「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・黒幻録 2
晴奈の話、第227話。
守護者。
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2.
ロウは自分を助けてくれたシルビアと言う尼僧に、今いる場所のことを尋ねた。
まず、今いる街は央中の大都市、ゴールドコーストであること。それから、この小屋――大分痛んでおり、ロウは最初、部屋とすら思っていなかった――のこと。ここは央北天帝教教会の寝室であるらしい。
シルビアは敬虔な天帝教徒で、3年ほど前、彼女の師であった宣教師とともに、このゴールドコーストにやって来たらしい。
初めの頃は宣教師も精力的に布教活動を行い、本拠地にしていた教会も寄進で潤っていた。ところが2年を過ぎた辺りから、宣教師の様子が一変した。どうやら裏通りの博打に溺れ、それまでの真面目な生活に戻れなくなったらしい。やがて、姿を消したそうだ。
それから彼女は、一人で教会を切り盛りしなくてはならなくなった。街中を回って布教活動を行い、教会で分厚い聖書を読み上げ、寄進も一人で求めに行った。だが、まだ18歳のシルビアだけではやはり限界があった。
当然教会は寂れ、彼女は困窮した。そして、寂れた教会には色々と「もの」が寄ってきた。ガラクタやゴミは言うに及ばず、素性の知れない怪しい者たち、悪いうわさ、さらには――様々な事情で親とはぐれた、もしくは失った子供たち。
「それが、こいつらか」
「そうなんです」
シルビアはコクリとうなずき、ロウの側を離れた。
「ほら、トレノくん。ロウさんにお食事、持ってきてあげて」
「はーい、シスター」
猫獣人の男の子が、部屋から出て行く。
「ふーん……。なあ、シルビア。何でここに、ずっといるんだ?」
「え?」
シルビアが意外そうな顔で振り返る。
「だってさ、師匠はどっか行っちまったんだろ? 教会も潰れたし。国に帰って『ダメでした』って言った方がいいんじゃないのか?」
シルビアはうつむき、静かにその理由を答える。
「……元々、この街には央中天帝教が根付いてましたし、そもそも宗教より経営、経済が優先される土地柄です。ですから央北天帝教の評議会も、布教の効果が出るとは思っていません。
わたしが戻ったらきっと、評議会はゴールドコーストへの布教を諦めるでしょう。私は二度と、この街に尼僧として戻ることは無いと思います」
そこで言葉を切り、シルビアは子供たちを見る。
「そうなれば、誰がこの子たちを守ると言うのです?」
「……そっか。言われりゃ、その通りだよな。変なこと言って悪かった」
「いえ……」
そこで先ほどの男の子が、パンを持って戻ってきた。
「シスター。ご飯、持って来たよ」
「ありがとう、トレノくん。……ロウさん、少ないですがどうぞ」
「ありがとよ、シルビア」
他に行く当てのないロウは、しばらくこの教会で過ごすことにした。
その夜、眠っていたロウは誰かに揺り起こされた。
「ロウさん……、ロウさん……」
「むにゃ……? ん、どうした?」
ロウを起こしたのは猫獣人の女の子、レヴィだった。レヴィは今にも泣きそうな目で、ロウの腕を引っ張っている。
「あのね、シスターが、変な人たちにからまれてるの」
「何だって?」
寝ぼけ眼だったロウは飛び起きた。途端に、強烈な痛みが体中に走る。
「……! い、ってて……」
「だ、だいじょうぶ?」
「あー、……おう、大丈夫だ」
口では強がるが、全身が非常に痛む。それでもレヴィを不安がらせないよう、平気なふりをする。
「で、シルビアはどこにいるんだ?」
「こっち。ついてきて、ロウさん」
ロウはレヴィに手を引かれ、シルビアの元に向かった。
「やめてください!」
シルビアは酔っ払い3人に囲まれ、悲痛な声を上げていた。
「いーりゃ、れーかよー」
「へるもんりゃらし、ちょっと、ね、ちょっと」
「いーじゃん、いーじゃん」
酔っ払いたちはシルビアに言い寄っている。そのうちの一人が、シルビアの胸や尻に手を回してきた。
「……! 嫌っ、やめて!」
その反応に、酔っ払いたちはますます付け上がる。
「うへへへ……、いやー、らめぇー、らってさ」
