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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第5部

    蒼天剣・悲願録 4

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    晴奈の話、第221話。
    楢崎の悲願と黒服たちの思惑。

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    4.
    「それにしても何年ぶりだろうか、雪乃くんの名前を聞くのは……」
     長年行方をくらましていたその剣豪は、晴奈が思っていたよりもずっと柔和で、落ち着いた男だった。
     晴奈は小鈴と合流した後、ひとまず楢崎を赤虎亭に連れて行き、事情を聞くことにした。
    「楢崎殿。何故、あのような場所に?」
    「黄くんも含め、恐らくここにいる皆は、僕が腕試しのために来ているのだと思っているだろうね」
     楢崎の問いに、何故か晴奈たちについてきていたバートがうなずく。
    「違うのか?」
    「ああ。黄くん、青江を訪ね、僕が旅に出た事情を聞いたと言っていたね?」
    「ええ、息子さんがどこぞの組織に売られ、その行方を追っていると」
     楢崎は深くうなずき、手を顔の前に組んで話を続けた。
    「その延長線上の話なんだ。
     僕は長年中央大陸を歩き回り、昨年になってようやく、その人身売買組織がゴールドコーストに、頻繁に出入りしていることを突き止めたんだ。
     聞くところによれば、奴らは闘技場付近で観客や出場選手をさらい、売り飛ばしていると言う」
     楢崎の言葉に、バートの顔が青ざめる。
    「そりゃ、また……、えげつない話だな」
    「ああ、非人道的にもほどがある。だから、見張っているんだ。
     しかし、あまり不用意にうろついていると怪しまれる。そこで闘技場の参加者を装って、不審な人物がいないかと探していたのだが……」
    「アンタがあんまり強すぎて、ニコルリーグまでホイホイ行っちゃったわけだな」
     バートの推察に、楢崎は組んでいた手をほどき、皆から顔をそらし、恥ずかしそうに「……そうなんだ」とつぶやいた。
    「楢崎殿は昔から『剛剣』と呼ばれ、不世出の腕前を持っていたと聞いています。先ほどの戦いも、感服いたしました」
     ほめちぎる晴奈に、楢崎はまた恥ずかしそうに笑う。
    「いやいや、僕なんて大したことは無いよ」
     そして一転、疲れ切った顔をして、ぽつりと言った。
    「……己の息子一人守れず、何が『剛剣』なんだ」
     その言葉に、晴奈はひどく衝撃を受けた。
    (家元と、同じことを……)
     かつて晴奈に奥義「炎剣舞」を教えた焔流家元・焔重蔵もまた、「己の弟子を守れずして、何が師匠か」と嘆いていた。
     それを思い出した晴奈の心に、熱いものがあふれる。
    「な、楢崎殿!」
    「うん?」
    「わ、私、微力ながら、手助けさせていただきます!」
     楢崎の目が、また見開かれる。
    「いや、黄くん、そんな……。これは僕の責務だし、手を煩わせることは無いよ」
    「いえ! 是非、手伝わせてください!
     この黄晴奈、楢崎殿の心意気に感服いたしました! 是非、その姿勢を見習わせていただきたいのです!」
    「そ、そうか。それじゃ、うん……、手伝えることがあれば、その、手伝ってもらおう、かな、うん」
     困惑気味だったが、楢崎はどこか嬉しそうに了承してくれた。長い間助ける者のいなかった闘技場の生活、いや、この旅路に、楢崎は少なからず寂しさを覚えていたのだろう。
     実際、晴奈の申し出がよほど嬉しかったらしく、その後の楢崎はずっと楽しそうに振舞っていた。

    「はー……」
     散々飲み食いし、晴奈一行はテーブルに並んで突っ伏していた。
     既に店は閉まり、朱海とフォルナが並んで皿を洗っている。
    「晴奈、起きたかい!? さっさと皿、運んできてくれよ!」
    「ん、あ、……はい! ただいま参ります」
     晴奈はばっと顔を上げ、テーブルに散乱した皿やコップをかき集め、下げようとした。
    「……瞬也」
    「ん?」
     そこで、楢崎のつぶやきが聞こえてきた。
    「楢崎殿?」
    「……瞬也、僕は……」
    (寝言か。瞬也、とは楢崎殿の息子のことだろうか)
     突っ伏したままの楢崎の、ほんの少し薄くなった後頭部を見て、晴奈は切なくなった。
    (この人は、長い間探しているのだ。見つかる当てのないものを、ずっと)
     情報と言えば「人さらい組織がさらっていった」と言うことだけである。晴奈の「バニッシャー」探しよりも、はるかに先の見えない話なのだ。
    (もしその組織を見つけても、それが息子殿をさらった組織と同一だとは限らぬ。もしそうなれば、闘技場での監視だの活躍だのは、すべて水泡に帰すことになる。
     恐らく楢崎殿も、それは重々承知していることだろう。しかし……)
    「待っていてくれ……瞬也」
     不意に、晴奈の目から涙がこぼれる。
    (……それでも、やらなければならぬ。
     他に当ては無いのだ。確証が無くてもこれだ、と思ったものを追っていかなければ、それより他に、方策などないのだからな。
     どれほど心許無い、辛い旅であろうか)
    「晴奈ぁー、まだかー!?」
     朱海の声が、晴奈の憐憫をさえぎる。晴奈は皿を置き、涙を急いで拭う。
    「はっ、はい、今すぐ!」
     慌てて皿をまとめ直し、朱海のところへ持っていった。
    (もっと精進しなければ。
     この世には私が負っているより辛い不遇が、いくらでもあるのだ。私は『荷』が軽い分、もっと上を目指さなければな)



