「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第3部
琥珀暁・彼心伝 5
神様たちの話、第113話。
眠れるカリスマ。
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5.
「そんな……!」
ゼロの口から、明確にエリザを非難する言葉が出てきたことに、ハンを含め、その場にいた全員が驚いた様子を見せている。
しかしゼロは、わずかに首を振りつつ、こう続ける。
「無論、エリザが明確に、私たちに対して危害を加えただとか、盗みを働いただとか、そんな悪質な事実は一度も無い。
この20年の間、何度となく技術や資源を提供してくれているし、判断の難しい問題が起こった時には彼女に助言を仰ぎ、それが役に立ったことも度々あった。頼りになる存在だと言うことは、確かだ。
だけど彼女が20年前、私が送らせた討伐隊を50人以上引き抜き、自分の配下に置いてしまったこともまた、事実だ。経緯や引き抜かれた当人たちの思惑はどうであれ、私の元から多くの人材を奪ったことは、紛れも無い事実なんだ。
それだけじゃない。彼女は幾度となく山を越えて、このクロスセントラルやその他の大きな街に赴き、己の『スゴさ』を誇示している。それは自分の商売のためであるのか、こっちに私兵を築くことが目的なのか、それは何とも断言できない。彼女が自分から吹聴しているわけじゃないからね。
だけど事実として、彼女はこの街でも、他の街でも、並々ならぬ人気を集めている。仮に彼女が『ちょっと助けて欲しいコトあるんよ』と言い出したら、一体どれだけの人間が、手を貸そうとするだろうか?
例えばビート、君も彼女にそう言われたら、手伝おうと思うんじゃないか?」
「それは、……その、勿論、軍務があれば、それを優先しますが、……でも、その、手が空いてたら、もしかしたら、協力するかも、……知れません」
「そう、誰だってそう考えるだろう。親切で優しい、誠実な人間なら、自然なことだ。
だけど私が懸念するのは、もし君が重要な軍務に就いているにもかかわらず、彼女から『どうしても手伝って欲しいんよ。アンタやないとアカンねん』と説き伏せられることだ。
君はその『お願い』を、断ることができるだろうか? 断るにしても、どうにかして手伝おう、少しだけでも都合を付けられないか、と考えはしないだろうか」
「それは……、考えるでしょうね」
「さっきも言ったことだが、彼女に少しでも手を差し伸べれば、彼女はその根本、肩はおろか、胸、首に至るまで食らいつく。5%だけでも手伝ってあげようと考えていたことが、いつしか10%になり、20%に増え、50%に届き――いつしか、100%を超える。
そんなことが、あちこちの街で起こったらどうなる? 人々が皆、手にかけていた職務、任務を放り出し、彼女の命じるままに動き、一斉に街を離れ、彼女の命令に殉じたとしたら?
恐ろしいことに、彼女はそれをさせられるだけの力と才能を持っている。今はまだ、彼女にその気が無いのかも知れないし、そもそも自分の潜在能力に気付いていないのかも知れない。だが彼女がその気になり、力を行使し始めれば、私の、いや、我々の統治と秩序は大きく揺らぎ、狂い、いつか崩れ去ることとなるだろう。
こんなことを考えるのは、私の傲慢なのかも知れないが――もしそんなことが起こったら、今まで築いてきた我々の社会、生活、もっと大きく言えば歴史そのものが、彼女に食われてしまうのではないか? 我々がしてきたこと全てが彼女の業績に塗り替えられ、後世には、我々の存在そのものが、最初から『無かったこと』にされてしまいはしないだろうか?
