「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第3部
琥珀暁・彼心伝 2
神様たちの話、第110話。
測量班と賢王の会食。
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2.
それまでの20年の人生で、少なくとも彼自身にとっては「破天荒」としか評価できないような出来事が度々起こっていたせいか――ハンニバル・シモンと言う人間には、人と堅く接しようとする性分が形成されていた。
心の中でこそ、多少なりともフランクにしゃべってはいるのだが、実際にその口から出る言葉は、それを耳にする他人に、わずかながらも溝を感じさせるようなものばかりである。
実際、彼は心の中に境界を作っていたし、そこを自分が越えることも、他人に越えさせることもしなかった。
他人とは広く、しかし浅く付き合う、と言う姿勢が、彼のそうした性分を表していた。
とは言え――彼が拒んでも、ずかずかと踏み込んでくる者が、一人いる。言うまでもなく、それはエリザである。
と言うよりも、彼の性格が形成されたのは、破天荒の塊のような彼女の影響に他ならないのである。いきなり初対面で「父の不倫相手」として、だと言うのに実の母の如くべたべたと接してきたのを皮切りに、20歳となった現在に至るまで、ハンはエリザに度々振り回されてきたのである。
そんな彼が、「他人と距離を置いておきたい」と考えるようになったのは、当然の成り行きと言えた。
それ故――。
(勘弁して欲しいよ、本当に)
ゼロとクーを前にしつつ、部下たちと共に食事を囲んでいるこの状況は、彼にとっては苦痛でしか無かった。
「……と言うわけで現在、敵は動かないだろうと言うのが、ゴールドマン女史の見解ですね。自分も同意見です」
「ふむ、ふむ」
運ばれてきた食事に手を付ける前に一通りの報告を行い、ハンはそのまま直立不動の姿勢を取る。
対面のゼロも、先に食べ始めるようなことはせず、穏やかな顔で報告を聞いていたが、ハンの報告が終わるなり、カップに手を伸ばした。
「ありがとう、ハン。状況は概ね把握できた。詳しい点はまた、後で確認したい。
それよりも、そろそろご飯を食べよう。冷めちゃうと、作ってくれた人に申し訳無いし」
「は……、お時間を取らせてしまい、大変失礼いたしました」
敬礼し、着席したハンに、ゼロは苦笑いを返す。
「いいから、いいから。じゃ、いただきます」
ゼロに合わせ、他の者も食事を取り始める。
「……うわっ、おいしー」
途端に、マリアが感動した声を漏らす。それを見ていたクーが、クスクスと笑っている。
「ええ、皆様の好まれるご料理については、道中で伺っておりましたから。料理人の皆様にしっかり、お伝えしておりましたの」
「きょ、恐縮っス。あ、いや、恐縮であります」
「とんだ不敬を……」
顔を真っ赤にし、頭を下げたビートとシェロに、タイムズ父娘が笑って返す。
「喜んでもらえて何よりだ。遠慮せず、どんどん食べてくれ」
「わたくしたちだけの席ですし、お言葉遣いも接し方も、これまで通りにしていただいて結構ですから」
「は、はい」
「ども、っス」
その中で一人、ハンだけは無言で、料理を口に運び続けていた。
(これまで通りに、ね。ああ、了解してるよ。あなた方のご命令であれば、そうするさ)
彼のその心中に気付く様子も無く、マリアがちょんちょんと、ハンの肩をつつく。
「ねー尉官、これ美味しいですよー」
「ああ、うん」
「食べてみました?」
「いや、まだ」
「早く取らないと、無くなっちゃいますよー」
「ああ」
そのやり取りを見ていたクーが、どことなく不機嫌そうな目を向ける一方、ゼロはにこにこと笑っている。
「ハン、君の班はとても仲がいいみたいだね。話を聞くに連携もよく取れていたようだし、一人ひとりの力量も大きい。
何よりハン、君の判断力が優れている。若手チームの中では、君たちのところが一番なんじゃないかな」
「お褒めに預かり、幸甚(こうじん)の至りです」
一言、そう返して頭を下げたハンに、ゼロは満足気にうなずいて返した。
「あ、そうそう」
と、ゼロは傍らの娘の肩をとん、と叩く。
「この子から、次回から君の班に、この子を随行させてほしいとお願いされていたらしいけれど、どうだろうか?」
「……承知しました」
内心に湧き上がる様々な悪感情を押し殺し、ハンはうなずいた。
が――ゼロには、それを見透かされてしまったらしい。
「いやいや、ハン。何か不満や不安があるのなら、承知する前に言って欲しい。
君ほど聡明で経験豊富な男なら、その心中の、モヤモヤした『何か』が尾を引いて、後々に班全体の足を引っ張る原因になることは、十分に分かっているはずだ」
「……では、卒爾(そつじ)ながら意見を申し上げます」
「うん」
