「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・黒幻録 3
晴奈の話、第228話。
「ウィアード」の誕生。
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3.
酔っ払いを撃退した後も、何度か不審者が教会に入ろうとしたが、その都度ロウが追い返した。ロウがやってきて1週間も経った頃には、シルビアたちはすっかり静かな夜を過ごせるようになっていた。
と同時に、教会にあるうわさが立つようになった。と言っても悪口雑言の類ではなく、もっと神秘的なものである。
「あの教会に狼の神様が棲みついた」と。
「まあ、実際オレの名前はそいつから取ったわけだけどよ」
「神様を『そいつ』呼ばわりしてはいけませんよ、ロウさん」
シルビアが苦笑しつつ、ロウの頭を叩く。
「いてっ」
「あ、ごめんなさい。つい、子供たちと同じようにやってしまいました。
……でも、わたしには本当に、天帝様があなたを遣わしてくださったのだと信じています。本当にあの夜のことは、嬉しかったですから」
「いいよいいよ、そんなの。……それよりさ、シルビア」
ロウは恐る恐る、シルビアに尋ねる。
「はい?」
「メシ、もうちょっと多くなんね?」
「……ごめんなさい」
平和になったとは言え、依然としてシルビアの教会は赤貧状態だった。その日の食べ物にも困る有様で、細々とした寄進が途切れればあっと言う間に飢え死にしかねない状況だった。
ロウは傷んだ教会の壁を子供たちと一緒に直しながら、金を得る手段が無いか相談した。
「いい金稼ぎ、どっかに転がってねーかなー」
「うーん。ロウさんもいっしょにきふをおねがいしに行けば?」
レヴィの提案は却下。
「それでも限界があるだろーが。一日50か、60クラムだろ、今もらえてる額って。オレが一緒に頑張ったとしても、せいぜい80くらいにしかならねーよ」
続いてトレノの意見。
「どこかのお店ではたらいたらどうかな?」
「ちょっと見てみたけど、一日の賃金が200とか、300とかだぜ? そりゃ、少しは楽になるだろうが、焼け石に水ってもんだ。
シルビアは働きに行けないしな。この教会を守ってるんだし」
今度は短耳の男の子、ビートが手を挙げる。
「じゃあ、自分たちでお店を開くとか」
「元手も売るもんも無いだろ?」
次は狐獣人の女の子、アズサ。
「ロウさん強いから、どこかのよーじんぼーできるんじゃない?」
「用心棒となると下手すりゃ、数日詰めることになる。その間、ここを守るヤツがいなくなるだろ」
最後に手を挙げたのは熊獣人の男の子、チノ。
「とうぎじょうは?」
「ん? 問う議場?」
「とうぎじょうならさ、戦うのは昼前から夕方までだし、ロウさんは強いからぜったい、かせげるんじゃないかな?」
「……とうぎじょうって、闘技場か。……それは、いいかもな」
ロウはチノの案を採用した。
教会の修繕が一段落したところで、ロウはシルビアに闘技場に出てみる旨を伝えてみた。
「え? 闘技場ですか?」
シルビアの顔が一瞬にして曇る。堅い性格の彼女らしい反応に、ロウも困り顔になる。
「いや、ほら、金無いからさ、ちょこっと、やってみようかなーって」
「……あまりお勧めできませんね。野蛮なところですし、万一のことがあったら……」
「そこら辺は大丈夫だよ。オレ、強いし」
ロウは自信たっぷりに言い放ったが、シルビアは首を横に振りロウの手を握る。
「ロウさん、あまりご自分を過信なさらないで。過去に何度も、己の力をたのみにして亡くなったり、失敗したりされる方は大勢いますよ。
あの『黒い悪魔』も自分の絶大な魔力を過信した結果、魔剣『バニッシャー』に貫かれて、灼熱の溶鉱に堕ちたと言うではありませんか」
「『黒い悪魔』……」
その単語を耳にした瞬間、ロウの脳内で何かがざわめき、光ったような気がした。
「どうなさったのですか、ロウさん?」
いつの間にか顔をしかめていたロウをいぶかしがり、シルビアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……あ、ああ。何でもない。……でもさ、金はもうギリギリなんだろ?」
