「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・黒幻録 5
晴奈の話、第230話。
ロウの迷い。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
シリンとロウが二人並んで救護室で横になっていたところに、晴奈が現れた。
「大丈夫か、シリン」
「あ、姉やん」
晴奈は呆れた顔で、シリンの額を叩く。
「誰が姉だ。良く見ろ、シリン」
「……あ、ゴメン。なんかまだ、アタマん中ぐっにゃぐにゃしとるねん」
「だろうな。あの一撃は流石の私でも倒れる」
シリンも呆れた声を出し、対戦を振り返る。
「ホンマ、隣のアホは降参しよらへんからなぁ。思いっきり頭蹴飛ばしたったのに、まだあんな動けるなんて思わへんかったわ」
「倒れたからって油断してんじゃねーよ」
横のベッドで寝ていたロウが、声をかけてきた。
「まだ気絶したわけじゃねーんだから、最後まで気を抜くなっつーの」
「フン。ウチに言わせてもらえばな、アンタがおかしいっちゅうねん。脳みそ、あらへんのとちゃう?」
「バカ言え」
横になったまま言い合いを始めた二人を、晴奈が止める。
「うるさい、二人とも。ここは病室だぞ」
「……はーい」
素直に従うシリンに対し、ロウは反発する。
「ああん? 何で赤の他人から命令されなきゃいけねーんだ?」
「何を言っている、ウィル」
晴奈はロウの顔を覗き込み、憮然とした表情になる。
「誰が赤の他人だ。戦場で何度も戦った仲ではないか」
「……? 誰だ、アンタ」
「ふざけるな、ウィル。私の顔を忘れたとは言わせぬぞ」
ロウはむくりと起き上がり、しげしげと晴奈の顔を見つめる。
「なあ、アンタ。人違いじゃねえか? オレはロウ・ウィアードって言うんだけど」
「何だと?」
愕然とする晴奈を見て、ロウは不思議そうに尋ねてくる。
「オレ、アンタと会ったことねーよ。誰、ウィルって」
「覚えて……、いないのか?」
ロウはブルブルと首を振る。
「だから、知らねーってば。……んじゃ、オレそろそろ行くわ」
ロウはベッドから降り、若干フラフラとした足取りで救護室を出た。残った晴奈は、その後姿を呆然と見つめていた。
「人違いだとでも言うのか!? 馬鹿な、あの顔と歯は間違いなくウィルだ!」
「姉やん、自分ここ病室やって言うたやん。静かにしいや」
まだ横になったままのシリンに注意され、晴奈は慌てて口を押さえた。
「っと、すまぬ。……だから、私はお主の」
シリンの呼び方を咎めかけたが、そちらの方はもうどうでもよくなってしまったので、何も言わずにおいた。
「……まあ、いいか」
救護室から逃げるように出て行ったロウは、心の中で葛藤していた。
(あの女、オレを『ウィル』と呼んだ。ウィル……、何か、懐かしいような気がする。もしかしたらオレは、ウィルと言うヤツだったのかも知れない。
あの猫女は、オレの過去を知っているのか? でも……)
ロウの脳裏に、シルビアや子供たちの顔が浮かんでくる。
(オレが過去を思い出して、『ウィル』って言うヤツの、その境遇に戻らなくちゃならなくなったら、今の生活は一体どうなる?
シルビアはまた、不安な夜を過ごさなくちゃならなくなる。ガキどもも、またシルビアが一人で面倒見なきゃいけなくなるだろ?)
