「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第3部
琥珀暁・陥港伝 1
神様たちの話、第81話。
拡がる世界。
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1.
時に、人間の行いは奇跡や神業と表現されることがある。
ただの人間一人には到底成しようの無い偉業を成し遂げ、ただの人間一人にたどり着くことのできない叡智を手にし、そしてただの人間一人では決して得られない未来を掴み取る。
一人では何も成せず、たどり着けず、獲得できなかったとしても、そうした人々が同じ目的の元に集まり、揃って力を奮い、互いに知恵を絞り、偏(ひとえ)に勇気を持って挑むことで、できなかった「何か」ができるようになる。
人類の歴史は一人で築いたものではなく、無数の人間の協力と連携、共存によって築かれてきた。即ち人間にとって最も大きな、そして強力な武器とは、「団結すること」なのだ。
この双月世界においてその真理を誰よりも良く、そして誰よりも早く理解していたのは、紛れもなくゼロ・タイムズその人である。
彼は己一人が唯一無二の英雄となるようなことを厭(いと)い、己の知識と技術を人々に広く伝えると共に、その人々と同じ目線に立って動き、考え、戦うことで、人々を堅く団結せしめたのだ。
その体制が10年、20年と続くうち、効果は如実に現れていた。人々は自らの生息圏を少しずつ、しかし着実に獲得していった。それは必ずしもゼロの指示に依るものでは無く、人々が己の心のままに、版図を拡大していったのである。
かつて無数のバケモノに怯え、逃げ、そして蹂躙されてきた人々は、自らバケモノに立ち向かい、退け、自分たちの生活圏から駆逐していった。それに伴い、人々の心もまた、恐怖や諦観から解放され、新天地や希望に満ちた生活、幸福を次々に求めるようになっていった。
そして双月暦22年を迎えた頃には、人々は最早「壁の山」を畏れるようなことも無く、かつて跋扈していたバケモノも、お伽話の類として扱うようになりつつあり――また、こうした突飛なことをうそぶくような者さえも、巷に現れ始めていた。
「例えばさ、ずーっと行ってみたらどうよ?」
ニヤニヤしながら語る狼獣人に、船に同乗していた短耳が呆れた顔を向ける。
「ずーっとって、この海をか?」
「そうだよ。岸も見えなくなるくらい、ずーっと遠くまで。そしたらよ、何かあるかも知れないだろ?」
「無い無い。干からびて死ぬのがオチだ」
「んなコト断言できねーだろ?」
そう反論する「狼」に、短耳は皮肉げに答える。
「やってみればどうだ? 間違い無くお前、そのまま死ぬだろうけどな。賭けてもいい」
「おう、言ったな? じゃー俺は何か見付かる方に100クラム賭けるぜ。後悔すんなよぉ?」
「やりたきゃ勝手にやれよ。でもな、ロウ」
短耳は釣り糸を海から引き上げつつ、やはり皮肉じみた笑みを向ける。
「やるなら俺を下ろしてからやれよ? お前と海のド真ん中で心中なんてまっぴらだ」
「はっは、俺だって勘弁だぜ。
……もう今日はこの辺にしとくか。魚籠(びく)一杯だし」
「だな。今日の稼ぎは、……ま、二人合わせて1千クラムちょっとってとこか。この分なら明日はのんびり寝ててもいいかもな」
「そうか? 俺は出るつもりしてるが……」
そう返したロウに、短耳がけげんな顔を向ける。
「ロウ、何だってお前さん、そんなに海に出たがる? マジで水平線の向こうに漕ぎ出すつもりなのか?」
「まあ、さっきのは半分冗談だけど、でもいつかやってみたいって気持ちはあるんだよな」
「……お前なぁ」
短耳はバカにしたような目をロウに向け、彼の肩をばしっと叩く。
「沖ばっかフラフラ出てないで、たまにはヨメさん探ししたらどうなんだ? お前もう、結構なおっさんだろうが」
「そんな気になんねえんだよ。どんな女見たって、ときめかないって言うかさ」
「……まさかとは思うが、お前、男が好きとか言うんじゃないだろうな?」
短耳の冗談を、ロウは鼻で笑う。
「ばっか、ちげーよ。昔見た女が忘れらんねえんだ。
アレ以上のいい女は、俺ん中じゃどこにもいやしねえんだよ」
「やれやれ。見た目と違って青臭えな、お前さんは」
話している間に仕掛けを回収し終え、二人は帰路に着く。
「とりあえず帰ったらどうする? 朝メシ先に食うか?」
「いや、風呂に行くよ。昨夜は何だかんだで入りそびれててさ」
「そうか。……ん?」
既に岸へ向かってオールを漕ぎ始めていたが、短耳がぎょっとした顔をし、手を止める。
「どうした?」
「ありゃ、何だ?」
そう返され、ロウは短耳の視線の先に目をやる。
ようやく明るくなり始めた水平線に、わずかながら黒い影がチラホラと浮かんでいるのが、ロウの目にも確認できた。
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時に、人間の行いは奇跡や神業と表現されることがある。
