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    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第5部

    蒼天剣・悲願録 3

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    晴奈の話、第220話。
    迷宮入りした事件。

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    3.
    「……そう、あの人は討ち取られたのね。まあ、予想しないではなかったけれど」
     517年、天玄の地下刑務所。
     晴奈が陥落させた篠原一派の副頭領、竹田朔美は、軍司令のエルスから直接取調べを受けていた。
    「ええ、ご愁傷様です。……それで一つ、伺いたいことがあるんですが」
    「何かしら?」
     エルスに痛めつけられ、体中に包帯を巻いた朔美は不機嫌そうに応えた。
    「あなた方のアジトと言いますか、基地は他に、どこにありますか?」
    「え?」
     朔美の顔が、きょとんとしたものになる。この反応を意外に思い、エルスは尋ね直す。
    「ですから、基地です。他に隠れ家、あるんでしょう?」
    「いいえ、無いわよ。天神山のところにしか」
    「そんなはずは……」
    「ウソついてどうするって言うの? もうあなたたちに一網打尽にされたんだから、隠しても意味が無いじゃない」
     エルスはあごに手を当て思案しつつ、もう一度確認した。
    「では、アジトはあそこ一件、と」
    「そうよ、しつこいわね」
     嘘をついているように感じられず、エルスは事情を明かすことにした。
    「その、……実は、ですねー。我々はあなた方を全員、逮捕・拘束したわけでは無いんです。死体以外は」
    「え?」
     朔美はもう一度、きょとんとした顔をする。
    「我々が踏み込んだ時には既に、あなた方の一味と思われる者を発見できなかったんです。ちなみに教団員たちもいませんでした。
     残っていたのは、我々の軍の者しか」
    「全滅したって言うの?」
    「いえ、それにしては数が合わない。あなたの証言と隠れ家にあった名簿を照らし合わせ、確認したんですが、30名近い者の死亡がまだ確認できず、行方不明になっています」
    「何ですって?」
     朔美の顔色が、さっと青くなる。
    「残る可能性としては、どこかへ逃亡したものと。それでサクミさん、あなたに先程の質問をしたわけです」
    「わたしは間違いなく、篠原一派のすべてを把握しているわ。他に隠れ家なんて、絶対に無い。
     龍さん……、篠原はわたしに隠し事をするような男では無いし、そもそも敵がたった一人や二人、本拠地を徘徊してるだけで逃げ去るほど、わたしたちは腑抜けでも無いわ」
    「ですよね。……ともかく、そんなわけで現在捜索中ですが、行方は一向に分からないままです」
     篠原一派の行方に関するエルスの尋問は、ここで終わった。



     晴奈が篠原一派の顛末について知っているのは、エルスから伝え聞いた、この話くらいである。
    「そうか……。アンタんとこでも、行方はさっぱりなんだな」
    「ああ、そうだ。恐らくまだ、消息はつかめていまい」
     先程のお調子者ぶりを発揮していた時とは別人のように、バートの目は賢しげな光を放っている。
     それを見抜いたらしく、小鈴が探りを入れてきた。
    「んでさ、バート」
    「ん? ああ、何だ?」
    「『アンタんとこでも』って何?」
     尋ねられた途端、バートは「しまった」と言う顔をする。
    「……えっ? 何それ? 俺、んなこと言ったかなー? あっれー?」
    「言ったわよ、間違い無く。
     でも変よね、クラウンみたいなのがこんな話、気にするワケがないし。アンタ、ホントは何者なの?」
     小鈴の詰問に、バートは「う……」とうなり、顔をしかめる。
     と、急に明るい声を出し、話題を無理矢理変えた。
    「おっ!? あれ、まずいんじゃね?」
    「え?」
     バートは半ば慌てた様子で、リングを指差す。
    「ほれほれ、あのおサムライさん、結構ヤバいんじゃないの?」
     バートの指差す方を振り向いた途端、晴奈は短くうなった。
    「……む」
     既に2、3発拳を食らったらしく、楢崎の顔は若干腫れ上がっている。だがそれでも懸命に距離を取ろうと、刀を構え直している。
    「こりゃ、勝負は付いたかな。あのおっさん、こう言っちゃ悪いけど逃げ腰なんだもん」
    「うーむ……」
     バートの言う通り、確かに楢崎は間合いを重視するがゆえに、相手から離れようとするばかりである。その姿勢は確かに、逃げているとも見える。
    「……だが」
     晴奈は反論する。
    「間合いの概念は、こちらに一日の長がある。刀の間合いが取れずとも」
     晴奈の反論の間に、楢崎は不意に刀を下段に構えた。
    「体術の間合いも、我々は知っているのだ」
     刀が下ろされたことを勝機と見たカールは、もう一度飛び込んでくる。
    「……はッ!」
     同時に楢崎も、刀を下ろしたままカールに肩を向けて飛び込む。
     両者がぶつかった瞬間、パキ、と乾いた音と、カールのうめき声が聞こえてきた。
    「ぐ、へ……」
     楢崎の肩がカールの胸に食い込み、その肋骨を折ったのだ。
    「っは、おいおい……、タックルかよ、お侍さんが!」
     バートは眼鏡を外し、食い入るように見つめている。
     その様子とリングとを交互に見て、晴奈はニヤリと笑いつつ、こう締めた。
    「あれだけ近付けば、今度は拳の間合いが外れる。勝負あったな」
     楢崎が離れた途端、カールは胸を押さえてうずくまり、降参を宣言した。

     試合が終わってすぐに楢崎がリングを離れたのを見て、晴奈は席を立った。
    「おい、どこ行くんだ?」
    「楢崎殿のところだ」
     バートに素っ気無く答え、晴奈は急いで参加者控え室に足を運んだ。
    「失礼! 楢崎殿はいらっしゃいますか!?」
    「誰だ?」
     控え室の奥で、頬に氷を当てていた男が声をかけた。
    「私が楢崎だが」
    「おお……!」
     晴奈は深々と頭を下げ、名乗る。
    「私は焔流免許皆伝、黄晴奈と申します! 柊雪乃師範の下で修行いたしました! 楢崎殿のお話は、師匠よりかねがね伺っておりました!」
     晴奈の口上に、楢崎の窪んだ目が見開かれた。
    「何!? 雪乃くんの、お弟子さんだって……?」
     楢崎は氷を傍らに置き、晴奈につかつかと駆け寄ってしゃがみ込み、彼女の肩に手を置く。
    「顔を上げてくれ、黄くん。僕はそんなに偉い人間じゃない」
    「は……」
     そろそろと顔を上げた晴奈の目に、恥ずかしそうに笑う楢崎の姿が映った。

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    2016.05.19 修正
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