「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・悲願録 2
晴奈の話、第219話。
第二の黒服。
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2.
始めに仕掛けたのは、カールと言う狼獣人だった。
開始早々、彼は楢崎との間合いを詰めていく。
「そらよッ!」
勢い良く飛び込んできたカールに対し、楢崎は刀を構えて防ごうとする。
いや――。
「あれでは、防ぐしかない」
「え?」
「あれだけ近付かれては、刀の間合いからは外れてしまう。
無理矢理叩いたとしても、当たるのは切れ味の悪い鍔元。有効打とは言えぬ」
「切れないんでしょ? 闘技場に出る時は安全上の理由ってヤツで、刃に革被せてあるし」
「刀はおしなべて鉄製であるから、その状態でも『打撃用の武器』と考えることはできる。
だとしても、振り回す棒の根本を当てたところで、大した打撃にはならぬのだ」
「なるほどねー」
晴奈の言う通り、腕半分の距離まで踏み込まれた楢崎は攻勢に転じることができず、じっとカールの打撃に耐えている。
「くッ!」
ようやく楢崎が刀の腹で相手を押し返し、間合いを取り戻す。だがすぐに、カールがまたその間合いを潰してしまう。
「これは……」「意外だったろ? まさか『瞬殺の女神』神話が、とっくの昔に崩れちまってるなんてな」
晴奈の背後から、唐突に声がかけられた。
振り向くとそこには、黒いスーツに黒い帽子、黒眼鏡まで揃えた、いかにも柄の悪そうな「狐」の男が座っていた。
「誰だ?」
「そりゃ昔は焔剣だとかの央南の剣術は、俺たちの文化に無かったからな。何だっけ、居合い抜きだとか、間合いの外し方だとか、そんなもん全然知らない俺たちは連戦練敗、うちのボスですら手玉に取られちまったんだからな。
でも今は違う。昔と違って、俺たちは研究した。そう言う戦い方もあるってことを。そして、それとどう対抗していくか、ってこともな」
黒服の男は偉そうに、晴奈たちに語ってくる。
「だから、お主は誰だと聞いて……」
「あ、こりゃ失礼。俺の名はバート。クラウン組の一味やってる、チンケな奴だよ」
「クラウン……!?」
あからさまに警戒する晴奈たちを見て、バートは慌てて手を振る。
「いやいや、そういきり立つなよ、コウ先生殿」
「私を知っているのか?」
「ああ、ある程度は。うちのボスが嫌ってるヒイラギさんのお弟子さんってのも知ってるし、最近こっちに来てたってのも、うちの情報網がキャッチしてる。まあ、大方この闘技場で腕試しをしよう、ってことだと踏んでるんだが」
「い、いや、そうでは……」
返答しかけた晴奈を、バートは掌を差し出してさえぎる。
「いいんだ、いいんだ。分かってるから。ま、そんなことはどうでもいい。俺がアンタとコンタクトを取ったのは、別件だ」
「別件?」
バートは懐から煙草を取り出し、口にくわえる。
「そ、ちょっと聞きたいことあってさ。アンタのお師匠さんのこととか。
……あ、別にボスからの指示があったわけじゃねーよ。昔、ヒイラギさんを見たことがあってさ、……ファンだったんだ、へへ。ま、バレたらブン殴られるけどな」
煙草をくわえながら、バートは恥ずかしそうに唇を歪ませる。
「……むう。そう言う事情ならば、ちとがっかりさせてしまう話かも知れぬが。それでもいいか?」
「え、まさか死んだのか?」
晴奈は驚いた顔をするバートの額をぺち、と叩く。
「縁起でもない。そうではなく、結婚したのだ。今は子供もいる」
「へぇ、そーなのかぁ。はーぁ、お婿さんがうらやましいぜ」
バートは額をさすりながら、本当にうらやましそうな声を漏らした。
「んじゃ、今は幸せなんだな。……ならいいや、うん。元気って聞いてほっとしたぜ。
そんならコウ先生、帰ったら『あんたの大ファンからよろしくと託った』って言っといてくれよ」
「まあ、構わぬ。伝えておこう。他に聞きたいことはあるか、バートとやら」
「そうだなー、何かあったかなぁ?