「クー、いえ、クラム・タイムズ殿下が我々に随行することについて、私は反対申し上げます」
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測量班と賢王の会食。
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それまでの20年の人生で、少なくとも彼自身にとっては「破天荒」としか評価できないような出来事が度々起こっていたせいか――ハンニバル・シモンと言う人間には、人と堅く接しようとする性分が形成されていた。
心の中でこそ、多少なりともフランクにしゃべってはいるのだが、実際にその口から出る言葉は、それを耳にする他人に、わずかながらも溝を感じさせるようなものばかりである。
実際、彼は心の中に境界を作っていたし、そこを自分が越えることも、他人に越えさせることもしなかった。
他人とは広く、しかし浅く付き合う、と言う姿勢が、彼のそうした性分を表していた。
とは言え――彼が拒んでも、ずかずかと踏み込んでくる者が、一人いる。言うまでもなく、それはエリザである。
と言うよりも、彼の性格が形成されたのは、破天荒の塊のような彼女の影響に他ならないのである。いきなり初対面で「父の不倫相手」として、だと言うのに実の母の如くべたべたと接してきたのを皮切りに、20歳となった現在に至るまで、ハンはエリザに度々振り回されてきたのである。
そんな彼が、「他人と距離を置いておきたい」と考えるようになったのは、当然の成り行きと言えた。
それ故――。
(勘弁して欲しいよ、本当に)
ゼロとクーを前にしつつ、部下たちと共に食事を囲んでいるこの状況は、彼にとっては苦痛でしか無かった。
「……と言うわけで現在、敵は動かないだろうと言うのが、ゴールドマン女史の見解ですね。自分も同意見です」
「ふむ、ふむ」
運ばれてきた食事に手を付ける前に一通りの報告を行い、ハンはそのまま直立不動の姿勢を取る。
対面のゼロも、先に食べ始めるようなことはせず、穏やかな顔で報告を聞いていたが、ハンの報告が終わるなり、カップに手を伸ばした。
「ありがとう、ハン。状況は概ね把握できた。詳しい点はまた、後で確認したい。
それよりも、そろそろご飯を食べよう。冷めちゃうと、作ってくれた人に申し訳無いし」
「は……、お時間を取らせてしまい、大変失礼いたしました」
敬礼し、着席したハンに、ゼロは苦笑いを返す。
「いいから、いいから。じゃ、いただきます」
ゼロに合わせ、他の者も食事を取り始める。
「……うわっ、おいしー」
途端に、マリアが感動した声を漏らす。それを見ていたクーが、クスクスと笑っている。
「ええ、皆様の好まれるご料理については、道中で伺っておりましたから。料理人の皆様にしっかり、お伝えしておりましたの」
「きょ、恐縮っス。あ、いや、恐縮であります」
「とんだ不敬を……」
顔を真っ赤にし、頭を下げたビートとシェロに、タイムズ父娘が笑って返す。
「喜んでもらえて何よりだ。遠慮せず、どんどん食べてくれ」
「わたくしたちだけの席ですし、お言葉遣いも接し方も、これまで通りにしていただいて結構ですから」
「は、はい」
「ども、っス」
その中で一人、ハンだけは無言で、料理を口に運び続けていた。
(これまで通りに、ね。ああ、了解してるよ。あなた方のご命令であれば、そうするさ)
彼のその心中に気付く様子も無く、マリアがちょんちょんと、ハンの肩をつつく。
「ねー尉官、これ美味しいですよー」
「ああ、うん」
「食べてみました?」
「いや、まだ」
「早く取らないと、無くなっちゃいますよー」
「ああ」
そのやり取りを見ていたクーが、どことなく不機嫌そうな目を向ける一方、ゼロはにこにこと笑っている。
「ハン、君の班はとても仲がいいみたいだね。話を聞くに連携もよく取れていたようだし、一人ひとりの力量も大きい。
何よりハン、君の判断力が優れている。若手チームの中では、君たちのところが一番なんじゃないかな」
「お褒めに預かり、幸甚(こうじん)の至りです」
一言、そう返して頭を下げたハンに、ゼロは満足気にうなずいて返した。
「あ、そうそう」
と、ゼロは傍らの娘の肩をとん、と叩く。
「この子から、次回から君の班に、この子を随行させてほしいとお願いされていたらしいけれど、どうだろうか?」
「……承知しました」
内心に湧き上がる様々な悪感情を押し殺し、ハンはうなずいた。
が――ゼロには、それを見透かされてしまったらしい。
「いやいや、ハン。何か不満や不安があるのなら、承知する前に言って欲しい。
君ほど聡明で経験豊富な男なら、その心中の、モヤモヤした『何か』が尾を引いて、後々に班全体の足を引っ張る原因になることは、十分に分かっているはずだ」
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