「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・黒幻録 1
晴奈の話、第226話。
保釈金は、記憶。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
波の音がする。
体は冷たく、そして痛む。
手足の感覚が無い。動かそうとしても、動いた気配を感じない。
目を開けてみる。手も足も、ちゃんとある。だが、動かないのだ。
(なにが……どうなって……)
起き上がろうとするが、手足が動かなければできない動作である。動くようになるまで、彼はただじっと、その場に倒れていた。
首を動かすのも辛いため、視界はわずかしかなく、そして暗い。だが沖からの灯りで、大体の情報は伝わってくる。
ここはどこかの波止場らしい。彼は波打ち際で倒れているのだ。
(うみ……おれは……ながされたのか……)
彼はまた気を失った。
夢の中で、誰かの声が響く。
(……分かっているな。これはお前が払うべき『代償』だ。
お前がこれまでしてきた行いは、お前の父やその家族、それが率いる組織にとって非常に迷惑であり、損害を被るものだ。己の立場をわきまえず、己の欲望のままに行動して来たのだ。今までそうやって来て、何の『代償』も払わずに済むと思っていたのか?
甘いぜ、お前は。そんな自分本位の甘えが通用するのは、子供までだ。お前はもう酒を飲み、遊びを知った大人だろう?
ならばもう、この法則、この摂理に殉じて生きるべきだ。契約は公平にして、対等の理――即ち、等価交換。お前が自分勝手に過ごした分だけその報い、罰を受けてもらおう。
流れ着いたこの街で、己を忘れて生きるがいい……)
夢の中の景色はただの、真っ黒なうねりでしかなかった。
次に彼が目を覚ましたのは、どこかの小屋だった。目を開けると、小さな子供と目が合った。
「あ! 狼さん、目を覚ましたよ」
「ホント? ホント?」
「生きてたの?」
「良かったぁ」
何人もの子供の声がする。彼は体を起こし、辺りを見た。周りには子供が5人座っている。少し離れたところから様子を見ていた長耳の尼僧が、そっとカップを差し出した。
「あの、狼さん。お水、どうぞ」
「あ、ああ。ありがとよ」
彼はそれを受け取り、中の水を一気に飲み干した。
「……ぷはっ。はー……、うめぇ」
「あの、狼さん、お体、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、ちょっとギシギシ言ってるけど、大丈夫だよ。
それよりも、狼さんはやめてくれよ。オレにはウ……」
彼は名前を名乗ろうとして、愕然とした。
「う?」
「ウ……、ウ……、何だっけ?」
「え?」
「ちょっと待ってくれ、名前……、オレの名前……、名前は……」
尼僧はきょとんとした顔で、彼を見上げた。
「狼さん、名前が無いのですか?」
「……ダメだ。思い出せない。いや、それどころじゃねえ。
何にも、思い出せねえ。オレはどこの誰で、何をしてたのか? どこに住んでて、何の仕事に就いてたのか? さっぱり思い出せねえんだ……」
彼は頭を抱え、懸命に記憶を掘り起こそうとする。だが、いくら探っても、出てくるのはほとんど真っ黒に塗りつぶされた断片しかない。
「猫……、猫獣人がいて、……オレは川に流されて、……山の上にいて、……怒鳴ってて、……猫獣人の女が、……焦げ臭い匂い、……檻に叩きつけられて、……叫んで、……猫女、……雨の中必死に動いてて、……あ、歯」
彼は自分の前歯を探ってみる。尼僧もつられて、彼の口を覗き見る。
「歯? ……あ、一本差し歯になっていますね」
「ああ、確かこれは、……ダメだ、まったく思い出せねえ。くそ……」
悩む彼を見て、尼僧が心配そうに見つめてくる。
「あの、じゃあ、えっと。とりあえずお名前、ロウさんでいいですか?」
「ロウ?」
尼僧は胸に下げていた十字形のネックレスをつかみ、説明する。
「あの、天帝教に出てくる、戦いを司る狼の神様の名前です」
「天帝教……」
何故か彼は、その宗教の名を聞いて嫌悪感を覚えた。
「……何か、やだな。オレ、天帝教が嫌いなのかも」
「あ、あ、では……」
戸惑う尼僧を見て、彼は手を振った。
「ああ、いいやロウで。他に思いつかねーし」
彼はこうして、一つ目の名を得た。
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保釈金は、記憶。
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波の音がする。
体は冷たく、そして痛む。
手足の感覚が無い。動かそうとしても、動いた気配を感じない。
目を開けてみる。手も足も、ちゃんとある。だが、動かないのだ。
(なにが……どうなって……)
起き上がろうとするが、手足が動かなければできない動作である。動くようになるまで、彼はただじっと、その場に倒れていた。
首を動かすのも辛いため、視界はわずかしかなく、そして暗い。だが沖からの灯りで、大体の情報は伝わってくる。
ここはどこかの波止場らしい。彼は波打ち際で倒れているのだ。
(うみ……おれは……ながされたのか……)
彼はまた気を失った。
夢の中で、誰かの声が響く。
(……分かっているな。これはお前が払うべき『代償』だ。
お前がこれまでしてきた行いは、お前の父やその家族、それが率いる組織にとって非常に迷惑であり、損害を被るものだ。己の立場をわきまえず、己の欲望のままに行動して来たのだ。今までそうやって来て、何の『代償』も払わずに済むと思っていたのか?