……っと、大事な用件を忘れてた。アンタ、央南の抗黒戦争の時、敵に拉致されたことあったって聞いたが、本当なのか?」
「ああ。確かに天玄防衛の際、敵の手に落ちたことはあった」
「で、その後単身、敵さんのアジトを落としたって聞いたけど、それも本当か?」
「ああ。まあ、単身ではないが。もう一人、共に戦った者がいた」
「そっかー。ま、それでも十分伝説だよなぁ。やっぱアンタ、英雄だ」
「……まあ、それほどでも無い」
口では謙遜したが、ほめられて悪い気はしない。
それを見透かしたらしく、小鈴がニヤニヤしていた。
「晴奈、アンタ耳ピッコピコしてるわよ」
「……う」
「はは……、機嫌悪くされねーでよかったぜ。
それで、だ。アンタその後、敵さん――確か、シノハラ一派だったっけか――の行方について、何か知らないか?」
「篠原一派の行方? ……ふむ」
この質問を受け、晴奈は少しだけ、バートと言うこの男に警戒の念を抱いた。
この件については当時から、不可解な点が浮上していたからである。
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第二の黒服。
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始めに仕掛けたのは、カールと言う狼獣人だった。
開始早々、彼は楢崎との間合いを詰めていく。
「そらよッ!」
勢い良く飛び込んできたカールに対し、楢崎は刀を構えて防ごうとする。
いや――。
「あれでは、防ぐしかない」
「え?」
「あれだけ近付かれては、刀の間合いからは外れてしまう。
無理矢理叩いたとしても、当たるのは切れ味の悪い鍔元。有効打とは言えぬ」
「切れないんでしょ? 闘技場に出る時は安全上の理由ってヤツで、刃に革被せてあるし」
「刀はおしなべて鉄製であるから、その状態でも『打撃用の武器』と考えることはできる。
だとしても、振り回す棒の根本を当てたところで、大した打撃にはならぬのだ」
「なるほどねー」
晴奈の言う通り、腕半分の距離まで踏み込まれた楢崎は攻勢に転じることができず、じっとカールの打撃に耐えている。
「くッ!」
ようやく楢崎が刀の腹で相手を押し返し、間合いを取り戻す。だがすぐに、カールがまたその間合いを潰してしまう。
「これは……」「意外だったろ? まさか『瞬殺の女神』神話が、とっくの昔に崩れちまってるなんてな」
晴奈の背後から、唐突に声がかけられた。
振り向くとそこには、黒いスーツに黒い帽子、黒眼鏡まで揃えた、いかにも柄の悪そうな「狐」の男が座っていた。
「誰だ?」
「そりゃ昔は焔剣だとかの央南の剣術は、俺たちの文化に無かったからな。何だっけ、居合い抜きだとか、間合いの外し方だとか、そんなもん全然知らない俺たちは連戦練敗、うちのボスですら手玉に取られちまったんだからな。
でも今は違う。昔と違って、俺たちは研究した。そう言う戦い方もあるってことを。そして、それとどう対抗していくか、ってこともな」
黒服の男は偉そうに、晴奈たちに語ってくる。
「だから、お主は誰だと聞いて……」
「あ、こりゃ失礼。俺の名はバート。クラウン組の一味やってる、チンケな奴だよ」
「クラウン……!?」
あからさまに警戒する晴奈たちを見て、バートは慌てて手を振る。
「いやいや、そういきり立つなよ、コウ先生殿」
「私を知っているのか?」
「ああ、ある程度は。うちのボスが嫌ってるヒイラギさんのお弟子さんってのも知ってるし、最近こっちに来てたってのも、うちの情報網がキャッチしてる。まあ、大方この闘技場で腕試しをしよう、ってことだと踏んでるんだが」
「い、いや、そうでは……」
返答しかけた晴奈を、バートは掌を差し出してさえぎる。
「いいんだ、いいんだ。分かってるから。ま、そんなことはどうでもいい。俺がアンタとコンタクトを取ったのは、別件だ」
「別件?」
バートは懐から煙草を取り出し、口にくわえる。
「そ、ちょっと聞きたいことあってさ。アンタのお師匠さんのこととか。
……あ、別にボスからの指示があったわけじゃねーよ。昔、ヒイラギさんを見たことがあってさ、……ファンだったんだ、へへ。ま、バレたらブン殴られるけどな」
煙草をくわえながら、バートは恥ずかしそうに唇を歪ませる。
「……むう。そう言う事情ならば、ちとがっかりさせてしまう話かも知れぬが。それでもいいか?」
「え、まさか死んだのか?」
晴奈は驚いた顔をするバートの額をぺち、と叩く。
「縁起でもない。そうではなく、結婚したのだ。今は子供もいる」
「へぇ、そーなのかぁ。はーぁ、お婿さんがうらやましいぜ」
バートは額をさすりながら、本当にうらやましそうな声を漏らした。
「んじゃ、今は幸せなんだな。……ならいいや、うん。元気って聞いてほっとしたぜ。
そんならコウ先生、帰ったら『あんたの大ファンからよろしくと託った』って言っといてくれよ」
「まあ、構わぬ。伝えておこう。他に聞きたいことはあるか、バートとやら」
「そうだなー、何かあったかなぁ?
……っと、大事な用件を忘れてた。アンタ、央南の抗黒戦争の時、敵に拉致されたことあったって聞いたが、本当なのか?」
「ああ。確かに天玄防衛の際、敵の手に落ちたことはあった」
「で、その後単身、敵さんのアジトを落としたって聞いたけど、それも本当か?」
「ああ。まあ、単身ではないが。もう一人、共に戦った者がいた」
「そっかー。ま、それでも十分伝説だよなぁ。やっぱアンタ、英雄だ」
「……まあ、それほどでも無い」
口では謙遜したが、ほめられて悪い気はしない。
それを見透かしたらしく、小鈴がニヤニヤしていた。
「晴奈、アンタ耳ピッコピコしてるわよ」
「……う」
「はは……、機嫌悪くされねーでよかったぜ。
それで、だ。アンタその後、敵さん――確か、シノハラ一派だったっけか――の行方について、何か知らないか?」
「篠原一派の行方? ……ふむ」
この質問を受け、晴奈は少しだけ、バートと言うこの男に警戒の念を抱いた。
この件については当時から、不可解な点が浮上していたからである。



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