ロウは短く首を振り、独り言をつぶやいた。
「……オレは今の暮らし、変えたく無いんだ」
教会に戻ると、子供たちが出迎えてくれた。
「ロウさーん! おかえりー!」
「おう、ただいまー」
ロウが前回のエリザリーグで優勝した際、その賞金はすべて教会及びシルビアに寄付した。教会はその莫大な寄付金で綺麗に修繕され、穏やかに暮らせるようになった。
「おかえりなさい、ロウさん」
シルビアが笑顔で出迎える。
「ああ、ただいま。いやー、今日は疲れたぜ。ほら、賞金」
「勝ったの? 勝ったの?」
チノの声に、ロウは苦笑いを浮かべる。
「いや、引き分けだった。相手もエリザに行ったヤツでさ、苦戦したぜ」
「おつかれさま、ロウさん」
アズサが手渡した飲み物を受け取り、ロウはいつものように一息で飲み干す。
「……ぷは。いやー、うまいわぁ」
「ねえ、ロウさん」
シルビアが切なげな顔で、ロウの手を引く。
「いつまで頑張るのですか?」
「えっ」
シルビアの手を握る力が強くなる。
「だって、もうお金は十分手に入りましたよ。全部で150万クラムもあります。これだけあれば、わたしたちは十分暮らして行けます。もう危ないことは、しないでいいんですよ」
「……いや、シルビア」
ロウはシルビアの手を握り返す。
「オレ、何て言うかその、ちょっと、思うことがあるんだ」
「えっ?」
ロウの言葉を聞き、トレノとレヴィがイタズラっぽい笑いを浮かべる。
「もしかしてロウさん、シスターと……」「あつあつー」
シルビアは顔を真っ赤にしてうつむく。ロウは苦笑しつつ、それを否定した。
「バッカ、そうじゃねーよ。オレが思ってるのはな、お前らみたいなヤツらのことだよ」
「この子たち、みたいな……?」
「ああ。このゴールドコーストにはまだまだ、コイツらみたいに身寄りの無い子が溢れてるだろ? できる限り、助けたいと思ってさ。だから、孤児院みたいなの作ろうかなって」
「まあ……!」
ロウの考えを聞いたシルビアは、嬉しそうに微笑んだ。
「ロウさん、あなたは本当に神様みたい……! そんなことまで考えてくださるなんて! 本当に、ありがとうございます!」
シルビアは嬉しさのあまり、ロウに抱きついた。
「お、おいおい。そこまで感動するなよ、オレはただ……」
「あっつあつー」「あっつあつー」
抱き合う二人を見て、子供たちがはやし立てていた。
その晩、ロウは夢を見た。
どこかの川の真ん中に、自分が立っている。目の前には、あの猫侍がいる。
「何……、だと?」
猫獣人は自分を睨みつけながら、半ば驚いたような顔で尋ねてくる。
「ずっと……たかった」
自分が何かを言っている。だが激しい水音で、自分で何を言っているのか聞き取れない。
「……」
だが、相手には伝わっているらしい。猫女の顔色が、ひどく青くなってくる。自分はなお、何かを叫んでいる。そしてこの一言だけ、妙にはっきりと聞こえた。
「オレは本当、戦うことが好きだったんだ」
「……!」
ロウは飛び起きた。隣のベッドで眠っていたシルビアが、薄目を開ける。
「……どうしたのです、ロウさん?」
「い、いや。何でもねえ」
「そう、ですか……、すう」
シルビアは目を閉じ、すぐにまた眠った。
(『戦うことが好き』、……だって? あれは、オレの言ったことなのか?
オレが孤児院を建てるって言ったことは、間違いなく本心だけど。でも、その真意は、単に戦う理由がほしかったってだけ、なのか?
おいおい、何をバカなこと考えてるんだ、オレは。オレがオレの心を理解できない、見知らぬオレに振り回されるなんてこと、あるわけねーじゃん。そうさ、これはただの夢。セイナが勝手なことを言ったから見た夢だ)
ロウは布団をかけ直し、目を閉じる。段々と眠気が押し寄せる中、ロウはちょっとした疑問を抱く。
(あれ……? オレ、何であの女の名前、知ってるんだ……?
セイナって、どこで聞いたんだっけ……?)
