「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第5部
蒼天剣・交差録 3
晴奈の話、第233話。
真人間になった暴れん坊。
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3.
結局ロウは寝室に閉じこもり、そのまま眠ってしまったらしい。シルビアが何度呼びかけても、寝室から返事は返ってこなかった。
「本当にすみません……」
「いや、こちらこそ」
晴奈とシルビア、両者ともしきりに頭を下げている。それを見ていたトレノが、クスクス笑い出した。
「コウ先生って、思ってたよりおもしろいや」
「こ、こらっ、トレノ!」
顔を赤くして叱るシルビアに、晴奈は手を振る。
「いやいや、そう気になさらず」
晴奈はふと思いつき、膝を屈めてトレノに尋ねる。
「トレノ。ロウはどんな奴だ?」
「え? うーん、いい人だよ」
思いもよらない答えが返ってきて、晴奈は目を丸くした。
「いい人?」
「うん。ボクらとよくあそんでくれるし、シスターにもやさしいし。それに、こんどエリザリーグでゆーしょーしたら、こじいん作るって言ってたし」
「孤児院を?」
晴奈の知っているウィルバーとはまるで違うロウの評価と行動に、晴奈はめまいを覚えるほど驚いた。
(本当に、あいつはウィルでは無いのか? 別人のようだ)
「……コウ先生? どしたの?」
トレノがきょとんとした顔で、首をかしげている。
「あ、ああ、失敬。……そうか、孤児院を作ろうとしているのか。うむ、それは確かに、いい人だな」
「うん。ボクもシスターも、みんなロウさんのこと大好きだよ」
そう言って屈託なく笑うトレノを見て、晴奈はこんな風に思った。
(先程の、ロウのあの慌て様。もしかすれば本当に、あいつはウィルなのかも知れぬ。
しかし、この街で教会の皆と過ごす生活が気に入ったのだろう。以前の生活に戻ること――『ウィル』だった自分に戻ることを恐れ、忌避しているのかも知れぬな。
であれば、これ以上詮索するのは彼奴にとって、不利益になるやも知れぬ。折角清い生き方を始められると言うのに、あの退廃したウィルに引き戻すのは忍びないしな)
心の整理が付いたところで椅子から立ち上がり、晴奈はフォルナに声をかけた。
「そろそろ帰るぞ、フォルナ」
「あ、はい」
シルビアや他の子供たちと話していたフォルナが顔を向けて応える。
「さよなら、フォルナさん」
「また来てね、コウ先生」
シルビアと子供たちは名残惜しそうに手を振り、別れの挨拶をする。
と、そこで晴奈はロウについて聞いた話を思い出した。
(そう言えば、武器がどうとか言っていたな。しかし私からすれば滑稽な話だ。ウィルと言えば、……ふむ)
晴奈はあることを思いつき、トレノに耳打ちした。
「トレノ。後でロウと話す時があったら、このように伝えてくれ」
「……うん、……うん、……なあに、それ?」
「央南の武器だ。ロウならきっと使いこなせる。それでは失礼する」
晴奈とフォルナはそこで、教会を後にした。
夕方になり、ようやくロウは寝室から出てきた。
「ふあ、あ……。また、あの夢を見ちまった」
あの夢、と言うのは晴奈らしき猫獣人と川の中で戦っている夢のことである。晴奈と闘技場の医務室で会って以来、彼は頻繁にこの夢を見るようになっていた。
(セイナ、何なんだよお前は。オレはもう、お前なんか忘れたはずなんだ――他の記憶はまったく戻らないクセして、お前のコトだけは日を追うごとに鮮明になってくる――オレの、『ロウ』の邪魔をしねーでくれよ、本当に……)
晴奈のことを思い出す度、彼の中で激しい葛藤が起こる。
(そりゃさ、確かに、オレ、お前のコト、好きだったと思う。前のオレは、そうだった。それは認める。
でも、今のオレは、シルビアが好きなんだ。あいつのコトを想うと、何かすげー、心が燃え上がるんだ。闘技場で戦ってる時とは別格の、陶酔感。戦いでは手に入らない、温もり。
戻りたくない。オレはここにいたいんだ)
「……さん、ロウさーん」
誰かが声をかけていることに、ようやく気付く。
「んあ? ……あ、トレノ」
「さっきから呼んでるのにー」
トレノは口をとがらせ、ロウを見上げている。
「悪い悪い。どした?」
ロウは慌てて笑顔を作り、トレノに応える。
「あのね、さっきコウ先生からね」
「あ? セイナが何だって?」
折角作った笑顔も、その名前で険悪なものになってしまう。それでもトレノはめげずに、話を続ける。
「あ、あのー、えっと、コウ先生から、でんごんがあったんだ。
『ロウ、まだおのれに合うぶきを見つけていないのならば、サンセツコンをためしてみるといい』って。……なんだろね、サンセツコンって」
「さん、せつ、……三節棍、か」
その伝言を聞いた瞬間、ロウの脳裏に電撃が走った。
(……三節棍!? 何かよく分かんねーけど、……それだ!
オレにはそれがいる! そんな気がする!)
