「双月千年世界 4;琥珀暁」
琥珀暁 第5部
琥珀暁・狐謀伝 7
神様たちの話、第266話。
西山間部戦、決着。
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7.
一人も兵士が帰らないまま夜が明け、がらんとした基地内で、司令はおののいていた。
「ど……どんな方法を使ったか分からないが、誰一人として帰還しないと言うことは」
「閣下、その、悲観的なことは」
「言わずにおれるか……。我々は負けたのだ。もうじき朝になる。明るくなれば、敵もふたたび攻めて来るだろう。100人足らずとなった我々のところへな。
そこで諸君に質問だが、……この結果を持って帝国へ逃げ帰った場合、俺は一体どうなってしまうんだろうな」
ぼたぼたと涙を流しながら問う司令に、側近らは一様に、渋い顔を返す。
「……殺されますね」
「だろうな。と言って敵に投降したとして、俺たちの身の安全が保証されると思うか?」
「あ」
司令の言葉に、側近の一人が何かを思い出したかのように声を上げる。
「あのー……閣下」
「なんだ?」
「一昨日ですが、差出人不明の手紙が届けられまして。読んだ当初は、狂人の戯言(たわごと)か何かとしか思えないような内容だったのですが」
「何の話をしているんだ? こっちは今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ?」
泣きじゃくる司令に、側近はこう伝えた。
「手紙の内容ですが、ただ一筆、『大人しく投降した者には身の安全と美味い飯を保証する』とだけ。今にして思えば、まさにこの、今の状況のことではないかと」
「……ほ、本当に?」
朝を迎え、基地の前に現れたミェーチ軍団と豪族の連合軍の前に、司令と側近、そして残っていた100名の兵士が、武器も防具も無い、無防備の状態で姿を現した。エリザの手紙で約束していた通り、軍団は無抵抗の彼らを一人も殺さず拿捕し、自陣へと連行して、美味い料理を振る舞った。
こうして、帝国西山間部方面基地はあっけなく陥落した。
「ば……か、なっ」
報告を受け、帝国軍本営は騒然となった。
「基地陥落だと!? 1000名の兵士を、難攻不落に築き上げたあの要塞を、陥としたと言うのか!?」
「何かの間違いでは無いのか!?」
口々にわめき立てる将軍たちに、議長役の上将軍が土気色の顔で説明する。
「何度も確認した。間違いは無い。基地はもう既に――あろうことか、ほぼ無傷のまま――敵の手に渡っている。懸念していたスオミ王国とイスタス王国も、彼奴らに恭順したことが分かっている。
最早、基地だけではない。西山間部すべてが、敵の手に陥ちたのだ」
最悪の事態を突き付けられ、円卓に並ぶ顔は一斉に青ざめた。
「……陛下は、既に?」
「存じておられる。そして先程、このように命じられた」
上将軍は立ち上がり、腰に佩いていた剣を抜いた。
「ここにいる全員で御前に向かい、その場で自ら首を斬って死ねと」
今回の戦いで発生した捕虜は全員、元々豪族が隠れ住んでいた山奥へと連行され、軟禁された。
「軟禁では不十分と思いますが。あの人数で一丸となって脱走されれば、大変なことになりますよ」
尋ねたハンに、エリザは肩をすくめて返す。
「脱走? 何のためにや?」
「それは帝国だとか、身の自由だとか、……あー、と」
反論しかけて、ハンは自ら納得する。
「確かに帝国の圧政を考えれば、今の方がよほど自由、と言うわけですか」
「美味いご飯も仰山食べられるしな。こないだ見に行った時なんかアタシ、『どうも女将さーん』言うて、鶏モモ片手に手ぇ振られたで」
「相変わらずのご人気ですね。……であれば、背後から刺される類の心配は無さそうですね」
ハンは西山間部基地から接収された地図を眺めつつ、ため息をつく。その様子を見て、エリザが茶化す。
「またアンタ、『地図描きたいなー』とか思てるんやろ」
「それもありますが、……いや、ゴホン、そうではなく」
ハンは空咳をしつつ、ガタガタと音を鳴らして立ち上がる。
「結局、戦闘になってしまったか、と」
「遠征隊には1人も死亡者出てへんやん。連合軍にしても向こうさんにしても、皆殺しになったワケでもあらへんし。そもそも動員した人数考えたら、奇跡的な生存率やろ?」
「それはそうですが、しかし……」
「自分で言うのんも何やけど、相当よおやった方やろな。軍団に任せとったら、考え無しにわーっと突撃しまくって全滅やったやろし。ソレ考えたら、ずっと被害は抑えられてるはずやで」
「詭弁に感じなくも無いですが、納得はしますよ。確かにこれが、現状で考え得る最善策だったんでしょう。……ですが、陛下にどう言い訳をすればいいか」
「アタシがやったる。遠征隊に被害0やったら、何とでも言えるしな」
「頼みます。……ところでエリザさん」
と、ハンが軽く頭を下げる。
「何やな、改まって」
「出張を申請したいのですが」
「測量やろ? 1週間あげるし、仲ええ子探してから、もっかい揃って申請し。1日、2日で納得行くほど周れへんやろ?」
「あ、……あー、……ええ、はい、では」
一転、ハンは顔を赤くし、もう一度頭を下げた。
琥珀暁・狐謀伝 終
