「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第5部
琥珀暁・姫惑伝 7
神様たちの話、第230話。
クーのこうげき。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。
(雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2日無駄にしたってだけだな)
と、テントの中からひょこ、とクーが顔を覗かせる。
「やみましたの?」
「ああ。だが大分積もってる」
「あら」
そこでクーの全身がテントの外から現れ、結界の中をぐるっと一回りして、落胆した声を漏らした。
「これでは無理でしょうね」
「だろうな。帰る用意をした方がいい」
「ええ、そういたしましょう」
クーはテントの方に踵を返しかけるが、そこでもう一度、ハンに向き直る。
「では次回は、雪が溶けた頃にでも」
「いや、だからその頃には、本土からの……」
言いかけたハンの手を取りつつ、クーはにっこりと笑みを浮かべて、こう返した。
「お休みを取ればよろしいのでは? 今回の件、半分はわたくしへの忖度ですし、そちらについては非常にありがたく存じておりますけれど、はっきり申せばもう半分は、あなたのご趣味でしょう?」
「これは仕事だ。混同するな」
「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ」
「俺が公私混同してるって言うのか?」
「さようでしょう? まさか違うなどと、臆面も無く仰るおつもりかしら」
「なっ」
はっきりと言い切られ、ハンは面食らう。その様子を見てなお、クーはにこりと微笑んだまま、口撃を止めようとしない。
「常識的に考えて、ご予定が立て込んでいるわけでも状況が差し迫っているわけでもございませんのに、わざわざ雪深い中へと分け入って行くのは、過分に個人的嗜好が内在しているものと見受けられますけれど?」
「いや、だから、今じゃなきゃ、今後の予定が」
「予定、予定と仰いますけれど、本当に仕事上のご予定であれば最初からはっきり、人員をお割きになればよろしい話でしょう? 遠征隊はあなたたち3人しかいらっしゃらないわけではございませんし。それを何故、わざわざ、遠征隊隊長ともあろう方が、ご自身で向かわれるのかしら? 隊長自ら向かわなければならない、合理的かつ強制的な理由がおありになるとでも?」
「い、いや……、その……、人員の教育と言うか、適当なのが……」
「冬期、特に厳寒期には港が凍ってしまうくらいですから、陸では相当量の積雪が見込まれること、ひいては通常あなたが行っている通りの方法と既存の人員では、この時期における調査が困難になるであろうことは、容易に想定いたせるはずでしょう? まさかそれを想定していないはずがございませんわよね? であれば厳寒期に入る前に人員を選抜する、厳寒期に入ったら教育を施しつつ装備を開発するなど、入念な対策がいたせたのではないのかしら? 遠征隊隊長ともあろう方がそうした事態もろくに想定されず、対策も施さないまま、ご自身でこうして向かわれることに何か、わたくしが心より納得いたせるようなもっともらしい理由がございまして?」
「う……いや……それは……」
「もし合理的説明がいたせないのであれば」
クーはハンの手をぎゅっとつねり、話を一方的に切り上げた。
「次回はきちんとお休みを取って、あなたの道楽に付き合っても良いと仰ってくださる有志を募った上で、ごゆるりとお行き遊ばせ」
「うぐ……」
そのままテントの中に入っていくクーの後ろ姿を、ハンはつねられた手をさすりながら眺めていることしかできなかった。
クーがテントの中に戻ったところで、ニヤニヤ笑っているマリアと目が合った。
「ズバリ言っちゃいましたねー、クーちゃん」
「ええ、きっちり申し上げました。いつもあの方から、ずけずけと申されておりますので」
「意趣返しってやつですか」
ビートもテントの出入口をうかがいながら、話の輪に加わる。
「でも確かに、今回も、……いや、前回からも、ちょっとキツいなとは思ってたので、正直言ってありがたいです」
「そう仰っていただけて、嬉しく存じますわ。わたくしにしても、酷寒の中で何の成果も無くただ一晩過ごすだけと言うような経験は、可能であれば一度だけにしておきたく存じますから」
「同感です」
ビートと共にクスクスと笑い合ったところで、ようやくハンが――まだ複雑な表情を浮かべながらも――テントの中に入って来た。
「その……なんだ。もう2時間、3時間すれば日が昇るだろう。今日は早く帰るぞ」
「了解でーす。朝ご飯作りますね。クーちゃんも手伝ってくださーい」
「ええ、承知いたしました」