     どさくさに紛れ、晴奈たちとともに飲み食いしていたバートは、夕闇が深くなった頃になって朱海の店を離れ、裏通りへと向かっていた。
     その手前で、バートと同じく黒い服と黒い帽子に身を包んだ「猫」の青年と出くわした。
    「おっ、フェリオ。丁度良かったよ、そろそろ会おうと思ってたんだ」
     バートは周りを気にしつつ、その猫獣人、フェリオに耳打ちする。
    「どうもっス。そろそろ声かかるころかなーと思ってたんで、ココで待ってました」
     フェリオは嬉しそうな顔をして、バートに近寄ってきた。
     その人懐っこそうな顔を見て、バートは噴き出す。
    「ぷっ……、相変わらず勘がいいな、お前。
     そうそう、話は変わるが――ナラサキに会った」
    「ナラサキって、最近闘技場でブイブイ言わしてるおサムライさんっすか?」
    「そうだ。あいつ『あの組織』に勘付いてるぜ、どうやら」
     男にしては大きく、可愛らしいフェリオの眼がしゅっと細くなり、警戒心を漂わせる。
    「マジっスか」
    「ああ。しかし、クラウンが加担していることまでは気付いてないらしい。
     だもんで、……あの計画に、彼も誘おうかと思ってるんだ」
    「大丈夫っスか、ソレ? そりゃ、強そうな感じはしますけど」
     バートは黒眼鏡を外し、確信に満ちた目で応える。
    「ああ。彼なら俺たちの計画に、大きなプラスになる。それに……」
    「それに?」
    「コウにも会った。ほら、央南で起こった戦争で活躍した猫女の、セイナ・コウだ。彼女もまた、闘技場に参加している。ようやく今日、コンタクトが取れたんだ」
    「こ、コウ先生っすか! いいなー」
     うらやましそうに声と尻尾を伸ばすフェリオを見て、バートは短く笑う。
    「ハハ、何だお前、コウのファンなのか?」
    「そりゃもう、大ファンっス。
     女剣士ってだけで、もう萌えるじゃないっスかー。それに強くてかっこよくてスレンダーで、オマケにキレイですし、オレと同じ『猫』っスから、そりゃファンにもなっちまいますよー。
     今度じっくり話させてくださいよー、バートさん。話題に出したってコトは、先生もあの計画に参加させるつもりなんでしょ?」
    「……ああ。ナラサキにコウ、彼らの力があれば、この先随分、事はうまく運ぶだろうからな。この件、上に伝えておいてくれ。
     それからエランに、『テンゲンでの事件については、向こうの捜査当局も真相を知らない』と」
    「了解っス」
     フェリオはコクコクとうなずき、その場から走り去った。
     残ったバートは裏通りを眺め、今来た道を見返しながら、ぼんやりと自分の身を考えていた。
    (もうすぐだ……。ようやく俺も、表と裏を行き来する、この境界から離れられる。
     事はうまく、運んでいるんだ)
     バートは黒眼鏡をかけ直し、裏通りの奥にあるクラウンのアジトへと足を向けた。

    蒼天剣・悲願録 終

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    2016.05.19 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    それこそ魔界へでも連れ去られた、なんてことでも無い限り、探しに行くでしょうね。
    ちなみに瞬也くんの行方は、後々明らかになります。

    もう5部ですからね……。
    雪乃も過去の人になりつつあります。
    また登場しますけどね。

    NoTitle 

    確かに自分の子供がいなくなるというのは大変なことですね。
    ・・・・って、自分の小説もいま真っ最中でそれを連載しているんですね。この展開だと子どもさんを探す展開になりそうですね。
    この頃になるとユキノは回想で出てくるキャラクターですね。
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