「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第4部
琥珀暁・信揺伝 3
神様たちの話、第194話。
憔悴。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
ハンの悪評が立ったことで、彼は若干ながら、仕事がし辛くなった。
「先日の強襲騒ぎに関して改めて説明するが、彼らが砂利石を撒くだけに留め、実際の破壊工作を行わなかったことの理由は今持って不明であり、更に言うならば本当に帝国兵の仕業であるかすら、定かでは無い。
事実を明らかにするため、もう一度現地で調査を行う」
隊員と王国兵の中から十数名を集めてそう説明したが、ハンはこの時、誰かがぼそぼそと、こうつぶやくのを聞き逃さなかった。
「(事実を明らかにするのはあんただろ)」
「(平気で人を殴るクセして、偉そうにしやがって)」
「……」
しかし、ハンは声のした方向をにらみもせず、注意することもせずに、「それでは出発する」とだけ命じた。
これまで遠征隊については――概ねエリザの尽力によって――いい評判しか無く、ハンもその恩恵に預かる形で、何の不都合も無く指揮・統率が取れていた。しかしシェロの立てた悪評が広まって以降、程度の差はあれど、ハンの命令に従わない者が増えており、統制が取れなくなりつつあった。
その影響もあってか、調査は全く成果が無く、ハンはただただ疲労感を覚えて宿舎に戻って来た。
「おかえりなさい、ハン」
自室の前まで来たところでクーが声をかけて来たが、ハンは短くうなずくだけで返し、そのまま部屋に入ろうとする。
「ハン」
が、クーが腕を引き、押し止めようとする。
「何だ」
ハンは一言、それだけ返したが、クーは何も言わず、じっと見つめてくる。
「……何だよ? 何かあるなら言ってくれ」
「とても憔悴(しょうすい)してらっしゃいますわね」
クーの言葉に、ハンは横に首を振る。
「大丈夫だ」
「嘘はよろしくございませんわよ」
クーがぐいっと腕を引っ張るが、ハンはびくともしない。
「嘘じゃない」
「嘘でなければ、どうしてあなたはそんなお顔で、わたくしに挨拶もせず、部屋に閉じこもろうとなさるのかしら」
「顔は生まれつきだ。挨拶はしそびれた。閉じこもるも何も、まだ部屋に入ってない」
「言い訳は無用ですわよ。とにかく、わたくしに付いていらっしゃいませ」
「断ると言ったら?」
「断らせませんわよ。わたくしに従うまで、この手を放しませんから」
強情を張られ、ハンはため息をついた。
「分かったよ。どこへ行けばいい?」
「食堂です。あなた、朝も召し上がってらっしゃらないでしょう? マリアに伺ったら、昼も抜いていらしたそうですし。そのご様子だと、ご夕飯も召し上がらないおつもりでしょう?」
「食欲が無いからな」
「いつから?」
「さあな」
「いい加減になさい!」
クーの叱咤に、ハンは少なからず面食らう。
「何を怒ってるんだ?」
「昨日もあなた、そんなご調子だったでしょう!? 一体いつから召し上がってないの!?」
「覚えてない」
「では即刻、食堂へ参りましょう。これ以上お食事を取らなければ、倒れてしまいます」
「いいからもう放っといてくれないか」
「あら」
一転、クーはニッと、エリザのような含みのある笑みを見せる。
「それはわたくしの招待を断ると言うことかしら?」
「そんな顔と言い方をされて、俺が断るわけが無い。そう思ってるんだろう?」
ハンは無理矢理にクーの腕を振りほどき、ドアを開ける。
「今日はもう疲れた。話とか飯は明日にしてくれ」
そのまま部屋に入ろうとしたところで、クーがこんなことを言ってきた。
「『飯は食えるうちに食っとけ。じゃなきゃ後でマズくなる。色んな意味でな』」
「……」
くる、と振り返り、ハンは苛立たしげに尋ねる。
「誰から聞いたんだ?」
「シモン将軍とエリザさんからですわ。あなた、わたくしはともかくとして、ご自分のお父様とエリザさんまでないがしろにされるのかしら?」
「……分かったよ。そこまで出されちゃ、何も言い返せん」
「ではついてらっしゃい」
それ以上文句を言う気力も湧かず、ハンは静かに、クーの後を付いて行った。
