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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 4;琥珀暁」
    琥珀暁 第4部

    琥珀暁・虎交伝 3

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    神様たちの話、第187話。
    虎父娘。

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    3.
     剣を返した後、シェロはそそくさと巡回に戻ろうとしたが、ミェーチ将軍から引き止められてしまった。
    「(恩人をそのまま帰してしまうようでは、将軍の名折れだ。せめて飯くらいはおごらせてくれ)」
    「(はあ……)」
     半ばミェーチ将軍に引っ張られるような形で、シェロは近くの食堂に連れ込まれた。
    「(さあ、何でも気にせず頼んで……)」
     言いかけて、ミェーチ将軍が突如顔を青くし、懐や腰回りをぺたぺたと触り、やがて口をつぐんでしまった。
    「(どうしたんですか?)」
    「(あ、いや、その)」
     呆然とした顔をしているミェーチ将軍に、シェロは恐る恐る尋ねた。
    「(大変失礼なコトを聞いて恐縮ですが、財布はお持ちですか?)」
    「(……すまん。どうやら落とした。いや、道中の街で忘れたと言うか)」
    「(またですか?)」
     と、ミェーチ将軍の隣に座っていたリディアが、呆れた声を上げる。
    「(本当にお父様、そそっかしいんだから。それじゃ、わたしが出しておきます)」
    「(す、すまん)」
     やり取りを眺めていたシェロが、そこで手を挙げる。
    「(俺の分は俺が出します。気にしないで下さい)」
    「(そんなことを仰らずに)」
    「(いえ、……初対面でこんなコトを言うのも変かも知れませんが、俺は遠慮無く食べる方なので)」
     そう返したシェロに、父娘は一瞬、揃ってきょとんとした顔をし、次いで笑い出した。
    「(ふっ、ふははは……)」「(うふ、ふふっ……)」
    「え? え?」
     思いもよらない反応に、シェロは言葉を間違えたかと思ったが――。
    「(いやいや、失敬、失敬。何と言うかな、我々の邦(くに)では『虎より食う者はおらぬ』と言うてな、大抵の虎獣人は大食漢で通っておるのだ。吾輩も娘も、他分に漏れぬ身でな)」
    「(ですので、そう言ったご遠慮はなさらなくて結構ですよ)」
    「(あ、はあ、そうですか)」
     一瞬、シェロは妙な謙遜と感じたが、すぐにこれが本心で言ったことなのだと理解した。
    「(すみません、カボチャのスープとポテトパイとカレイのバター焼きとカキフライを5人前)」
    「(5? 3人じゃ)」
    「(わたしと父の食べる分です。あなたもどうぞ)」
    「……マジっスか」
     その後も次々と注文するリディアに、シェロは目を見張るばかりだった。
    (この子……、マリアさんだな、まるで。
     っつーか、沿岸部って飢餓状態がどーのこーのって話だったけど、単純にコイツらみたいな『虎』が食い過ぎなんじゃないのか? 俺、こっちでメシに事欠いた覚え無いしなぁ)
     そんな考えがチラッと浮かんだものの、シェロは口に出さないでおいた。

     シェロが半分ほど――そしてミェーチ父娘がほとんど――平らげたところで、シェロは改めて、二人の健啖ぶりに言及した。
    「(本当に、よく召し上がるんですね)」
    「(まだ腹八分と言ったところであるがな。とは言え、この辺りで止めておかねばな。娘の財布を食い尽くすわけにも行かぬし)」
    「(あら、こちらは物価がお安い方ですから、全然大丈夫です)」
    「(へぇ、そうなんですか?)」
     尋ねたシェロに、ミェーチ将軍が濁し気味に答える。
    「(色々事情があるのでな)」
     それに対して、リディアは素直に説明してくれた。
    「(ノルド王国もこちらと同じ沿岸部とは言え、海岸からは遠いところですから、お魚があまり手に入りませんし、どうしても高くなるんです。その代わり、お野菜は手に入りやすいんです。山間部と峠でつながってますから)」
    「(関税を元値の倍は掛けられるがな)」
     リディアが説明するにつれ、ミェーチ将軍も口が軽くなる。
    「(加えて、帝国に税を収めねばならん故、民からその分も含めて取り立てねばならん。となれば当然、物価も高くなると言うものだ)」
     その言い方がいかにも不満そうに感じたため、シェロはつい、こんなことも尋ねてみた。
    「(それなら今回の、うちとの友好条約締結は、いいコトなんじゃないですか? 閣下は不満そうに仰っていたようですが)」
    「(うーむ……。そうと言えなくも無いのだが)」
     そう前置きしつつ、ミェーチ将軍はぶつぶつと、文句を垂れ始めた。
    「(帝国は裏切りや抵抗を一切許さぬ非道の輩共だ。貴君らと友好条約を結んだとあらば、早晩攻めてくるであろう。既に我が国首都、ネザメルレスの側に陣を構え、刃を研いでおるやも知れん。だと言うのに殿は、この期に及んで『どうにかして異邦の力を借りれぬものか』『帝国との関係維持はできぬものであろうか』などと言い出す始末だ。真っ向から戦おうとはせぬし、情けないことこの上無い。
     そもそも殿は、帝国を軽く見ておるのだ。お父上があれほど残虐な殺され方をし、ご自身も10年近く皇帝の下僕となり続けておると言うのに、貴君らが来訪し、南を治め始めた途端、『彼らを味方に付ければ怖いものなど無い』などと言い出し、向こう見ずな決断ばかり下していらっしゃる!
     我々家臣団の中にも、ノルド王がこのまま統治を続けることに不安を感じておる者も少なくない。今までは特に騒ぎも起こさず、淡々と帝国に付き従っていてくれたが、こうして行動を起こした以上、吾輩のように力ずくででも諌めに入るか、あるいはもっと強硬な手に出る者も現れるだろう)」
    「(はあ、そうですか)」
     長々とした愚痴を、シェロは一言だけ答えて受け流した。

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    双月世界の虎獣人たちは基本的にご飯大好き。
    こないだ描いたこの娘も、きっと食いしん坊。
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