「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第4部
琥珀暁・改国伝 1
神様たちの話、第169話。
防衛戦以後。
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1.
「こんな時、いつも思うが」
ハンといつもの測量班3名、そしてクーを加えた5人が街の食堂に集まり、夕食を取っていた。
「また始まったねー」
「ええ。いつものです」
マリアとビートが耳打ちし合うのをよそに、ハンは酒の入ったグラスを片手に、ぶつぶつと愚痴を吐いている。
「エリザさんは大体、図々しいと言うか、厚かましいと言うか……」
「『そもそもだな』」
シェロが先読みした通りに、ハンは話を続ける。
「そもそもだな、俺個人はエリザさんがこの遠征に参加したことに、いい気はしてなかったんだ。遅かれ早かれ、こうなることは予測できたはずだ。
第一あの人は、公私の区別が全然付いてない。隊の皆に対しても部下じゃなく、近所の友人、知人程度にしか考えてない節がある」
「状況によりけりと存じますけれど。あの方の場合は、それで万事、よく運んでいるご様子ですもの」
クーが口を挟むが、ハンの耳には届いていないらしい。
「このまま放っておいたら、いずれ遠征隊だってこの国だって、あの人に私物化されてしまう。そんなことが道義的に許されるものか!」
「はあ」
クーはつまらなそうな顔で、ビートの袖を引く。
「このご講釈、終わらせられませんの?」
「あと一口呑ませれば黙ります」
「あら、そう」
クーは立ち上がり、ハンの腕を取る。
「さ、もう一口」
「な、なにをする?」
「えいっ」
クーは無理矢理にグラスをハンの唇に持って行き、飲み込ませる。
「やめっ、クー、……げほっ、あぶっ、ごぼっ、……んぐ」
呑ませてすぐ、ハンはがくんと椅子にもたれかかり、眠ってしまった。
それを見下ろしつつ、クーはにこりと皆に微笑みかける。
「さ、静かになったことですし、お食事を楽しみましょう」
「……殿下もなかなか、強引っスね」
テプロイモア防衛戦が成功した後、ハンが懸念していた通り、遠征隊はなし崩し的に、ユーグ王国の統治権を掌握することとなった。
廉潔(れんけつ)を信条とするハンにとってこれは、「武力に物を言わせた占領」であるとしか思えないものであり、それだけでも彼にとっては心苦しいものだったのだが、ここにきてさらに、彼の怒りを焚きつけるような出来事が起こっていた。
統治体制の一新によって起きた混乱に乗じるように、エリザがあちこちで独断専行を働いていたのである。
「……まあ、確かにちょっと暴走してるようにも思えますね。王宮に隊の本拠を移したこととか、土地買って店を建ててたこととか」
そうつぶやいたビートに、クーも同意する。
「その点については確かに、わたくしも憂うところがございますわね。ただ……」
クーは一瞬ハンをチラ、と見て、小声でこう続けた。
「心配になりまして、わたくし一度、父上に現状を魔術でお伝えいたしましたの。ところが父上は、『そのようにさせよ』と」
「え……?」
それを聞いて、ビートは腑に落ち無さそうな表情を浮かべる。
「陛下なら諌めるのではと思ってたんですが……、放っておけ、と?」
「ええ」
「海の向こうのコトだから、陛下もどうでもいいのかも知れないっスね」
皮肉げにそう言ったシェロに、ビートが突っかかる。
「そんなことは無いはずだ。陛下はトロコフ尉官だとか、こちらの世界の人たちのことも気にかけておられたし、そんなつもりは無いはずだよ」
「お前、陛下かよ? そうじゃないだろ? なんで陛下のお考えが、お前に分かるんだ?」
一方、シェロも意見を曲げようとしない。
「そもそもだぜ、以前の会食でも陛下は『エリザ先生は悪人だ』っつってたじゃんか。陛下ご自身でも手を付けられないような人間だって。ならもう、放っとくしか無いってコトなんじゃないか? 言葉通りに考えてるんだと思うぜ、俺は。
ソレにさ、こっちで先生に好き放題やらせとけば、『自分の領地で暴れられなくて済む』とか、案外そんな風に考えてるんじゃないか?」
「そんな、……ことは、無いと思う」
「わたくしも……、父上がそのような浅慮をなさっているとは、……考えたく、ございませんわね」
シェロの言葉を否定し切れず、ビートもクーも、歯切れ悪く返す。
「あのさー」
と、場の空気を嫌ったらしく、マリアが立ち上がる。
「3人とも、エリザさんのこと悪く言い過ぎじゃない? 陛下がエリザさんのこと嫌いだからって、3人まで一緒になって嫌うことないじゃない。
あの人、良い人だよ。あたしはそう思う。いつもみんなに優しくしてくれるし、尉官に散々けなされても、ニコニコ笑ってるし」
「……ん」
「……まあ」
「そこは、うん」
「尉官や陛下が悪口言うからって、あたしたちまで一緒になってエリザさんのこと悪く言うの、やめようよ。ホントに悪いことしようとしてるなら、そりゃ止めなきゃだけど」
「……そうですわね」
ばつが悪そうな表情を浮かべ、クーがうなずく。
「仰る通り、あまりほめられた行いではございませんでしたわね。ええ、この話はおしまいにいたしましょう。
マリア、何か頼みましょうか?」
「あ、んーと、それじゃ鮭のマリネとジャガイモのスープと……」