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憔悴。
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ハンの悪評が立ったことで、彼は若干ながら、仕事がし辛くなった。
「先日の強襲騒ぎに関して改めて説明するが、彼らが砂利石を撒くだけに留め、実際の破壊工作を行わなかったことの理由は今持って不明であり、更に言うならば本当に帝国兵の仕業であるかすら、定かでは無い。
事実を明らかにするため、もう一度現地で調査を行う」
隊員と王国兵の中から十数名を集めてそう説明したが、ハンはこの時、誰かがぼそぼそと、こうつぶやくのを聞き逃さなかった。
「(事実を明らかにするのはあんただろ)」
「(平気で人を殴るクセして、偉そうにしやがって)」
「……」
しかし、ハンは声のした方向をにらみもせず、注意することもせずに、「それでは出発する」とだけ命じた。
これまで遠征隊については――概ねエリザの尽力によって――いい評判しか無く、ハンもその恩恵に預かる形で、何の不都合も無く指揮・統率が取れていた。しかしシェロの立てた悪評が広まって以降、程度の差はあれど、ハンの命令に従わない者が増えており、統制が取れなくなりつつあった。
その影響もあってか、調査は全く成果が無く、ハンはただただ疲労感を覚えて宿舎に戻って来た。
「おかえりなさい、ハン」
自室の前まで来たところでクーが声をかけて来たが、ハンは短くうなずくだけで返し、そのまま部屋に入ろうとする。
「ハン」
が、クーが腕を引き、押し止めようとする。
「何だ」
ハンは一言、それだけ返したが、クーは何も言わず、じっと見つめてくる。
「……何だよ? 何かあるなら言ってくれ」
「とても憔悴(しょうすい)してらっしゃいますわね」
クーの言葉に、ハンは横に首を振る。
「大丈夫だ」
「嘘はよろしくございませんわよ」
クーがぐいっと腕を引っ張るが、ハンはびくともしない。
「嘘じゃない」
「嘘でなければ、どうしてあなたはそんなお顔で、わたくしに挨拶もせず、部屋に閉じこもろうとなさるのかしら」
「顔は生まれつきだ。挨拶はしそびれた。閉じこもるも何も、まだ部屋に入ってない」
「言い訳は無用ですわよ。とにかく、わたくしに付いていらっしゃいませ」
「断ると言ったら?」
「断らせませんわよ。わたくしに従うまで、この手を放しませんから」
強情を張られ、ハンはため息をついた。
「分かったよ。どこへ行けばいい?」
「食堂です。あなた、朝も召し上がってらっしゃらないでしょう? マリアに伺ったら、昼も抜いていらしたそうですし。そのご様子だと、ご夕飯も召し上がらないおつもりでしょう?」
「食欲が無いからな」
「いつから?」
「さあな」
「いい加減になさい!」
クーの叱咤に、ハンは少なからず面食らう。
「何を怒ってるんだ?」
「昨日もあなた、そんなご調子だったでしょう!? 一体いつから召し上がってないの!?」
「覚えてない」
「では即刻、食堂へ参りましょう。これ以上お食事を取らなければ、倒れてしまいます」
「いいからもう放っといてくれないか」
「あら」
一転、クーはニッと、エリザのような含みのある笑みを見せる。
「それはわたくしの招待を断ると言うことかしら?」
「そんな顔と言い方をされて、俺が断るわけが無い。そう思ってるんだろう?」
ハンは無理矢理にクーの腕を振りほどき、ドアを開ける。
「今日はもう疲れた。話とか飯は明日にしてくれ」
そのまま部屋に入ろうとしたところで、クーがこんなことを言ってきた。
「『飯は食えるうちに食っとけ。じゃなきゃ後でマズくなる。色んな意味でな』」
「……」
くる、と振り返り、ハンは苛立たしげに尋ねる。
「誰から聞いたんだ?」
「シモン将軍とエリザさんからですわ。あなた、わたくしはともかくとして、ご自分のお父様とエリザさんまでないがしろにされるのかしら?」
「……分かったよ。そこまで出されちゃ、何も言い返せん」
「ではついてらっしゃい」
それ以上文句を言う気力も湧かず、ハンは静かに、クーの後を付いて行った。
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