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西山間部戦、決着。
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一人も兵士が帰らないまま夜が明け、がらんとした基地内で、司令はおののいていた。
「ど……どんな方法を使ったか分からないが、誰一人として帰還しないと言うことは」
「閣下、その、悲観的なことは」
「言わずにおれるか……。我々は負けたのだ。もうじき朝になる。明るくなれば、敵もふたたび攻めて来るだろう。100人足らずとなった我々のところへな。
そこで諸君に質問だが、……この結果を持って帝国へ逃げ帰った場合、俺は一体どうなってしまうんだろうな」
ぼたぼたと涙を流しながら問う司令に、側近らは一様に、渋い顔を返す。
「……殺されますね」
「だろうな。と言って敵に投降したとして、俺たちの身の安全が保証されると思うか?」
「あ」
司令の言葉に、側近の一人が何かを思い出したかのように声を上げる。
「あのー……閣下」
「なんだ?」
「一昨日ですが、差出人不明の手紙が届けられまして。読んだ当初は、狂人の戯言(たわごと)か何かとしか思えないような内容だったのですが」
「何の話をしているんだ? こっちは今、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ?」
泣きじゃくる司令に、側近はこう伝えた。
「手紙の内容ですが、ただ一筆、『大人しく投降した者には身の安全と美味い飯を保証する』とだけ。今にして思えば、まさにこの、今の状況のことではないかと」
「……ほ、本当に?」
朝を迎え、基地の前に現れたミェーチ軍団と豪族の連合軍の前に、司令と側近、そして残っていた100名の兵士が、武器も防具も無い、無防備の状態で姿を現した。エリザの手紙で約束していた通り、軍団は無抵抗の彼らを一人も殺さず拿捕し、自陣へと連行して、美味い料理を振る舞った。
こうして、帝国西山間部方面基地はあっけなく陥落した。
「ば……か、なっ」
報告を受け、帝国軍本営は騒然となった。
「基地陥落だと!? 1000名の兵士を、難攻不落に築き上げたあの要塞を、陥としたと言うのか!?」
「何かの間違いでは無いのか!?」
口々にわめき立てる将軍たちに、議長役の上将軍が土気色の顔で説明する。
「何度も確認した。間違いは無い。基地はもう既に――あろうことか、ほぼ無傷のまま――敵の手に渡っている。懸念していたスオミ王国とイスタス王国も、彼奴らに恭順したことが分かっている。
最早、基地だけではない。西山間部すべてが、敵の手に陥ちたのだ」
最悪の事態を突き付けられ、円卓に並ぶ顔は一斉に青ざめた。
「……陛下は、既に?」
「存じておられる。そして先程、このように命じられた」
上将軍は立ち上がり、腰に佩いていた剣を抜いた。
「ここにいる全員で御前に向かい、その場で自ら首を斬って死ねと」
今回の戦いで発生した捕虜は全員、元々豪族が隠れ住んでいた山奥へと連行され、軟禁された。
「軟禁では不十分と思いますが。あの人数で一丸となって脱走されれば、大変なことになりますよ」
尋ねたハンに、エリザは肩をすくめて返す。
「脱走? 何のためにや?」
「それは帝国だとか、身の自由だとか、……あー、と」
反論しかけて、ハンは自ら納得する。
「確かに帝国の圧政を考えれば、今の方がよほど自由、と言うわけですか」
「美味いご飯も仰山食べられるしな。こないだ見に行った時なんかアタシ、『どうも女将さーん』言うて、鶏モモ片手に手ぇ振られたで」
「相変わらずのご人気ですね。……であれば、背後から刺される類の心配は無さそうですね」
ハンは西山間部基地から接収された地図を眺めつつ、ため息をつく。その様子を見て、エリザが茶化す。
「またアンタ、『地図描きたいなー』とか思てるんやろ」
「それもありますが、……いや、ゴホン、そうではなく」
ハンは空咳をしつつ、ガタガタと音を鳴らして立ち上がる。
「結局、戦闘になってしまったか、と」
「遠征隊には1人も死亡者出てへんやん。連合軍にしても向こうさんにしても、皆殺しになったワケでもあらへんし。そもそも動員した人数考えたら、奇跡的な生存率やろ?」
「それはそうですが、しかし……」
「自分で言うのんも何やけど、相当よおやった方やろな。軍団に任せとったら、考え無しにわーっと突撃しまくって全滅やったやろし。ソレ考えたら、ずっと被害は抑えられてるはずやで」
「詭弁に感じなくも無いですが、納得はしますよ。確かにこれが、現状で考え得る最善策だったんでしょう。……ですが、陛下にどう言い訳をすればいいか」
「アタシがやったる。遠征隊に被害0やったら、何とでも言えるしな」
「頼みます。……ところでエリザさん」
と、ハンが軽く頭を下げる。
「何やな、改まって」
「出張を申請したいのですが」
「測量やろ? 1週間あげるし、仲ええ子探してから、もっかい揃って申請し。1日、2日で納得行くほど周れへんやろ?」
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