ただの人間一人には到底成しようの無い偉業を成し遂げ、ただの人間一人にたどり着くことのできない叡智を手にし、そしてただの人間一人では決して得られない未来を掴み取る。
一人では何も成せず、たどり着けず、獲得できなかったとしても、そうした人々が同じ目的の元に集まり、揃って力を奮い、互いに知恵を絞り、偏(ひとえ)に勇気を持って挑むことで、できなかった「何か」ができるようになる。
人類の歴史は一人で築いたものではなく、無数の人間の協力と連携、共存によって築かれてきた。即ち人間にとって最も大きな、そして強力な武器とは、「団結すること」なのだ。
この双月世界においてその真理を誰よりも良く、そして誰よりも早く理解していたのは、紛れもなくゼロ・タイムズその人である。
彼は己一人が唯一無二の英雄となるようなことを厭(いと)い、己の知識と技術を人々に広く伝えると共に、その人々と同じ目線に立って動き、考え、戦うことで、人々を堅く団結せしめたのだ。
その体制が10年、20年と続くうち、効果は如実に現れていた。人々は自らの生息圏を少しずつ、しかし着実に獲得していった。それは必ずしもゼロの指示に依るものでは無く、人々が己の心のままに、版図を拡大していったのである。
かつて無数のバケモノに怯え、逃げ、そして蹂躙されてきた人々は、自らバケモノに立ち向かい、退け、自分たちの生活圏から駆逐していった。それに伴い、人々の心もまた、恐怖や諦観から解放され、新天地や希望に満ちた生活、幸福を次々に求めるようになっていった。
そして双月暦22年を迎えた頃には、人々は最早「壁の山」を畏れるようなことも無く、かつて跋扈していたバケモノも、お伽話の類として扱うようになりつつあり――また、こうした突飛なことをうそぶくような者さえも、巷に現れ始めていた。
「例えばさ、ずーっと行ってみたらどうよ?」
ニヤニヤしながら語る狼獣人に、船に同乗していた短耳が呆れた顔を向ける。
「ずーっとって、この海をか?」
「そうだよ。岸も見えなくなるくらい、ずーっと遠くまで。そしたらよ、何かあるかも知れないだろ?」
「無い無い。干からびて死ぬのがオチだ」
「んなコト断言できねーだろ?」
そう反論する「狼」に、短耳は皮肉げに答える。
「やってみればどうだ? 間違い無くお前、そのまま死ぬだろうけどな。賭けてもいい」
「おう、言ったな? じゃー俺は何か見付かる方に100クラム賭けるぜ。後悔すんなよぉ?」
「やりたきゃ勝手にやれよ。でもな、ロウ」
短耳は釣り糸を海から引き上げつつ、やはり皮肉じみた笑みを向ける。
「やるなら俺を下ろしてからやれよ? お前と海のド真ん中で心中なんてまっぴらだ」
「はっは、俺だって勘弁だぜ。
……もう今日はこの辺にしとくか。魚籠(びく)一杯だし」
「だな。今日の稼ぎは、……ま、二人合わせて1千クラムちょっとってとこか。この分なら明日はのんびり寝ててもいいかもな」
「そうか? 俺は出るつもりしてるが……」
そう返したロウに、短耳がけげんな顔を向ける。
「ロウ、何だってお前さん、そんなに海に出たがる? マジで水平線の向こうに漕ぎ出すつもりなのか?」
「まあ、さっきのは半分冗談だけど、でもいつかやってみたいって気持ちはあるんだよな」
「……お前なぁ」
短耳はバカにしたような目をロウに向け、彼の肩をばしっと叩く。
「沖ばっかフラフラ出てないで、たまにはヨメさん探ししたらどうなんだ? お前もう、結構なおっさんだろうが」
「そんな気になんねえんだよ。どんな女見たって、ときめかないって言うかさ」
「……まさかとは思うが、お前、男が好きとか言うんじゃないだろうな?」
短耳の冗談を、ロウは鼻で笑う。
「ばっか、ちげーよ。昔見た女が忘れらんねえんだ。
アレ以上のいい女は、俺ん中じゃどこにもいやしねえんだよ」
「やれやれ。見た目と違って青臭えな、お前さんは」
話している間に仕掛けを回収し終え、二人は帰路に着く。
「とりあえず帰ったらどうする? 朝メシ先に食うか?」
「いや、風呂に行くよ。昨夜は何だかんだで入りそびれててさ」
「そうか。……ん?」
既に岸へ向かってオールを漕ぎ始めていたが、短耳がぎょっとした顔をし、手を止める。
「どうした?」
「ありゃ、何だ?」
そう返され、ロウは短耳の視線の先に目をやる。
ようやく明るくなり始めた水平線に、わずかながら黒い影がチラホラと浮かんでいるのが、ロウの目にも確認できた。
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大変お待たせいたしました。
「琥珀暁」第3部、本日より開始です。
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「琥珀暁」第3部、本日より開始です。



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