……と、それを恐れずにはいられないのだ」
「……」
ゼロの、普段見せない不安げな表情と、いかにも恐れているようなその声色に、ハンも、他の4名も、口をつぐむしか無かった。
と、ゼロはいつもの、穏やかな笑顔になる。
「すまない、怖がらせてしまったね。
今のは私が考えられる中でも、最悪の事態を想定したにすぎない。さっきも言った通り、今は彼女にそんな気は無いだろうし、実際には起こっていないことだ。
だけど可能性は0じゃない。彼女がいる限り起こり得ることだと言うことを、認識しておいて欲しい。それを承知した上で、任務に当たって欲しい。
そんなわけで、次に君たちに与える任務だけど――山の南へ向かい、エリザ・ゴールドマンを訪ねてくれ。君たちが向かっている間に、私の方からエリザに打診しておく。君たちが到着するまでに話は付けるつもりだから、着いたら彼女と共に奪還作戦を検討・協議し、その結果を私に報告すること。
皆、大分疲れてるだろうから、出発は3日後でいい。……さあ、ご飯の続きを食べようか」
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眠れるカリスマ。
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「そんな……!」
ゼロの口から、明確にエリザを非難する言葉が出てきたことに、ハンを含め、その場にいた全員が驚いた様子を見せている。
しかしゼロは、わずかに首を振りつつ、こう続ける。
「無論、エリザが明確に、私たちに対して危害を加えただとか、盗みを働いただとか、そんな悪質な事実は一度も無い。
この20年の間、何度となく技術や資源を提供してくれているし、判断の難しい問題が起こった時には彼女に助言を仰ぎ、それが役に立ったことも度々あった。頼りになる存在だと言うことは、確かだ。
だけど彼女が20年前、私が送らせた討伐隊を50人以上引き抜き、自分の配下に置いてしまったこともまた、事実だ。経緯や引き抜かれた当人たちの思惑はどうであれ、私の元から多くの人材を奪ったことは、紛れも無い事実なんだ。
それだけじゃない。彼女は幾度となく山を越えて、このクロスセントラルやその他の大きな街に赴き、己の『スゴさ』を誇示している。それは自分の商売のためであるのか、こっちに私兵を築くことが目的なのか、それは何とも断言できない。彼女が自分から吹聴しているわけじゃないからね。
だけど事実として、彼女はこの街でも、他の街でも、並々ならぬ人気を集めている。仮に彼女が『ちょっと助けて欲しいコトあるんよ』と言い出したら、一体どれだけの人間が、手を貸そうとするだろうか?
例えばビート、君も彼女にそう言われたら、手伝おうと思うんじゃないか?」
「それは、……その、勿論、軍務があれば、それを優先しますが、……でも、その、手が空いてたら、もしかしたら、協力するかも、……知れません」
「そう、誰だってそう考えるだろう。親切で優しい、誠実な人間なら、自然なことだ。
だけど私が懸念するのは、もし君が重要な軍務に就いているにもかかわらず、彼女から『どうしても手伝って欲しいんよ。アンタやないとアカンねん』と説き伏せられることだ。
君はその『お願い』を、断ることができるだろうか? 断るにしても、どうにかして手伝おう、少しだけでも都合を付けられないか、と考えはしないだろうか」
「それは……、考えるでしょうね」
「さっきも言ったことだが、彼女に少しでも手を差し伸べれば、彼女はその根本、肩はおろか、胸、首に至るまで食らいつく。5%だけでも手伝ってあげようと考えていたことが、いつしか10%になり、20%に増え、50%に届き――いつしか、100%を超える。
そんなことが、あちこちの街で起こったらどうなる? 人々が皆、手にかけていた職務、任務を放り出し、彼女の命じるままに動き、一斉に街を離れ、彼女の命令に殉じたとしたら?
恐ろしいことに、彼女はそれをさせられるだけの力と才能を持っている。今はまだ、彼女にその気が無いのかも知れないし、そもそも自分の潜在能力に気付いていないのかも知れない。だが彼女がその気になり、力を行使し始めれば、私の、いや、我々の統治と秩序は大きく揺らぎ、狂い、いつか崩れ去ることとなるだろう。
こんなことを考えるのは、私の傲慢なのかも知れないが――もしそんなことが起こったら、今まで築いてきた我々の社会、生活、もっと大きく言えば歴史そのものが、彼女に食われてしまうのではないか? 我々がしてきたこと全てが彼女の業績に塗り替えられ、後世には、我々の存在そのものが、最初から『無かったこと』にされてしまいはしないだろうか?
……と、それを恐れずにはいられないのだ」
「……」
ゼロの、普段見せない不安げな表情と、いかにも恐れているようなその声色に、ハンも、他の4名も、口をつぐむしか無かった。
と、ゼロはいつもの、穏やかな笑顔になる。
「すまない、怖がらせてしまったね。
今のは私が考えられる中でも、最悪の事態を想定したにすぎない。さっきも言った通り、今は彼女にそんな気は無いだろうし、実際には起こっていないことだ。
だけど可能性は0じゃない。彼女がいる限り起こり得ることだと言うことを、認識しておいて欲しい。それを承知した上で、任務に当たって欲しい。
そんなわけで、次に君たちに与える任務だけど――山の南へ向かい、エリザ・ゴールドマンを訪ねてくれ。君たちが向かっている間に、私の方からエリザに打診しておく。君たちが到着するまでに話は付けるつもりだから、着いたら彼女と共に奪還作戦を検討・協議し、その結果を私に報告すること。
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