この日以降、ハンは天候不順の日にまで測量調査を強行しようとしなくなり、マリアたちの日常は少しだけ、穏やかになった。
琥珀暁・姫惑伝 終
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クーのこうげき。
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雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。
(雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2日無駄にしたってだけだな)
と、テントの中からひょこ、とクーが顔を覗かせる。
「やみましたの?」
「ああ。だが大分積もってる」
「あら」
そこでクーの全身がテントの外から現れ、結界の中をぐるっと一回りして、落胆した声を漏らした。
「これでは無理でしょうね」
「だろうな。帰る用意をした方がいい」
「ええ、そういたしましょう」
クーはテントの方に踵を返しかけるが、そこでもう一度、ハンに向き直る。
「では次回は、雪が溶けた頃にでも」
「いや、だからその頃には、本土からの……」
言いかけたハンの手を取りつつ、クーはにっこりと笑みを浮かべて、こう返した。
「お休みを取ればよろしいのでは? 今回の件、半分はわたくしへの忖度ですし、そちらについては非常にありがたく存じておりますけれど、はっきり申せばもう半分は、あなたのご趣味でしょう?」
「これは仕事だ。混同するな」
「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ」
「俺が公私混同してるって言うのか?」
「さようでしょう? まさか違うなどと、臆面も無く仰るおつもりかしら」
「なっ」
はっきりと言い切られ、ハンは面食らう。その様子を見てなお、クーはにこりと微笑んだまま、口撃を止めようとしない。
「常識的に考えて、ご予定が立て込んでいるわけでも状況が差し迫っているわけでもございませんのに、わざわざ雪深い中へと分け入って行くのは、過分に個人的嗜好が内在しているものと見受けられますけれど?」
「いや、だから、今じゃなきゃ、今後の予定が」
「予定、予定と仰いますけれど、本当に仕事上のご予定であれば最初からはっきり、人員をお割きになればよろしい話でしょう? 遠征隊はあなたたち3人しかいらっしゃらないわけではございませんし。それを何故、わざわざ、遠征隊隊長ともあろう方が、ご自身で向かわれるのかしら? 隊長自ら向かわなければならない、合理的かつ強制的な理由がおありになるとでも?」
「い、いや……、その……、人員の教育と言うか、適当なのが……」
「冬期、特に厳寒期には港が凍ってしまうくらいですから、陸では相当量の積雪が見込まれること、ひいては通常あなたが行っている通りの方法と既存の人員では、この時期における調査が困難になるであろうことは、容易に想定いたせるはずでしょう? まさかそれを想定していないはずがございませんわよね? であれば厳寒期に入る前に人員を選抜する、厳寒期に入ったら教育を施しつつ装備を開発するなど、入念な対策がいたせたのではないのかしら? 遠征隊隊長ともあろう方がそうした事態もろくに想定されず、対策も施さないまま、ご自身でこうして向かわれることに何か、わたくしが心より納得いたせるようなもっともらしい理由がございまして?」
「う……いや……それは……」
「もし合理的説明がいたせないのであれば」
クーはハンの手をぎゅっとつねり、話を一方的に切り上げた。
「次回はきちんとお休みを取って、あなたの道楽に付き合っても良いと仰ってくださる有志を募った上で、ごゆるりとお行き遊ばせ」
「うぐ……」
そのままテントの中に入っていくクーの後ろ姿を、ハンはつねられた手をさすりながら眺めていることしかできなかった。
クーがテントの中に戻ったところで、ニヤニヤ笑っているマリアと目が合った。
「ズバリ言っちゃいましたねー、クーちゃん」
「ええ、きっちり申し上げました。いつもあの方から、ずけずけと申されておりますので」
「意趣返しってやつですか」
ビートもテントの出入口をうかがいながら、話の輪に加わる。
「でも確かに、今回も、……いや、前回からも、ちょっとキツいなとは思ってたので、正直言ってありがたいです」
「そう仰っていただけて、嬉しく存じますわ。わたくしにしても、酷寒の中で何の成果も無くただ一晩過ごすだけと言うような経験は、可能であれば一度だけにしておきたく存じますから」
「同感です」
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