「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第3部
琥珀暁・南都伝 4
神様たちの話、第121話。
「常識」を語る。
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4.
初日に多少変わったことがあった以外、特筆すべきことも起こらず、ハンたちは半月ほどかけてウォールロック山脈を越えた。
「なんか暑いねー」
ふもとに近付くにつれ、マリアが旅装を次々解き、軽装になっていく。
「山の南は温暖な気候だそうですからね。……あのー」
その旅装を預かっていたビートが、ぼそぼそとした口ぶりでマリアを諭している。
「暑いのは十分良く分かるんです。分かるんですけど、あの、あんまり、何と言うか、脱いじゃうのは、ちょっと……」
「だって暑いじゃん。ビートも脱ぎなよ。顔真っ赤じゃん」
「いや、これは、……いや、あのですね」
一方、シェロも既にコートも上着も脱ぎ、上半身は肌着だけになっている。
「あっちーわ……」
「シェロさんもみんなも、北の人やもんね」
一方、ロイドたち兄妹はコートこそ脱いではいるものの、マリアたちのように薄着になってはおらず、しっかり着込んでいる。
「ウチらは逆に、『北の方寒いー』て思てたけど」
「そう言うもんなのかな。って言うか、尉官も脱いだらどうっスか? んなガッチガチに着込まなくても。
あれ? でも汗かいてないんスね」
「訓練の賜物だ」
一言、そう返したところでハンは立ち止まり、皆の方を向く。
「さて、ようやく南側に着いたが、気を付けて欲しいことがいくつかある。
まず――ロイドたちの話し方からして、ある程度分かっているとは思うが――言葉が若干違う。多少通じないこともあるかも知れないが、あのノースポートの奴らほど、わけが分からんと言うことは無い。ゆっくり話せば大体分かってもらえるはずだ。
それから、……まあ、これも今までのことから、把握してるだろうと思う。こちらではエリザさん人気が強いが、その一方、陛下についてはさほど評判には上がっていないし、残念ながら俺たちほど崇敬してもいない。俺たちの中にそんなことをする奴はいないと信じているが、くれぐれも陛下の御威光を笠に着るような行動や発言は控えるようにしてくれ。
あとは……」「なーなー」
ハンの話をさえぎり、リンダが手を挙げる。
「そんなん一々言わんでも、みんな分かっとると思うで」
「その上で、念を押してるんだ。
残念ながら人間って奴は、自分の常識が世界の常識だと思い込むところがある。それを把握せず異邦に飛び込むと、思わぬトラブルに見舞われることがある。
『相手には相手の考えがある』と言うことは、絶対に忘れないでおいて欲しい。俺が言いたいのは、そう言うことだ」
「うっす」
「了解です」
「はいはーい」
部下たちが素直に敬礼する一方、リンダはニヤニヤしている。
「母やんに怒られたコト、まんま言うてる」
「……つまりこれは、俺の経験談でもあると言うことだ。皆も気を付けてくれ」
ハンはそこで背を向けたが、部下が揃って笑いをこらえていることには、気配で気付いていた。
山を降りて間も無く、一行は部分的ながらも、石畳で舗装された道に出た。
「すぐ着きそうですね」
その道路に視線を落としながらつぶやくビートに、リンダが「んーん」と答える。
「あと3日くらいかかるで」
「え? でも舗装路があるってことは……」
「あるけど、それが何なん?」
「え? いや、あるってことは、街があるってことに……」
やり取りを聞いていたハンが、トントンとビートの肩を叩く。
「さっき言ったばっかりだろ。自分の常識は決して、世界の常識じゃないんだ。
俺たちのところじゃこんな舗装路は、クロスセントラルくらい大きな街の中とその周りにしか無いが、こっちじゃ大きな街同士を結ぶ街道にも、石畳がしっかり敷いてあるんだ。
ここから東へ行けばエリザさんのいる街だが、西にも同じくらい大きな街がある。その両方を行き来する人間が多いから、こうして馬車や荷車が通りやすいように整備されてるんだ。
残念ながら北と南を比較すると、北はまだ、整備に関しては遅れてる方だと言っていい」
「そう……なんですか」
説明を聞いたビートには、明らかに衝撃を受けている様子が見て取れる。
(クロスセントラルが大きな街だからな、自分たちの住む地域が一番栄えてる、発展してると信じ切ってたんだろう。