その答えを導き出すことも無く、ロウは眠りに就いた。
蒼天剣・黒幻録 終
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ロウの迷い。
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シリンとロウが二人並んで救護室で横になっていたところに、晴奈が現れた。
「大丈夫か、シリン」
「あ、姉やん」
晴奈は呆れた顔で、シリンの額を叩く。
「誰が姉だ。良く見ろ、シリン」
「……あ、ゴメン。なんかまだ、アタマん中ぐっにゃぐにゃしとるねん」
「だろうな。あの一撃は流石の私でも倒れる」
シリンも呆れた声を出し、対戦を振り返る。
「ホンマ、隣のアホは降参しよらへんからなぁ。思いっきり頭蹴飛ばしたったのに、まだあんな動けるなんて思わへんかったわ」
「倒れたからって油断してんじゃねーよ」
横のベッドで寝ていたロウが、声をかけてきた。
「まだ気絶したわけじゃねーんだから、最後まで気を抜くなっつーの」
「フン。ウチに言わせてもらえばな、アンタがおかしいっちゅうねん。脳みそ、あらへんのとちゃう?」
「バカ言え」
横になったまま言い合いを始めた二人を、晴奈が止める。
「うるさい、二人とも。ここは病室だぞ」
「……はーい」
素直に従うシリンに対し、ロウは反発する。
「ああん? 何で赤の他人から命令されなきゃいけねーんだ?」
「何を言っている、ウィル」
晴奈はロウの顔を覗き込み、憮然とした表情になる。
「誰が赤の他人だ。戦場で何度も戦った仲ではないか」
「……? 誰だ、アンタ」
「ふざけるな、ウィル。私の顔を忘れたとは言わせぬぞ」
ロウはむくりと起き上がり、しげしげと晴奈の顔を見つめる。
「なあ、アンタ。人違いじゃねえか? オレはロウ・ウィアードって言うんだけど」
「何だと?」
愕然とする晴奈を見て、ロウは不思議そうに尋ねてくる。
「オレ、アンタと会ったことねーよ。誰、ウィルって」
「覚えて……、いないのか?」
ロウはブルブルと首を振る。
「だから、知らねーってば。……んじゃ、オレそろそろ行くわ」
ロウはベッドから降り、若干フラフラとした足取りで救護室を出た。残った晴奈は、その後姿を呆然と見つめていた。
「人違いだとでも言うのか!? 馬鹿な、あの顔と歯は間違いなくウィルだ!」
「姉やん、自分ここ病室やって言うたやん。静かにしいや」
まだ横になったままのシリンに注意され、晴奈は慌てて口を押さえた。
「っと、すまぬ。……だから、私はお主の」
シリンの呼び方を咎めかけたが、そちらの方はもうどうでもよくなってしまったので、何も言わずにおいた。
「……まあ、いいか」
救護室から逃げるように出て行ったロウは、心の中で葛藤していた。
(あの女、オレを『ウィル』と呼んだ。ウィル……、何か、懐かしいような気がする。もしかしたらオレは、ウィルと言うヤツだったのかも知れない。
あの猫女は、オレの過去を知っているのか? でも……)
ロウの脳裏に、シルビアや子供たちの顔が浮かんでくる。
(オレが過去を思い出して、『ウィル』って言うヤツの、その境遇に戻らなくちゃならなくなったら、今の生活は一体どうなる?
シルビアはまた、不安な夜を過ごさなくちゃならなくなる。ガキどもも、またシルビアが一人で面倒見なきゃいけなくなるだろ?)