「まだ食べるんスね、相変わらず」
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防衛戦以後。
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「こんな時、いつも思うが」
ハンといつもの測量班3名、そしてクーを加えた5人が街の食堂に集まり、夕食を取っていた。
「また始まったねー」
「ええ。いつものです」
マリアとビートが耳打ちし合うのをよそに、ハンは酒の入ったグラスを片手に、ぶつぶつと愚痴を吐いている。
「エリザさんは大体、図々しいと言うか、厚かましいと言うか……」
「『そもそもだな』」
シェロが先読みした通りに、ハンは話を続ける。
「そもそもだな、俺個人はエリザさんがこの遠征に参加したことに、いい気はしてなかったんだ。遅かれ早かれ、こうなることは予測できたはずだ。
第一あの人は、公私の区別が全然付いてない。隊の皆に対しても部下じゃなく、近所の友人、知人程度にしか考えてない節がある」
「状況によりけりと存じますけれど。あの方の場合は、それで万事、よく運んでいるご様子ですもの」
クーが口を挟むが、ハンの耳には届いていないらしい。
「このまま放っておいたら、いずれ遠征隊だってこの国だって、あの人に私物化されてしまう。そんなことが道義的に許されるものか!」
「はあ」
クーはつまらなそうな顔で、ビートの袖を引く。
「このご講釈、終わらせられませんの?」
「あと一口呑ませれば黙ります」
「あら、そう」
クーは立ち上がり、ハンの腕を取る。
「さ、もう一口」
「な、なにをする?」
「えいっ」
クーは無理矢理にグラスをハンの唇に持って行き、飲み込ませる。
「やめっ、クー、……げほっ、あぶっ、ごぼっ、……んぐ」
呑ませてすぐ、ハンはがくんと椅子にもたれかかり、眠ってしまった。
それを見下ろしつつ、クーはにこりと皆に微笑みかける。
「さ、静かになったことですし、お食事を楽しみましょう」
「……殿下もなかなか、強引っスね」
テプロイモア防衛戦が成功した後、ハンが懸念していた通り、遠征隊はなし崩し的に、ユーグ王国の統治権を掌握することとなった。
廉潔(れんけつ)を信条とするハンにとってこれは、「武力に物を言わせた占領」であるとしか思えないものであり、それだけでも彼にとっては心苦しいものだったのだが、ここにきてさらに、彼の怒りを焚きつけるような出来事が起こっていた。
統治体制の一新によって起きた混乱に乗じるように、エリザがあちこちで独断専行を働いていたのである。
「……まあ、確かにちょっと暴走してるようにも思えますね。王宮に隊の本拠を移したこととか、土地買って店を建ててたこととか」
そうつぶやいたビートに、クーも同意する。
「その点については確かに、わたくしも憂うところがございますわね。ただ……」
クーは一瞬ハンをチラ、と見て、小声でこう続けた。
「心配になりまして、わたくし一度、父上に現状を魔術でお伝えいたしましたの。ところが父上は、『そのようにさせよ』と」
「え……?」
それを聞いて、ビートは腑に落ち無さそうな表情を浮かべる。
「陛下なら諌めるのではと思ってたんですが……、放っておけ、と?」
「ええ」
「海の向こうのコトだから、陛下もどうでもいいのかも知れないっスね」
皮肉げにそう言ったシェロに、ビートが突っかかる。
「そんなことは無いはずだ。陛下はトロコフ尉官だとか、こちらの世界の人たちのことも気にかけておられたし、そんなつもりは無いはずだよ」
「お前、陛下かよ? そうじゃないだろ? なんで陛下のお考えが、お前に分かるんだ?」
一方、シェロも意見を曲げようとしない。
「そもそもだぜ、以前の会食でも陛下は『エリザ先生は悪人だ』っつってたじゃんか。陛下ご自身でも手を付けられないような人間だって。ならもう、放っとくしか無いってコトなんじゃないか? 言葉通りに考えてるんだと思うぜ、俺は。
ソレにさ、こっちで先生に好き放題やらせとけば、『自分の領地で暴れられなくて済む』とか、案外そんな風に考えてるんじゃないか?」
「そんな、……ことは、無いと思う」
「わたくしも……、父上がそのような浅慮をなさっているとは、……考えたく、ございませんわね」
シェロの言葉を否定し切れず、ビートもクーも、歯切れ悪く返す。
「あのさー」
と、場の空気を嫌ったらしく、マリアが立ち上がる。
「3人とも、エリザさんのこと悪く言い過ぎじゃない? 陛下がエリザさんのこと嫌いだからって、3人まで一緒になって嫌うことないじゃない。
あの人、良い人だよ。あたしはそう思う。いつもみんなに優しくしてくれるし、尉官に散々けなされても、ニコニコ笑ってるし」
「……ん」
「……まあ」
「そこは、うん」
「尉官や陛下が悪口言うからって、あたしたちまで一緒になってエリザさんのこと悪く言うの、やめようよ。ホントに悪いことしようとしてるなら、そりゃ止めなきゃだけど」
「……そうですわね」
ばつが悪そうな表情を浮かべ、クーがうなずく。
「仰る通り、あまりほめられた行いではございませんでしたわね。ええ、この話はおしまいにいたしましょう。
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