「うひょー、たまんね」
「やっちゃう? やっちゃおっか?」
酔っ払い3人は下卑た笑いを上げ、シルビアを押さえつけようとした。ここでロウがシルビアの腕を引っ張り、酔っ払いたちから引きはがす。
「やめろや! 嫌がってるじゃねえか、ボケ!」
当然、酔っ払いたちは激怒する。
「なんらー、このにーちゃん?」
「やっべ、うっぜ」
「うるせえ、あっちいけ!」
酔っ払いたちはロウを突き飛ばそうとした。だが、その瞬間――逆に酔っ払いの一人が吹っ飛んだ。
「ぎっ……」
叫ぼうとしたようだが途中で気を失ったらしく、そのまま背中を激しく壁に打ち付け、動かなくなる。
「お、おい」
「な、なにすん……」
続いてもう一人。くの字に折れて、そのまま頭から倒れる。ロウが膝蹴りを放ち、瞬時に気絶させていた。
「あ、あ……」
「オレが本気でキレないうちに、さっさと仲間連れて立ち去れ。でないと……」
ロウは残った酔っ払いの目の前で、拳をボキボキと鳴らした。
「お前ら全員すり潰して、魚のエサにしてやんよ。分かったら……」
「……はひ」
酔っ払いは慌てて倒れた仲間を引きずり、その場から逃げていった。
酔っ払いたちが逃げ去った後もシルビアはうずくまり、両膝を抱えてガタガタと震えていた。ロウはシルビアの前に屈みこみ、優しく声をかける。
「無事か、シルビア? 何もされてないか?」
「は、はい。……あ、あの」
「ん?」
シルビアは震えながら、泣き出した。
「わたし、夜が怖いんです……!
毎晩のように、怖い人たちが来るんです。この1年、安心して眠れたことが、無くって」
「……」
ロウはうずくまったままのシルビアを、ひょいと抱えた。
「ひゃっ……!? ろ、ロウさん?」
「任せとけ。オレは――確か、きっと、多分――強いから、あんなバカどもは簡単に追い払ってやれる。だから今日から、安心して眠りな」
まるでどこかの姫君のように抱きかかえられ、温かい言葉をかけられたシルビアの顔が、真っ赤に染まる。
「は、はい……」
ここで、ようやくシルビアの震えが収まった。
シルビアはその夜、ほぼ一年ぶりに熟睡することができた。
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守護者。
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ロウは自分を助けてくれたシルビアと言う尼僧に、今いる場所のことを尋ねた。
まず、今いる街は央中の大都市、ゴールドコーストであること。それから、この小屋――大分痛んでおり、ロウは最初、部屋とすら思っていなかった――のこと。ここは央北天帝教教会の寝室であるらしい。
シルビアは敬虔な天帝教徒で、3年ほど前、彼女の師であった宣教師とともに、このゴールドコーストにやって来たらしい。
初めの頃は宣教師も精力的に布教活動を行い、本拠地にしていた教会も寄進で潤っていた。ところが2年を過ぎた辺りから、宣教師の様子が一変した。どうやら裏通りの博打に溺れ、それまでの真面目な生活に戻れなくなったらしい。やがて、姿を消したそうだ。
それから彼女は、一人で教会を切り盛りしなくてはならなくなった。街中を回って布教活動を行い、教会で分厚い聖書を読み上げ、寄進も一人で求めに行った。だが、まだ18歳のシルビアだけではやはり限界があった。
当然教会は寂れ、彼女は困窮した。そして、寂れた教会には色々と「もの」が寄ってきた。ガラクタやゴミは言うに及ばず、素性の知れない怪しい者たち、悪いうわさ、さらには――様々な事情で親とはぐれた、もしくは失った子供たち。
「それが、こいつらか」
「そうなんです」
シルビアはコクリとうなずき、ロウの側を離れた。
「ほら、トレノくん。ロウさんにお食事、持ってきてあげて」
「はーい、シスター」
猫獣人の男の子が、部屋から出て行く。
「ふーん……。なあ、シルビア。何でここに、ずっといるんだ?」
「え?」
シルビアが意外そうな顔で振り返る。
「だってさ、師匠はどっか行っちまったんだろ? 教会も潰れたし。国に帰って『ダメでした』って言った方がいいんじゃないのか?」
シルビアはうつむき、静かにその理由を答える。
