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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第5部

    蒼天剣・錯綜録 4

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    晴奈の話、第241話。
    大食い虎っ娘、ふたたび。

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    4.
    「本日のニコルリーグ第3戦、キース対コウの自由席ですね。50クラムです」
     折角なので晴奈の試合を観ていこうと、フォルナは入場券を買った。
     試合開始までまだ30分以上あるので、席に付く前にお菓子や飲み物でも買おうと売店に寄ってみる。
     と、売店の前に人だかりができている。さらにその中心から、虎耳がぴょこんと覗いているのが見えた。
    「あぁん、みんな落ち着いてーな」
     聞き覚えのある声が聞こえてくる。それに、人垣から覗く黒縞の虎耳と青や緑、黄色と派手に染めた髪にも見覚えがある。
    「ウチ、字ぃ下手やねんからもうちょい待ってーな」
    (あれは……)
     二、三日前、朱海が店に連れて来た虎獣人の女性である。
    「ホイ、ホイ、ホイ、……っと。もうええか?」
    「まだもらってないよー、シリンちゃーん」
    「えぇー? ……ホイ、っと」
     流石にエリザリーグまで進んだ人気選手らしく、大勢のファンに囲まれている。
    「もうサインもろてへん人、おらへんかな?」
    「ありがとー、シリンちゃん」
    「次のエリザリーグも頑張ってねー」
     サインをもらったファンたちは、シリンに手を振りながら離れていった。
    「はふー」
     ファンたちから開放されたシリンは、手をポキポキ鳴らして一息ついていた。
    「あの、ミーシャさん」
    「ん? あれ、まだサインあげてへんかった?」
    「いえ、そうではなくて、あの、わたくし赤虎亭で……」
    「ん? ……あーあーあーあー、思い出した思い出した。せや、アケミさんトコおったなー」
    「はい、フォルナと申します」
     フォルナにぺこりと会釈され、シリンも同じように頭を下げる。
    「どもどもー。あ、もしかしてセイナさんの試合観に来たん?」
    「ええ、まあ。まだ時間がありますので、そこで飲み物など買おうかと思いまして」
    「ふんふん。それやったら、一緒に観いひん?」
    「えっ?」
     シリンはフォルナの両手を取り、ニコニコと屈託なく笑う。
    「な、そーしよーなー? ウチもセイナさんの試合観に来てたんや。そしたらな、『サインくれー』『サインくれー』て、囲まれてしもたんよ」
    「は、はぁ」
     シリンはフォルナの手をつかんだまま、売店に連れて行く。
    「なぁ、何頼むー?」
    「え? あ、えっと、それでは紅茶を」
    「他にはえーのん?」
    「ええ、それだけで結構ですわ」
    「じゃー、ウチは……」
     シリンは売店のメニューをすっと上から下になぞり、こう言った。
    「ここら辺全部」
    「ぜ、全部ですか?」
    「あ、ほんで2個ずつな」
    「2個ずつ!? あの、全部お食べになるのですか?」
    「うん。ウチ、小腹空いててなー。あ、フォルナちゃんも食べてえーよ」
    「そ、それはどうも」
     結局フォルナはシリンの注文したものを半分持って、一緒に観戦することになった。
    「はぐはぐ」
     試合がまだ始まっていないので、シリンはひたすらホットドッグにかじりついている。食べていいと言われたので、フォルナもホットドックをかじる。
    「もぐ……。そう言えば一昨日も銀鱈定食5人前、召し上がってらっしゃいましたよね」
    「むぐむぐ、うん、ウチの大好物やし」
    「随分大食漢ですのね」
    「ガツガツ、よー言われるわ。せやからこんな、でっかくなったんやろな」
    「大きい、ですわね。背といい、腕といい、脚といい」
     フォルナは自分の手や足を眺め、ふと疑問に思う。
    (この違いは何が原因なのかしら? ……なんて考えるまでも無いわね。量だわ。
     わたくしもミーシャさんと同じくらい食べれば、こんな風にでっかくなるのかしら?)
     シリンと同じ体型になった自分を想像し、フォルナはクスクスと笑った。
    「むしゃむしゃ、……ん? どないしたん?」
    「いえ、何でも。あ、始まりますわ」
     試合開始のアナウンスが流れ、リングの両側から選手が入ってきた。
    「頑張ってー、お姉さま!」
    「ゴクゴク、……お姉さま、って? セイナさん、フォルナちゃんの姉さん?」
    「あ、いえ。少し前まで一緒に旅をしていたのですが、その頃から姉のように慕っておりまして」
    「はふはふ、へー、そーなんや。確かにあの人、お姉さんオーラ出とるもんな」
    「ええ。……あ、もう終わってしまいましたの?」
     二人が話している間に、試合終了のゴングが鳴った。その日の試合も、晴奈は30秒かからずに勝ち抜けた。

    「げぷ。っと、ゴメンなー」
    「いえ、……クスッ」
     晴奈の試合が終わった後もフォルナとシリンは場所を変え、(大量のファーストフードと共に)話を続けていた。
     こちらはエランの時と違って、楽しく話ができている。
    「ほんなら、フォルナちゃんってもう半年くらい赤虎亭で働いてるんやな」
    「ええ。最初はなかなか慣れなくて戸惑うことも多かったのですが、今は楽しく働いています」
    「えーなー。ウチもまた、赤虎亭行こかなぁ」
    「ああ、そう言えば昔働いていたと言ってましたわね」
     同じ店で働いていること、そして共通の友人がいることで、話はとても弾んでいた。
    「あ、そや。セイナさん、もう帰ってしもたかな?」
    「そうですわね。わたくしたちがいること、ご存じないでしょうから」
    「せやなぁ。あ、ウチちょっと見てくるわ。もしまだ控え室に残っとったら、こっちに呼んで一緒に話しよな」
    「ええ、分かりました。それではわたくしは、ここで待っておりますね」
     シリンは急いで選手控え室へと向かう。その間にフォルナは、テーブルの上に散らかったゴミを片付け始めた。
    (わたくし、よく考えれば紅茶とホットドッグだけね、食べたのって。……すごいわ、シリンさん)
     シリンはフォルナの十倍以上は食べていた。当然、ゴミの量もそれなりに出る。
    「よいしょ、っと」
     山のように積みあがった包み紙や紙コップをゴミ箱に流し込み、フォルナは改めてシリンの大食っぷりに感心していた。
     と、トントンと肩を叩かれる。
    「はい?」
     振り向いた次の瞬間――口に布を押し当てられた。
    「え……」
     途端に、強い眠気がフォルナを襲う。
     フォルナはその場に、ばたりと倒れた。

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    2016.06.03 修正
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