短編・掌編
サティスファイ・ジョーンズ・ロッカー
サティスファイ・ジョーンズ・ロッカー
私は満足している男だ。
多少のトラブルや諍いはあれど、仕事は順調である。
高級車や一戸建ては買えないが、貯金も資産も多少ある。
少しばかりぽっちゃりしていて首や肩が凝り気味だが、健康も概ね問題ない。
愛する人や親密な友人もいないが、孤独と思ったことも無い。
特に過不足も無く、平穏そのもの。それが私の人生である。
ある時、胡散臭い老人が目の前に現れた。
「このボタンを押せば、君に幸せが訪れる」
その他、何かしらしゃべっていたが、あまり覚えていない。
老人からボタンを受け取った私は、一度もそのボタンを押すこと無く、自宅の押し入れに収めた。
ある時、あからさまな出で立ちの紳士が目の前に現れた。
「このノートに願いを書けば、どんなものでも叶うのです」
その他、何かしら説明していたが、あまり覚えていない。
紳士からノートを受け取った私は、一文もそのノートに書きつけること無く、自宅の押し入れに収めた。
またある時は、いかにも偉そうな科学者が現れ、珍妙な機械を私に渡す。
はたまたある時は、明らかに放浪している風の行商人が、変わった小箱を私に渡して逃げ去る。
その他、色んな人々がどう言うわけか、私に様々なモノを渡していく。
しかしそのどれにも手を付けること無く、私はそれらを全て、自宅の押し入れに収めていった。
そんな私も老境を迎え、押し入れは満杯になっていた。
大抵のことには動じない私も、流石に押入れ付近の雑然とした状況を疎ましく思い、兄弟やその子供たち、さらにその孫たちにも片付けの手伝いを頼んだ。
「もう、大叔父さんは不精だなぁ」
「あとでアイスおごってよー?」
そんな風に文句を言いながら、姪孫たちが押し入れから色々とモノを出していく。
「ねえ、大叔父さん。このボタン、なに?」
聞かれたので、私は覚えている限りのことを答える。
「押すと幸せになるんだってさ」
「なにそれ、ウソくさーい」
姪孫が笑う一方、別の姪孫が尋ねてくる。
「大叔父さんは押したの?」
「いいや。もらいものだけど興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
「押していい?」
「あげるよ。いらないし」
姪孫はボタンを両手に抱え、嬉しそうにしていた。
と、別の姪孫がノートを掲げている。
「これなにー?」
聞かれたので、また私は覚えている限りのことを答える。
「書いたことが叶うんだってさ。興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
「ふーん。もらっていい?」
「いいよ」
そしてまた別の姪孫が、小箱を持って来る。
「これはー?」
「いいものが入ってるんだってさ。興味無かったから……」「とりあえずおしいれにいれといたんだー、……って?」
「そう、そう」
結局、私の家の押し入れに収まっていた様々なガラクタは、すべて姪孫たちが持って行った。
その後、私は特に後悔も不満もなく、満足して生涯を終えた。
そして彼岸へ渡った先――私の前に、ずらりと人だかりができていた。
「あ、あなた……どうしてなんです?」
口火を切ったのは、かつてノートを私に渡した紳士だった。
「どうして一度も、私たちの贈り物を使って下さらなかったんですか!?」
「どうしてって、……うーん」
私は首をひねりつつ、こう答える。
「別にこれと言って欲しいものも無かったしなぁ」
私の返答が不満だったらしく、他の者たちも口々にぼやき出す。
「も、もったいない!」
「使ってくれれば……」
それを受け、私は姪孫たちに渡したことを彼らに伝えたが――。
「そんな話をしてるんじゃないんです!
もうお気づきでしょうけど、私たち全員、あなたを惑わすべく参上した悪魔ですっ!
