「双月千年世界 短編・掌編・設定など」
双月千年世界 短編・掌編
鴉の籠 2
昨日の続き。
「蒼天剣」より大分昔のお話。
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「蒼天剣」より大分昔のお話。
2.
「面倒な奴だ」
克大火(カツミ・タイカ)はそう毒づき、岩の陰に隠れた。
岩の向こうでは砂嵐が発生している。現在大火が戦っている魔術師が起こしているものだ。
「まさか、だな」
大火はコートにびっしりと付いた砂を払い、相手にしている長耳の魔術師、ゼルー・トライン導師の様子を確認する。
(威力が高い分、精度は落ちるか。俺が射程距離内にいないことに、気付いていないようだ)
砂嵐の中心にいるゼルーは杖を両手で抱えたまま、微動だにしない。どうやら術に集中しきっているらしい。
(……ならば、傍観しておくとしよう。相手の魔力が尽きる頃を狙って、集中砲火でとどめを刺す)
大火はもう一度、コートの砂を払った。
この古戦場、ダマスク島の砂はなお、大火の頭上に降り注いでいた。
克大火は「黒い悪魔」と呼ばれている。
古代の戦争で名を馳せ、双月暦463年の今日に至るまで、魔術と剣術の達人、不老不死の秘術を知る者、世界を揺さぶる奸雄として、広く名が知られている。
彼は昔から己の心情と性質、欲に対して正直に生きてきた。約束は律儀に守るが非常に傍若無人な男なので、敵も少なくない。過去何度も彼の命を狙い、また彼の秘技・秘術を盗もうと襲いかかる者が後を絶たなかった。
しかし悪魔と呼ばれるだけあって、その力量は並の人間が太刀打ちできるものではない。これまでに襲ってきた者はことごとく、彼の力によって灰にされ、また細切れにされ、この世から姿を消している。
今度の相手であるゼルーも、大火は難なく返り討ちにできると楽観していた。
ところが――。
(……おいおい、もう8時間は経つぞ?)
ゼルーの魔術は、夕暮れを迎えた今なおその威力が衰えない。巻き上げられた砂は既に、大火の膝下まで積もってきている。彼の真っ黒な髪も茶色い砂がまぶされ、ゴワゴワとうねっている。それに――。
(今ようやく気付いたが、息苦しい。俺としたことが、こんな罠に気付かなかったとは)
どうやら巻き上げた砂に、微量の毒が混ざっていたらしい。隠れて傍観している間、大火はずっとその毒を吸っていたことになる。
(しくじったな。俺がこうして、近場で様子を見ることも予測済みか。しかも、俺が『奴は長時間魔術を使うことはできまい』と踏むことも作戦に織り込んである、か。
このままではジリ貧になるな。『何時間も粘って自滅した』では、流石に間抜けすぎる。ここは……)
大火は次に取るべき行動を、素早くシミュレートする。
(攻撃するか、退却するかだ。
とっとと倒して切り上げたいところだが、先ほど俺が攻撃した際、奴の周囲を護る『風の壁』が邪魔をして届かなかった。そして今も、その壁が奴を包んでいる。
この砂嵐の威力がまったく衰えていないのだから、今になってようやく攻撃が通ると言うのは、少々考えにくい。
退却するか? それもよし、か。砂嵐で大雑把な攻撃をしていると言うことは、奴は俺の正確な位置までは把握していないはずだ。
『テレポート』で逃げれば追うことはまず、不可能。奴の相手をするのは、体勢を立て直してからでもいいだろう)
退却することにし、大火は呪文を唱える。
「『テレポート』、プラフ島へ」
プラフ島はダマスク島の近くにある、大火の住処の一つである。唱え終わった途端、大火の姿がダマスク島から消えた。
「……ほうほう、逃げたようだねぇ」
大火の姿が消えると同時に、8時間以上もの間砂嵐を起こしていたゼルーは術を止めた。
「ふむふむ、近い近い。……うふふふ、タイカ、あんまり人間サマをなめるもんじゃないよ」
ゼルーは手にしていた杖にはめられた水晶玉を覗き込む。そこには浜辺で砂を払う、大火の姿が映し出されていた。
「やれやれ」
自分の陣地に戻り、大火は体中に付いた砂を振り払う。
「面倒な相手だったな。魔術は通じない、魔力は無尽蔵。おまけに頭も切れる。しかも俺の予想を次々に覆してくる。非常に戦いにくい相手だったが、……どう対処したものか」
付いていた砂を一通り払い終わり、大火はコーヒーでも飲もうかと、近くの小屋に進もうとした。
だが――。
(……む?)
背後からうっすらとだが、殺気を感じる。
(まさか?)
