「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第4部
琥珀暁・虎交伝 5
神様たちの話、第189話。
訓告。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
「ハンくん、おるかー? シェロくんと一緒かー?」
「エリザさんですか? ええ、ここに」
ハンが返事したところで、エリザがもう一度、ドアを叩く。
「鍵かけとんのは何でや?」
「二人きりで話をするためです」
「ホンマか? 話やなくて、訓録(くんろく)垂れとんのやろ?」
「そうです」
「ドア開けぇや」
「必要ありません。もう話は済みます」
「必要あるから言うてるんやないの。アタシがそんなんで納得すると思うんか? さっさと開けよし」
そう言われ、ハンは渋々と言った様子でドアの鍵を外す。
すぐさま入ってきたエリザは、床に尻餅を着いているシェロの姿を見て、はぁ、とため息を付いた。
「やっぱりか。アンタなぁ……」
「なんです?」
「やり方がまるで拷問やないか。シェロくん、お顔がごっつ腫れとるやないの」
「必然です。彼には命令不服従や素行不良が見られたので」
いつもはニコニコと笑みをたたえるエリザが、ここでギロリとハンをにらむ。
「で、懲罰房にでも入れてオシオキしよかっちゅうコトか?」
「そのつもりです」
「アホなコト言いなや」
エリザはシェロの側にしゃがみ込み、腫れ上がった左頬を撫でた。
「この子のうわさはアタシも耳にしとるけども、ココまでされるようなコトやないやろ? 可愛い子に声掛けられたら、そらデートしたなるくらいは当たり前やん。若いんやし。ソレをアンタ、どうせ『軍人たるもの真面目でないと駄目だ』とかワケの分からん理屈こねて、ソレに従わへんから殴って言うコト聞かせようとしたんやろ」
「その言い方には語弊がありますが、そうなるでしょうね」
「誰がそんなコト決めた? 軍規に『軍人は結婚するな』とか書いてあったか? 『軍人は友達作るな』言うてたか?」
「確かにそんな軍規はありません。しかし道徳的に……」
「ソレは誰の道徳や? 皆の目標か? ソレともアンタ一人の理想か?」
「……」
答えられないらしく、ハンは黙り込む。その間にエリザは、シェロに治療術を施し、助け起こした。
「アンタはクソ真面目が大好きみたいやけどな、皆はソコまでアホみたいに真面目やない。皆に合わへん規律は強いるだけ無駄や。誰もやらんコトを強制したとて、誰がそんなもん守るかっちゅう話や。やらへんもんを無理矢理やらせようっちゅうのんは、ソレこそ規律がブッ壊れる。誰も言うコト聞かんようになるで。
どうしてもアンタの言う規律を徹底したい、徹底させたいっちゅうんやったら、いっぺんきちんと、皆とお話せなアカンわ。ソレも無しでいきなり頭ごなしに『俺の言うコト聞け』は、ソレこそ規律もクソも無い、アンタ一人の身勝手や。軍隊風にお堅く言うたら独断専横やろが。アタシに専横すな言うといて、アンタがやるんはええっちゅうんか?」
「仰ることは、理解できます」
「せやな? せやからソレまでは、一人で勝手に罰与えるんは無しや。きちんと話し合って、規定を定めてからや。ソレで、ええな?」
普段はニコニコと、飄々と振る舞うエリザににらみつけられ、ハンも閉口せざるを得なかったらしい。
「……了解です」
素直に引き下がり、ハンはその場から足早に立ち去った。
エリザと二人きりになったところで、シェロは恐る恐る、エリザに声をかけた。
「あの、先生。俺は……」
「気にせんでええよ。元通り仲良くしとき。そんなんに口突っ込む方が野暮でアホやからな。後になって『やっぱり付き合うたらアカンくなった』なんてコトも、アタシがさせへんさかい。
ほんで、どないや?」
「どうって?」
「可愛えんか?」
そう問われ、シェロは思わずそっぽを向いてしまうが、エリザはひょい、と回り込んでくる。
「なんや、言われへん感じか? ひどいんか?」