あなたを地獄に堕としてやろうと色々、色々企んでたのに、なんで全然引っ掛かってくれないんですかあっ!?」
「はあ、……なんかすみません」
揃って意気消沈する悪魔たちの中、一人、こんなことをつぶやく者がいた。
「こんな奴初めてですよ……。人間誰だって、ちょっとくらい欲があるって言うのに。
あなた、『もうちょっとくらい』って思わなかったんですか?」
そう聞かれて、私は答えた。
「そう言うの、あんまり……。
私、自分の人生に満足してましたので」
結局、恨みがましい目でにらんでくる悪魔氏一同を横目に、私は天国行きのバスへと乗った。
その道中、背中に白い羽の生えた運転手がクスクス笑いながら、こう教えてくれた。
「あなたのことは『こっち』でもうわさになってましたよ。
悪魔に一度も誘惑されなかった男だって」
とは言え特に何かをしたと言うわけでもないので、私は「はあ」とだけ返した。
私は常に満足した男だった。
悪魔氏一同にとっては、ひどく不満な男だったようだが。
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私は満足している男だ。
多少のトラブルや諍いはあれど、仕事は順調である。
高級車や一戸建ては買えないが、貯金も資産も多少ある。
少しばかりぽっちゃりしていて首や肩が凝り気味だが、健康も概ね問題ない。
愛する人や親密な友人もいないが、孤独と思ったことも無い。
特に過不足も無く、平穏そのもの。それが私の人生である。
ある時、胡散臭い老人が目の前に現れた。
「このボタンを押せば、君に幸せが訪れる」
その他、何かしらしゃべっていたが、あまり覚えていない。
老人からボタンを受け取った私は、一度もそのボタンを押すこと無く、自宅の押し入れに収めた。
ある時、あからさまな出で立ちの紳士が目の前に現れた。
「このノートに願いを書けば、どんなものでも叶うのです」
その他、何かしら説明していたが、あまり覚えていない。
紳士からノートを受け取った私は、一文もそのノートに書きつけること無く、自宅の押し入れに収めた。
またある時は、いかにも偉そうな科学者が現れ、珍妙な機械を私に渡す。
はたまたある時は、明らかに放浪している風の行商人が、変わった小箱を私に渡して逃げ去る。
その他、色んな人々がどう言うわけか、私に様々なモノを渡していく。
しかしそのどれにも手を付けること無く、私はそれらを全て、自宅の押し入れに収めていった。
そんな私も老境を迎え、押し入れは満杯になっていた。
大抵のことには動じない私も、流石に押入れ付近の雑然とした状況を疎ましく思い、兄弟やその子供たち、さらにその孫たちにも片付けの手伝いを頼んだ。
「もう、大叔父さんは不精だなぁ」
「あとでアイスおごってよー?」
そんな風に文句を言いながら、姪孫たちが押し入れから色々とモノを出していく。
「ねえ、大叔父さん。このボタン、なに?」
聞かれたので、私は覚えている限りのことを答える。
「押すと幸せになるんだってさ」
「なにそれ、ウソくさーい」
姪孫が笑う一方、別の姪孫が尋ねてくる。
「大叔父さんは押したの?」
「いいや。もらいものだけど興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
「押していい?」
「あげるよ。いらないし」
姪孫はボタンを両手に抱え、嬉しそうにしていた。
と、別の姪孫がノートを掲げている。
「これなにー?」
聞かれたので、また私は覚えている限りのことを答える。
「書いたことが叶うんだってさ。興味無かったから、とりあえず押し入れに入れといたんだ」
「ふーん。もらっていい?」
「いいよ」
そしてまた別の姪孫が、小箱を持って来る。
「これはー?」
「いいものが入ってるんだってさ。興味無かったから……」「とりあえずおしいれにいれといたんだー、……って?」
「そう、そう」
結局、私の家の押し入れに収まっていた様々なガラクタは、すべて姪孫たちが持って行った。
その後、私は特に後悔も不満もなく、満足して生涯を終えた。
そして彼岸へ渡った先――私の前に、ずらりと人だかりができていた。
「あ、あなた……どうしてなんです?」
口火を切ったのは、かつてノートを私に渡した紳士だった。
「どうして一度も、私たちの贈り物を使って下さらなかったんですか!?」
「どうしてって、……うーん」
私は首をひねりつつ、こう答える。
「別にこれと言って欲しいものも無かったしなぁ」
私の返答が不満だったらしく、他の者たちも口々にぼやき出す。
「も、もったいない!」
「使ってくれれば……」
それを受け、私は姪孫たちに渡したことを彼らに伝えたが――。
「そんな話をしてるんじゃないんです!
もうお気づきでしょうけど、私たち全員、あなたを惑わすべく参上した悪魔ですっ!
あなたを地獄に堕としてやろうと色々、色々企んでたのに、なんで全然引っ掛かってくれないんですかあっ!?」
「はあ、……なんかすみません」
揃って意気消沈する悪魔たちの中、一人、こんなことをつぶやく者がいた。
「こんな奴初めてですよ……。人間誰だって、ちょっとくらい欲があるって言うのに。
あなた、『もうちょっとくらい』って思わなかったんですか?」
そう聞かれて、私は答えた。
「そう言うの、あんまり……。
私、自分の人生に満足してましたので」
結局、恨みがましい目でにらんでくる悪魔氏一同を横目に、私は天国行きのバスへと乗った。
その道中、背中に白い羽の生えた運転手がクスクス笑いながら、こう教えてくれた。
「あなたのことは『こっち』でもうわさになってましたよ。
悪魔に一度も誘惑されなかった男だって」
とは言え特に何かをしたと言うわけでもないので、私は「はあ」とだけ返した。
私は常に満足した男だった。
悪魔氏一同にとっては、ひどく不満な男だったようだが。
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