甘いぜ、お前は。そんな自分本位の甘えが通用するのは、子供までだ。お前はもう酒を飲み、遊びを知った大人だろう?
ならばもう、この法則、この摂理に殉じて生きるべきだ。契約は公平にして、対等の理――即ち、等価交換。お前が自分勝手に過ごした分だけその報い、罰を受けてもらおう。
流れ着いたこの街で、己を忘れて生きるがいい……)
夢の中の景色はただの、真っ黒なうねりでしかなかった。
次に彼が目を覚ましたのは、どこかの小屋だった。目を開けると、小さな子供と目が合った。
「あ! 狼さん、目を覚ましたよ」
「ホント? ホント?」
「生きてたの?」
「良かったぁ」
何人もの子供の声がする。彼は体を起こし、辺りを見た。周りには子供が5人座っている。少し離れたところから様子を見ていた長耳の尼僧が、そっとカップを差し出した。
「あの、狼さん。お水、どうぞ」
「あ、ああ。ありがとよ」
彼はそれを受け取り、中の水を一気に飲み干した。
「……ぷはっ。はー……、うめぇ」
「あの、狼さん、お体、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、ちょっとギシギシ言ってるけど、大丈夫だよ。
それよりも、狼さんはやめてくれよ。オレにはウ……」
彼は名前を名乗ろうとして、愕然とした。
「う?」
「ウ……、ウ……、何だっけ?」
「え?」
「ちょっと待ってくれ、名前……、オレの名前……、名前は……」
尼僧はきょとんとした顔で、彼を見上げた。
「狼さん、名前が無いのですか?」
「……ダメだ。思い出せない。いや、それどころじゃねえ。
何にも、思い出せねえ。オレはどこの誰で、何をしてたのか? どこに住んでて、何の仕事に就いてたのか? さっぱり思い出せねえんだ……」
彼は頭を抱え、懸命に記憶を掘り起こそうとする。だが、いくら探っても、出てくるのはほとんど真っ黒に塗りつぶされた断片しかない。
「猫……、猫獣人がいて、……オレは川に流されて、……山の上にいて、……怒鳴ってて、……猫獣人の女が、……焦げ臭い匂い、……檻に叩きつけられて、……叫んで、……猫女、……雨の中必死に動いてて、……あ、歯」
彼は自分の前歯を探ってみる。尼僧もつられて、彼の口を覗き見る。
「歯? ……あ、一本差し歯になっていますね」
「ああ、確かこれは、……ダメだ、まったく思い出せねえ。くそ……」
悩む彼を見て、尼僧が心配そうに見つめてくる。
「あの、じゃあ、えっと。とりあえずお名前、ロウさんでいいですか?」
「ロウ?」
尼僧は胸に下げていた十字形のネックレスをつかみ、説明する。
「あの、天帝教に出てくる、戦いを司る狼の神様の名前です」
「天帝教……」
何故か彼は、その宗教の名を聞いて嫌悪感を覚えた。
「……何か、やだな。オレ、天帝教が嫌いなのかも」
「あ、あ、では……」
戸惑う尼僧を見て、彼は手を振った。
「ああ、いいやロウで。他に思いつかねーし」
彼はこうして、一つ目の名を得た。
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ききおくそおおおおおおおおおおしつ!!!
・・・ウィルマーくんも大変ですね。
まあいろいろと大変なんでしょうけど。こんなところでひょっこり出てくるのも妙ですよね。
・・・ウィルマーくんも大変ですね。
まあいろいろと大変なんでしょうけど。こんなところでひょっこり出てくるのも妙ですよね。
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NoTitle
答えの半分はこの話で、残り半分はもうちょっと後で、それとなく明らかになります。