「いや、そうじゃないですけども。……まあ、その、ソレなりには、……可愛い方だと」
「あら、ええやないの。名前は何て言うん?」
「リディアです」
「どんな娘や?」
「虎獣人で、良く食べる娘ですね。思ったコト、ハキハキ話すタイプっスけど、優しくて笑顔が可愛くて、……って、あ、いや、だから別に俺、そんなんじゃなくってですね」
「アハハハ……。分かっとる分かっとる。ま、頑張りや」
エリザはぽんぽんとシェロの頭を優しく叩き、ひょこひょことした足取りで部屋から去って行き――かけて、くるっと振り向く。
「せや、シェロくん」
「はい?」
「ハンくんが言うたコトとか、殴ってきよったコトとかはもう忘れときや。根に持たんとき」
「……努めます」
「まあ、どうしてもハラに据えかねるっちゅう時はアタシに言うてや。そん時はきちんと謝らせるし、他に相談あったら、いくらでも乗るさかいな」
「どうも」
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「ハンくん、おるかー? シェロくんと一緒かー?」
「エリザさんですか? ええ、ここに」
ハンが返事したところで、エリザがもう一度、ドアを叩く。
「鍵かけとんのは何でや?」
「二人きりで話をするためです」
「ホンマか? 話やなくて、訓録(くんろく)垂れとんのやろ?」
「そうです」
「ドア開けぇや」
「必要ありません。もう話は済みます」
「必要あるから言うてるんやないの。アタシがそんなんで納得すると思うんか? さっさと開けよし」
そう言われ、ハンは渋々と言った様子でドアの鍵を外す。
すぐさま入ってきたエリザは、床に尻餅を着いているシェロの姿を見て、はぁ、とため息を付いた。
「やっぱりか。アンタなぁ……」
「なんです?」
「やり方がまるで拷問やないか。シェロくん、お顔がごっつ腫れとるやないの」
「必然です。彼には命令不服従や素行不良が見られたので」
いつもはニコニコと笑みをたたえるエリザが、ここでギロリとハンをにらむ。
「で、懲罰房にでも入れてオシオキしよかっちゅうコトか?」
「そのつもりです」
「アホなコト言いなや」
エリザはシェロの側にしゃがみ込み、腫れ上がった左頬を撫でた。
「この子のうわさはアタシも耳にしとるけども、ココまでされるようなコトやないやろ? 可愛い子に声掛けられたら、そらデートしたなるくらいは当たり前やん。若いんやし。ソレをアンタ、どうせ『軍人たるもの真面目でないと駄目だ』とかワケの分からん理屈こねて、ソレに従わへんから殴って言うコト聞かせようとしたんやろ」
「その言い方には語弊がありますが、そうなるでしょうね」
「誰がそんなコト決めた? 軍規に『軍人は結婚するな』とか書いてあったか? 『軍人は友達作るな』言うてたか?」
「確かにそんな軍規はありません。しかし道徳的に……」
「ソレは誰の道徳や? 皆の目標か? ソレともアンタ一人の理想か?」
「……」
答えられないらしく、ハンは黙り込む。その間にエリザは、シェロに治療術を施し、助け起こした。
「アンタはクソ真面目が大好きみたいやけどな、皆はソコまでアホみたいに真面目やない。皆に合わへん規律は強いるだけ無駄や。誰もやらんコトを強制したとて、誰がそんなもん守るかっちゅう話や。やらへんもんを無理矢理やらせようっちゅうのんは、ソレこそ規律がブッ壊れる。誰も言うコト聞かんようになるで。
どうしてもアンタの言う規律を徹底したい、徹底させたいっちゅうんやったら、いっぺんきちんと、皆とお話せなアカンわ。ソレも無しでいきなり頭ごなしに『俺の言うコト聞け』は、ソレこそ規律もクソも無い、アンタ一人の身勝手や。軍隊風にお堅く言うたら独断専横やろが。アタシに専横すな言うといて、アンタがやるんはええっちゅうんか?」
「仰ることは、理解できます」
「せやな? せやからソレまでは、一人で勝手に罰与えるんは無しや。きちんと話し合って、規定を定めてからや。ソレで、ええな?」