抜けていたパズルのピースがかっちりはまるかのような閃きが、ロウの脳内を駆け巡った。
「ロウさん?」
きょとんとした顔で自分を見上げていたトレノの頭にポンと手を載せ、ロウはこんな頼みごとをした。
「トレノ。ちっと、買い物に付き合ってくれるか? ……あーそうだ、レヴィも連れてくか」
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真人間になった暴れん坊。
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結局ロウは寝室に閉じこもり、そのまま眠ってしまったらしい。シルビアが何度呼びかけても、寝室から返事は返ってこなかった。
「本当にすみません……」
「いや、こちらこそ」
晴奈とシルビア、両者ともしきりに頭を下げている。それを見ていたトレノが、クスクス笑い出した。
「コウ先生って、思ってたよりおもしろいや」
「こ、こらっ、トレノ!」
顔を赤くして叱るシルビアに、晴奈は手を振る。
「いやいや、そう気になさらず」
晴奈はふと思いつき、膝を屈めてトレノに尋ねる。
「トレノ。ロウはどんな奴だ?」
「え? うーん、いい人だよ」
思いもよらない答えが返ってきて、晴奈は目を丸くした。
「いい人?」
「うん。ボクらとよくあそんでくれるし、シスターにもやさしいし。それに、こんどエリザリーグでゆーしょーしたら、こじいん作るって言ってたし」
「孤児院を?」
晴奈の知っているウィルバーとはまるで違うロウの評価と行動に、晴奈はめまいを覚えるほど驚いた。
(本当に、あいつはウィルでは無いのか? 別人のようだ)
「……コウ先生? どしたの?」
トレノがきょとんとした顔で、首をかしげている。
「あ、ああ、失敬。……そうか、孤児院を作ろうとしているのか。うむ、それは確かに、いい人だな」
「うん。ボクもシスターも、みんなロウさんのこと大好きだよ」
そう言って屈託なく笑うトレノを見て、晴奈はこんな風に思った。
(先程の、ロウのあの慌て様。もしかすれば本当に、あいつはウィルなのかも知れぬ。
しかし、この街で教会の皆と過ごす生活が気に入ったのだろう。以前の生活に戻ること――『ウィル』だった自分に戻ることを恐れ、忌避しているのかも知れぬな。
であれば、これ以上詮索するのは彼奴にとって、不利益になるやも知れぬ。折角清い生き方を始められると言うのに、あの退廃したウィルに引き戻すのは忍びないしな)
心の整理が付いたところで椅子から立ち上がり、晴奈はフォルナに声をかけた。
「そろそろ帰るぞ、フォルナ」
「あ、はい」
シルビアや他の子供たちと話していたフォルナが顔を向けて応える。
「さよなら、フォルナさん」
「また来てね、コウ先生」
シルビアと子供たちは名残惜しそうに手を振り、別れの挨拶をする。
と、そこで晴奈はロウについて聞いた話を思い出した。
(そう言えば、武器がどうとか言っていたな。しかし私からすれば滑稽な話だ。ウィルと言えば、……ふむ)
晴奈はあることを思いつき、トレノに耳打ちした。
「トレノ。後でロウと話す時があったら、このように伝えてくれ」
「……うん、……うん、……なあに、それ?」
「央南の武器だ。ロウならきっと使いこなせる。それでは失礼する」
晴奈とフォルナはそこで、教会を後にした。
夕方になり、ようやくロウは寝室から出てきた。
「ふあ、あ……。また、あの夢を見ちまった」
あの夢、と言うのは晴奈らしき猫獣人と川の中で戦っている夢のことである。晴奈と闘技場の医務室で会って以来、彼は頻繁にこの夢を見るようになっていた。
(セイナ、何なんだよお前は。オレはもう、お前なんか忘れたはずなんだ――他の記憶はまったく戻らないクセして、お前のコトだけは日を追うごとに鮮明になってくる――オレの、『ロウ』の邪魔をしねーでくれよ、本当に……)
晴奈のことを思い出す度、彼の中で激しい葛藤が起こる。
(そりゃさ、確かに、オレ、お前のコト、好きだったと思う。前のオレは、そうだった。それは認める。
でも、今のオレは、シルビアが好きなんだ。あいつのコトを想うと、何かすげー、心が燃え上がるんだ。闘技場で戦ってる時とは別格の、陶酔感。戦いでは手に入らない、温もり。
戻りたくない。オレはここにいたいんだ)
「……さん、ロウさーん」
誰かが声をかけていることに、ようやく気付く。
「んあ? ……あ、トレノ」
「さっきから呼んでるのにー」
トレノは口をとがらせ、ロウを見上げている。
「悪い悪い。どした?」
ロウは慌てて笑顔を作り、トレノに応える。
「あのね、さっきコウ先生からね」
「あ? セイナが何だって?」
折角作った笑顔も、その名前で険悪なものになってしまう。それでもトレノはめげずに、話を続ける。
「あ、あのー、えっと、コウ先生から、でんごんがあったんだ。
『ロウ、まだおのれに合うぶきを見つけていないのならば、サンセツコンをためしてみるといい』って。……なんだろね、サンセツコンって」
「さん、せつ、……三節棍、か」
その伝言を聞いた瞬間、ロウの脳裏に電撃が走った。
(……三節棍!? 何かよく分かんねーけど、……それだ!
オレにはそれがいる! そんな気がする!)
抜けていたパズルのピースがかっちりはまるかのような閃きが、ロウの脳内を駆け巡った。
「ロウさん?」
きょとんとした顔で自分を見上げていたトレノの頭にポンと手を載せ、ロウはこんな頼みごとをした。
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短編・掌編

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今日の旅岡さん

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うわー、晴奈ちゃんの性格上しかたがないことだけど、また踏まなくてもいい地雷を~!!
ここらへんから登場人物が魅入られたようにこの節の破局へ向かって進むんですねわかります。
ここらへんから登場人物が魅入られたようにこの節の破局へ向かって進むんですねわかります。
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NoTitle
晴奈のこのアドバイスは、フラグに見えなくも無い。
ただ……。もし、晴奈がこの時、ロウに三節棍のことを教えていなければ、今後の展開は大きく違っていたかも知れません。
ただ、そうなるとこの後得られる幸せも、また少し違ったものになり、そこにはまた、別の不幸も待っているかも知れない。
何が最良の選択かは、一概には言えませんね……。