「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第3部
琥珀暁・狐傑伝 1
神様たちの話、第102話。
彼女の素性。
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1.
陽動作戦から帰還して以降、ハンはずっと、憮然としていた。
「あ、あのっ、ゴールドマン先生ですよね!?」
「あなたのご活躍、常々伺ってました! 一度お会いしてみたいと……!」
「握手いいですか!? あ、あとサインも……」
砦の皆に囲まれチヤホヤとされているエリザを、ハンは柱の陰で遠巻きに眺めつつ、干し肉をもしゃもしゃと噛みちぎっていた。
(……やっぱり、苦手だ)
居たたまれなくなり、ハンはその場を後にしようとする。
と、踵を返したところで、部屋の入り口で様子をうかがっていたクーと目が合う。
「あっ」
小さく声を上げ、顔を引っ込めようとしたクーに、ハンは声をかける。
「クー、待ってくれ」
「は、はい?」
呼び止められ、立ち止まったクーの手を引き、ハンも部屋を出る。
「ど、どうされましたの?」
「いや、部屋を出る口実が欲しかっただけだ。
それよりも話をしたい。このまま黙って干し肉噛んでると、頭から煙が上がってきそうだった」
「まあ」
ハンたちは廊下を歩きつつ、落ち着ける場所を探す。
「塔は監視班がいるか。中庭は……、エリザさんから呼ばれそうだな」
「やはりハンも、あの方はお嫌いなのかしら?」
クーからそう問われ、ハンは小さく首を振る。
「いや、嫌ってるってわけじゃない。その……、家族ぐるみで、付き合いもあるからな。
ただ、苦手なだけなんだ。具体的にどこがどうと言われたら、言葉にはしにくいが」
「そう……ですわね。わたくしも、同じような気持ちですわね。
あの時否定いたしましたけれど、確かにわたくしとあの方とは、昔からの面識がございます。
誰にでも親しくされる方ですし、気さくに接して下さる方ですから、悪い方でないことは確かなのですけれど、その親しさが時として、……その、言葉は悪いですが、うっとうしいと申しますか、苛立たしいと申しますか」
「分かるよ。あの人はフランクすぎるところが多々あるからな。
俺が子供の時からベタベタしてくる人だったから、時々『やめてくれ』って邪険にしてしまったこともある。
でもあの人、懲りずに迫ってくるって言うか……」
「ええ、ええ。そのようなところ、ございますわね」
並んで歩きつつ、二人はうんうんとうなずき合う。
「分かってくれる奴がいて、ほっとしたよ。……っと、クー」
「はい?」
首を傾げたクーに、ハンは近くの空き部屋を指し示す。
「あそこなら人も来なさそうだから、じっくり話せる。あっちに行こう」
「ええ、構いませんけれど」
クーはにこっと、いたずらっぽい笑いを浮かべた。
「変なこと、なさらないようにお願いいたしますわね」
「するわけないだろ……」
部屋に入り、向かい合う形で座ったところで、ハンが話を切り出す。
「まず、前も言った通り、どうしても答えたくないってことについては、俺が聞いても『言いたくない』って言ってくれていい」
「ええ」
「じゃあ、まず。……君の本名から聞かせてくれないかな」
そう尋ねたハンに、クーは表情を堅くする。
「それは……」
「答えを聞く前に、俺から君について知ってることを話そう」
「……!」
クーが目を丸くするが、ハンは構わず、話を続ける。
「ビートも言っていたが、君の使う術はあまりにも高等なものだ。とても一般兵や市井の魔術師が使うようなものじゃない。
一方で、君が使っているような術、と言うより技法だが、あれは多段発動術と呼ばれるもので間違い無いな?」
「え、ええ」
「それが使えるような人物は、あんまりいない。
難しい技術だからと言うのも理由の一つだが、容易に広まれば良からぬ人物、言い換えれば悪用しようとする人物にまで伝わりかねない、と言うのが一番の理由だ。
その真意も含めて、多段発動術は極秘扱いになっている。故に、それを知る人間は一握り、陛下とそのごく近辺にいる、少数の人間だけとなっている。
ちなみに俺がその事情を知っているのは、親父から聞いたからだ。その親父は陛下から教わったらしいが、『流石に俺じゃ使いこなせなかった』とも言っていた。
その辺りから、君は陛下にごく親しい存在なんじゃないか、と判断するんだが、どうだろうか?」
「……」
クーは顔を覆い、うつむいてしまう。
「いや、すまない。突っ込みすぎたよ。勿論どうしても言いたくないなら……」「いえ」
クーは顔を挙げ、すう、と息を吸う。
「もうお気付きですのね、わたくしの素性について」
「ある程度はな」
「では、もう、隠す必要もございませんわね」
クーは頭の後ろでまとめていた髪をほどき、長い銀髪をさらりと垂らして見せた。
「わたくしの本名はクラム・タイムズ。ゼロ・タイムズの娘です」