普段はニコニコと、飄々と振る舞うエリザににらみつけられ、ハンも閉口せざるを得なかったらしい。
「……了解です」
素直に引き下がり、ハンはその場から足早に立ち去った。
エリザと二人きりになったところで、シェロは恐る恐る、エリザに声をかけた。
「あの、先生。俺は……」
「気にせんでええよ。元通り仲良くしとき。そんなんに口突っ込む方が野暮でアホやからな。後になって『やっぱり付き合うたらアカンくなった』なんてコトも、アタシがさせへんさかい。
ほんで、どないや?」
「どうって?」
「可愛えんか?」
そう問われ、シェロは思わずそっぽを向いてしまうが、エリザはひょい、と回り込んでくる。
「なんや、言われへん感じか? ひどいんか?」
「いや、そうじゃないですけども。……まあ、その、ソレなりには、……可愛い方だと」
「あら、ええやないの。名前は何て言うん?」
「リディアです」
「どんな娘や?」
「虎獣人で、良く食べる娘ですね。思ったコト、ハキハキ話すタイプっスけど、優しくて笑顔が可愛くて、……って、あ、いや、だから別に俺、そんなんじゃなくってですね」
「アハハハ……。分かっとる分かっとる。ま、頑張りや」
エリザはぽんぽんとシェロの頭を優しく叩き、ひょこひょことした足取りで部屋から去って行き――かけて、くるっと振り向く。
「せや、シェロくん」
「はい?」
「ハンくんが言うたコトとか、殴ってきよったコトとかはもう忘れときや。根に持たんとき」
「……努めます」
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今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Comment ~
NoTitle
事実その1 送り出した遠征軍が負けて帰ってきたことから、帝国の遠征作戦はまず不可能であり、当初の戦略構想自体が崩壊している
事実その2 敵の遠征軍により寝返る国が続出している現状を見ると、敵の遠征軍を殲滅し、裏切った国を懲罰しなければ帝国自体の威信が保てない
事実その3 もし、敵の術者を誰でもいいから捕虜にできると、自軍も魔術が使えるようになる可能性が大
事実その4 仮想敵に勝利できる軍隊にするためには軍制システム自体の大規模な改革と再編成と訓練と時間が必要
この4点からだけでも、エリザが何と笑おうが、国土を焼き払って閉じこもる作戦は長期戦略的にも非常に有効ですね。エリザはともかく、ハンくんはそこまで考えていないだろうけど。だからちょっと、戦略家としてのエリザの積極策にもろ手を上げて賛成するのは、わたしにはできかねますが、まあ、ここは、「史実」のエリザの判断を尊重しよう。あの常勝の天才ユリウス・カエサルだって、その生涯においてはいくつもの軍事的なミスを犯しているし(^^)
またひとつの可能性として、エリザはその情報網から得た情報を分析して、「敵は絶対に焦土作戦をしてこない」という確信があったのかもしれませんね。焦土作戦は、いわば帝国にしてみれば「自分の財産を目減りさせる行為」ですから、積極的に採用したがる支配層はいないでしょう。中に、勇気を奮って献策した将軍がいて、それがはねつけられて獄へ送られて……とかやったら、別な形で膨らませるとか、「外伝」が一本書けそうですな(^^)
事実その2 敵の遠征軍により寝返る国が続出している現状を見ると、敵の遠征軍を殲滅し、裏切った国を懲罰しなければ帝国自体の威信が保てない
事実その3 もし、敵の術者を誰でもいいから捕虜にできると、自軍も魔術が使えるようになる可能性が大
事実その4 仮想敵に勝利できる軍隊にするためには軍制システム自体の大規模な改革と再編成と訓練と時間が必要
この4点からだけでも、エリザが何と笑おうが、国土を焼き払って閉じこもる作戦は長期戦略的にも非常に有効ですね。エリザはともかく、ハンくんはそこまで考えていないだろうけど。だからちょっと、戦略家としてのエリザの積極策にもろ手を上げて賛成するのは、わたしにはできかねますが、まあ、ここは、「史実」のエリザの判断を尊重しよう。あの常勝の天才ユリウス・カエサルだって、その生涯においてはいくつもの軍事的なミスを犯しているし(^^)