振り返らずに、背後の様子を探る。波のさざめく音とウミネコの鳴く声に混じり、空気を切り裂くようなキイイ……、と言う音が近付いてくる。
(飛翔術、『エアリアル』だな。それも半端な出力ではない。燕や隼の数倍の速度で向かってきている。
ことごとく予想を覆すな、あの女。俺の行き先も把握しているとは)
大火は舌打ちし、自分も「エアリアル」を唱える。砂浜の白い砂が飛び散り、彼も宙に浮く。
「逃がさないよ、タイカぁぁ!」
浮き上がると同時に、背後からゼルーの声がうねるように響く。
「俺に追いつけると思うのか? 撃ち落としてやる、長耳」
大火も術に大量の魔力を込め、その場から勢いよく飛び去った。
大火もゼルーも、空気を裂くように南海の空を飛ぶ。飛びながら、ゼルーは魔術を放ってくる。
「落ちろぉぉぉ!」
「く……!」
魔術によって作られた空気の弾が、大火に何度となく命中する。7、8発ほど当たったところで、大火のアバラや手足がミシミシときしみ出した。
(『エアリアル』を使いながら、これほど威力の高い魔術を放ってくるとは。改めて舌を巻くぜ……)
大火は海面すれすれにまで下降し、水しぶきを立てる。
「目くらましのつもりかい! 無駄無駄、ちゃあんと見えてるんだよアタシには!」
ゼルーはまた、空気の弾を眼下の大火に向けて放つ。だが、噴き上げられた水しぶきにさえぎられ、大火には当たらない。
(時間稼ぎだ。今、お前は防御術を使っていない。今なら高出力の魔術で撃墜できる。……)
水しぶきに護られながら、大火は呪文を唱える。
「沈め沈め沈めぇぇぇぇッ!」
ゼルーの魔術が次第に激しくなってくる。空気の弾が槍に変わり、あちこちで水柱が立つ。
(……追いかけっこも終わりだ。沈むのは貴様の方だ!)
大火はふたたび上空へと飛び上がる。それを追って、ゼルーも上空へ翔ける。二人が切り札を放つのは同時だった。
「爆ぜろ、『エクスプロード』!」
「『ハリケーン』、墜ちろーッ!」
すさまじい爆発と暴風が、同時に起こる。
一瞬拮抗した二つの災害は、風が熱を飲み込んだ。
「く……ッ」
「アハハハハハ! 消えろ、悪魔ぁぁぁぁ!」
大火は燃え上がる暴風に飲み込まれ、ブスブスと煙を上げながら遠くへ飛んでいき――10メートルほどの水柱を立てて、海に沈んだ。
「面倒な奴だ」
克大火(カツミ・タイカ)はそう毒づき、岩の陰に隠れた。
岩の向こうでは砂嵐が発生している。現在大火が戦っている魔術師が起こしているものだ。
「まさか、だな」
大火はコートにびっしりと付いた砂を払い、相手にしている長耳の魔術師、ゼルー・トライン導師の様子を確認する。
(威力が高い分、精度は落ちるか。俺が射程距離内にいないことに、気付いていないようだ)
砂嵐の中心にいるゼルーは杖を両手で抱えたまま、微動だにしない。どうやら術に集中しきっているらしい。
(……ならば、傍観しておくとしよう。相手の魔力が尽きる頃を狙って、集中砲火でとどめを刺す)
大火はもう一度、コートの砂を払った。
この古戦場、ダマスク島の砂はなお、大火の頭上に降り注いでいた。
克大火は「黒い悪魔」と呼ばれている。
古代の戦争で名を馳せ、双月暦463年の今日に至るまで、魔術と剣術の達人、不老不死の秘術を知る者、世界を揺さぶる奸雄として、広く名が知られている。
彼は昔から己の心情と性質、欲に対して正直に生きてきた。約束は律儀に守るが非常に傍若無人な男なので、敵も少なくない。過去何度も彼の命を狙い、また彼の秘技・秘術を盗もうと襲いかかる者が後を絶たなかった。
しかし悪魔と呼ばれるだけあって、その力量は並の人間が太刀打ちできるものではない。これまでに襲ってきた者はことごとく、彼の力によって灰にされ、また細切れにされ、この世から姿を消している。
今度の相手であるゼルーも、大火は難なく返り討ちにできると楽観していた。
ところが――。
(……おいおい、もう8時間は経つぞ?)
