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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第5部

    蒼天剣・武闘録 2

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    晴奈の話、第208話。
    経済的緊急事態。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     フーとの対決から3ヶ月が経った。

     瀕死の重傷を負った晴奈たちは朱海の店に逗留し、治癒に努めていた。朱海の人脈に優れた医者がいたことと、朱海が作ってくれた病人食のおかげで、この頃には十分に歩けるまで回復した。
     しかし肉体的な問題が解決されても、依然として晴奈の状況は悪いままであった。クラフトランドで刀をアランに投げつけ、そのままゴールドコーストに戻って来てしまったため、今の晴奈は武器の無い、丸腰の状態なのである。
     そして、フーを逃がしてしまったこともまた、晴奈を少なからず焦燥させていた。3ヶ月も経ってしまった現在、フーがとっくに北方の、自分の砦へ戻ってしまっていることは明白である。その上アランを初めとする側近たちが、フーの守りを固めているのだ。
     仮に今の晴奈が単身、フーの本拠地へと乗り込んでも、返り討ちに遭うのが落ちである。今現在、フーを追い、「バニッシャー」を取り戻すことは限りなく無理な状況であったのだ。
     さらにもう一つ、直近の問題として頭を痛めているのが――。



    「残りは、……853クラム、か」
     金火狐銀行から朱海の店に戻り、更新された通帳を見た晴奈は、まだ包帯を巻いたままの頭を抱えてうなる。
    「わたくしのお金が使えればよろしかったのに……」
     フォルナも晴奈の通帳を横から覗き見て、切なげなため息を漏らす。
     治療費など諸経費がかなり高くつき、晴奈たちの旅費が底をついてしまったのだ。朱海に央中の旅で経験したことを語っていくばくかの金を得たものの、それもとっくに消化してしまっている。
     なお、フォルナの通帳にはまだ160万と言う大金が残ってはいるが、こちらは使えない。もしこれを使えば、直ちに彼女の故郷、グラーナ王国の手の者が現れ、フォルナの逃亡に手を貸した晴奈と小鈴は即刻、逮捕されてしまうだろう。さらにはフォルナも拘束され、二度と自由は得られなくなる。
    「できぬことを云々しても仕方あるまい。……仕方無いのだ」
    「……そうですわね」
     このままではフーを追うことはおろか、街を出る際の通行料を支払うことすらできない。
     うなっている晴奈たちの前に朱海が現れ、声をかけてくる。
    「ココを離れない人間は、2種類いるんだ」
    「え?」
    「一つ。ココが楽しすぎて、離れようとしない奴。そしてもう一つは……」
     晴奈の頭がまた、きりきりと痛み出す。
    「ココで金を使い込んだり、変な事情に絡まれたりして、離れられなくなった奴。
     アンタら、下手すりゃ二度と出られなくなるな」
     その言葉はまるで極刑宣告のように、晴奈の心をえぐった。



     ともかく路銀を貯めるべく、動けるようになった晴奈たちは朱海の店で働いていた。
    「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませっ」「いらっしゃいませ」
     始めのうちはなかなか慣れなかったものの、半月も働いていると、割となじんでくる。
     晴奈もフォルナもすっかり普通の店員として、カウンターに立っていた。
    「あれ、タチバナさん。女の子雇ったの?」
    「はは、こいつら旅の金無くなっちまったんでな。ウチでしばらく雇ってるんだ」
    「へぇー」
     客は晴奈をジロジロと見て、ニヤニヤ笑う。
    「ぺったんこだけど、可愛いなー」
    「なっ……」
     怒り出し、手を挙げかけた晴奈の尻尾を、朱海がぐいと引っ張る。
    「いたっ!?」
    「お客さーん、セクハラしないでくれよー」
    「へっへ、すいませんねぇタチバナさん」
     客をあしらったところで、朱海が晴奈に耳打ちした。
    「客にキレんじゃないっ」
    「……失敬」
     晴奈にとって店働きは、屈辱以外の何者でも無かった。