またひとつの可能性として、エリザはその情報網から得た情報を分析して、「敵は絶対に焦土作戦をしてこない」という確信があったのかもしれませんね。焦土作戦は、いわば帝国にしてみれば「自分の財産を目減りさせる行為」ですから、積極的に採用したがる支配層はいないでしょう。中に、勇気を奮って献策した将軍がいて、それがはねつけられて獄へ送られて……とかやったら、別な形で膨らませるとか、「外伝」が一本書けそうですな(^^)
NoTitle
確かに沿岸部陣営にとっては絶大な効果を誇り、かつ、帝国本国にとっては大した被害も出ない最上策ですが、それは同時に港湾施設の徹底的破壊も意味します。
かねてから北方大陸外への侵攻、侵略を目論む帝国が、まさか自身の基本計画、外交方針を破棄してまで、その壊滅的戦略を実行するかどうか……。
実行したらエリザはきっと、「向こうさん、アタシらに敵わん思て自分からドア閉めて閉じこもりはったわ」と嘲笑うかも知れません。
……やりかねませんが。可能性は無いとは言えません。
ネタとしてはアリだったかも知れません。
作者の僕としては採ってもいいアイデアだったかも分かりませんね。
かねてから北方大陸外への侵攻、侵略を目論む帝国が、まさか自身の基本計画、外交方針を破棄してまで、その壊滅的戦略を実行するかどうか……。
実行したらエリザはきっと、「向こうさん、アタシらに敵わん思て自分からドア閉めて閉じこもりはったわ」と嘲笑うかも知れません。
……やりかねませんが。可能性は無いとは言えません。
ネタとしてはアリだったかも知れません。
作者の僕としては採ってもいいアイデアだったかも分かりませんね。
NoTitle
古今東西の戦史をひっくり返して調べた結果、このエリザとハンの率いる侵略軍に対して帝国側の取るべき作戦は、
「焦土作戦」
これ以外にない、ということで参謀本部の意見が一致しました(参謀本部って誰やねん)。
広くて生産力の乏しい国土、寒冷な気候、木造のインフラストラクチャーが主流、敵の遠征軍は我に比べて戦闘力と防御力はめちゃくちゃ高いが人員的には少数で、敵中に孤立状態にあり、しかも補給物資は海を渡らないと持ってこられない、と、ぜひ焦土作戦を行ってくださいといわんばかりのシチュエーション。帝国が悪役だったらここはぜひとも、裏切った国を含めて、大々的に国土を焼け野原にしてもらいたいところ。
ペルシア帝国がアレクサンドロス大王の遠征軍に対する作戦として採用していたら、アレクサンドロスはまず間違いなく負けていた、という作戦ですが、やっぱり当時のメムノン将軍の献策と同様、破棄されちまうんだろうなあ。でないと話が終わってしまうので(笑)
「焦土作戦」
これ以外にない、ということで参謀本部の意見が一致しました(参謀本部って誰やねん)。
広くて生産力の乏しい国土、寒冷な気候、木造のインフラストラクチャーが主流、敵の遠征軍は我に比べて戦闘力と防御力はめちゃくちゃ高いが人員的には少数で、敵中に孤立状態にあり、しかも補給物資は海を渡らないと持ってこられない、と、ぜひ焦土作戦を行ってくださいといわんばかりのシチュエーション。帝国が悪役だったらここはぜひとも、裏切った国を含めて、大々的に国土を焼け野原にしてもらいたいところ。
ペルシア帝国がアレクサンドロス大王の遠征軍に対する作戦として採用していたら、アレクサンドロスはまず間違いなく負けていた、という作戦ですが、やっぱり当時のメムノン将軍の献策と同様、破棄されちまうんだろうなあ。でないと話が終わってしまうので(笑)
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いや、小説を書くことの楽しさを最近忘れ気味になってましたが、楽しいですね(^^)