ゼルーの魔術は、夕暮れを迎えた今なおその威力が衰えない。巻き上げられた砂は既に、大火の膝下まで積もってきている。彼の真っ黒な髪も茶色い砂がまぶされ、ゴワゴワとうねっている。それに――。
(今ようやく気付いたが、息苦しい。俺としたことが、こんな罠に気付かなかったとは)
どうやら巻き上げた砂に、微量の毒が混ざっていたらしい。隠れて傍観している間、大火はずっとその毒を吸っていたことになる。
(しくじったな。俺がこうして、近場で様子を見ることも予測済みか。しかも、俺が『奴は長時間魔術を使うことはできまい』と踏むことも作戦に織り込んである、か。
このままではジリ貧になるな。『何時間も粘って自滅した』では、流石に間抜けすぎる。ここは……)
大火は次に取るべき行動を、素早くシミュレートする。
(攻撃するか、退却するかだ。
とっとと倒して切り上げたいところだが、先ほど俺が攻撃した際、奴の周囲を護る『風の壁』が邪魔をして届かなかった。そして今も、その壁が奴を包んでいる。
この砂嵐の威力がまったく衰えていないのだから、今になってようやく攻撃が通ると言うのは、少々考えにくい。
退却するか? それもよし、か。砂嵐で大雑把な攻撃をしていると言うことは、奴は俺の正確な位置までは把握していないはずだ。
『テレポート』で逃げれば追うことはまず、不可能。奴の相手をするのは、体勢を立て直してからでもいいだろう)
退却することにし、大火は呪文を唱える。
「『テレポート』、プラフ島へ」
プラフ島はダマスク島の近くにある、大火の住処の一つである。唱え終わった途端、大火の姿がダマスク島から消えた。
「……ほうほう、逃げたようだねぇ」
大火の姿が消えると同時に、8時間以上もの間砂嵐を起こしていたゼルーは術を止めた。
「ふむふむ、近い近い。……うふふふ、タイカ、あんまり人間サマをなめるもんじゃないよ」
ゼルーは手にしていた杖にはめられた水晶玉を覗き込む。そこには浜辺で砂を払う、大火の姿が映し出されていた。
「やれやれ」
自分の陣地に戻り、大火は体中に付いた砂を振り払う。
「面倒な相手だったな。魔術は通じない、魔力は無尽蔵。おまけに頭も切れる。しかも俺の予想を次々に覆してくる。非常に戦いにくい相手だったが、……どう対処したものか」
付いていた砂を一通り払い終わり、大火はコーヒーでも飲もうかと、近くの小屋に進もうとした。
だが――。
(……む?)
背後からうっすらとだが、殺気を感じる。
(まさか?)
振り返らずに、背後の様子を探る。波のさざめく音とウミネコの鳴く声に混じり、空気を切り裂くようなキイイ……、と言う音が近付いてくる。
(飛翔術、『エアリアル』だな。それも半端な出力ではない。燕や隼の数倍の速度で向かってきている。
ことごとく予想を覆すな、あの女。俺の行き先も把握しているとは)
大火は舌打ちし、自分も「エアリアル」を唱える。砂浜の白い砂が飛び散り、彼も宙に浮く。
「逃がさないよ、タイカぁぁ!」
浮き上がると同時に、背後からゼルーの声がうねるように響く。
「俺に追いつけると思うのか? 撃ち落としてやる、長耳」
大火も術に大量の魔力を込め、その場から勢いよく飛び去った。
大火もゼルーも、空気を裂くように南海の空を飛ぶ。飛びながら、ゼルーは魔術を放ってくる。
「落ちろぉぉぉ!」
「く……!」
魔術によって作られた空気の弾が、大火に何度となく命中する。7、8発ほど当たったところで、大火のアバラや手足がミシミシときしみ出した。
(『エアリアル』を使いながら、これほど威力の高い魔術を放ってくるとは。改めて舌を巻くぜ……)
大火は海面すれすれにまで下降し、水しぶきを立てる。
「目くらましのつもりかい! 無駄無駄、ちゃあんと見えてるんだよアタシには!」
ゼルーはまた、空気の弾を眼下の大火に向けて放つ。だが、噴き上げられた水しぶきにさえぎられ、大火には当たらない。
(時間稼ぎだ。今、お前は防御術を使っていない。今なら高出力の魔術で撃墜できる。……)
水しぶきに護られながら、大火は呪文を唱える。
「沈め沈め沈めぇぇぇぇッ!」
ゼルーの魔術が次第に激しくなってくる。空気の弾が槍に変わり、あちこちで水柱が立つ。
(……追いかけっこも終わりだ。沈むのは貴様の方だ!)
大火はふたたび上空へと飛び上がる。それを追って、ゼルーも上空へ翔ける。二人が切り札を放つのは同時だった。
「爆ぜろ、『エクスプロード』!」
「『ハリケーン』、墜ちろーッ!」
すさまじい爆発と暴風が、同時に起こる。
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