「それは、そうですけれど。でも……」
「頼むよ。試しに一回、な? それでダメだったら、他の金稼ぎを考えるからさ」
「……分かりました。本当に危ないと思ったら、おやめになってくださいね」
シルビアは渋々、了承した。
次の日、ロウは早速闘技場に向かった。
「参加登録って、ここでいいのか?」
「はい。受け付けております」
係員は無表情に答える。
「参加してーんだけど」
「では、こちらに出場を希望される方のお名前をお書きください」
言われるがままに、ロウは用紙に記入する。
ところが提出したところで、すぐに突き返された。
「ここ、記入が抜けております。名字も入れていただかないと」
「みょ、名字?」
「同名の方がいらっしゃると混雑しますので、ご了承ください」
「……うーん」
係員は窓口から、ロウの顔を覗き込む。
「仰りたくなければ、仮名でも結構ですよ」
「いや、何つーかその、……実はオレ、記憶がなくって」
無表情だった係員が、ここで初めて興味深そうな目を向けてきた。
「え? 記憶が無いのですか、えっと……、ロウさん」
「ああ。とりあえず拾ってくれたヤツからは、ロウって呼ばれてんだけど」
「へぇ……。記憶のない男、ですか。では、私の方で適当に決めさせていただいてもよろしいですか?」
「いいのか、そんなんで?」
目を丸くするロウに向かって、係員は楽しそうに笑った。
「ええ、原則として仮名でも結構となっておりますから、私が決めても問題ありません。
そうですね、ウィアードと言うのはどうでしょう? 『不思議な者』と言う意味です」
「……不思議、か。それ、面白いな。じゃあオレはロウ・ウィアードで」
「かしこまりました。それでは登録させていただきますね」
ウィアード――これが彼に与えられた二つ目の名前である。
こうして、ここにロウ・ウィアードと言う人間が発生した。
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「ウィアード」の誕生。
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3.
酔っ払いを撃退した後も、何度か不審者が教会に入ろうとしたが、その都度ロウが追い返した。ロウがやってきて1週間も経った頃には、シルビアたちはすっかり静かな夜を過ごせるようになっていた。
と同時に、教会にあるうわさが立つようになった。と言っても悪口雑言の類ではなく、もっと神秘的なものである。
「あの教会に狼の神様が棲みついた」と。
「まあ、実際オレの名前はそいつから取ったわけだけどよ」
「神様を『そいつ』呼ばわりしてはいけませんよ、ロウさん」
シルビアが苦笑しつつ、ロウの頭を叩く。
「いてっ」
「あ、ごめんなさい。つい、子供たちと同じようにやってしまいました。
……でも、わたしには本当に、天帝様があなたを遣わしてくださったのだと信じています。本当にあの夜のことは、嬉しかったですから」
「いいよいいよ、そんなの。……それよりさ、シルビア」
ロウは恐る恐る、シルビアに尋ねる。
「はい?」
「メシ、もうちょっと多くなんね?」
「……ごめんなさい」
平和になったとは言え、依然としてシルビアの教会は赤貧状態だった。その日の食べ物にも困る有様で、細々とした寄進が途切れればあっと言う間に飢え死にしかねない状況だった。
ロウは傷んだ教会の壁を子供たちと一緒に直しながら、金を得る手段が無いか相談した。
「いい金稼ぎ、どっかに転がってねーかなー」
「うーん。ロウさんもいっしょにきふをおねがいしに行けば?」
レヴィの提案は却下。
「それでも限界があるだろーが。一日50か、60クラムだろ、今もらえてる額って。オレが一緒に頑張ったとしても、せいぜい80くらいにしかならねーよ」
続いてトレノの意見。
「どこかのお店ではたらいたらどうかな?」
「ちょっと見てみたけど、一日の賃金が200とか、300とかだぜ? そりゃ、少しは楽になるだろうが、焼け石に水ってもんだ。
シルビアは働きに行けないしな。この教会を守ってるんだし」
今度は短耳の男の子、ビートが手を挙げる。
「じゃあ、自分たちでお店を開くとか」
「元手も売るもんも無いだろ?」
次は狐獣人の女の子、アズサ。