「……元々、この街には央中天帝教が根付いてましたし、そもそも宗教より経営、経済が優先される土地柄です。ですから央北天帝教の評議会も、布教の効果が出るとは思っていません。
わたしが戻ったらきっと、評議会はゴールドコーストへの布教を諦めるでしょう。私は二度と、この街に尼僧として戻ることは無いと思います」
そこで言葉を切り、シルビアは子供たちを見る。
「そうなれば、誰がこの子たちを守ると言うのです?」
「……そっか。言われりゃ、その通りだよな。変なこと言って悪かった」
「いえ……」
そこで先ほどの男の子が、パンを持って戻ってきた。
「シスター。ご飯、持って来たよ」
「ありがとう、トレノくん。……ロウさん、少ないですがどうぞ」
「ありがとよ、シルビア」
他に行く当てのないロウは、しばらくこの教会で過ごすことにした。
その夜、眠っていたロウは誰かに揺り起こされた。
「ロウさん……、ロウさん……」
「むにゃ……? ん、どうした?」
ロウを起こしたのは猫獣人の女の子、レヴィだった。レヴィは今にも泣きそうな目で、ロウの腕を引っ張っている。
「あのね、シスターが、変な人たちにからまれてるの」
「何だって?」
寝ぼけ眼だったロウは飛び起きた。途端に、強烈な痛みが体中に走る。
「……! い、ってて……」
「だ、だいじょうぶ?」
「あー、……おう、大丈夫だ」
口では強がるが、全身が非常に痛む。それでもレヴィを不安がらせないよう、平気なふりをする。
「で、シルビアはどこにいるんだ?」
「こっち。ついてきて、ロウさん」
ロウはレヴィに手を引かれ、シルビアの元に向かった。
「やめてください!」
シルビアは酔っ払い3人に囲まれ、悲痛な声を上げていた。
「いーりゃ、れーかよー」
「へるもんりゃらし、ちょっと、ね、ちょっと」
「いーじゃん、いーじゃん」
酔っ払いたちはシルビアに言い寄っている。そのうちの一人が、シルビアの胸や尻に手を回してきた。
「……! 嫌っ、やめて!」
その反応に、酔っ払いたちはますます付け上がる。
「うへへへ……、いやー、らめぇー、らってさ」
「うひょー、たまんね」
「やっちゃう? やっちゃおっか?」
酔っ払い3人は下卑た笑いを上げ、シルビアを押さえつけようとした。ここでロウがシルビアの腕を引っ張り、酔っ払いたちから引きはがす。
「やめろや! 嫌がってるじゃねえか、ボケ!」
当然、酔っ払いたちは激怒する。
「なんらー、このにーちゃん?」
「やっべ、うっぜ」
「うるせえ、あっちいけ!」
酔っ払いたちはロウを突き飛ばそうとした。だが、その瞬間――逆に酔っ払いの一人が吹っ飛んだ。
「ぎっ……」
叫ぼうとしたようだが途中で気を失ったらしく、そのまま背中を激しく壁に打ち付け、動かなくなる。
「お、おい」
「な、なにすん……」
続いてもう一人。くの字に折れて、そのまま頭から倒れる。ロウが膝蹴りを放ち、瞬時に気絶させていた。
「あ、あ……」
「オレが本気でキレないうちに、さっさと仲間連れて立ち去れ。でないと……」
ロウは残った酔っ払いの目の前で、拳をボキボキと鳴らした。
「お前ら全員すり潰して、魚のエサにしてやんよ。分かったら……」
「……はひ」
酔っ払いは慌てて倒れた仲間を引きずり、その場から逃げていった。
酔っ払いたちが逃げ去った後もシルビアはうずくまり、両膝を抱えてガタガタと震えていた。ロウはシルビアの前に屈みこみ、優しく声をかける。
「無事か、シルビア? 何もされてないか?」
「は、はい。……あ、あの」
「ん?」
シルビアは震えながら、泣き出した。
「わたし、夜が怖いんです……!
毎晩のように、怖い人たちが来るんです。この1年、安心して眠れたことが、無くって」
「……」
ロウはうずくまったままのシルビアを、ひょいと抱えた。
「ひゃっ……!? ろ、ロウさん?」
「任せとけ。オレは――確か、きっと、多分――強いから、あんなバカどもは簡単に追い払ってやれる。だから今日から、安心して眠りな」
まるでどこかの姫君のように抱きかかえられ、温かい言葉をかけられたシルビアの顔が、真っ赤に染まる。
「は、はい……」
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