人の行方を追おうとする。
しかし山は雪深く、5分もしない内にシノンは立ち止まってしまった。
「これ以上は、……無理っぽそう。雪も崩れてないし、絶対メラノたち、こっち来てないよね」
シノンはくるっと踵を返し、ゼロの言い付け通りに戻ろうとした。
と――シノンの長い耳に、馬車での道中で聞いたものと同じ、大型獣のうなり声が聞こえてきた。
「……え?」
その鳴き声を耳にした途端、シノンの全身がこわばる。動悸が高まり、極寒の最中だと言うのに汗が噴き出す。
「……う……あ……」
フレンたちを呼ぼうと口を開くが、声が出てこない。やがて彼女は、その場にへたり込んでしまった。
「ばっ、……バカ野郎! ボーっとしてんじゃねえ!」
前方から、血まみれのメラノが駆け込んでくる。
「めっ、……えっ、血、え、あのっ」
そのボロボロの姿を見て、シノンはまたうろたえる。
しかし見た目に反したしっかりした声で、メラノが答えた。
「バケモノだ! 上にいやがった!」
「あ、えっ、あのっ」
「フレンは分からん! どっかに逃げた!」
「え、じゃ、えっと」
「逃げろ!」
メラノに何度も怒鳴られ、ようやくシノンはガクガクと脚を震わせながらも立ち上がった。
それと同時に、山の木々をなぎ倒しながら、あの巨大な双頭狼が現れた。
「ひっ……」
立ち上がったものの、脚が満足に動かず、シノンは何度もつまずき、転ぶ。
「立て! 立たなきゃ、食われちまっ……」
横で怒鳴っていたメラノが、消える。
呆然としたままのシノンの顔に、びちゃっと生温いものが降り注ぐ。
「あ……ひ……やあっ……」
シノンの緊張と狼狽が頂点に達し、ぴくりとも動けなくなる。
やがて――シノンの目線と、双頭狼の両方の目線とが交錯し、互いにそのまま見つめ合った。
「……い……や……」
一瞬の沈黙を置いて、ついにシノンは泣き叫んだ。
「いやあああああっ! 助けて! 助けて、ゼロ!」
目の前が暗くなる。
「……っ」
双頭狼が迫ってきたと思い、シノンは息を呑み、絶望する。
「来たよ」
だがシノンの元にやって来たのは、穏やかな声だった。
「まだ大丈夫?」
ゼロの優しい声が、シノンにかけられる。
「……ぜ……ろ?」
「僕じゃなかったら、誰が助けに来るのさ」
背を向けながら、ゼロが笑ったような声で応える。
「そこでじっとしていて」
「う……うん」
うなずいたシノンに目を向けることは無かったが、ゼロはここでも優しく、こう言った。
「あいつにはもうこれ以上、君に触れさせやしない」
「……」
シノンはいつの間にか、自分の体の震えが止まっていることに気付いた。
そして自分のほおが、ずきずきとした痛みを訴えていることにも。
双頭狼を前に、ゼロは静かに立ちはだかっていた。
「君に言ったって仕方の無いことなんだろう」
対する双頭狼は、両方の頭を交互に揺らし、低いうなり声を上げている。
「恐らく君たちは、植え付けられた本能(アルゴリズム)に従って行動しているだけ。与えられた役割(プロセス)をこなしているだけ。
君たちに罪を問うてもどうしようも無い。壁の釘で手を引っかいたからって、その釘を怒鳴ったって仕方の無いことだものね」
ゼロがぶつぶつとつぶやいている間に、双頭狼の吠える声は猛りを増す。
「だけど、あえて、言わせてもらう。よくもやってくれたな」
ゼロが右手を上げ、掘り出したばかりの水晶をその辺りで拾った枝にくくりつけただけの、簡素な魔杖を掲げる。
「よくもこの何十年、何百年もの間、いや、もしかしたらもっともっと長くの時間、僕たち人間を虐げてくれたな!
今こそはっきりさせてやる。僕たちは君たちの本能を満たし、プロセスを永遠循環させるだけのちっちゃな存在(ビット)じゃない。
僕は、君たちをこの世界から排除(ターミネート)する!」
ゼロの怒声に呼応するように、双頭狼も吠える。
そしてゼロに飛びかかろうとしたその瞬間、ゼロも魔術を発動させた。
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