「ロウさん強いから、どこかのよーじんぼーできるんじゃない?」
「用心棒となると下手すりゃ、数日詰めることになる。その間、ここを守るヤツがいなくなるだろ」
最後に手を挙げたのは熊獣人の男の子、チノ。
「とうぎじょうは?」
「ん? 問う議場?」
「とうぎじょうならさ、戦うのは昼前から夕方までだし、ロウさんは強いからぜったい、かせげるんじゃないかな?」
「……とうぎじょうって、闘技場か。……それは、いいかもな」
ロウはチノの案を採用した。
教会の修繕が一段落したところで、ロウはシルビアに闘技場に出てみる旨を伝えてみた。
「え? 闘技場ですか?」
シルビアの顔が一瞬にして曇る。堅い性格の彼女らしい反応に、ロウも困り顔になる。
「いや、ほら、金無いからさ、ちょこっと、やってみようかなーって」
「……あまりお勧めできませんね。野蛮なところですし、万一のことがあったら……」
「そこら辺は大丈夫だよ。オレ、強いし」
ロウは自信たっぷりに言い放ったが、シルビアは首を横に振りロウの手を握る。
「ロウさん、あまりご自分を過信なさらないで。過去に何度も、己の力をたのみにして亡くなったり、失敗したりされる方は大勢いますよ。
あの『黒い悪魔』も自分の絶大な魔力を過信した結果、魔剣『バニッシャー』に貫かれて、灼熱の溶鉱に堕ちたと言うではありませんか」
「『黒い悪魔』……」
その単語を耳にした瞬間、ロウの脳内で何かがざわめき、光ったような気がした。
「どうなさったのですか、ロウさん?」
いつの間にか顔をしかめていたロウをいぶかしがり、シルビアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……あ、ああ。何でもない。……でもさ、金はもうギリギリなんだろ?」
「それは、そうですけれど。でも……」
「頼むよ。試しに一回、な? それでダメだったら、他の金稼ぎを考えるからさ」
「……分かりました。本当に危ないと思ったら、おやめになってくださいね」
シルビアは渋々、了承した。
次の日、ロウは早速闘技場に向かった。
「参加登録って、ここでいいのか?」
「はい。受け付けております」
係員は無表情に答える。
「参加してーんだけど」
「では、こちらに出場を希望される方のお名前をお書きください」
言われるがままに、ロウは用紙に記入する。
ところが提出したところで、すぐに突き返された。
「ここ、記入が抜けております。名字も入れていただかないと」
「みょ、名字?」
「同名の方がいらっしゃると混雑しますので、ご了承ください」
「……うーん」
係員は窓口から、ロウの顔を覗き込む。
「仰りたくなければ、仮名でも結構ですよ」
「いや、何つーかその、……実はオレ、記憶がなくって」
無表情だった係員が、ここで初めて興味深そうな目を向けてきた。
「え? 記憶が無いのですか、えっと……、ロウさん」
「ああ。とりあえず拾ってくれたヤツからは、ロウって呼ばれてんだけど」
「へぇ……。記憶のない男、ですか。では、私の方で適当に決めさせていただいてもよろしいですか?」
「いいのか、そんなんで?」
目を丸くするロウに向かって、係員は楽しそうに笑った。
「ええ、原則として仮名でも結構となっておりますから、私が決めても問題ありません。
そうですね、ウィアードと言うのはどうでしょう? 『不思議な者』と言う意味です」
「……不思議、か。それ、面白いな。じゃあオレはロウ・ウィアードで」
「かしこまりました。それでは登録させていただきますね」
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双月千年世界 目次 / あらすじ

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短編・掌編

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今日の旅岡さん

NoTitle
素質と実力はあるのに勝てないボクサーと、彼を支える修道女の恋愛物語です。
残酷な話ということは、やっぱり……ということですね。
それはそれとして、面白い漫画ですから漫画喫茶などで読む機会があればぜひどうぞ(^^)