     ちなみに――「お嬢様」のフォルナは、店の雰囲気に簡単に馴染み、この頃にはすっかり溶け込んでいた。
    「いらっしゃいませ」
    「おう、フォルナちゃん。今日もカワイイねっ」
    「あら、お上手ですこと」
     昔から王族として様々な賓客と接してきたせいか、客あしらいがうまく、顔と名前、そして好物や「いつもの」注文など、特徴を覚えるのが早い。
    「カールさん、本日はいい鯖が入っているそうですよ」
    「お、そうなの? じゃー、それ頼もうかな」
     これについて朱海は「いい店員(ホスト)って、突き詰めると品のいい王侯貴族なんだなぁ……」と感心していたし、フォルナもとても楽しそうに、赤虎亭での勤務に就いていた。



     その上に、晴奈に追い打ちをかけるような要素として――央南であれば刀を失っても、代わりの得物が安価ですぐ手に入ったが、ここでは数が少ない上に、質に対して異様に値が高い。仮にそれらの鈍(なまくら)が買えるほどの額が唐突に手に入ったとしても、到底晴奈が使用するに耐えられるような代物ではないため、彼女にとっては何の足しにもならない。
     二重、三重の絶望感に打ちひしがれ、晴奈はすっかり覇気を失い、まるで木偶のようにぼんやりと動いていた。
    「刀があればなぁ……」
    「無いものねだっても、仕方ないじゃない。ともかく、今はお金稼がなきゃ」
     小鈴と二人で店を掃除しながら、晴奈はブツブツと不満を漏らし続ける。
    「はぁー……。私は何故、ここにいるのか……」
     一緒に掃除していた朱海が、ふーっと煙草の煙を吹く。
    「ったく、あの猫侍サマも堕ちたもんだね。刀も金も無くなると、ただのお荷物ちゃんじゃないか」
    「……っ!」
     自尊心を傷つけられた晴奈は、モップを手にしたまま硬直する。
    「朱海!」
     小鈴がたしなめるが、朱海は口を閉じない。
    「アンタ、本当に黄晴奈だったっけ? まるでダメ人間だよ、その顔じゃ」
    「う……く……」
    「『何でここに』って、何を寝言吹いてんだか。アンタがアランってのに負けたからだろ?
     んなコトも分かんなくなっちまったかい、愚図」
    「……くぅ」
     晴奈はうなり、モップを握りしめる。晴奈をかばおうと、小鈴が口を挟む。
    「朱海、アンタねぇ! 言っていいコトと悪いコトあるでしょ!?」
     小鈴に再度たしなめられ、朱海は慌ててごまかした。
    「あ、悪い悪い、いやさ、別に嫌味とか、そんなつもりで……」
    「……ぅっ」
     晴奈は何も言わず、店を飛び出した。
     残された朱海と小鈴は、顔を見合わせる。
    「やっべ、怒らせちゃったよ。参ったな」
    「なーにが『参ったな』よ、何考えてんのよアンタは~ッ!」
     怒る小鈴に、朱海はバタバタと手を振って謝る。
    「い、いやいや、悪かったって。あー、参ったな、気合入れようと思って檄飛ばしたつもりだったんだけど、変な方向に話、持ってっちまったな」
     朱海は煙草をもみ消しながら、困ったようにつぶやいた。
    「『やっぱりお侍様は、刀があってナンボだろ』ってさ、そう言う方向で励まそうとしたんだけどなぁ。
     あーあ……、悪いコトしちまったな」

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    2016.05.12 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    晴奈にはあんまり「普通のお仕事」、いわゆるOLとか店員さんとかは向いてないでしょうね。
    剣術とか、武道系の技能を必要とするお仕事が向いてるでしょうね。
    現代で言えば、単純に武道の先生とか、警官とか警備員とか。

    5部突入、ありがとうございます(*´∀`)
    これからも、よろしくです。

    メール、早めに返事しますね。
    遅れてすみません。

    NoTitle 

    同じになりますが、セイナさんだったら、それこそモンスターハンターみたいな仕事をした方が稼げるような気がするんですけどね。普通の仕事をするよりか。ついに5部!!ですね。また読ませていただきます。
    メール送ってあると思いますので、またお願いします。御手間をおかけして申し訳ございません。

    NoTitle 

    朱海さん、うっかりやってしましました。
    でも埋め合わせはちゃんとしてくれるので、乞うご期待。

    確かに店員より用心棒の方が稼げますね。
    しかし、もっと儲かる方法が、この街にはあったりします。
    それについては後述。

    NoTitle 

    これは朱海さんが悪い。

    まあチクチクイヤミをいうのは大店の主人のよくやることだけど。

    でも晴奈だったら店員よりも用心棒のほうが稼げるんじゃないかなあ。
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