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彼女の素性。
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陽動作戦から帰還して以降、ハンはずっと、憮然としていた。
「あ、あのっ、ゴールドマン先生ですよね!?」
「あなたのご活躍、常々伺ってました! 一度お会いしてみたいと……!」
「握手いいですか!? あ、あとサインも……」
砦の皆に囲まれチヤホヤとされているエリザを、ハンは柱の陰で遠巻きに眺めつつ、干し肉をもしゃもしゃと噛みちぎっていた。
(……やっぱり、苦手だ)
居たたまれなくなり、ハンはその場を後にしようとする。
と、踵を返したところで、部屋の入り口で様子をうかがっていたクーと目が合う。
「あっ」
小さく声を上げ、顔を引っ込めようとしたクーに、ハンは声をかける。
「クー、待ってくれ」
「は、はい?」
呼び止められ、立ち止まったクーの手を引き、ハンも部屋を出る。
「ど、どうされましたの?」
「いや、部屋を出る口実が欲しかっただけだ。
それよりも話をしたい。このまま黙って干し肉噛んでると、頭から煙が上がってきそうだった」
「まあ」
ハンたちは廊下を歩きつつ、落ち着ける場所を探す。
「塔は監視班がいるか。中庭は……、エリザさんから呼ばれそうだな」
「やはりハンも、あの方はお嫌いなのかしら?」
クーからそう問われ、ハンは小さく首を振る。
「いや、嫌ってるってわけじゃない。その……、家族ぐるみで、付き合いもあるからな。
ただ、苦手なだけなんだ。具体的にどこがどうと言われたら、言葉にはしにくいが」
「そう……ですわね。わたくしも、同じような気持ちですわね。
あの時否定いたしましたけれど、確かにわたくしとあの方とは、昔からの面識がございます。
誰にでも親しくされる方ですし、気さくに接して下さる方ですから、悪い方でないことは確かなのですけれど、その親しさが時として、……その、言葉は悪いですが、うっとうしいと申しますか、苛立たしいと申しますか」
「分かるよ。あの人はフランクすぎるところが多々あるからな。
俺が子供の時からベタベタしてくる人だったから、時々『やめてくれ』って邪険にしてしまったこともある。
でもあの人、懲りずに迫ってくるって言うか……」
「ええ、ええ。そのようなところ、ございますわね」
並んで歩きつつ、二人はうんうんとうなずき合う。
「分かってくれる奴がいて、ほっとしたよ。……っと、クー」
「はい?」
首を傾げたクーに、ハンは近くの空き部屋を指し示す。
「あそこなら人も来なさそうだから、じっくり話せる。あっちに行こう」
「ええ、構いませんけれど」
クーはにこっと、いたずらっぽい笑いを浮かべた。
「変なこと、なさらないようにお願いいたしますわね」
「するわけないだろ……」
部屋に入り、向かい合う形で座ったところで、ハンが話を切り出す。
「まず、前も言った通り、どうしても答えたくないってことについては、俺が聞いても『言いたくない』って言ってくれていい」
「ええ」
「じゃあ、まず。……君の本名から聞かせてくれないかな」
そう尋ねたハンに、クーは表情を堅くする。
「それは……」
「答えを聞く前に、俺から君について知ってることを話そう」
「……!」
クーが目を丸くするが、ハンは構わず、話を続ける。
「ビートも言っていたが、君の使う術はあまりにも高等なものだ。とても一般兵や市井の魔術師が使うようなものじゃない。
一方で、君が使っているような術、と言うより技法だが、あれは多段発動術と呼ばれるもので間違い無いな?」
「え、ええ」
「それが使えるような人物は、あんまりいない。
難しい技術だからと言うのも理由の一つだが、容易に広まれば良からぬ人物、言い換えれば悪用しようとする人物にまで伝わりかねない、と言うのが一番の理由だ。
その真意も含めて、多段発動術は極秘扱いになっている。故に、それを知る人間は一握り、陛下とそのごく近辺にいる、少数の人間だけとなっている。
ちなみに俺がその事情を知っているのは、親父から聞いたからだ。その親父は陛下から教わったらしいが、『流石に俺じゃ使いこなせなかった』とも言っていた。
その辺りから、君は陛下にごく親しい存在なんじゃないか、と判断するんだが、どうだろうか?」
「……」
クーは顔を覆い、うつむいてしまう。
「いや、すまない。突っ込みすぎたよ。勿論どうしても言いたくないなら……」「いえ」
クーは顔を挙げ、すう、と息を吸う。
「もうお気付きですのね、わたくしの素性について」
「ある程度はな」
「では、もう、隠す必要もございませんわね」
クーは頭の後ろでまとめていた髪をほどき、長い銀髪をさらりと垂らして見せた。
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