ロウは短く首を振り、独り言をつぶやいた。
「……オレは今の暮らし、変えたく無いんだ」
教会に戻ると、子供たちが出迎えてくれた。
「ロウさーん! おかえりー!」
「おう、ただいまー」
ロウが前回のエリザリーグで優勝した際、その賞金はすべて教会及びシルビアに寄付した。教会はその莫大な寄付金で綺麗に修繕され、穏やかに暮らせるようになった。
「おかえりなさい、ロウさん」
シルビアが笑顔で出迎える。
「ああ、ただいま。いやー、今日は疲れたぜ。ほら、賞金」
「勝ったの? 勝ったの?」
チノの声に、ロウは苦笑いを浮かべる。
「いや、引き分けだった。相手もエリザに行ったヤツでさ、苦戦したぜ」
「おつかれさま、ロウさん」
アズサが手渡した飲み物を受け取り、ロウはいつものように一息で飲み干す。
「……ぷは。いやー、うまいわぁ」
「ねえ、ロウさん」
シルビアが切なげな顔で、ロウの手を引く。
「いつまで頑張るのですか?」
「えっ」
シルビアの手を握る力が強くなる。
「だって、もうお金は十分手に入りましたよ。全部で150万クラムもあります。これだけあれば、わたしたちは十分暮らして行けます。もう危ないことは、しないでいいんですよ」
「……いや、シルビア」
ロウはシルビアの手を握り返す。
「オレ、何て言うかその、ちょっと、思うことがあるんだ」
「えっ?」
ロウの言葉を聞き、トレノとレヴィがイタズラっぽい笑いを浮かべる。
「もしかしてロウさん、シスターと……」「あつあつー」
シルビアは顔を真っ赤にしてうつむく。ロウは苦笑しつつ、それを否定した。
「バッカ、そうじゃねーよ。オレが思ってるのはな、お前らみたいなヤツらのことだよ」
「この子たち、みたいな……?」
「ああ。このゴールドコーストにはまだまだ、コイツらみたいに身寄りの無い子が溢れてるだろ? できる限り、助けたいと思ってさ。だから、孤児院みたいなの作ろうかなって」
「まあ……!」
ロウの考えを聞いたシルビアは、嬉しそうに微笑んだ。
「ロウさん、あなたは本当に神様みたい……! そんなことまで考えてくださるなんて! 本当に、ありがとうございます!」
シルビアは嬉しさのあまり、ロウに抱きついた。
「お、おいおい。そこまで感動するなよ、オレはただ……」
「あっつあつー」「あっつあつー」
抱き合う二人を見て、子供たちがはやし立てていた。
その晩、ロウは夢を見た。
どこかの川の真ん中に、自分が立っている。目の前には、あの猫侍がいる。
「何……、だと?」
猫獣人は自分を睨みつけながら、半ば驚いたような顔で尋ねてくる。
「ずっと……たかった」
自分が何かを言っている。だが激しい水音で、自分で何を言っているのか聞き取れない。
「……」
だが、相手には伝わっているらしい。猫女の顔色が、ひどく青くなってくる。自分はなお、何かを叫んでいる。そしてこの一言だけ、妙にはっきりと聞こえた。
「オレは本当、戦うことが好きだったんだ」
「……!」
ロウは飛び起きた。隣のベッドで眠っていたシルビアが、薄目を開ける。
「……どうしたのです、ロウさん?」
「い、いや。何でもねえ」
「そう、ですか……、すう」
シルビアは目を閉じ、すぐにまた眠った。
(『戦うことが好き』、……だって? あれは、オレの言ったことなのか?
オレが孤児院を建てるって言ったことは、間違いなく本心だけど。でも、その真意は、単に戦う理由がほしかったってだけ、なのか?
おいおい、何をバカなこと考えてるんだ、オレは。オレがオレの心を理解できない、見知らぬオレに振り回されるなんてこと、あるわけねーじゃん。そうさ、これはただの夢。セイナが勝手なことを言ったから見た夢だ)
ロウは布団をかけ直し、目を閉じる。段々と眠気が押し寄せる中、ロウはちょっとした疑問を抱く。
(あれ……? オレ、何であの女の名前、知ってるんだ……?
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双月千年世界 3;白猫夢

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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

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未分類

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雑記

もくじ
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
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おお、ウィルマーくんはいい人になってますね。
いや、もともといい人・・・というわけでもないか。粗野なところは変わらないですけど。まあ記憶が戻らないまんま過ごしていく人もいますけどね。
いや、もともといい人・・・というわけでもないか。粗野なところは変わらないですけど。まあ記憶が戻らないまんま過ごしていく人もいますけどね。
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彼の場合も、記憶が戻らないまま物語は進行していきます。