それもまた、『常識』の違いって奴だな)
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「常識」を語る。
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初日に多少変わったことがあった以外、特筆すべきことも起こらず、ハンたちは半月ほどかけてウォールロック山脈を越えた。
「なんか暑いねー」
ふもとに近付くにつれ、マリアが旅装を次々解き、軽装になっていく。
「山の南は温暖な気候だそうですからね。……あのー」
その旅装を預かっていたビートが、ぼそぼそとした口ぶりでマリアを諭している。
「暑いのは十分良く分かるんです。分かるんですけど、あの、あんまり、何と言うか、脱いじゃうのは、ちょっと……」
「だって暑いじゃん。ビートも脱ぎなよ。顔真っ赤じゃん」
「いや、これは、……いや、あのですね」
一方、シェロも既にコートも上着も脱ぎ、上半身は肌着だけになっている。
「あっちーわ……」
「シェロさんもみんなも、北の人やもんね」
一方、ロイドたち兄妹はコートこそ脱いではいるものの、マリアたちのように薄着になってはおらず、しっかり着込んでいる。
「ウチらは逆に、『北の方寒いー』て思てたけど」
「そう言うもんなのかな。って言うか、尉官も脱いだらどうっスか? んなガッチガチに着込まなくても。
あれ? でも汗かいてないんスね」
「訓練の賜物だ」
一言、そう返したところでハンは立ち止まり、皆の方を向く。
「さて、ようやく南側に着いたが、気を付けて欲しいことがいくつかある。
まず――ロイドたちの話し方からして、ある程度分かっているとは思うが――言葉が若干違う。多少通じないこともあるかも知れないが、あのノースポートの奴らほど、わけが分からんと言うことは無い。ゆっくり話せば大体分かってもらえるはずだ。
それから、……まあ、これも今までのことから、把握してるだろうと思う。こちらではエリザさん人気が強いが、その一方、陛下についてはさほど評判には上がっていないし、残念ながら俺たちほど崇敬してもいない。俺たちの中にそんなことをする奴はいないと信じているが、くれぐれも陛下の御威光を笠に着るような行動や発言は控えるようにしてくれ。
あとは……」「なーなー」
ハンの話をさえぎり、リンダが手を挙げる。
「そんなん一々言わんでも、みんな分かっとると思うで」
「その上で、念を押してるんだ。
残念ながら人間って奴は、自分の常識が世界の常識だと思い込むところがある。それを把握せず異邦に飛び込むと、思わぬトラブルに見舞われることがある。
『相手には相手の考えがある』と言うことは、絶対に忘れないでおいて欲しい。俺が言いたいのは、そう言うことだ」
「うっす」
「了解です」
「はいはーい」
部下たちが素直に敬礼する一方、リンダはニヤニヤしている。
「母やんに怒られたコト、まんま言うてる」
「……つまりこれは、俺の経験談でもあると言うことだ。皆も気を付けてくれ」
ハンはそこで背を向けたが、部下が揃って笑いをこらえていることには、気配で気付いていた。
山を降りて間も無く、一行は部分的ながらも、石畳で舗装された道に出た。
「すぐ着きそうですね」
その道路に視線を落としながらつぶやくビートに、リンダが「んーん」と答える。
「あと3日くらいかかるで」
「え? でも舗装路があるってことは……」
「あるけど、それが何なん?」
「え? いや、あるってことは、街があるってことに……」
やり取りを聞いていたハンが、トントンとビートの肩を叩く。
「さっき言ったばっかりだろ。自分の常識は決して、世界の常識じゃないんだ。
俺たちのところじゃこんな舗装路は、クロスセントラルくらい大きな街の中とその周りにしか無いが、こっちじゃ大きな街同士を結ぶ街道にも、石畳がしっかり敷いてあるんだ。
ここから東へ行けばエリザさんのいる街だが、西にも同じくらい大きな街がある。その両方を行き来する人間が多いから、こうして馬車や荷車が通りやすいように整備されてるんだ。
残念ながら北と南を比較すると、北はまだ、整備に関しては遅れてる方だと言っていい」
「そう……なんですか」
説明を聞いたビートには、明らかに衝撃を受けている様子が見て取れる。
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